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第8話 再鑑定

「……それで、ドリージアの冒険者ギルドで王都のオークションに掛けるべきだと言われてな」


「何せ、評価額が三十億ルメルだからよ!」


「オークションに掛ければ、さらに高値が付くはずだ」


「そうなりゃ、美味い酒がたらふく飲めるってわけよ!」


「そういうことで、オークションへの出品依頼を出したい。ドリージアでの鑑定結果はこれだ。頼めるか?」


 リーファたちが王都を出てからドリージアの街に着いて、そこから難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』を攻略し、再び王都に戻ってきた経緯をバージに説明した。ふむふむと話を聞いていたバージはリーファたちを叱りつけた。


「まぁ、難度S級ダンジョンを制覇したことは褒めてやろう。だが、盗賊団にマジックバッグを盗まれるなど、Sランク冒険者にあるまじき失態じゃ! バカモノが!」


「いや、それは反省している」


「盗賊団は壊滅させたのだが」


「まさか、マジックバッグを隠すとは思わなくてな」


「でも、ちゃんと見つけてきたんだから別に良いだろ?」


「バカモノ! もしも、それが依頼人から預かった重要な物品だったらどうなっていたと思う? 全員Aランクに降格じゃぞ!?」


「それは分かっているつもりだ……」


「まったく、Sランクになったからと言って、難度S級ダンジョンを制覇したからと言って、気を抜いてはいかんぞ!」


「うむ……」


 まぁ、バージの言う通りだと思うな。リーファたちはちょっと気が抜けていたのだと思う。旅の道中も途中まで何も起こらなかったから仕方のないことかもしれない。でも、即殲滅できてしまうような強さの盗賊団にマジックバッグを掏り盗られるというのはSランク冒険者としては恥ずかしいことだろう。精進しないとな。


「はぁ、お前らもいい歳だろう。リーファはもう四十だったか? そろそろ、堅実という言葉を覚えねばな」


「これでも堅実にやってきたつもりなのだが……」


「そんなことでは、フローラちゃんを任せられんな!」


「なっ!? 何故そのことを!?」


「儂はギルドマスターじゃぞ? 各支部の受付嬢の恋愛事情くらい通じておっても不思議ではないじゃろう?」


「ぐっ……」


「まぁ、坊主ならば大切な冒険者ギルドの受付嬢を任せても良いと考えておる。何せ、坊主らは一生働かなくても良いだけの大金を手に入れることができるのだからな。ドリージアでの鑑定結果は総額三十億ルメルだったか。王都のオークションに掛ければ、その二倍から三倍の金額にはなるじゃろう」


 ふむ。リーファは俺よりひとつ年上らしい。学年的にはもしかしたら同学年かもしれない。まぁ、同じ中年だ。それはともかく、リーファの片思いの相手はフローラちゃんというらしい。可愛らしい名前だ。しかし、そんな一受付嬢の恋愛事情まで把握しているとは、ギルドマスター恐るべし、だな。


「おぉ! やったな、リーファ!」


「これでフローラちゃんにアタックできるな!」


「六十億から九十億ルメルか。一人当たり十五億ルメルか」


「一働きの報酬としては十分過ぎるな」


「じゃが、それをすぐに手にすることは難しいじゃろう」


「それは一体どういうことだ?」


「うむ、説明しよう」


 バージの話によると、ダンジョンで得た財宝や素材をオークションで一度に売って大金を得るというのは簡単なことではないらしい。その理由は簡単な話で、オークション参加者の予算総額には限りがあるということだ。


 まぁ、考えてみたらその通りで、一人が自由に扱える金額は大なり小なり違いがあっても、上限がある。つまり、オークションで使える金額にも上限があるということだ。


 その上限を超える価値がある商品を一度に出品するなど、バーゲンセールを行うのと同義であり、安く買い叩かれるだけなのだと言う。まぁ、そりゃそうだろうな。


 また、目的の商品を落札できなかった者が、それ以外の商品に大金を払うことはないらしい。まぁ、それも理解できる。誰だって、その商品が欲しいからオークションに参加するのだ。興味のない商品のオークションにわざわざ参加する者なんて少ないだろう。


