第48話 謝罪
「ふむ。女子のようじゃの」
「殿下、侮ってはなりません。この者は掠り傷だけでリーナス様に致命傷を負わせるほどの猛毒を扱っていたのです」
クリス先輩が説明する。因みに、クリス先輩は彼女の身体を弄った際に武器だけでなく毒の類も回収している。
「……なるほど。それで、この者は騎士団に引き渡すのか?」
「いえ、何者がリーナス殿にこの者を差し向けたのか、それを確認するのに第一騎士団や王都警備兵に引き渡すのは愚策と考えました。この者は儂とクリスで素性を確認し、殿下にご報告させて頂きます」
「何じゃと!? いや、待て……ふむ、なるほどな。其方の言う事情はよく分かった。あとのことは私に任せておけ。この者の身柄についてはザンテとクリスに任せよう。ただし、決して逃さぬようにな?」
「ありがとうございます。そのためのに拘束呪縛を掛けておりますからの。素性から背後関係まで、しっかりと調べ上げましょう」
「うむ、頼んだ。それで、そこの者を、何故私の前に連れてきた?」
「はっ。これについても儂のほうからご説明させて頂きます。先ほども申し上げました通り、リーナス殿は猛毒に侵されておりましたので神聖光解毒を使い回復したのですが、このことにリーナス殿は非常に感激されましてな。儂らがリーナス殿のもとに参じたのは殿下とのやりとりがきっかけです。そのことから、リーナス殿は殿下に対して非常に感謝しておられるのです。また、王国と王家、殿下を裏切ることになったことを大変悔いておられます。殿下に対して一言でも謝罪したいと申されましたので、儂の独断でリーナス殿をこの場にお連れした次第です。謝罪の言葉を受け入れるかどうかは殿下にお任せ致しますので、どうかリーナス殿に機会を頂けませぬか?」
師匠が姉弟子殿にリーナスが謝罪するに至った経緯を説明したのだけれど、俺と打ち合わせしたときよりも姉弟子殿が納得しやすい内容に整えられていた。流石は年の功か? 師匠、やるなぁ。
「……ザンテの言いたいことは分かった。では、十分やる。十分で私を納得させるだけの謝罪をしてみせよ!」
おっしゃあ! 完全に俺たちが考えていた状況に近づいてきたな。あとはリーナスが何と言って姉弟子殿に謝罪するか次第だ。リーナス、頼むから変なことを言うなよ!? 絶対だぞ!? 別にこれは前フリとかじゃないんだからな!? そんなことを思っていると、リーナスがフードを脱いで顔を露わにすると、膝をついたままずりずりと姉弟子殿の前へと進み、床に額が付くほどに頭を下げた。
「……国外追放の刑となり、ライラ殿下には二度と御前に現れるなと申し渡されましたが、この度私リーナス・メナスはライラ殿下に誠心誠意の謝罪をさせて頂きたく推参致しました。私からの謝罪の言葉を聞いて頂くにあたり、まずはどうか、私の剣をお受け取りください。そして、私の謝罪にご納得頂けない場合は、その剣で私の首をはねて頂けませんでしょうか!」
「な、なんじゃとっ!?」
リーナスが腰にぶら下げていた剣を外して目の前に置く。それを騎士が回収して姉弟子殿の目の前に差し出した。姉弟子殿も差し出された手前受け取ることを拒むことはできず、それを受け取って鞘から剣を抜く。剣先に鈍い銀色の光が宿っていた。それを見て、あまり高い剣ではないなと俺は思った。他人の剣を評論できるほどではないけれど、見た目の高級感とかは感じなかった。
「ふむ、伝説の名工ペリオンの業物か……」
「我が家に代々伝わる宝剣にございます」
えぇっ、この剣ってそんなに価値のある剣なの!? どう見てもそこらで二束三文で売られてそうな使い古された剣なんだけど……。はぁ、俺には武具の真贋を鑑定する能力はなさそうだな。いや、武具だけじゃないかもだけどさ。
姉弟子殿がリーナスから剣を受け取ると、ようやくリーナスの謝罪の準備が整った。俺はただその成り行きを見守ることしかできない。リーナス、がんばれよ! 変なことは言うなよ!
