第9話 競売
俺は別に放置プレイで興奮するような変態さんではない。なので、正直に言って、この約三ヶ月の期間はただただ退屈な時間だった。
まさか、再鑑定のあと冒険者ギルドのマジックバッグの中に入れられてそのまま放置されるとは思っていなかったが、バージの話の中でオークションは三ヶ月の期間をおいて四回に分けて行うべきという話があったのを思い出した。
ただ、四回行うと聞いてはいたが、一回目はすぐに行われるものだと思っていた。だが、再鑑定のあとマジックバッグの出入りをするアイテムはなかった。そして、今日になって急に多くのアイテムが外に出された。俺を含めて。
ということは、オークションの第一回はこれから行われるということだろう。なるほど、あれから三ヶ月の間はオークション参加者への宣伝期間だったということか。そして、オークションの開催を知った参加者は三ヶ月の間に資金集めに奔走したことだろう。
つまり、参加者は十分な予算を確保してオークションに臨んでくるということになる。俺も高値で落札される可能性があるな。希望は最後まで捨てないでおきたい。
そうして、気が付いたらいつの間にか豪華な深紅のベルベットが敷かれたトレーの上に置かれていて、舞台袖に待機している状態だった。オークション会場からはオークショニアの掛け声とともに参加者たちによる落札を競り合う声が聞こえてくる。
「三億八千万、三億八千万! 他にございませんでしょうか? 難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』、その九十二階層から持ち帰ったオリハルコン塊、十三キロダーレ。これほどの量が一度に出品されることはなかなかありません! さぁ、他にございませんか!」
「むぅ、四億だ!」
「はい、十七番のお客様から四億のお声が掛かりました! 他にはございませんか? 四億一千万、四億一千万! 他にございませんか?」
「……四億五千万!」
「はい、八番のお客様から四億五千万のお声が掛かりました! 他にはありませんでしょうか? 四億六千万、四億六千万!」
「んぅ、五億ぅ!」
「ありがとうございます。三番のお客様から五億のお声が掛かりました。五億一千万、五億一千! 他にはおられませんでしょうか? これほどのオリハルコンは今後出てこないかもしれません。五億一千万!」
「五億五千万!」
「十七番のお客様から五億五千万のお声が掛かりました! 五億六千万、五億六千万! 他にございませんか? 五億六千万、五億六千万!」
オークションの仕組みはよく分かっていないが、億を超える金額にもなると、刻む金額の単位が一千万ルメルずつになるようだ。そして、それ以上の金額で手を挙げる者がいる。恐らく、他の参加者を蹴落とそうとしているのだろう。
オリハルコン塊だが、五億五千万以上をコールする者はなかなかいないようだな。ふむ、たった十三キロのオリハルコンが五億五千万なのか。昔実家で使っていた五キロの鉄アレイを思い出して大体の質量を想像しながら、あの程度の質量の金属が五億五千万って、やばくね? などと思った。
前世の純金の価格でさえ、一グラムあたり一万三千円程度なのだ。十三キロでも一億七千万円程度の価値だろう。いや、桁が大きすぎて脳がバグってるけど。というか、そもそも重量の単位がよく分からない。一ダーレって、一グラムですか? うん、分からん。
だけど、ひとつだけ分かることがある。それは、オリハルコン十三キロダーレが俺なんかよりもよっぽど価値があるってことだ。何せ、俺は参考価格五十万ルメルだからな……。
そんなことを考えていると、どうやらオリハルコンの塊が落札されたようだ。いつの間にか、競りが進んでいたようだ。
「二十三番のお客様、七億ルメルで落札です!」
七億ルメルですって。オリハルコンってめちゃくちゃ貴重な金属なんだなと改めて思った。しかし、そうなるとドリージアの街でグフリーが鑑定士た際の総額三十億というのは何だったんだ!? 余裕で四分の一の金額をひとつのアイテムで稼ぎ出したことになるぞ。
もしかして、今回のオークションの目玉商品だったのだろうか? 以前聞いたバージの話を踏まえると、そんな気がしてきた。しかし、ひとつの商品で七億もの金額が動くとは、オークションというのは凄いものだな。そして、リーファたちが間違いなく三十億ルメル以上の大金を手にすることは明らかだ。
俺も一生働かずに何不自由なく生きて暮らせるだけの金があったらと前世ではよく妄想したものだが、彼らは自分たちの努力と成果によってそれを成し遂げたのだ。本当に凄いことだと思うし、俺がこの世界で初めて会った人間がこれほどまでに凄い人たちだったということは忘れられない記憶になるはずだ。
彼らとはもう会うこともないだろう。何故なら、このオークションで俺は新たな持ち主に出会うのだから!
