第41話 尋問
大勢の貴族たちが見守る中、リーナスへの尋問が始まった。尋問は国王に代わり宰相が行うらしく、リーナスの前に出て問い掛ける。
「ライラ殿下の御者役であった其方が一人王城へと戻ってきたことに皆驚き戸惑っています。まずはその理由を皆に説明しなさい」
「はっ。洗礼の洞窟にライラ殿下とザンテ殿、クリス殿が入られてからしばらく経った頃、強い地揺れがありました。その影響で、洞窟の上から巨大な岩の塊が落ちてきたのです。そのせいで洞窟の入口が閉ざされてしまいました。私一人の力ではどうすることもできず、やむを得ず、応援を呼ぶために王城へと戻ってきた次第です」
「ふむ。この辺りでは地揺れなど起こりませんでしたが……」
「恐らくは局地的なものだったのだと思われます」
「なるほど。確かにそうかもしれませんね。ところで、殿下の護衛役は宮廷魔法師のザンテでした。彼は王国でも数少ない全属性持ちの魔法師です。洞窟の入口が岩で閉ざされたくらい、どうにかできるとは思わなかったのですか?」
「はい、思いませんでした。私はイネスとの模擬試合の結果に疑問を持っていたのです。魔素枯れとなった魔法師が本当にイネスを倒すだけの力を持っていたのかと。そこで、私は彼の魔素量を確認するべく、魔道具を使って確認致しました。その結果がこちらです!」
そう言って、リーナスが魔道具を宰相に差し出した。それを確認した宰相が魔道具を国王に渡す。それを確認した国王が姉弟子殿や師匠とクリス先輩にも見えるように高く掲げた。うん、不自然だからやめたほうがいいと思う。でも、俺も気にはなっていたので確認すると、そこには九十三という数字が書かれていた。たぶん魔素量を数値化したものだろう。
『師匠、九十三ってどうなんだ?』
「うむ、非常に少ないのう。一般人レベルじゃな。魔法師を名乗るならば最低でも三万アルコは欲しいところじゃの」
『なるほど……』
師匠の魔素量については洗礼の洞窟で魔素探知を試していた時に何となく気づいてはいた。かなり少ないんだろうな、と。いや、姉弟子殿やクリス先輩と比較した結果かなり少なく感じたので、実際のところどうなのかなと気になってはいたのだけど、そんなことを師匠本人に聞くわけにはいかず、モヤモヤとはしていたのだ。
しかし、一般人と同じレベルとなると、師匠の魔素量は相当少ないんだろうな。魔法師を名乗るなら三万は必要ってことは、一般人の三百倍は必要ってことになる。そりゃあ魔法師自体が少ないわけだよと納得してしまった。俺が魔素探知した限りでは、姉弟子殿はかなりの魔素量を秘めていたし、クリス先輩はそれ以上の魔素を秘めていた。二人とも優秀な魔法師になれるのだろう。
少々話が逸れてしまった。ともかく、旅の途中でリーナスは師匠の魔素量を魔道具で測り、魔法師に相応しい魔素量が備わっていないと判断したらしい。しかも、イネスとの模擬試合の頃から師匠の実力を疑っていたという。何というか、嫌なやつだな。
「なるほど、確かにこれでは一般人と変わらない魔素量ですね。しかし、彼は経験豊富な魔法師です。自分の魔素量を隠すくらいできたのでは?」
「そ、それは……しかし、そのようなことをする意味がございません。魔素量が多いほど魔物は寄ってきませんので」
「弟子のクリスは彼よりも豊富な魔素量を誇ると聞いています。彼の魔素量は確認していないのですか?」
「いえ……」
「では、洗礼の洞窟に着くまでの三日間の道中で、ザンテが魔法を使うところは見たのですか?」
「……はい」
「ほう。それは不思議ですね。一般人と変わらない魔素量しかないはずの魔法師が魔法を使うところを見たというのです。自分でおかしなことを言っているとは思いませんか?」
「……思います。ですが、この魔道具は信頼できる方からお借りした貴重な魔道具です。不具合が起こったとは考えられません。恐らく彼が何らかの不正を働いているのだと思われます」
「因みに、その魔道具を其方に預けたのは誰ですか?」
「……言えません」
「……まぁ、いいでしょう。ちなみに、ザンテの弟子であるクリスも荷運び役として付いていましたね。彼ならば殿下を無事に洞窟の外へと連れ出せたのではないですか?」
「それは難しいでしょう。彼はまだ子供です。いくら実力があったとしても実戦経験が不足しています。彼一人では祠の間の岩人形を相手にするのは厳しいでしょう。しかも、殿下とザンテ殿を守りながらとなると、とてもとても……」
「なるほど。つまり、其方はザンテとクリスの二人では殿下の命を守りきれないと言いたいのですね?」
「はい、その通りです。もしかすると、既に手遅れかもしれません。ですが、まだ間に合う可能性もあります。どうか、騎士団を向かわせてください! お願い致します!」
