第6話 寄り道
「それでは確認致しますので暫らくお待ちください」
ギルドの職員がそう言ってリーファたちが運んできた革袋を何処かへと運んでいった。これから確認が始まるのだろうが、あまり想像したくないな。ともかく、暇になったし周りの声でも拾ってみるか。
やはり、リーファたちの噂で持ち切りだった。
まず、Sランク冒険者パーティー自体が珍しいらしい。高ランクの冒険者は数が少ないようだ。そして、この宿場の小さな冒険者ギルドに立ち寄ることも珍しいらしい。皆この宿場で休むことはあっても冒険者ギルドで依頼を探すことなどはせず、さっさと次の宿場を目指すそうだ。まぁ、そりゃそうか。
因みに、この宿場はフリカンという名の街らしい。街道沿いにある宿場ということでそこそこの賑わいがあり、王都にもドリージアにも行きやすいので拠点を構える冒険者や商人も多いのだとか。
そこに目を付けたのが、最近現れるようになった『赤狼盗賊団』らしい。この一か月の間に幾つもの馬車が狙われたそうだ。被害額は一億ルメルにも上るという。たったの一か月で一億ルメルか。彼らは美味しいショバを見つけたと喜んでいただろう。だが、それもリーファたちを敵に回したのが運の尽きだった。
まぁ、リーファたちが討伐した盗賊団が赤狼盗賊団であればの話だけど。ただ、他の冒険者たちはそれを成し遂げたのだと確信しているようだった。その理由は首の入った袋の数だ。リーファたち四人で革袋を八袋を持ってきた。しかも、パンパンに膨れ上がった革袋だ。たくさんの首が入っていることだろう。
そして、赤狼盗賊団も三十人を超える集団だったそうだ。つまり、一袋に生首が軽く五つは入っていたとして、四十近くの生首を持ってきたことになる。この近辺にそれだけの人数が集まった盗賊団はいない。ということは、リーファたちが持ってきた首が赤狼盗賊団のものでほぼ間違いない、という見立てらしい。
因みに、赤狼盗賊団の頭目はネストという男で、強盗、強姦、殺人など多くの犯罪に手を染めた極悪犯だそうで、彼が率いる赤狼盗賊団の討伐依頼の報酬は一千万ルメルにもなるらしい。
ネストの特徴は額から左頬まで伸びた傷跡で、その昔傭兵をやっていた時に戦争で負ったが、その際に敵の大将首を討ち取って名を轟かせたそうだ。その名も、隻眼のネスト。
そのまんまじゃないか。もう少し捻れよ! まぁ、それはともかくとしてネストは何で盗賊団なんかに落ちぶれたのか。まったく、真面目に傭兵稼業でもやってりゃ良かったのに。
そんな話を聞いていると、どうやら首の確認が終わったようでギルドの職員がリーファたちに声を掛けた。
「確認が終わりました。提出頂いた首ですが、やはり赤狼盗賊団で間違いありません。隻眼のネストの首も確認できました。討伐して下さり、ありがとうございます」
ギルド職員の言葉を聞いて周りの冒険者たちから「おぉ……!」という驚きとも納得とも取れない声が上がった。その後は赤狼盗賊団が討伐された祝いだということで、併設されている酒場で酒盛りを始める者が現れた。なんでも、これで護衛依頼が復活するとのことで、その前祝いらしい。
赤狼盗賊団の影響で宿場間を移動する商人たちがフリカンの街に留まったり、王都方面に引き返したりしていたらしい。そのせいで冒険者たちへの護衛依頼も数が減っていたそうだ。何のための護衛依頼だと思わなくもないが、数十人もの盗賊の集団に対してたかが数人の冒険者を雇っても多勢に無勢だ。
だからといって、何十人もの冒険者を雇っても恐らくは元が取れないんだろうな。仮に日給一万ルメルとして三十人雇うだけで三十万ルメル掛かることになる。ここフリカンの街からドリージアの街までとなると五日間は掛かるわけで、百五十万ルメル。それが往復になると、倍の三百万ルメルとなるわけだ。
うん、よほどの大商いでもなければ結構な支出になるな。
それにしても、どうして冒険者たちは赤狼盗賊団の討伐隊を組まなかったのだろうか。まぁ、それに見合うだけの報酬を出す依頼がなかったという可能性はあるな。
先ほどの話だと一千万ルメルの依頼が出ていたようだが、三日前に出されたばかりらしいし、討伐隊を組めるだけの人数を三日間では集めることができなかったということかもしれない。
