第37話 報告
姉弟子殿が、師匠とクリス先輩と一緒に洗礼の洞窟で何があったのかを詳しく説明した結果、国王と宰相の二人がブチギレた。それはもう言葉に出すのも憚られるほど酷い言葉で王族、貴族、近衛騎士団を罵ったのだった。
執務室の机は国王に何度も叩かれるし、宰相の手元にあった書類も何度も踏みつけられてクシャクシャだ。この王国は結構ヤバい人たちがトップにいるんじゃないかと、俺をドン引きさせるには十分な出来事だった。この二人は怒らせたくないな。
その後、冷めきったお茶を一息に飲んで、ようやく落ち着きを取り戻したのが今の状況だ。本当にどうなることかと心配したよ。
「……ふぅ。なるほど、ご苦労だったな」
「しかし、第二近衛騎士団が裏切っている可能性があるというのは、少々困りましたね。彼らは王子と王女の護衛を担っているのです。このままでは何れ陛下の意にそぐわぬ者が後継者に推されかねません」
「うむ。正直、カロードでは少々頼りない。余としてはライラに跡を継いでもらいたいと考えておる。ライラがどう考えておるのか知らぬがな。いや、ちょうど良いか。其方の考えを聞かせよ」
突然、国王から後継者の話が始まったので、俺だけでなく師匠とクリス先輩も居心地が悪くなった。というか、俺たちの前でそんな話をしても問題ないのか!? そんなことを思ったが、やはり師匠も気になっていたようで、国王に問い質した。
その結果、姉弟子殿の側近になる者ならば、聞いていても問題ないとのこと。師匠とクリス先輩が姉弟子殿の側近になるのは既に確定事項ということだ。いやぁ大変ですねぇ、なんてのんびりと構えている暇はない。師匠が側近になるってことは、俺も道連れなのだから。
「私は別に次期国王になりたいわけではありません。ですが、王位継承権を巡って私に危害を加えようとする者がいるのであれば、そのような勢力を認めることはできません。当然、排除するつもりです」
「うむ、それで良い。我が後継者に力なき者を選ぶつもりはないからな。ライラがその実力を示し周りを黙らせるというのであれば、私からは何も言うことはない。頑張ってくれ」
「はっ!」
「しかし、ライラ殿下が次期国王を目指すのでしたら、これまでのことも踏まえると、第二近衛騎士団と彼らの親である貴族が主な支持基盤というのは少々心配ですね。どうなされるおつもりで?」
なんだかよく分からないうちに、姉弟子殿が次期国王になる方向になっていないか? そんなつもりはないって言ってたはずなんだが。でも、姉弟子殿もちょっかいを掛けてくる奴は潰すと言ってるし、実力のない者は次期国王には選ばないと国王も言っている。
そう考えると、姉弟子殿が次期国王になるのは当然か? いや、婿を取ったら変わるのか? でも、この国王は余所者に王国を任せる気は絶対になさそうだし、姉弟子殿の婿はただの王配として扱われるだけかもしれないな。閑話休題。
「私はザンテとクリスを中心とした家臣団を新たに作るつもりです。ただ、王城にいる貴族連中は一部の王族の息が掛かっておりますし、各近衛騎士団も貴族連中の言いなりとなっている状況です。そのため、私は市井の臣から家臣を集めようと考えております」
「だが、それでは王城内での発言力が他の連中に比べて弱くなるぞ。少なくとも、家臣団の中心には相応の貴族を登用すべきだ。ふむ、ゴルシードよ、其方がライラの後ろ盾になってくれればすべてが上手く行くと思うのだがどうか?」
「えぇっ!? そんなの嫌ですよ、面倒くさい。今の宰相の仕事ですら面倒だと思っているのに、ライラ殿下の面倒まで見ろと仰るのですか? 私は嫌ですよ、他を当たってください」
「そう言うとは思っていたが……仕方がない。そうなると、他に家臣の中心となる人物が必要となるが、誰か当てはあるのか?」
「……そうなりますと、今のところはザンテしかおりません」
「ならば、ザンテに相応の爵位を与えるしかないな。ひとまず、伯爵位を与えるというのはどうか?」
「は、え、はぁ!?」
国王の突然の話に師匠が戸惑うのは仕方がなかった。伯爵位相当のなんだっけ、そう特任参謀になるって話はあったが、本物の伯爵位を賜るという話はなかった。でも、国王が言うくらいなのだから、もしかして本当にあり得るのかな。まぁ、師匠が貴族になって俺が困ることは特にないと思うので、俺から意見することはない。