「……もし仮に、殿下が助からなかった場合、其方はどう責任を取るつもりですか?」
「……責任を取り、近衛騎士団を辞する所存です」
「それだけですか? 其方は王家への謀反、ひいては国家反逆の罪に問われる可能性があるのですよ?」
「それは……流石に、ただの御者役に対して過分な責任の押し付けではないでしょうか? 確かに、私は殿下をお守りする近衛騎士として尽力すると申しましたが、本来は護衛役の務め。ザンテ殿こそがその責任を取るべきでは?」
「では、すべての責任はザンテにあるというのですね?」
「もちろんです。……さらに忌憚なく意見を申し上げるならば、魔素枯れの魔法師であるザンテ殿を殿下の護衛役に認められた陛下と宰相閣下にも責任があると思います!」
「よく言った!」
リーナスの言葉は王家への批判だった。周りの貴族たちが俄かにざわめく中、突然リーナスに同意する声が上がる。その声の主は思った通りドリージア公爵だった。この人は王家への反意を隠そうともしないな。まぁ、自分は王兄で、唯一の公爵でもあるから、そう簡単には罰せられることはないと高を括っているのだろう。
それはともかく、ドリージア公爵がリーナスに同意する声を上げたせいで、リーナス批判派も黙っていられない状況になってしまった。これは荒れるだろうな。
「何を言う! その者は不敬にも王家への批判を、あろうことか陛下の御前で口にしたのだぞ!? これは不敬罪の範疇に収まらぬ重罪であるぞ! それに加担するようなことを申す貴殿も同罪だ!」
思った通り、メノー侯爵が怒りの声を上げる。そして、取り巻きが同意するように声を上げ始めた。その様子を中立派は見守っているだけのようだが、流石にリーナスの王家への批判は容認できるものではないし、メノー侯爵の言う通り、不敬罪に当たるとは考えているようで、ぼそぼそとではあるが、メノー侯爵の意見に同意する声が聞こえてくる。ふむ、今のところの形勢としてはメノー侯爵が有利だな。当然と言えば当然だけど。
「静まりなさい!」
そんな騒ぎに対して堪忍袋の緒が切れたらしく、宰相が貴族たちに向かって大きな声を上げた。その声を聞いて、再び謁見の間に静寂が訪れる。ドリージア公爵もメノー侯爵も大人しくなった。俺が思っていた以上に宰相の言葉には力があるらしい。
「今は尋問中です。意見のある者は後ほど話を伺いましょう、私の執務室でね。さて、先ほどのリーナスの言葉ですが、王家への反意ありとみなすこともできます。陛下、どのように裁定なされますか?」
「……うむ。確かに、魔素枯れの魔法師をライラの護衛役に選んでいたとなれば、ライラの命を危険に晒させた責任は余にあると言えるだろう。だが、余はザンテがただの魔素枯れの魔法師などではないと信じておる。もしも、ザンテがライラを守り切れなかったというのであれば、其方を不敬罪に問うことはない。また、その際には余は責任を取り、王位を退くことにしよう」
謁見の間が再びざわざわとし始めるが、先ほどの宰相の言葉もあってか、それとも国王の言葉とあってか、先ほどのような騒ぎにはならない。その様子を静かに見守っていると、ドリージア公爵が国王に向かって言葉を投げ掛けた。
「フェーヴル、その言葉に偽りはないな?」
「……無論だ」
「よし、決まりだな。ゴルシード、リーナスを不敬罪に問うかどうかはライラの救出を試みてからでよかろう。まぁ、生きている望みは薄いだろうが、魔法師が護衛に失敗したという証拠が必要だからな。早速、騎士団を送り込む手配を進めろ」
そう言って、にやりと笑いながらドリージア公爵が引き下がって宰相に話を戻した。勝手に国王と話を付けてリーナスの不敬罪の判断を先送りにしたのだ。宰相としては「勝手なことをしやがって」と思っているはずだ。
国王が、師匠が姉弟子殿を守り切れなかった場合は責任を取って退位すると言ったのだ。つまり、姉弟子殿が洗礼の洞窟で死んでいた場合、国王は退位するのだという。その言質を取ったことで、ドリージア公爵は次期国王に自分がなれるとでも思ったのだろう。ドリージア公爵としては面白い状況になったと思っているはずだ。
だが、それ以上に面白い状況になってきたと思っている者がこの謁見の間にはいる。そう、国王と宰相の二人だ。俺なら餌に食いついた魚を見て小躍りしたくなるところだけど、流石は王族と上位貴族といった様子で、その表情は硬いままだった。うーん、オスカーを取れるくらいの名演技だな。
「お待ち下さい。その前に、リーナスに最後の尋問を行います。昨年カロード殿下の洗礼の儀の際に、魔寄せの瞳という魔導具を持っていきましたか?」
「……いいえ、そのような魔導具は使っておりません」
「魔寄せの瞳という魔導具の効果は知っていますか?」
「はい。散り散りになっている魔物を一か所に集める際に使用する魔道具です」
