第45話 捜索
「そうですな……魔法でも対応できますが、魔道具を用意したほうが間違いないかと。ですが、今から用意するにも時間が掛かりましょう。それに費用もかなり掛かるかと……」
師匠がそう答えると、姉弟子殿が「ふむ」と頷いた。リーナスの顔や魔素の反応を偽るくらい、闇魔法を使えば何とかなる。だけど、魔法は解除できてしまう。いや、解除しなければいいじゃないかと思うかもしれないけれど、ふとした拍子で誤って解除される可能性もなくはない。例えば、使用していた複数の魔法を解除する際に全解除してしまうという事故は考えられるし、対魔法結界なんかに引っ掛かる可能性も考えられる。
そのため、永続的に効果が得られる魔道具を用意したほうがいいというのが師匠の意見だった。ただ、そんな都合のいい魔道具が簡単に手に入るはずがなかった。その理由は簡単で、顔や魔素を偽る魔道具は犯罪に使われる可能性があるためだ。闇魔法だって禁忌とされているくらいなんだから当然だよな。というか、そんなものが簡単に手に入るのなら、わざわざ魔法を駆使して王城に忍び込んだりしない。
『それじゃあ、どうやって魔道具を手に入れるんだ?』
「うむ、錬金術師に作ってもらうしかなかろう」
『なるほど、オーダーメイドというわけか。高く付きそうだな』
「当然じゃろう。それに、盗難防止や紛失防止の処理も施す必要があるし、管理も厳重に行わねばならん。そして、一番重要なのは、そのような魔道具を作ってくれる錬金術師がいないということじゃ」
『錬金術師がいない? どういうこと?』
「例えばユーマが錬金術師じゃったとして、見ず知らずの者から顔と魔素を偽ることができる魔道具を作ってくれと依頼されたら、その依頼を受けるかの?」
『うーん、報酬次第なら……いや、受けないな。下手をしたら犯罪行為に加担したと罰せられるかもしれないし。……あぁ、そういうことか。依頼を受けてくれる錬金術師がいないってことだな?』
「そういうことじゃ」
『なるほど。でも、それならなんであんな提案したんだ?』
「うむ。これは殿下にお願いすることになるのじゃが、それだけではなく、国王陛下にもご協力を願わねばならん。リーナス殿を嫌っておられる殿下に受け入れて頂けるか……」
そう言いながら師匠が姉弟子殿に視線を送ると、姉弟子殿は何やら察したようで急に不機嫌になる。俺にはその理由が分からなかった。
「……それではリーナスを許せと申しておるのと同義ではないか。私は許すつもりはないぞ。少なくとも、あやつから誠心誠意の謝罪がなければ話にならぬ! その案は却下じゃ!」
どうやら、師匠の提案を受け入れることは姉弟子殿がリーナスを許すことに繋がるらしい。それはともかく、姉弟子殿はリーナスが誠心誠意謝罪すれば許すことも考えると言った。これは言質を取ったほうが良くないか? だって、逆に言うと……。
『逆に言うと、リーナスから誠心誠意の謝罪があれば、姉弟子殿が許す可能性もあるってことだよな? それなら、早速リーナスを探す必要があるな。流石にまだ王都から出てはいないはずだ』
「うむ、その通りじゃの。殿下、それでは儂がリーナス殿を探し出して、この場に連れて参ります。そして、必ずや誠心誠意、殿下に謝罪させますので、どうかご検討を頂けばと……!」
「仕方があるまい、其方の意見を受け入れよう。ただし、期限を設ける。……本日中じゃ。本日中にあやつに謝罪させるのじゃ。そうすれば、其方の意見も前向きに検討しよう。それ以降は受け付けぬ!」
「はっ、ありがとうございます。それでは、早速リーナス殿を探しに向かいます。クリス、ゆくぞ! 殿下、失礼致します!」
「はい、お師匠様! 殿下、失礼致します!」
「……ふん」