「バージは何回に分けて出品したらいいと思う?」


「うむ、参加者の資金集めと出品する品の宣伝期間も考えて、三か月に一度、四回に分けて出品するのが良かろう」


「げぇ。それって一年ってことじゃん!」


「じゃが、流石に貴族連中でも何億ルメルもの大金をすぐには用意できんぞ? いいのか、安く買い叩かれても?」


「うぅ、そうだけどよぉ……」


「仕方がない。確かにすぐにオークションを開催しても碌な参加者が見込めないだろうからな」


「俺は時間が掛かっても大金を手に入れたいなぁ」


「俺もブライアンと同じ意見だ」


「もちろん、俺もな。ジャックはどうする?」


「しゃーねぇな、わーったよ。俺も賛成する」


「それでは、こちらで手続きを進めてよいか?」


「バージ、頼んだ」


「うむ、任された。では、受付で鑑定士に再鑑定を依頼してくれ。必要な書類は持っているな?」


「あぁ、ドリージアで受け取っている」


「よし。では行くがいい。しばらくはゆっくりと休むのじゃろう? ここにはいつでも遊びに来てくれてよいからな」


「世話になるな」


「またお茶を飲みに来させてもらうぜ」


「ついでに菓子も用意しておいてくれ」


「俺は酒を用意してもらえると嬉しい」


「バカモノ。酒は下の酒場で飲んでこい!」


 こうして冒険者ギルド本部のギルドマスター、バージとの面会が終わった。なかなか面白いおじいさんだったな。まぁ、俺が今後会うことはないだろうけど。そう考えると少し淋しい。


 俺の持ち主に冒険者っていうのも意外とありかもしれない。それも高ランクで名を馳せた冒険者だ。それで、ギルドマスターのバージに突然声を掛けられて、そのままパシパシと背中を叩かれながら執務室に連れられて行き、そこで美味くないお茶を淹れられる。


 だったら、俺の持ち主はリーファたちでいいという話になる。だけど、彼らは俺を売り払う気だ。そのために王都までやって来てオークションに出品しようというのだ。今からでも何とかならないかな?


 リーファたちはそのままバージに言われた通り、受付に向かい、ドリージアの冒険者ギルドの鑑定士グフリーから受け取った書類と鑑定書の束をここの鑑定士に手渡した。それとともに手続きが進み、あれよあれよという間に俺は冒険者ギルド本部が管理するマジックバッグへと移された。本当にあっという間だった。


 リーファたちは鑑定士から預り証を受け取ると、そのまま冒険者ギルドをあとにしたようだ。ま、まぁ、再鑑定の結果が出たら、もう一度会えるだろうし、ここでお別れを言う必要はないよな?


 冒険者ギルド本部の鑑定士による再鑑定は速やかに行われた。前回ドリージアの街で鑑定士のグフリーにより鑑定されたときと同様に、その他に分類されたものから鑑定が始められた。


 まぁ、基本的にはグフリーが発行した鑑定書とアイテムを照らし合わせながら、間違いがないかという確認だ。グフリーの鑑定に誤りがあるとは思わないが、人のやることだし見落としなんかもあるかもしれない。もしかすると、実は俺も貴重なアイテムだったという可能性は残っている。


 淡い期待を抱きながら、俺の順番が来るのを今か今かとトレーの上で待っていた。今のところ、グフリーの鑑定結果に誤りはないようで、鑑定書に追認する署名と押印の処理を粛々と行っている。


 暫くそれを眺めていたが、鑑定士が首を傾げながら一枚の鑑定書に目を落としていた。何か気になることでもあるのだろうか?


 そう思っていたら、トレーの上から俺を摘み上げて、じっくりとルーペを使って三百六十度、ぐるぐると回転させながら確認をし始めた。め、目が回る。そんな状況の中、急に身体がこそばゆい感覚に襲われる。あぁ、スキルの鑑定が発動したんだろう。


「むぅ、これは……」


 そう言いながら、鑑定書に何やら追記を始める。もしかして、もしかするのか? ちょっと期待してもいいのかな? だが、すぐに先ほど追記した内容に訂正の二重線を引いて、そこに署名を追記した。なんだ、何があった!?


「これは新しく鑑定書を発行する必要があるな。だが、私では力不足のようだ……。このSランク鑑定士ダース・ホーク様でもすべてを見通せぬとは、なんとも恐ろしい片眼鏡だ。さて、鑑定書にはなんとまとめたものか……」


 考える様子で腕を組んで瞑目するダース・ホーク。というか、初めてこの世界に姓と名があることに気づいたよ。どっちがどっちか全然分からないけど。それはともかく。


 なんなの、俺ってそんなに面倒な代物なんですか? Bランクの鑑定士グフリーよりも優れた鑑定士であろうSランク鑑定士のダースですら鑑定しきれない俺って一体どういう存在なんだろう?


「しかし、私は鑑定できないからといって、その事実を誤魔化すことはできない。私の見たまま、感じたままの鑑定結果をまとめることにしよう。それが、鑑定士にとって一番大事なことだ」


 うん、誤魔化さないで欲しい。鑑定したままに鑑定書をまとめてもらえればそれでいい。俺もありのままの事実を知りたい。


 そんな風に思っていたら、ダースが新たな紙を取って鑑定結果をまとめていく。その様子を俺はワクワクしながら見守っていた。ダースの呟きを聞いていれば、グフリーの鑑定結果以上のことが分かったのだと思う。それってつまり、俺にSランク鑑定士でも分からないようなスキルがあるってことが分かったということだろ?