「いやいや。ザンテも突然伯爵位を任されても面倒事が増えるだけで嬉しくはないでしょう。とはいえ、今さら騎士爵を与えてもライラ殿下が望む成果は得られませんからね。まずは、ザンテに一代限りの名誉伯爵の位を与えて殿下の側近としての実績を積ませ、その後伯爵位に引き立てるというのが良いかと思います」
「ふむ、ならばそうしよう。ザンテに名誉伯爵位を与える理由だが、そうだな……王国の建国以来、初めて魔法師として洗礼の儀の護衛を務め、その任を果たした成果を認めて、ということにしようと思うがどう思う? 他にも理由が必要か?」
「それだけでは少々弱いですね。魔素枯れが原因で引退したにも関わらず、再び魔素を得て現役に復帰した奇跡の魔法師。そして、無詠唱の魔法を使い、魔法師殺しの異名を持つ騎士まで倒した功績を認めて、というのも付け加えるべきです」
「それは良いな。よし、それらの理由でザンテを名誉伯爵とする。だが、ライラよ。其方はザンテとは別に後ろ盾となる貴族を探せ。流石に名誉伯爵ひとりでは支持基盤として弱すぎるからな。せめて、侯爵位の一人くらいは味方に付けねば話にならん!」
「はっ……!」
正直、この王国に貴族が一体どれだけいるのかは分からないけど、侯爵などという高位の貴族は数えるほどしかいないはずだ。その侯爵位の貴族に子息がいれば、間違いなく何れかの近衛騎士団か騎士団に所属しているはず。そんな貴族を味方に付けなければならないというのは、姉弟子殿にとっては少々酷な話ではないかと思ってしまう。
その辺についてどう思っているのか、あとで姉弟子殿に詳しく話を聞いてみないと分からないな。だけど、国王の言うことはもっともだと思うし、確かに名誉伯爵になったばかりの師匠だけでは支持基盤が弱いというのも頷ける。本当は宰相が後継人になってくれればいろいろと解決する気がするんだけど、本人にやる気がないようなので、その線は今のところなさそうだ。
つまり、俺たちは姉弟子殿の家臣探しと並行して、支持基盤の中心となる貴族も探さないといけないらしい。まぁ、なんとなくそうなる気はしてたけど。ただ、国王と宰相に直接言われたことでこれまで以上に危機感を強く持つことになったのは確かだけど。
「あぁ、そうでした。殿下が持ち帰られた紋章石を見せて頂けますか? その大きさも見て検討致しましょう。まぁ、お話を聞く限りではなかなかの大きさになると思いますが」
「クリス、一番大きな紋章石を出してくれ」
「承知致しました」
クリス先輩がマジックバッグの中をごそごそとすると、すぐに目当ての物を見つけたようで、取り出して念のため姉弟子殿に確認を取る。それを見た姉弟子殿が大きく頷き、クリス先輩から受け取ると、国王と宰相の前に差し出した。
「こちらが今回の洗礼の儀で入手した最大の紋章石です」
「なんだ、これは……!?」
「随分と大きいですね……」
二人ともそれ以上の言葉は続かないようだった。二人して食い入るように姉弟子殿の手元を見つめるので、姉弟子殿も堪らず紋章石を国王に手渡した。それを受け取った国王が三百六十度入念に確認する。その様子を見ながら、宰相が師匠とクリス先輩に「大変でしたね」と労いの言葉を掛けた。その言葉に頭を下げる。
持って帰ってきた紋章石の大きさを見て、どれだけ危険な状況だったかを理解したのかもしれない。紋章石の大きさが岩人形の大きさに比例するのかどうかは分からない。だが、結果として岩巨人と化した岩人形の集合体から大きな紋章石が得られたのは確かだ。もしかすると、宰相は何か知っているのかもしれないな。
「祠の間にいた岩人形はすべてザンテとクリスが倒しました。それらが落とした紋章石もすべて回収しております。クリス、ここに」
「はい」
姉弟子殿が恐らくふたりの朝食が載せられていたであろうワゴンの上を指差すと、クリス先輩がそこにマジックバッグから小粒の紋章石をザラザラと取り出し、瞬く間に小さな山ができた。それを見て、再び国王と宰相の二人が驚く。
「祠の間の岩人形をすべて倒しただと!?」
「こんなに持ち帰ってこられたのは初めてですね……」
宰相が小山の中から一粒の紋章石を取って確認するが、すぐにそれを本物と認めて、小山に戻した。鑑定眼でも使えるのだろうか?