満を持して、俺はステージの上に運ばれた。
「続きましては、先ほどのオリハルコンと同じく難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』の九十六層から持ち帰られた片眼鏡です! その秘めたるスキルはSランク鑑定士でも見抜けぬほど。非常に強力だと思われます! 鑑定士の査定価格はたったの五十万ルメルですが、私はそれ以上の価値があると確信しております! 皆様のご参加を期待致しまして、五十万、五十万!」
俺のオークションが始まった。司会を進行するオークショニアにより俺の売り文句が会場内に響き渡ると、俄にざわめく様子が見て取れた。うむ、反応は悪くないな。
「因みに、お手元の資料にあります通り、この商品には使用者制限がございます。予めご了承の上、競りにご参加ください! 五十万、五十万!」
オークショニアの言葉に反応したのか、その場の空気が急速に冷めていく様子が見て取れた。手に持つ札を上げる直前だった紳士もそれをすっと下ろしてしまった。これって、もしかして……。
「五十万、五十万! 落札される方はおられませんか? この片眼鏡にはSランク鑑定士でも鑑定することができなかったスキルが七つも付いております! 五十万、五十万……!」
そうだよ、よく分からないけど、スキルが七つも付いた片眼鏡がたったの五十万ルメルだよ? お買い得だよ? 皆、競りに参加していいんだよ? てか、一人でもいいから参加して! 俺を落札してくれよぉ……!
それから暫くの間オークショニアによる俺の紹介というか、セールスポイントなどが繰り返されたが、誰も手を挙げることはなかった。
「……ロットナンバー五十九番『迷宮産片眼鏡』ですが、残念ながら今回は落札者なしということで、次回のオークションに持ち越しとなります!」
オークショニアの言葉を聞いて絶望の淵に立たされる。
……もうオークションで新たな持ち主に出会うのは諦めたほうがいいだろう。次のオークションでも売れないことが確定したと言ってもいい状況だ。
何故なら、オークションの参加者は毎回ほぼ同じメンバーになるはずだからだ。何故そんなことが分かるかって? たった三か月でこの国の金持ちの顔ぶれが変わることなんてないだろう?
今回のオークションは予め三か月の宣伝期間と資金集めの猶予があった。つまり、金持ちたちは十分な資金を確保してオークションに臨んでいるのだ。俺に五十万ルメルも払えない人間が参加しているとは思えない。それなのに俺を落札しようとする者が一人もいないということは、理由はアレしか考えられない。
『使用者制限って、なんでそんなのがあるんだよぉっ!』
そう、使用者制限の話がオークショニアからあったタイミングで会場内の反応が悪くなった。つまりはそういうことなのだろう。しかし、使用者制限って、そこまで極端に制限されるものなのだろうか?
「使用者制限があっては五十万の価値はないな」
「スキルを使える者が限られているのだ、仕方がないだろう」
「スキルのない片眼鏡なら、そこらで数万で手に入るからな」
「その通り、近くの魔道具屋にでも買いに行けばいい」
「制限を受けずに使いこなせる者など一万人に一人いるかどうか」
「あぁ、見つけるのも相当苦労するはずだ」
「なるほど、だから骨董商も札を上げなかったのか」
「その通りだ。買い手を探すだけ無駄だからな」
会場内の参加者の反応を聞いて愕然とした。どうやら、俺の秘めたるスキルは使用者制限を受けない者にしか使えないそうだ。そして、それは一万人に一人いるかどうかの割合らしい。それって、俺を使いこなせる者が見つからないと言ってるのと同じじゃねーか!
