第5話 紛失
ドリージアの街を出発してから早くも五日が経過した。
リーファたちの旅は順調なようで、途中で魔物や盗賊の類が現れるようなイベントも発生せずに、粛々と王都への道程を進んでいた。正直、退屈過ぎるぞ。もう少し冒険感を出してくれ。
とはいえ、それだけ安全な街道ということもあり、時折街道を行き交う人たちとの挨拶などが聞こえてくる。王都からドリージアまでの道程は賑わっているように思えた。もしかして、ドリージアはそこそこ大きな街だったのだろうか?
街道には宿場となる街や村が点在しており、ほぼ馬車で一日移動するたびに到着する。これまでも既に五つの宿場に立ち寄っている。つまり、馬車で移動する場合は野宿をする必要がない。これは冒険者に限らず、街道を利用する者にはありがたいことだろう。
王都まであと四つの宿場を経由するそうだ。まぁ、王都まで十日だからな。九泊十日の旅程ということだ。
ところで、前世の知識では馬は時速五、六キロメートルで歩く。馬車も似たようなものだろう。そして、今回の旅では一日あたり移動に費やしている時間が大体十時間ほど。もちろん休憩はこまめに取っている。
そこから導き出されるのは、ドリージアから王都までの距離だ。一日五十から六十キロメートルを移動していると考えれば、十日間で五百キロメートルから六百キロメートルほど。つまり、東京から大阪までの距離と近いと思われる。これがはたして近いのか遠いのかは分からないが、前世の感覚からするとかなり遠いように思う。
つまり、リーファは遠距離恋愛となるわけだ。
しかし、この世界の大きさも知る必要があるな。地球と比べてどれだけ広いのか、狭いのか。まぁ、狭いということはないと思う。何故なら、リーファたちのやりとりを聞いていると、十日くらいの移動距離は大したことがないように聞こえる。
うん、地球儀とはいかなくとも、世界地図は見てみたいな。あるのかどうかは分からないが。そして、この国のことも詳しく知りたい。少なくとも、ドリージアから王都までの街道が整備されていることは分かったけど、これだけでは情報が不十分だ。
まぁ、まだ第二の人生は始まったばかりだからな。これから色々とこの世界の知識を得ていきたいと思う。
『それにしても退屈だなぁ……』
そんなことを口にしたせいか、それとも日頃の行いが悪かったのか、なんとリーファたちの馬車に盗賊団が襲ってきたのだ。なんとも命知らずだよな。当然のように次々と返り討ちにしていくリーファたち。
だが、一瞬の隙を突いて、盗賊の一人がリーファの腰にぶら下がったマジックバッグをすり盗ったのだ。マジックバッグにはリーファたちの全財産が詰め込まれている。だからだと思うが、それが分かった瞬間にリーファたちが本気を出した。
Sランク冒険者パーティーが本気を出せば、そこら辺にいる盗賊がどうなるかなんて、すぐに想像がつくだろ? その通りで、盗賊団は瞬く間に壊滅させられた。
だが、マジックバッグはリーファのもとに戻らなかった。
何故なら、盗賊団の一人によって隠されてしまったからだ。どうやら何処かの穴の中に突っ込まれたらしい。ガサガサという擦過音が聞こえていたからな。恐らくは古木にできた洞の中にでもねじ込まれたのだと思う。しかし、厄介なところに隠されたな。
『やれやれ、これは面倒なことになったぜ……』
強がりではないが、少々退屈していたところにちょうどいいアクセントが添えられた。そう思えば、このような事態も受け入れることができる。だが、リーファたちがちゃんと見つけてくれるか不安だ。
俺が声を出せれば簡単に見つけてもらえる可能性もあったが、よくよく考えれば俺は片眼鏡だし発声機能がなかった。頭の中に直接語りかけるような特殊能力もない。誰かの足音が近づいてきたが、そのまま素通りされてしまった。……おいおい、まさかこのままってことはないよな?
とはいえ、森の中から隠されたマジックバッグを探す方法なんて俺には見当もつかない。レーダーに反応するわけでもないだろうし、ビーコンのように信号を発しているわけでもない。
可能性があるとすれば、暗黒竜の素材に宿った濃密な魔素だ。それを頼りに発見してもらうというのはどうだろうか。
だが、冒険者ギルドにいた冒険者たちも、リーファがマジックバッグの中から暗黒竜の角を取り出したことで、その内に秘められた魔素濃度を感じ取れたのだ。マジックバッグ越しに魔素を感じ取ることは難しいかもしれない。
うーん、これって非常に拙い状況ではないだろうか? そう思っていると、再び足音が聞こえてきた。今度は複数人の足音だ。リーファたちだろうか?