それならば、街や国の治安維持部隊が動かなかった理由は何だろうか。流石に一億ルメルの被害を放置しておくとは思えない。何故なら、時間が経つにつれて被害総額が膨れ上がるからだ。
この国にも騎士や兵士の類はいると思うのだが、それに頼ることはできなかったのだろうか? そんなことを思っていると、ズバリとリーファが疑問に思っていたことをギルドの職員に尋ねた。
「ところで、王都には騎士団の派遣を要請しなかったのか?」
「えぇ、そうしたかったのですが……」
「(何か理由があるのか?)」
リーファが小さな声でギルド職員に話し掛ける。
「(この街を治めておられるマイティー伯爵様にご相談したのですが断られました。自分たちで解決するのだと。そのために、兵士を内外から集めておられたのですが、少々問題が起こりまして……)」
「(ふむ、その問題というのは?)」
「(兵士を集めたことを王都の貴族から、謀反を企てているのではないかと疑われたそうです)」
「なんだと!?」
「(お静かに。伯爵様は王都の貴族との仲が良好ではないそうです。王都に騎士団の派遣を要請しなかったのもそれが原因だと言われています。恐らく、要請しても断られると思ったのでしょう)」
「(それで、伯爵様はどうされている?)」
「(七日前に王都から来た騎士団によって連行されて行きました。今ごろは牢獄の中か、それとも……。もしかすると、ここも王都寄りの貴族が治める街に変わるかもしれません)」
「なるほど……。いや、よく話してくれた」
「いえいえ。それでは、依頼達成ということで報酬の一千万ルメルを用意致します。白金貨十枚か、金貨千枚か、どちらでご用意致しましょう?」
「それでは、白金貨九枚と金貨百枚でお願いしたい」
「承知致しました。少々お待ちください」
ギルド職員が報酬を準備するためか、何処かへと立ち去った。それを確認してからジャックたちが話し始める。
「やだねぇ、貴族ってやつは!」
「権力争いなんかよりも、領民のことを考えてほしいものだな」
「まったくだ!」
「だが、俺たちも王都に行ったら貴族とも会うことになるだろう。お茶会やパーティーとかでな」
「それが面倒だって言ってるんだけど!」
「一応、Sランク冒険者は騎士爵と同じ貴族位の扱いだからな」
「流石に上位の貴族からの誘いは断れないぞ」
「せめて俺らのほうが爵位が上なら何も言わせねぇのにな!」
「だが、それはそれで面倒なことに変わりはないだろうよ」
「はぁ、何だかつまらなくなってきたぜ……」
「こういう時は手に入った賞金でぱぁっとやるに限る」
「それもいいな」
「そのために、百枚だけ金貨に交換したんだろ?」
「まぁな」
「それじゃ、ここの連中にも美味い酒を振る舞ってやろうじゃないか!」
「それはいい! そうしようぜ!」
リーファたちはギルドの職員から報酬として白金貨九枚と金貨百枚を受け取ると、それをマジックバッグの中に入れて「今日は俺たちの奢りだ! たくさん飲んで、明日からの仕事に精を出してくれ!」と叫んだ。「おおおおおっ!」冒険者ギルドは俄に沸き立った。
それをBGMのように聴きながら、リーファたちも酒場へと向かった。リーファたちはまるで英雄のように扱われた。まぁ、今日の飲み食いの支払いのすべてを受け持つと言ったのだ。英雄だろう。
そこからどんちゃん騒ぎが始まったが、俺は独りマジックバッグの中で今日知り得た情報を整理していた。
まずは、貴族のことだ。やっぱりいるんだな、貴族。王都オルフェリアというからには王政だとは思っていたが、貴族がいるかどうかは想像でしかなかったが、存在することを知れたのは良かった。
そして、この国の貴族は王都にいる連中と地方にいる連中で派閥の争いが起こっているようだ。そうでなければ、マイティー伯爵が王都の貴族と揉めるようなことはなく、赤狼盗賊団の討伐にも騎士や兵士が王都から向かっていたはずだ。
何にせよ、そういう事態が起こっている時点でこの国は結構ヤバイのではと思い始めた。流石に突然崩壊するなどということはないだろうけど、警戒するに越したことはない。