そりゃ、五十万も出してゴミを買い集める物好きは滅多にいないだろうな。仮に次回のオークションで三十万に値下げされたとしても買い手はつかないだろう。数万でようやく普通の片眼鏡と同等と扱われるわけだ。うん、夢も希望もないな。
売れ残ったアイテムの行き着く先はどんなところだろうか。持ち主に返される? それなら願ったり叶ったりだが、そんなに都合のいい話はないだろう。リーファたちだって使い道のない片眼鏡をマジックバッグの肥やしにしておくはずがない。何処かで売りさばくはずだ。
そうして売られる先は一体どんなところだろう。ちゃんとした魔道具屋ならば御の字だが、下手をすれば道端の露店かもしれない。そこで良い買い手が見つかればいいが、いつまでも売れ残り店の片隅で埃を被るというのは避けたいところだ。
まぁ、何にせよ。今後の見通しは暗い。重苦しいため息も出るというものだ。俺にはこんな華々しい舞台は不似合いだったのだ。さっさと舞台袖に引き上げよう。そんなことを思っていたら、オークショニアが興味深いことを言い出した。
「……ですが、この商品に少しでも興味をお持ちになられた方がおられましたら、ぜひお近くの係員にお申し出ください! オークションで落札されなかった商品については、個別の売買のご相談も承っております! 価格は応相談となりますが、お得な機会ですので是非ご活用ください!」
『おぉ!? そんなサービスがあるのか!』
恐らく、出品者が在庫を抱えないようにするための救済処置なんだろう。まぁ、俺としても出品者のリーファたちにしてもありがたいことだ。
ともかく。もしかすると、個別の売買により俺にも買い手が現れるかもしれない。まぁ、確実に五十万ルメルよりも買い叩かれるのだろうけど。それでも、別にそれで俺が損をすることはないだろう。まぁ、金持ちに買われて色んな書類や本を読むという理想からは遠ざかるかもしれないが。
ひとまず俺は、個別の売買を希望する者が名乗り出てくることに一縷の望みをかけるのだった。
そして、今回のオークションが一通り終わった頃。俺はまだ買い手がつかない状況で、マジックバッグの中に待機させられていた。俺の他に入っているアイテムはなく、恐らく他のアイテムはすべて落札されたのだろうと思われる。やっば、俺だけ売れ残りかよ!?
周りは先ほどまでいたオークション会場と比べて非常に静かだ。恐らくは倉庫か保管庫、もしくは執務室か会議室のようなところだろうか。うん、流石に周りが見えないと状況が分からないな。
そんなことを考えていると、部屋の中に三人の男が入ってきた。声の感じからすると、一人はオークショニアだ。もう一人は話の感じからすると、その上司のように思える。そして、最後の一人はよく分からないが、先ほどの二人が敬語で接しているから客だろうか?
「まさか、宮廷魔法師のザンテ様からお声がけ頂けるとは思っておりませんでしたぞ」
「儂はもう引退した身じゃ。ただのザンテじゃよ」
「は、はぁ」
「それで、あれを見せてもらえますかな?」
「もちろんです。エンペ君、あれをお出しして」
「はい。少々お待ち下さい」
エンペと呼ばれたオークショニアがゴソゴソとマジックバッグに手を突っ込むと俺を優しく摘んで外に出し、そっと再び豪華な深紅のベルベットの敷かれたトレーの上に置いた。
「ふむ。手に取ってみても?」
「もちろん、構いません」
「では、失礼して」
ザンテと名乗った白髪の老人が俺を手に取り確認し始めた。再び俺は身体をぐるぐると回転させられる。またかよ、目が回るんだが、いい加減慣れてきたかもしれない。もしかして、前世では宇宙飛行士を目指してもよかったかもな。まぁ、俺の頭では無理だろうけど。
それにしても、先ほど宮廷魔法師とか言ってたな。つまり、この爺さんは王国に仕えていた魔法使いだったということか。今は悠々自適の老後、第二の人生を楽しんでいるのかな? 羨ましい。
見た目もまさに魔法使いという感じで、マンガやアニメに出てきそうなタイプだ。濃いグレーに金銀の刺繍が入った高級そうなローブがその身分の高さを醸し出しているように思う。それはともかく、先ほどから身体がこそばゆいのだが、これは鑑定の魔法か何かを使っているな? 鑑定書だけではなく、自分の目で確かめたかったのか?
「むぅ、確かに使用者制限が掛かっているが、はて……?」
「何か気になることでも?」
「いやいや、大したことではない」
「そうですか」
「一度身につけてみても構わんかな?」
「えぇ、構いません」
「ふむ。では……」
ザンテが俺を眼窩にはめ込もうとする。いや、俺も片眼鏡ってどうやって使うのか気になってたんだが、本当に目の辺りにはめ込むんだな。というか、それって自分用に作らないとフィットしないんじゃないの?
えっ、それってまさか……。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。