「では、其方の謝罪。しかと確かめよう」
「ありがとうございます。それでは始めさせて頂きます……」
リーナスがそう言うと、一歩下がって両膝を床につけた。そして、身を屈めるようにしながら両手を床につけると、ゴンと額を床に叩きつけるようにして、姉弟子殿への謝罪が始まった。
「この度は、ライラ殿下の御者役という大役を任されながら、ドリージア公爵の命令だったとは言え、殿下のご期待を裏切ることとなり、誠に申し訳ございませんでしたぁっ!」
その言葉に姉弟子殿が小さくため息をつく。分かっていたこととは言え、本人から言われると辛いものがあるな。しかも、リーナスは未だにドリージア侯爵のことを公爵と呼んでいる。あのあとのことを聞かされていないのだろう。なんだか可哀想な気もするな。
「ふん、幾ら謝罪されても「殿下!」」
姉弟子殿の言葉を遮るように師匠が声を被せる。本来ならば不敬なことであり絶対にしないことを師匠がやった。姉弟子殿もそれを察して、渋々と言った様子で口を噤む。そして、師匠が姉弟子に謝罪はまだ終わっていないことを告げると、再びリーナスが声を上げた。
「今後は生涯を通して王国、王家、そしてライラ殿下に絶対の忠誠を誓います。何があっても他者の誘いに乗るようなことは致しません。例え、それが家族であってもです……。ライラ殿下、私の謝罪と覚悟を受け取って頂けませんでしょうか。もしも受け取って頂けないようでしたら、その剣で私の首を刎ね飛ばして頂いて構いません!」
リーナスの覚悟が籠った言葉が部屋中に響き渡る。恐らくは、扉越しに外に待機している騎士たちにも聞こえていることだろう。部屋の中にいる騎士とレムラも驚いている。
では、姉弟子殿はというと……完全に冷めていた。
あ、これ失敗したかも……。姉弟子殿はおもむろに立ち上がりリーナスから預かった剣を鞘からすっと抜くと、それをすかさずリーナスの首筋に突きつけた。それを見て、師匠とクリス先輩が慌てるが、最早手遅れだろう。
つつつと首筋に赤いものが伝う。そこに俄かに吹き出たリーナスの汗が混じり合って剣先から床に滴り落ちた。恐らくはリーナスの視界にもその様子が入っていたことだろう。いや、必死に堪えて目を瞑っているのかもしれない。
「……其方の謝罪は受け入れよう。じゃが、このような茶番で失った信用、そして信頼を取り戻すことはできん」
「うぐっ……」
「まずは、近衛騎士の見習いからやり直してもらう。そのうえで、王国と王家、そして私からの信用と信頼を再び得たと認められる功績を残せ。その時は専属の近衛騎士として迎え入れてやろう」
「へはっ!? はっ、ははぁっ!」
奇妙な声を上げながら頭を床に擦り付けるように下げるリーナスの様子に、姉弟子殿も少しばかり笑みを浮かべた。どうやら、作戦は上手くいったらしい。俺もホッと一息ついた。
「うむ。中々の覚悟であったぞ、リーナス。ザンテよ、リーナスの傷を治してやれ。クリスは剣と床についた血を魔法で掃除するように。レムラは紙とペンにインク壺を用意せよ。今からリーナスの国外追放の刑に恩赦を与える書状と、第二近衛騎士団への編入依頼の書類を用意せねばならぬからの。それから、其方は皆に此度のことを伝えに行くが良い。気になっておる者も多かろう」
姉弟子はそう言うと、リーナスの剣と鞘をクリスに預けて、自分は席に着いて冷めきったお茶に口を付けた。師匠がリーナスの首筋に光癒の魔法を掛けて傷を塞ぐと、リーナスを立たせようとする。だが、リーナスは腰が抜けたみたいで、その場にへたり込んだ。これは仕方がないかも知れないな。
クリス先輩は姉弟子殿から受け取った剣に清潔化の魔法を掛けて汚れを取り除くと、同時に床に付いた血も綺麗に掃除した。それを見たレムラが感嘆の声を上げる。魔法を掃除に使うという発想は彼女にはなかったらしい。そんなレムラは姉弟子殿に言われた通り、数枚の紙とペンにインク壺などを用意してテーブルに置いた。
リーナスの謝罪を見守っていた騎士は、姉弟子殿の言葉を受けると、深々と礼をして扉から出て行った。すると、彼が部屋から出た途端に扉越しに「ライラ殿下がリーナス様を御赦しになられたぞぉ!」という声が聞こえ、すぐに「本当か!?」「やった!」「良かったな!」「流石はライラ殿下だ、懐が深い!」「おい、詳しい話を聞かせてくれ!」などという声が上がるのが耳に入ってきた。これには姉弟子殿も薄く苦笑いを浮かべていたが、まんざらでもなさそうだ。
これで姉弟子殿の評判は上がることになるだろうな。その一方で「甘い」という評価がされるかもしれない。何せ、命の危険に晒した裏切り者を許したのだから。しかし、姉弟子殿がどういう状況でリーナスを許したのか、先ほどの騎士から詳細が伝わればそのような評価も覆ることだろう。何せ、リーナスは姉弟子殿に命を委ねての謝罪を行ったのだから。
今回の一件がきっかけとなり、土下座がいつしか「リーナス式謝罪」とか「リーナス」と呼ばれ、「リーナスする」などという言葉が生まれるのだけれど、今はまだ知る由もなかった。
