第4話 鑑定
リーファたちの声が遠くなると、今度は査定の担当者のため息が漏れ伝わってきた。どうやら、大仕事を引き受けることになったようで緊張しているらしい。難度S級ダンジョンから持ち帰ったアイテム自体は珍しくないそうだが、下層の出土品は珍しく、貴重なものが多いそうだ。
マジックバッグからすべてのアイテムを取り出した査定の担当者は部下にまずは仕分けをさせた。宝石の類、金貨の類、武具の類、魔道具の類、素材の類、その他。俺はその他に仕分けされた。
『えぇっ? 魔道具の類じゃないの?』
意思のある片眼鏡なんて、珍しいでしょ? と思ったが、この世界に来てからこの方一度も誰とも話したことがなかった。だって、皆に俺の声が届かないから。つまり、誰も俺に意思があるなんて気付いていないのだった。なるほど。
部下が仕分け作業を終えたアイテムを査定の担当者がひとつずつ丁寧に確認を始める。両手には白い手袋、スムス手袋だっけ? をしていることから、貴重品を扱う心得があるのだろう。
「今日から暫くは残業だな……」
査定の担当者の呟きに思わず「お疲れ様」と声を掛けたくなる。彼はまず、数の少ない小物から取り掛かった。つまり、その他の分類からだ。手のつけやすいところから片付けるのは悪くない。というか、早く俺自身の鑑定結果を知りたかったから好都合だ。
その他に分類されたアイテムは俺の他には、綺麗な色の布や糸、古びた木の枝、美術品のような皿や壺、キラキラと輝く謎の鉱物、何種類かに分けられた薬草の束などだ。あれ、結構素材っぽいものも混じってる気がするんだけどな、違うのか。正直、何にどれだけの価値があるのかは見た目だけではまったく分からないな。
そんな中、査定の担当者が唸りながら鉱物の鑑定結果を紙にまとめていく。どうやら、貴重な品ではあるらしい。時折、ミスリルとかオリハルコンなどのワードが出てくるのを聞いていると、いかにもゲームっぽいなと思ってしまうと同時に、そんなものがあるのかとワクワクするのだった。
そうしている間に、ついに俺の番がやってきた。首を長くして待ってたぜ! 首はないけど。査定の担当者がぽつりと「鑑定」と呟く。すると俺の身体が何者かにくすぐられるような微妙な違和感を感じた。それが終わると査定の担当者の小さなため息が漏れ出て、なんとも嫌な予感がした。
査定の担当者が鑑定結果をカリカリと紙の上にまとめていく。それを隣から見ていると、このようなことが書かれていた。
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アイテム鑑定書
名 称:片眼鏡
分 類:その他
素 材:不明
状 態:並品
スキル:なし
耐 久:非常に頑丈
備 考:難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』九十六階層にて発見
参考価格:十万ルメル
鑑定者:冒険者ギルドドリージア支部 Bランク鑑定士グフリー
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『スキル、ないんかーい!?』
いや、何かの冗談だろう。そう思った。名称、分類は納得しよう。素材が不明なのはよく分からないが、状態についても見た目から美品ではないことは理解している。
だが、スキルなしはあり得ないだろう! この俺の意思が宿ってるんだぞ? まぁ俺自身はモブサラリーマンでしかなかったから、特筆すべきスキルはなかったかもしれないが、それにしても。
『異世界転生にスキルや異能といったチートはつきものだろう!』
神様がいるのなら、どうしてスキルを授けてくださらなかったのですか! いや、その前になんで片眼鏡なんかに転生させたのですか! こんなことなら普通の人間にでも転生させてくださればよろしかったではありませんか? どうして、こんなことに。どうして……。
「よいしょ。ふぅ、ちょっと休憩するか」
そう言って、査定の担当者、グフリーが鑑定書に冒険者ギルドの認印を押した。割とでかい、駅のスタンプラリーに使われるくらいのサイズ感で、どっしりとした重厚感がある。それだけに、鑑定結果が確定した事実というか重みが俺の心の中にのしかかった。
グフリーは席を離れたが、俺はというと鑑定品を置くトレーに載せられたままだった。他のアイテムは全部鑑定が終わると速やかにマジックバッグの中に戻されたというのに。つまり、そんな雑な扱いをしてもいい代物だと思われたんだろう。なんだか泣けてくる。