こうして師匠とクリス先輩は姉弟子殿の部屋を退出すると、そのまま王城をあとにした。それは別にいいんだけど、師匠の話を聞いて急に姉弟子殿が不機嫌になった理由くらいは知っておきたい。そう思って、一体どういうことなのかと師匠に聞いてみることにした。
そうして師匠から聞いた話は、「そりゃあ、姉弟子殿も怒るよな」と納得できるものだった。
犯罪に使われかねない魔道具を錬金術師に作ってもらうには、それ相応に信用されるところから発注するしかない。例えば『王国』とか『王家』なんかがそれに当たる。「貴族である」というだけでは信用が足りないのだ。それは第一王女であり、王位継承権第一位である姉弟子殿でも同じだった。
そう、第一王女も王位継承権第一位も絶対的な立場ではないのだ。特に王位継承権については姉弟子殿も含め、複数の王子と王女により争われている最中であり、その争いに魔道具が使われる可能性もなくはない。まともな錬金術師なら、姉弟子殿の依頼であっても受けてくれないという状況なのだ。
そこで、姉弟子殿ではなく国王からの依頼であれば、錬金術師も依頼を受けてくれるのではないかと師匠は考えたらしい。まぁ、この国の王ならば信用もできるし、依頼も受けてくれるかもしれない。では、何故それが姉弟子殿がリーナスを許すことに繋がるのか。
姉弟子殿はリーナスを貴族たちの面前で国外追放した。そして、二度と顔も見たくないと言ったのだ。それだけ拒絶した相手に自分の騎士を探すためとはいえ協力させる。そして、自分のメンツを守るためだけに顔と名前を偽る魔道具を国王に強請ろうというのだ。
他の者にしてみれば、「謁見の間であんなに拒否したのに、結局はリーナス殿に頼るのか」と思われて、姉弟子殿のイメージダウンに繋がるというのがひとつ。まぁ、それを受け入れてでも護衛役に登用したのであれば、美談になる可能性はあるかもしれないけど。
また、国王に頼るのは「実は殿下もリーナスを認めていたのだろう」とか、「あそこまで拒否したせいで頭を下げ辛くなった」とか、「国王に間を取り持ってほしくて泣きついた」などと、誤解を生む可能性も十分にあった。ネガティブな反応は避けたほうがいい。
そして、「王位継承権第一位といっても、国王陛下に頼らねば何もできない」と侮られる可能性もあった。つまり、俺が提案した「リーナスを協力者にする」という提案は、姉弟子殿にとって、非常にリスクの高い内容だったのだ。そこまでは考えが至らなかったな。
もっと言うと、リーナスに協力させるためだけにそこまでするのならば、リーナスを許してそのまま護衛にしたほうが早いんじゃないかという話も出てくる。確かに魔道具も不要になるし一石二鳥だな。
『……あー、俺のせいでややこしいことになったんだな』
「じゃが、他に頼れる者がいないのは事実じゃからのう。あまり気にする必要はなかろう。そのようなことよりも、勢いで王城から飛び出てきたわけじゃが、リーナス殿は一体どこにおられるのやら……」
「えっ? お師匠様、心当たりもなく出てきたのですか!?」
「クリスは心当たりがあるのか?」
「あるわけないでしょう! お師匠様に付いてきたんですよ!?」
『ここは少し落ち着こう。普通に考えれば、近衛騎士の地位を剥奪されて、国外追放される身だからな。まずは、王都にいる家族に別れの挨拶をするはずだ』
「うむ! つまり、リーナス殿の生家、キメリー夫人の屋敷に向かえば良いのじゃな!」
『普通はそう考えるよな。でも、昨日の内に別れの挨拶ぐらいは済ませているだろう。そう考えると、あとは王都を出て今後の生活を維持するための手段を確保するはずだ。つまり、身分に関係なく成果の分だけ報酬が得られる冒険者ギルドに所属するはずだ!』
