静寂の向こう、風が鳴る
現実世界・午後五時三十五分。
まだ空には夕焼けが残っている。
高校の一日が終わり、教室を後にしたシュウユは、制服姿のまま小走りで帰宅した。玄関を開けるや否や、鞄を放り出し、軽く夕食をかき込み、シャワーを済ませる。所要時間、二十五分。
「……さて、行きますか」
愛用のフルダイブ装置《NERVE-DOCK》に身体を沈め、ヘッドギアを装着する。次の瞬間――
【Connecting to NeoEden.....】
【100%】
【Welcome Back, シュウユ】
視界に広がるのは、赤く染まった石畳の街並みだった。夕暮れの光が、旅籠の丸窓から差し込み、木の壁を柔らかく照らしている。
VRであることを忘れるほどの臨場感。騒がしさの消えた静かな街並み、風に揺れる旗、遠くの鐘の音。すべてが五感を揺さぶってくる。
シュウユは、旅籠の一階にある食堂に降り立った。
木製の長テーブルが並ぶ空間には、数人のプレイヤーとNPCが集っていた。誰もが思い思いに夕食を取り、旅の疲れを癒している。
彼もまた、カウンターで注文を済ませ、手頃な席に腰を下ろした。
──カウンター飯セット:燻製肉のオープンサンドと野菜のスープ、焼きリンゴのハチミツ添え──
皿の上から立ち昇る香り。ナイフでサンドを切り、口に運ぶと――
「……うまっ」
温かさ、塩気、パンのパリッとした歯応え。感触、味、香り、すべてが本物に近い。いや、むしろ現実の学食よりも旨い。
「久しぶり。良い顔してるね」
「おお、来たか、カイ」
シュウユはナイフを置き、残った焼きリンゴを口に運んだ。
「で、今日は?」
「第三の街に向かう前に、ちょっとした寄り道だ。今、シェルファの西にイベント系フィールドが出現しているらしい。レアなものの採取エリアが生成されて、条件を満たすと特殊素材が手に入るらしい。けどPKがいるから気お付けないといけない」
「そういうの、俺向きだな」
「だと思って誘った」
「OK。そうと決まれば、さっさと食って出発だな」
食事を終え、装備を確認し、NPC宿屋の女性に部屋の清算と預けた素材の確認を済ませたあと――ふたりは、ゆっくりと旅籠を出た。
空はすでに紺色に染まり、第一の星が瞬いている。
石畳を歩きながら、シュウユはふと呟いた。
「ゲームって、ここまで“生活”に近づくもんなんだな」
「……明日は、もう少しゆっくり回ろうかな。鉱石の使い道も考えたいし、クラフト関連のNPCとも話しておきたい」
「いいね。今夜頑張って明日はほのぼのしよう」
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