改めて鑑定書の内容に目を通すが、内容が変わることはない。いや、それはともかく、俺はこの世界の文字が読めるようだ。とは言っても、言語の下に日本語訳が表示されているだけなんだけど。まぁ、ありがたい。
いや、それならばスキルとして『言語翻訳』が鑑定で見つかってもよかったのでは? ますます意味が分からない。
しかし、このままだと誰かに盗まれる可能性がある。俺としては王都オルフェリアのオークションに行ってみたいのだ。そして、貴族や金持ちに買われたい。盗人なんかに盗られて下手な露店で売られたくなどない。
暫く気が気でない時間を過ごしたが、無事グフリーが戻ってきた。手にはカップを持っていることからお茶でも淹れてきたのだろう。そして、出しっ放しの俺に気付いて、慌ててマジックバッグに仕舞い込んだ。どうやら、単純に気が抜けて忘れていたらしい。うっかり屋さんだな。
グフリーの鑑定はその後も続き、何やらゴソゴソとしていたが、今日はお勤めが終わったらしく、マジックバッグは丁重に冒険者ギルド内の金庫に仕舞われた。暫くはこの金庫が俺の家になる。
そして、やはりリーファたちは戻ってこなかった。残念だが仕方がない。今度出会うことがあれば、ビール一杯でも奢ってやりたいところだ。その前に彼らに話し掛けて認識してもらえるのかという問題があるが。いや、その前に、大前提として俺に金を稼げるのかという問題があるな……。お礼一つするにも前途多難だ。
こうして七日の間、グフリーの鑑定に付き合わされた。何せ、俺の入ったマジックバッグが毎回使われるのだから仕方がない。しかし、分かったこともある。そう、こちらの世界で一週間とは七日のことだと。もしかすると、年月日の概念は前世と同じなのかもしれない。詳しく調べたほうが良いな。
グフリーの鑑定結果は冒険者ギルド内に大きな騒ぎを起こすものになった。何故なら、リーファたちの持ち込んだ各種アイテムの鑑定結果の総額は概算で三十億ルメルを超えるというものだったからだ。それを聞いたリーファたちも非常に驚いていたようだ。ルメルというのは通貨単位のようだが、俺にはそれがどれくらいの価値があるのか良く分からない。ただ、すごい金額だということは周りの反応で分かった。
そうそう、リーファたちとは一週間後の鑑定結果の確認の際に再び出会うことができた。先週の別れが今生の別れにならなかったことを嬉しく思う。暫らくの間だけど王都までよろしく頼むぜ!
鑑定済みの全アイテムは冒険者ギルドのマジックバッグから再びリーファのマジックバッグに移し替えられた。そのことを確認して、リーファはグフリーから鑑定書の束を受け取る。
「あのメガネ、やっぱり大したものじゃなかったなぁ」
「まぁ、見た目からして普通の片眼鏡だからな」
「しかし、十万ルメルかぁ」
「普通のメガネが一万から三万ルメルだし、良いほうじゃね?」
「そうだな。オークションに掛ければもう少し色が付くはずだ」
ふむ。そこらで売っている片眼鏡よりは高くグフリーは査定してくれたらしい。そこが「難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』九十六階層にて発見」による付加価値といったところだろうか。
そして、オークションに出品されることでさらなる高額価格で競り落とされる可能性がある。うん、もうスキルのことはいいとして、今後の目標は貴族や金持ち、もしくは学者に落札される未来だ。何故、貴族や金持ち、学者に落札して欲しいかというと、理由は三つある。
ひとつ目は、貴族や金持ちに学者であれば、それなりにお金を出して手に入れてくれたのであれば、それなりに丁寧な扱いをしてくれるはずだ。いや、普通に扱ってくれるだけで十分なんだけどね。
だが、もしかすると貴族や金持ちにとっては十万ルメルなんて端金なのかもしれない。もしそうだとしたら、逆に粗雑に扱われる可能性があるかもしれないが、はたしてどうなのか……。ま、まぁ、学者ならば大事に扱ってくれる可能性は高いと思う。
ふたつ目は、面白い本や書類に目を通す機会に恵まれる可能性がある。異世界では一般庶民の家庭に本は少ない可能性がある。貴族や金持ちならば本をたくさん持っている可能性があるし、学者ならば間違いなく本をたくさん持っているはずだ。本を読める環境は捨てがたい。
それに、彼らであれば手紙のやりとりなどもするだろう。それを覗き見るのは申し訳ないが、退屈しのぎにはちょうどいいと思った。