そして通貨の単位だ。一千万ルメルは白金貨十枚=金貨千枚なのだとか。ということは、金貨百枚で白金貨一枚ということになる。白金貨一枚は百万ルメル、金貨一枚は一万ルメルのようだな。
リーファたちがドリージアの街で野菜の類を買う際に一つあたり百から三百ルメルくらいで買っていた。そのことを考えると、一ルメル=約一円くらいの価値だと考えて良いのかもしれない。
そう考えると、リーファたちが難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』で手に入れた財宝や素材などのアイテムが総額三十億ルメル相当と考えると、年末のジャンボな宝くじ三回分ということで、相当な価値があるのだと思った。
それを踏まえて、俺という片眼鏡が十万ルメルと鑑定されたことを考えると、俺は十万円の価値があるということになる。最初は低いと思った。たったの十万円か、と。
だが、ただの片眼鏡だと考えれば破格だ。某ネットショップで片眼鏡を探しても、どうせ二、三千円の安物しかでてこないだろう。そう考えると、この世界の真っ当な片眼鏡が二、三万円で、俺には色々と付加価値が付いて十万円の価値があると認められたことに喜びを感じた。思わずグフリーに感謝する。
まぁ、貴族連中の話などは一旦放っておこう。俺の持ち主が貴族になってから改めて考えても遅くはないだろう。そんなことよりも、どうすれば俺がオークションで高く売れるのかを考えなければならない。何せ、鑑定結果では普通の片眼鏡だったので。
しかも、俺には何のスキルもない。せっかく俺という意思が宿っているというと言うのに。だが、そんな俺の意思も鑑定スキルを使っても見つけてもらえないような矮小な存在なのだ。正直、王都での再鑑定にも期待することはできない。
はぁ。せめて、妄想でもすることにしよう。
『そうだ。俺は、凄いんだ。実は秘められた特別なスキルがあるはずなんだ。例えば、全ての魔法が使えて。いや、寧ろ魔法を作り出すことができて。実はこの世のすべてを知る者で。それを使いこなせるのは俺の認めた持ち主だけで。そうそう、前世のインターネットにもアクセスできて、前世の知識のすべてを使いこなせて。それから……』
その後もたくさんの希望、欲望を心の中でぶつくさと呟き続けた。すべては不毛な妄想だ。だけど、誰にも迷惑を掛けていないんだし、別に良いだろ? 片眼鏡なんかに転生して、何のスキルも持っていない俺には妄想を膨らませるくらいしかできないんだから。
そんなことを続けていたら、いつの間にか冒険者ギルドでの酒盛りが終わっていた。既にリーファたちは出来上がっていた。まぁ、流石に百万ルメル、百万円も使うことはないだろうと思っていたが、騒ぎを聞きつけた冒険者たちが次々と集まってきた結果、収拾がつかなくなり、リーファが酔った勢いで集まった全員の支払いを持つなどと宣言した。
その結果、翌朝を迎えて酒を飲んでいるのはブライアンだけとなり、集まった冒険者、あと度胸のある商人や一般人も紛れているようだったが、皆酔い潰れて床で寝ているようだった。
まぁ、こういうのも悪くないよね、冒険者っぽいし。俺自身も赤狼盗賊団の討伐に参加できていれば、もっと意気投合できたはずなんだが、俺は攫われたヒロイン役だったので何も言えない。誰もヒロイン扱いしてくれないが。
なので、黙ってマジックバッグの中で大人しくしていたのだが、皆が起き上がるにはまだまだ時間が掛かるようだった。別に急ぐ旅でもないしな。のんびりと行こう。
そんなことを思いながらも、床で寝っ転がるリーファに対しては、『またマジックバッグを掏り盗られたらどうするんだ! もっと、周囲を警戒しろ!』と声を掛けておいた。聞こえてないだろうけど。
とりあえず、今日はゆっくりと休むとして、明日から再び王都に向けて移動だな。個人的には早くオークションに出品されたいが、リーファたちと関わる時間が増えるにつれて、彼らと別れるのが辛くなってきた。まぁ、そんなことを考えても仕方がない。
『ひとまず、王都までの旅を楽しむことにしよう』
いつもお読みいただき、ありがとうございます。