「……これらはすべて余が預かることにする」
「それがいいですね。悪用されては困りますから」
あれ、もしかして迷惑だったかな? 紋章石を持って帰って来いという話だったから、全部持ち帰って来たんだが。とりあえず、国王が預かってくれるらしいし、問題ないか。
「ともかく、見事な紋章石を持ち帰ったな。ライラ、其方の徽章はこれを使って作ることになるだろう。余のよりも立派な紋章石だ。誰もが其方を次期国王と認めるであろうよ」
「これだけの紋章石を持ち帰ったのですから、今の王位継承権第一位の座は当分安泰と言えるでしょう。ですが、この紋章石の効果が続くのは精々半年程度と見ておくべきです」
「つまり、家臣団を作るのならば、十歳式から半年以内に作るべきだと仰るのですね? ザンテ、クリス。其方らはどう思う?」
「流石に期限としては少々短いかと。王国全土から優秀な者を集めるとなれば、少なくとも一年は掛かりましょう。それを半年で行うとなれば、かなり攻めどころを絞って活動せねばなりませんな。今から半年となりますと、ある程度名の通った者に声を掛けることになりますが、はたして成果があるかどうか。あまり期待はできませぬぞ?」
「私もお師匠様と同じ意見です。殿下の仰るように、王国の市井の臣から家臣を集めるとなると、今の時点で相当の実力と実績を示している者しか候補に挙げられませんし、そういう者は大抵何処かの貴族から声が掛かっているでしょうから、そもそも殿下の家臣団の候補に上がらないはず。そうなると、一体どこから探せばいいのやら……」
「ふむ、そうか……。ユーマはどう思う? あっ!?」
いつもの流れで俺に話を振ってきたのはいいが、今は国王と宰相の前だぞ。俺の名前を口にしてはならない状況なのに、姉弟子殿ときたら、まったくもう! 俺が答えるのはいいけど、どうせ国王と宰相には聞こえないんだし、誤魔化すほうが良いんじゃない?
そんなことを思っていたら、何故か師匠がテンパって言い訳を始めたので、それを聞きながら、俺は大人しくすることにした。
「ユ、ユーマというのは儂の新しい弟子でしてな、殿下とも気安い関係を築いております。本日は国王陛下と宰相閣下にお会いするということでこの場にはおりませんが、つい殿下はユーマの名を呼んでしまったのでしょうな、ワハハハハハ……」
「ふむ。ライラと気安い関係となった者を余が知らないというのは少々問題があるな。次回は余の前に連れて来い。良いな?」
「へぁっ!? は、ははぁっ!」
いや、「ははぁ」じゃないよ師匠。国王と宰相の二人に俺の存在を明かさないといけないじゃんよ。俺は別にいいけど、知っての通り俺は二人と直接話せないわけで、間に立つのは師匠なんだよ? 師匠が通訳してくれるっていうのなら問題ないけど、今の反応からして不安しかないんだが。その辺、姉弟子殿はどう思ってるの?