因みに、俺が本や書類を読める機会に恵まれる前提となっているが、オークションで片眼鏡を欲しがるという人は目が悪いということだ。要するに、俺を使ってもらえる可能性が高いと考えたわけだ。なかなかの名推理だろう。
最後に、三つ目の理由は、純粋にこの世界の貴族や金持ちの生活を見てみたかったというものだ。単純な興味もあるが、貴族や金持ちの生活と前世の生活を比較することで、足りないものを知りたいと思った。いつか、知識チートを使うときが来るときのために。
まぁ、それもまずは片眼鏡の中に意思があると知ってもらうところから始めなければならないし、俺の考えを実現しようとしてくれる持ち主、つまり協力者が必要だ。はたして、そのような人物に出会うことができるのか。これは俺の運に頼るしかないな。
「王都の冒険者ギルド本部でオークションに出される際には再度鑑定を行うことになります。たまに、アイテムをすり替える者がおりまして……。リーファさんたちがそんなことをするとは思ってはいないのですが、念のための処置となります。ご了承ください」
「あぁ、分かった」
「ということは、王都でも一週間暇を持て余すのかぁ」
「いえ、流石にそこまでは掛からないでしょう。王都の本部には私よりも優秀な鑑定士が何人もおりますので、彼らが手分けして対応してくれるはずです。ただ、今回は難度S級ダンジョンから持ち帰られた品ですからね。丁寧に再鑑定されると思われます」
「なるほど、一週間は掛からないにしても多少の時間は見込んでおいたほうがいいな」
「鑑定が終わってもすぐにオークションが始まらないだろうし」
「それなら、武具のメンテナンスを行うのもいいな」
「久々に爺さんの店に足を運ぶか。酒を買っていかんとな!」
リーファたちは鑑定してくれたグフリーに礼を言って、今度は受付嬢に声を掛けた。明日王都に向かうつもりで、暫らくは向こうで過ごすという報告だ。王都がどんなところにあるのかは知らないが、都を構えるくらいなんだから、比較的安全な場所にあるはずで、そこにSランク冒険者パーティーを必要とするような依頼は少ないはずだ。つまり休暇を取るということだろうな。
「寂しくなりますね」
「そうだな……」
「でも、馬車で十日しか掛からないくらいには街道も整備されてるわけだし!」
「ドリージアには何時でも戻ってこれる」
「だから、リーファも気を落とすな!」
「別にそんなんじゃない!」
どうやら、リーファはこの受付嬢に気があるらしい。同じ中年としては応援しないわけにはいかないな。まぁ、片思いなのか両思いなのかは分からないが。
「また来るよ」
「お待ちしております」
こうして、冒険者ギルドを後にしたリーファたちと共に、俺も冒険者ギルドを出ることになった。もちろん、リーファの腰元に吊るされたマジックバッグの中にいる。
この後は王都へ出掛ける準備を進めるために色々と買い出しを行うそうだ。できれば俺もドリージアの街の様子を見ておきたかったな。
しかし、王都までの街道は整備されているのか。ジャックの言葉を思い出した。まぁ、馬車があるくらいだから、ある程度道路は整備されているとは思っていたが、この国は思っていた以上に交通インフラが整備されているのかもしれない。そういえば、ダンジョンからの帰りもすぐに馬車に乗れたことを思い出した。
うーん、ダンジョンと道路を接続する意味ってあるのかという疑問は一旦置いておいて、異世界ということで中世ヨーロッパっぽい世界を勝手に想像していたが、考えを改めた方がいいのかもしれない。
そうなると、知識チートも難しいかもしれないな。まぁ、その辺は王都に行ってから考えよう。
そんなことを考えているうちに、次第にマジックバッグの中に色々と荷物が入ってくる感覚に襲われた。王都までの旅に必要な荷物の買い出しが始まったようだ。恐らくは食料品が中心だろう。彼らは旅の道具は既に大概のものを持っているようだったからな。
『明日から王都への旅か……』
うん、子供の頃の遠足みたいでワクワクするな。とはいえ、俺はずっとマジックバッグの中に入ってるだけだろうけれど。できれば外の様子を見てみたい。そして、リーファたちと一緒に冒険がしたい。だが、その願いは叶わないだろう。本当に残念だ。
仕方がない、時間でも数えて暇を潰すことにしよう。
もちろん、周囲の声はできるだけ拾って情報収集を続ける。今後活かせる時が来るかもしれないからな。
そんなことを思いながら、引き続きリーファたちの買い出しに付き合うことになった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