「よし、できたぞ。レムラよ、早速これをゴルシードのところへ届けてくれ。リーナス、其方も一緒に向かうとよいじゃろう。そこで新たに騎士として出直してくるとよい」
「はっ! ありがとうございますっ!」
そう言って、ふたつの封筒をレムラに手渡す。すると、それを恭しく受け取ったレムラがリーナスとともに一礼して部屋から出て行った。今部屋の中に残っているのは姉弟子殿と師匠、クリス先輩の三人だけだ。いや、正確には俺もいるんだけど、そこは気にしない。
「さて、ザンテよ。此度の件について一体どういうことなのか、詳しく説明してくれるのじゃろうな?」
「……はっ、誠に申し訳ございません」
「ほう、何か謝罪せねばならぬことでもしたのかのう?」
「いえ、決してそういうわけでは……」
『……今回の件はすべて俺が考えてやったことだ。師匠、俺が考えたことだと姉弟子殿に説明してくれ!』
「……ユーマ、良いのか?」
『当然だろう。実際、俺が考えて師匠にお願いしたことばかりなんだから。姉弟子殿には事実を伝えてほしい』
「そこまで言うのならば仕方がないのう。殿下、この度の件はユーマの考えに儂が賛同して行ったことです」
「何、ユーマの考えじゃと?」
「はい。今回の件はユーマの提案したリーナス殿に協力頂くことがどういうことに繋がるのか、儂がユーマに説明したことが始まりです。儂の説明を聞いて、ユーマもリーナス殿を頼るのは下策だったと理解し反省致しました。しかし、実際に儂らが殿下の騎士を探すにあたって、頼れるのがリーナス殿しかいなかったことも事実。そういうわけでリーナス殿を探していたところ、暗殺者に倒されているところを見かけたので助けたのですが……この状況を上手く活用できないかと考えたのです。例えば、今回儂らがリーナス殿を探していた理由は、殿下がリーナス殿の危機を察知していたためだと伝えれば、彼は殿下に感謝するかもしれないと。そうすれば、リーナス殿は殿下を裏切ったことを後悔し、殿下のご慈悲に心を打たれて、改心するのではないかと。そう考えたのです……」
「……まったく、馬鹿なことを考えたの」
「はい。ですが、その目論見は見事に当たりました。彼は殿下に感謝し、王国と王家、そして何よりも殿下を裏切ったことを後悔しておりました。そこで儂らはリーナス殿に、誠心誠意の謝罪をして見せよ、そうすれば殿下がお赦しになられる可能性が少しはあるかもしれないと伝えたのです。その際、ユーマから土下座という異世界の謝罪方法があると聞き、これしかないと思ってリーナス殿にその方法を伝えたのです」
「なるほどな、やはりユーマの入れ知恵であったか。何とも奇をてらった方法を使ってきたなと思っていたのじゃが、異世界の作法を取り入れたというのであれば納得できる」
「そうして、今に至るというわけです。殿下を欺くようなことをしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。リーナス殿ではございませんが、儂も土下座をして許しを得なければと考えておりました」
「やめよ、私の部屋を血で汚すでない。まったく、ユーマはとんでもない作法を教えてくれたものよ。今後はあれがこの国の最上位の謝罪となる可能性があると考えると頭が痛くなるぞ。何せ、王族から国外追放の刑と面会謝絶の命令を取り消し、見習いとはいえ再び近衛騎士の地位に返り咲くことになるほどの誠意と謝意、そして覚悟を示したことになるのじゃからの」
「それだけではございません。殿下が慈悲の心、寛大な心を持つ御方であると世間に知らしめることにもなりましょう。それは第一王女として、王位継承権第一位としての地位を盤石にすることでしょう」
「ふむ。逆に、あの場でリーナスを処刑しておれば……いや、過ぎたことじゃ、今さら考えても仕方がないの。ザンテ、クリス、そしてユーマよ。其方らの行動により、我が国は優秀な騎士を失わずに済んだ。そればかりか、私の専属の護衛騎士の候補を確保することができた。また、私の世間からの評価も高まる可能性がある。見事な働きであった。褒めてつかわす!」
「ははっ、ありがとうございます。殿下の寛大な御心に感謝致しますぞ!」
「殿下、ありがとうございます! これからも誠心誠意お仕え致します!」
『ふぅ。とりあえず、怒られることにならなくて良かったぜ。姉弟子殿の懐の深さに感謝するしかないなぁ』
思い思いに姉弟子殿に感謝の気持ちを伝えると、俄かに弛緩した空気が生まれる。ふぅ、これでようやく一息付けるな。そう思っていたら、姉弟子殿が「ところで」と言いつつ、クリス先輩のほうを向いた。
「その者をどうするつもりじゃ?」
おっと、そうだった。
暗殺者の彼女を放置していたのを忘れていた。彼女は既に気が付いているようで、姉弟子殿にじっと視線を送り付けていたのだ。はてさて、どうしたものか。リーナスのことばかり考えていて彼女をどうするのかまったく考えていなかったなぁ。ちょうど三人揃っていることだし、今後のことについて相談することにしよう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