「……では、最後に其方からこの場にいる者に伝えたいことはありますか?」
「はい。洗礼の儀の護衛役は代々第二近衛騎士団の団長が務めて参りました。それが陛下のご意向でライラ殿下の護衛役を魔法師なんかに任せたばかりに、このような事態となってしまったのです。今後は従来通り、第二近衛騎士団に護衛役を任せるべきかと思います! また、ライラ殿下が専属の魔法師を置くことをお認めになられたことも問題があると考えております。王子や王女の専属の護衛役ならば、第二近衛騎士団から選ばれるべきです。このままでは第二近衛騎士団の存在意義が問われかねません!」
何というか、最後の最後で地が出てしまった感じかな。洗礼の洞窟の入口を巨大な岩が塞いだのを自分ではどうにもできないという理由で王城に一人で戻って来たんだろう。それなのに、従来通り第二近衛騎士団に護衛役を任せておけばよかったなんて言われても説得力がまったくないのだけれど。それに専属の魔法師の件は姉弟子殿が師匠に三つの依頼をするためだったけど、結局のところ周辺の貴族や第二近衛騎士団を信用できなくなったからそんな話が出てきたわけで、完全に身から出た錆なのだけどな。
その辺が分かってないというか、第二近衛騎士団至上主義なんだろう。というか、リーナスは第一近衛騎士団に転籍していたはず。やっぱり未練があるのかな。いや、そんなことはどうでもいい。それよりも、リーナスの言葉の節々から出てくる魔法師への敵愾心だ。「魔法師なんかに」などと言っていることからも分かる通り、リーナスはあまり魔法師に対して良い感情を持っていないようだ。もしかするとこれはリーナスだけじゃなくて、近衛騎士団全体にある感情なのかもしれない。だって、魔法師殺しなんていうのもいるくらいだし。
「……分かりました。これにて尋問は終了と致します」
こうして、ようやくリーナスへの尋問が終わった。宰相の言葉を聞いて、そわそわとしている貴族がいた。それはリーナス擁護派の貴族たちで、その筆頭がドリージア公爵だ。恐らく彼らは、これより国王が姉弟子殿の救出に騎士団を派遣すると思っているのだろう。そして、その結果次第で国王が退位し、新たに自分が新たな国王に就任するのだと考えているはずだ。
だが、そうはいかない。何故なら、俺たちはここにいるのだから。
「それでは、陛下。これからのことについて皆への説明をお願い致します」
今の宰相の言葉に違和感を覚えた貴族はどれだけいたのかな。「皆への指示」ではなく「皆への説明」と言ったのだ。つまり、これから国王が伝える内容は説明なのだ。何の説明かなんて、決まっている。さて、そろそろ俺も心の準備をしておく必要があるな。
「うむ。皆がライラの身を案じてくれていることはよく分かった。早速救出に向かうため、第一騎士団に準備をさせよ、と普段ならば言うところだ。だが、今回はそのような指示を出すつもりはない」
「陛下!? まさか、ライラ殿下を諦めるおつもりですかっ!?」
メノー侯爵が国王の言葉に驚いて声を上げた。すると、ドリージア公爵も疑うように声を上げる。
「まさか、先ほどの言葉を反故にするつもりではあるまいな!?」
二人の言葉に謁見の間は騒然とする。確かにメノー侯爵の言うように、国王の言葉は姉弟子殿の救出を諦めたとも取れる内容だったからだ。そして、ドリージア公爵の言うように、姉弟子殿の救出に向かわないということは、師匠が姉弟子殿を守りきれなかったという証拠を探すつもりがないとも受け取れた。
「落ち着け。ライラの救出は確かに大事ではあるが、その前に皆に会わせなければならない者がおるのだ。まずは余の前に姿を現せ!」
お、合図だな。姉弟子殿の隣に師匠とクリス先輩が並び、国王の前に立ったところで準備は完了。俺は三人に掛かっていた魔法を解く。
『全解除!』
すると、国王の目の前に立ち並ぶ姉弟子殿と師匠、クリス先輩が姿を現したのだった。急に現れた三人の姿を目にして、貴族たちからは「おぉっ!?」とか「まさかっ!?」という驚き戸惑う声が上がる。
姉弟子殿がその場で跪き頭を下げると、合わせて師匠とクリス先輩も跪き頭を下げる。それを見て、国王が「表を上げよ」と言うと、三人が顔を上げる。その様子を見て、国王の口角が僅かに上がった。
「ライラ・レーンス・スティールド、この度洗礼の儀を無事に終えて、護衛役のザンテ、荷運び役のクリスとともに、この通り王城へと帰還致しました!」
姉弟子殿が声を張り上げて帰還を報告する。それに対して国王が大きく頷いて立ち上がると、姉弟子殿の前にまで進むと少し屈んで肩をポンと叩いた。そして、そのまま貴族たちのほうに顔を向けると、大きな声で説明した。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