「探知魔法によるとこの辺りのはずだぜ?」
「だが、それらしいものは見当たらないな」
「手分けして探すしかないだろう」
「よし、早速周囲を探索しよう」
声の主はリーファたちだった。流石はSランクの冒険者パーティーだな。しかし、ジャックの言葉から探知魔法というワードが聞こえてきた。物のありかを探知する魔法だろうか? 本当に便利だな、魔法というのは。それはともかく、ここまで近づいてきたのならすぐに見つけてくれるだろう。
『おーい、俺はここだぞー!』
一応叫んでみたものの、やはり俺の声は彼らに届かなかった。まぁ、分かってたことだけどな。それでもちょっぴり淋しい気分になる。暫く彼らは辺りをゴソゴソと探していたようだが、次第に音が遠ざかっていくようだった。もう随分と時間が経っているし、日が暮れているのだろう。流石に暗闇の中で探すのは大変だろうし、今夜は休んで夜が明けてから再開する感じだろうか?
マジックバッグの中には三十億ルメル相当のアイテムが入っているのだから、簡単に諦めることはないとは思ったが、それでも流石に不安になってきた。居ても立っても居られない気分になるが、そもそも片眼鏡の俺にはどうしようもないし、マジックバッグの中というのもある。
どうしようもない焦りが俺に襲い掛かる。ぬぉぉぉ、こんなことになるなら、冒険感を出せとか言うんじゃなかった! まぁ、言わなくても盗賊団は出たんだろうけれど。
そんな下らないことを考えていると、突然マジックバッグが横からググッと押される感触がした。一体なんだ!? 驚いて、周囲の状況を把握すべく耳をそばだてる。
「キュキュッ?」
何やら可愛らしい鳴き声が近くから聞こえてくる。もしかして、この洞に住む動物か何かか? そんなことを思っていたら、可愛らしい鳴き声が突然野太いおっさんの声に吹き替えられた。
「おいおい、俺っちの寝床におかしなものが詰まってやがる。これじゃあ外に出れねぇじゃねぇか!」
なんじゃこりゃ!?
突然のおっさんの野太い声に戸惑っていたが、戸惑っているのはおっさんも同じだった。どうやら先ほどマジックバッグを下から押していたのはこのおっさんらしい。
それにしても先ほどの可愛らしい声は一体何だったのだろうか? そんなことを考えていると、おっさんが一人呟き出した。
「しゃあねぇ。こいつを外に押し出すしかねぇな。ったく、腹ごしらえの前に働かされるとはな。今日はツイてねぇぜ」
どうやら、おっさんはマジックバッグを古木の洞から押し出すつもりらしい。おぉ、おっさんの頑張り次第ではリーファたちに見つけてもらえるかもしれないぞ! よし、おっさんを応援しよう。
それから暫くおっさんの「よっ!」「ほっ!」「せっ!」という掛け声とともに少しずつマジックバッグがガサガサと洞の中から押し出されていく。おっさんは身体が小さそうで、力もそれほどあるようには思えなかったが、根性だけはあるようだった。
おっさんと出会ってから約三時間が過ぎた頃、ようやく洞の入り口にマジックバッグを引っ掛けることができた。そこで、おっさんが最後の一踏ん張りと「そりゃあっ!」と大きな声を上げた結果、ドサッとマジックバッグが洞の外へ押し出された。
「ふぅ、疲れたぜ……」
おっさんはそう呟くと何処かへ去っていった。恐らく食料を探しに出掛けたのだろう。疲れたと言ってた割には元気があるな。そんな風に感心していたところ、ジャックの「見つけたぁ!」という大きな声が聞こえてきたのだった。
「ここは一度見て回ったはずだが……」
「多分、この古木の洞の中に隠されてたんじゃないか?」
「ふむ、どうやらこの洞は森鼠の巣のようだな」
「なるほど、森鼠が見つけてくれたってわけか!」
「運が良かったな」
「ともかく、無事に見つかってよかったぜ!」
「なんと言っても俺たちの全財産だからな」
「森鼠に感謝しねぇとな!」
「違いねぇ!」
「念のため、中身が無事か確認してくれ」
「うむ。……大丈夫そうだ」
「それを聞いてホッとした」
「さっさとこんなところから離れようぜ?」
「賛成だ」
「早く馬車に戻ろう」
「そうしよう!」
謎のおっさんは森鼠という動物か魔物らしい。だが、おっさんのおかげでリーファたちと無事に合流することができた。俺もオッサンに改めて感謝することにした。ありがとうな、おっさん!