「ユ、ユーマは特殊な事情がありまして、陛下や宰相の前に姿を現せないかもしれませんが、なんとか私が説得してみましょう……!」
おいおい、姉弟子殿も俺を国王と宰相の二人に引き合わせることを手柄のように扱わないでくれよな。なんか道具みたいに利用されてる気分になるじゃん。いや、今の俺は道具なんだけどさ。
でも、とりあえず姉弟子殿からの問いかけには答えておくべきかな。俺自身も思考を整理しておきたいし、ちょうどいい。
『俺の考えだけど、残された期間も短いことだし、ここは世間でも名の知れた者から順に誘っていくしかないんじゃないかな。そこは貴族も平民も関係なく、平等に見ていったほうがいい。もしかしたら、貴族でも真っ当な奴がいるかもしれないし、市井の臣でも悪い奴はいると思う。いや、その可能性のほうが高いと思って行動すべきだと思うぞ』
「うむ、確かにそうかもしれんのう……」
『俺の言葉に返事をしてたら、国王と宰相が不思議に思われないか?』
「そ、そうであった。コホン、今のはただの独り言です」
姉弟子殿とクリス先輩が師匠に疑うような視線を送るが、国王と宰相は今のところ気にしていないようだった。はぁ、このままだといずれバレるよな。師匠が独り言を言っていても違和感のない理由があればいいんだけど、流石に「実はボケが来まして」などとは言えないし、そんなことを言ったら姉弟子殿の側近も解任されるだろうし。
そうだな。俺は人には姿が見えない妖精さん、という設定はどうだろうか。いつの間にか仕事をしてくれる便利な妖精さんではないが、師匠の代わりに魔法の詠唱もできるし、自分の意志で意見も言える。うん、いいんじゃないかな? でも、さっき師匠が自分の弟子だと言ったから、妖精さんを弟子にしたとなるとまた別の問題が出てきそうだな。うーん、ちょっと設定については検討しよう。
「……それで、このあとのことについてご相談させて頂きたいのですが、我々としてはリーナスの報告を聞いてみたいと考えております」
「念のため、理由をお聞かせ頂いても?」
「はい。これまでリーナスは第二近衛騎士団の団長としてよく働いてくれました。ミラクー伯の一件があり、第一近衛騎士団の一騎士に立場を変えましたが、この度の洗礼の儀でも御者役を務めてくれました。そのリーナスが本当に私を、王家を裏切っているのか、この目で確かめたく存じます」
「辛いものを見るかもしれんぞ?」
「構いません。私は真実を知りたいのです!」
「……うむ、分かった。それでは、リーナスが王都に戻り、王城へと報告に上がった際には其方たちにも同席してもらおう。ザンテよ、此度と同様に隠身と魔素遮断を用いて我らの後ろに控えよ」
「ははぁっ!」
「殿下のお話を伺う限り、リーナスは今日の遅くか、明日の早朝には王都に戻るはず。積荷がない分、馬車も速度を上げられますからね。ひとまず、殿下はゆっくりとお休みください」
「うむ、ライラは下がって良し。ザンテとクリスは引き続きこの場に残れ。もう少し詳しく話を聞きたいからな。特に、新しく弟子に加えたというユーマについて聞きたいことがある」
「ユーマのことであれば私も残ります!」
「いや、其方は残らなくて良い。ここからは男同士の話だからな!」
「まぁ、悪いようにはしません。ここは大人しく下がってください」
「はぁ……」
結局、姉弟子殿は国王と宰相の言葉に負けて、「それでは、御前を下がらせて頂きます。ザンテ、クリス。後のことは頼んだぞ」といって、執務室から退出していった。部屋を出た際には扉の隙間から騎士たちが驚いている様子が見れたが、やはりここまで潜入したことに気付かれていなかったようだ。
それはともかく、男同士の話し合いって一体何を話すんだろうな。俺のことだと言っていたが、もしかして、姉弟子殿に近づく悪い虫だとでも思われているのだろうか。いや、俺は善良な片眼鏡ですよ。そもそも姉弟子殿に近づいても何もできることなんてないですからね。そんなことを考えていたら、国王が口を開いた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