「なるほど、確かに王国を追放された身でも冒険者ギルドには登録できるし、金を手っ取り早く稼ぐならば一番最初の選択肢に挙がるの。よし! 今すぐに冒険者ギルドに向かおう!」
『いや、リーナスならば、冒険者ギルドにも既に登録を終えている頃だろう。つまり、今のリーナスは王都を出る準備が整った状態と見ていい。そして、長く後援者だったドリージア侯爵も今や頼ることはできない。王国から出ていくにもあまり費用が掛からない交通機関を使うはずだ。でも、流石に徒歩や馬というのは考え難い。そこから導き出される答えは……そう、乗合馬車を活用するはずだ!』
「なるほどのう! 確かに乗合馬車ならば、比較的安価で安全に王国の内外を移動することができる。乗合馬車の発着場といえば西門と東門が有名じゃが、南と北にもあるぞ。どこに向かうつもりじゃ?」
『ここで魔素探知を使おうと思う。リーナスの魔素を王都の中から探し出せれば、簡単に見つけられると思うんだ』
「ほう、王都全体に魔素探知を使うというのか?」
『まぁ、そういうことだ』
「ユーマの魔素探知は随分と探知範囲が広いのう」
師匠には魔素探知を使うと言っておきながら、実際にはスキルの前世之知識を発動し、地図検索を行うことにした。そう、俺はリーナスの魔素を記憶したのだ。これで俺はいつでもリーナスの居場所を探ることができる。いや、別に知りたいとは思わないけどね。
とはいえ、こんなことができるなんて、師匠に伝えて良いものなのか判断に悩む。使い方によってはストーカーまがいのことができてしまうのだから。うん、ここは俺の魔素探知の探知範囲が特別に広かったということにして、黙っておくことにしよう。
そんなことを思いながら、地図の左側にあるサイドバーからリーナスの名前の隣にあるトグルボタンをオンにした。すると、瞬く間にリーナスの居場所が分かった。俺の推理通り、乗合馬車に乗るつもりなのか、西門の発着場近くにいるようだった。
『おっ、どうやらリーナスは西門にいるみたいだぞ? 早速西門のほうに向かおう! さぁ、クリス先輩にも説明してくれ!』
「ふむ、西門か……。クリスよ。ユーマが魔素探知を行ったところ、リーナス殿の魔素を西門のほうで確認したらしい。儂らも西門に向かうことにしよう」
「わかりました。しかし、西門ということはドリージアに向かわれるのでしょうか? その先にはクライハート王国がありますが……」
「クライハート王国は我が国と友好関係にある。我が国から国外追放を言い渡されたリーナス殿がすんなりと受け入れられるとは思えんのじゃがな……。普通ならば、外交上の問題になるからのう」
『そう言われると、そうかもな。せっかく友好関係にあるのに、わざわざ不和の原因になるような人物を受け入れないよな』
「何か当てでもあるのでしょうか?」
「さてな。じゃが、リーナス殿と接触する際には警戒しておくに越したことはないじゃろう。さぁ、早速西門へと向かうとしよう!」
師匠が「急ぐぞ」と言うので、どうするつもりなのかと思ったら、運良く近くを通った王都内を周回している乗合馬車に飛び乗った。この馬車は西門行きらしいので、寝ていても辿り着けるな。
なるほど、これは前世で言うところの路線バスみたいなものだな。そう考えると、王都から遠方へと向かう乗合馬車は夜行バスとか高速バスのような存在なのだろうか。高速道路はないけれど。
運賃は大人一人五百ルメル、子供は半額の二百五十ルメルと、なかなかのお値段だった。田舎の路線バス並みだな。道理で空いていたわけだわ。
ともかく、師匠とクリス先輩を歩き疲れさせる事態にならなくて良かったよ。ここから西門まで結構あるからな。そんなことを考えながら、しばらく馬車に揺られていると、終点の西門へと辿り着いた。