さて、無事にマジックバッグを取り戻したリーファたちは馬車へと向かった。次の宿場へ向かうらしい。俺の計算に狂いがなければ、恐らく今は明け方近くのはずだ。次の宿場で一日休憩を取ることになるだろう。その理由は単に疲れを癒すためだけではない。討伐した盗賊団の首を宿場にある冒険者ギルドで引き取ってもらうためだ。
流石にリーファたちも盗賊団の首をマジックバッグには入れたくはなかったようで、ドリージアの街で買った大きめの革袋に詰め込んでいた。というか、革袋ってそんなことに使うんだな……。確かに、布製の袋だと血が染み出てくるか。血染めの布袋なんて見たくないな。
それから暫くすると、無事に次の宿場に着いた。早速冒険者ギルドに向かうようで、馬車を向かわせた。相変わらずブライアンが馬車を厩へ預けに行く。もしかすると、馬車を厩へ預けるのはブライアンの担当なのかもしれない。
ギィという音とともに、冒険者ギルドの中にリーファとジャックにマクイーンの三人が入る。すると、ざわざわとしていた室内が瞬く間に静かになった。まぁ、Sランク冒険者パーティーが登場したのだから、注目されているのかもしれない。もしくは、顔なじみのない連中がやってきたと警戒されているのだろうか。
「盗賊団を返り討ちにしたので首を持ってきた。すまないが、討伐依頼が出ていないか確認してほしい」
「盗賊団を返り討ちに……。なるほど、少々お待ちください。盗賊団、盗賊団……はい、確かに一件依頼が出ております。これですね、赤狼盗賊団の討伐依頼」
「赤狼盗賊団……聞いたことがねぇが、最近出てきたのか?」
「はい、被害報告はここ一か月に集中しております。この依頼も商業ギルドから三日前に出されたばかりのものでして」
「なるほど、俺たちが知らないのも無理はないな」
「まぁ、討伐した盗賊団が赤狼盗賊団だっけ? それと決まったわけではないし」
「ひとまず、首を確認してもらうしかないな」
そう言って、リーファたちが床にゴトッと盗賊団の生首が入った革袋を幾つか置いた。大きなゴミ袋を集積所に置いたような感じなのだと想像する。まぁ、音から重量があるだろうし、これからギルドの職員が確認をするというのだから、多少丁寧には置いたと思う。
そこへ、遅れてやってきたブライアンが合流した。どうやらブライアンも首の入った革袋を二袋持ってきたようで、同じように床にドサリと置いた。うーん、音の感じからすると十人分以上の首が入っていそうだ……。
「では、冒険者証をご提示ください」
「あぁ、確認を頼む」
「え、Sランク……!? 失礼致しました」
「そういう反応は慣れているさ」
リーファが冒険者証を取り出し、ギルド職員が驚きの声を上げた。そして、それを聞いていた周りの冒険者たちもざわめきたった。やはり、Sランク冒険者という肩書は冒険者にとって凄いものらしい。
ところで、冒険者証って、運転免許証のようなものだろうか。
例えば、扱える依頼によって資格が必要とか。採取、討伐、護衛、配達、探索、斥候などの各種資格を取るには別途試験を受ける必要があったりして。想像すると面白いが、そうなると冒険者は試験にたくさん合格しないといけないわけで、なり手が少なくなるか。
あと、ランクが何を意味するのかも気になる。
恐らくは依頼の達成数や達成率などによる成績を表しているのだろう。依頼の難易度なんかも関係しているかもしれない。はたしてどれだけの段階が設けられているのかは分からないが、冒険者がざわめくほどにはSランクは高ランクなのだと想像できる。
あぁ、そういえば。この項目があるのか確認しなければならない。
『免許の条件:眼鏡等』
きっと冒険者も目が悪いと冒険者証を持つことはできないとかあるはず。うん、十分に考えられるな。ということは、片眼鏡の俺も冒険者に需要がある可能性が出てきたかもしれない。妄想が捗るなぁ。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。