 それって、普通に考えても凄いことだし、恐らくは十万ルメルという評価額も変わってくるはずだ。よっし、これで俺の未来は明るいものになる! そう思ってダースのまとめた鑑定書を見たのだが……。


==========

 アイテム鑑定書


 名 称:片眼鏡

 分 類:その他

 素 材:不明

 状 態:並品

 スキル:■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■、■■■■■

 耐 久:非常に頑丈

 備 考:難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』九十六階層にて発見

 特記事項:使用者制限あり

 参考価格:五十万ルメル


 鑑定者:冒険者ギルド本部 Sランク鑑定士ダース・ホーク

==========


『おおおっ!?』


 スキルの欄になにやら書き加えられているぞ!? だが、肝心の内容が■で塗りつぶされているせいで、一体何が何なのかまったく分からない。そして、気になる参考価格はなんと五倍の五十万ルメルになっていた。


 それについては嬉しく思うが、結局のところ俺って、何らかのスキルは秘められているけれど、それが何なのかが分からない。そのせいで俺の価値が分からないから、参考価格が五十万ルメル止まりということなのか?


 いやー、嬉しいような悲しいような。


 俺が何らかのスキルを持っているということが分かったことは嬉しかった。スキルがあるということは、それを使えるということだ。例え片眼鏡でもこの異世界で生き残ることができるかもしれない。そういう希望が見えた。


 だが、肝心のそのスキルが一体どういうものなのかが分からなかった。これは正直痛いところだ。どんなスキルが使えるのか分からなければ、結局何のスキルも持っていないことと同義だったからだ。せめて、スキルの名前が分かれば……!


 冒険者ギルド本部のSランク鑑定士に鑑定してもらってこれなのだから、最早諦めるしかないのかもしれない。もうどうにでもなれ、と半ば諦めていたのだが、もうひとつ新たに分かったことがあった。


『使用者制限あり』


 一体どういうことだろうか? 文字通り捉えると、俺の使用者には何らかの制限があるということだろう。ふむ、何かしらの条件を満たしていないと使えないってことかな。それがどうしたかって?


 いやいやいや、かなり拙いだろう。


 それって、つまり俺を購入しても使いこなせる人が限られるってことだ。そんなものにわざわざ大金を出して購入しようとする者がいるだろうか? いないはずだ。これはかなり拙いぞ!


 こんな条件が付けられたら、オークションに掛けられても個人が入札に参加するとは思えない。だって、せっかく大金を出して購入したものが自分で使えない可能性があるのだから。もちろん、誰かへの贈答品として購入される可能性はなくもないが、結局贈られた先で不用品として扱われる可能性がある。


 せっかくならば、俺という存在を有用に扱ってもらいたい。俺の持つスキルがなんなのかは分からないが、持ち主にはそれを発揮してもらって、俺が役に立つ片眼鏡だったと言われたい。


 だが、それもオークションの落札者次第だ。こんな使用者の制限が掛かった片眼鏡を個人で大金を叩いて購入する酔狂な者は少ない。多分、入札してくるのは骨董商などの業者だろう。そして、条件に見合う者に高値で売り払うのだ。うん、簡単に未来が予測できる。


 こんな状況を察すれば、オークションで金持ちに高値で買われるのなんて夢のまた夢だと理解した。俺はきっと骨董商に落札されて、条件に見合う買い手が現れるまで倉庫に仕舞われるのだろう。そんな状況も何時まで続くか。売れ残った商品を何時までも在庫として抱えているようなことはないはずだ。そう遠くないうちに安く叩き売られる可能性があるのだ。


『そんな未来はイヤだぁぁぁ!』


 そんな俺の悲痛な叫びはダースに届くことはなく、その鑑定結果はダースの署名と押印によって確定されたのだった。それから暫くの間、俺は自分の殻に閉じこもることにした。第二の人生に未来を見いだせなくなってしまったのだ。


『もうイヤだよ、こんな世界……』


 再鑑定のあと、俺は再びギルドのマジックバッグの中に仕舞われた。俺のしょげた気持ちは外界と閉ざされたマジックバッグの中を心地よく感じていた。まぁ、その外の音は聞こえてくるんだけど。


 まぁ、いい。俺は暫く閉じこもっていたい。そういう気分だったのだ。ただ、時間だけは数え続けた。再び訪れた虚無の時間だ。何もしないのは勿体ない。俺は以前そうしたように、新たな妄想をすることにした。


『例えば、オークションで没落した貴族が無理をしながらも俺を落札して。そして、才能ある一人息子に誕生日プレゼントとして与えて。その息子は俺の使用者に適合して、俺を使いこなすんだ。今は詳細が分からないスキルも次第にはっきりとして。そして、俺のサポートを受けながら、稀代の天才魔法使いとなり大活躍する。そうして、没落した貴族は息子の手により再び栄華を取り戻す、とか……』


 ふむ、悪くないよな。もっと妄想を膨らませよう。



 そうして、気が付けば、いつの間にか三ヶ月が経っていた。おい、一体どういうことだよ!?




いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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