発着場に降りると、早速リーナスの姿を探す。だけど、騎士鎧姿のリーナスしか見てこなかったせいか、普段着姿のリーナスを目視で西門の近くを行き交う人々の中から探すのはなかなかに難しい。週末の渋谷のセンター街よりも人が多いんじゃないか。ということで、早速スキル前世之知識を再び使って確認することにした。
残り時間を気にしながらも、リーナスの居場所を確認すると、どうやら人目につかない裏路地にいるようだった。姉弟子殿から王国からの追放を言い渡されたのだし、隠れるようにしているのも無理はないか。そう思っていたのだけれど、なんだか様子がおかしい。
先ほどからリーナスは裏路地でちょこまかと忙しなく動き回っているようだった。地図検索というか、魔素による位置情報の精度が想像以上に高いのか、逆に精度が低いのか判断できないが、リーナスの身に何が起こっているのではないかと少し心配になる。
リーナスが身を潜めるつもりであれば、じっとしているはずだし、何かトラブルでも起こったのかもしれない。まさか、こんな場所でいきなり反復横跳びを始めるわけがないだろう。いや、まさかな?
『師匠、リーナスはここから二ブロック先を右に曲がった路地裏にいるみたいだ。ただ、何かトラブルに遭遇しているかもしれない。念のため警戒しておいてくれ!』
「うむ、わかった。クリスよ、ここから先は何が起こるか分からん。くれぐれも警戒を怠るでないぞ! さぁ、ゆくぞ!」
「はっ! 承知致しました!」
クリス先輩が師匠の言葉に気を引き締めると、それを見た師匠が俺のナビゲーションに従って二ブロック先の裏路地へと足早に向かう。ここまでくればスキル前世之知識は終了して、魔素探知で問題ないだろう。そう思って、リーナスの魔素を探知しようとしたら、急激に魔素の反応が小さくなり始めた。騎士であるリーナスが魔素を隠すような技術を持っているわけがない。となると……!?
『師匠、リーナスの魔素の反応が急激に小さくなったぞ!』
「まさか、何かあったのか!?」
『何にせよ、急ぐしかないな!』
とはいえ、流石に王都の西門の前ということで、人混みが師匠とクリス先輩を思うように目的地に向かわせてくれない。まったく、空でも飛べたら良いのだけれど……って、そうだよ! 飛翔と浮遊を使えば良いじゃないか!
『師匠、飛翔と浮遊で飛んでいったほうが早く着くぞ!』
「確かにそうじゃの、クリスよ儂に掴まれ! 強くじゃぞ!」
「は、はい!」
クリス先輩が師匠のローブを掴むと、師匠が素早く飛翔の詠唱だけを済ませて、クリス先輩を左腕で抱きしめた。突然のことに驚いたクリス先輩だったが、状況を把握したのか素早く師匠に抱きつくと、そのままふたりはフワリと空中に浮かんで、瞬く間に二ブロック先の裏路地に辿り着いた。道中、多くの人が空を見上げて師匠とクリス先輩を見て「魔法師だ!」とか、「何事だ!?」などと驚いていたが、今回は緊急事態なので気にしている場合ではない。
そうして裏路地に到着すると、そこには息も絶え絶えな状態で倒れているリーナスが目に入った。その傍らにはリーナスのものと思われる長剣が転がっている。これでも第二近衛騎士団の団長を務めた男だぞ? そんな男が倒されているということは……目の前にいる黒尽くめの不審者が相当強いことが伺える。そのことを察した師匠が急ぎリーナスの傍に降り立った。
「リーナス殿、無事かっ!?」
「一体何者です!?」
「……」
黒尽くめの不審者は、突然上空から現れた師匠とクリス先輩の姿に驚いた様子だったが、すぐにこちらに武器を向けて構えてきた。
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