第35話 作戦会議
翌日。俺は師匠の部屋の机上で朝日を迎えた。天蓋付きのベッドの上では師匠がぐうすかと眠っているが、そろそろ見慣れた光景になりつつあるな。まだ数日しか経っていないけれど。
昨晩は師匠と俺とクリス先輩で姉弟子殿が泊まる客室を急遽用意することになった。まぁ、夜分に王城へ向かうわけにはいかなかったから、姉弟子殿に一夜を過ごす場所を提供するのは当然だよな。
その結果、師匠の屋敷にある客間を急遽片付けて、そこに姉弟子殿には泊まってもらうことになった。魔法って本当に便利だね。瞬く間に部屋の掃除が終わって、姉弟子殿に泊まってもらう準備が整った。
そこまでは良いんだけど、姉弟子殿は王城に戻るまでの間はお風呂に入らないと言う。確かに、王都から洗礼の洞窟までの三日間はお風呂に入れなかったので、光魔法の清潔化を使っていた。
確かにそれでも汚れは取れるだろうけど、溜まった疲れは回復しないと思う。だからこそ、俺はお風呂に入ってはどうかと勧めたのだが、きっぱりと断られた。
王女様という身分がそうさせるのか、男しかいない環境で一人裸になることをためらったのか、その両方が理由なのかは分からないが、無理強いすることでもないので、その辺りは姉弟子殿に任せることにした。もちろん、師匠とクリス先輩の男衆は普通に入っていたが、もしかするとその辺も関係しているのかもしれない。
そんなくだらないことを考えていると、部屋がノックされる。扉の奥から感じるのは姉弟子殿とクリス先輩の二人の魔素だ。魔素探知を覚えたことで、魔素の性質を知っている相手だと何処にいるのか感じられるというのは便利だなと思う半面、相手に何処にいるのか把握されるのは嫌だなという思いもある。複雑な気分だわ。
「お師匠様、朝ですよ」
『師匠、朝だぞ!』
「ふがっ!?」
『おはよう、師匠。クリス先輩が起こしに来たみたいだぞ』
「お、おぉ。そうか、それではそろそろ起きるとするか……」
のそのそとベッドから抜け出した師匠が着替えを始める。もちろん、着替えるのはいつもの服装やローブではなく、昨日まで着ていた旅装束だ。それをさっと身にまとって、机の上に置かれた俺に手を伸ばして身につけると部屋の外へと出る。すると、そこには思った通り姉弟子殿とクリス先輩がいた。
「おはようございます、お師匠様」
「おはよう、クリス。殿下もおはようございます」
「うむ、おはよう。クリスが朝食を作ってくれたぞ。早く食べよう」
姉弟子殿が促しながらクリス先輩と師匠と一緒に一階へと向かう。そして、いつも通りキッチンの中に入ると、調理台の脇にひとつだけ、食堂から持ってきたであろう立派な椅子があった。そこに姉弟子殿が座ると、いつも通り簡素な椅子に師匠とクリス先輩が座る。調理台の上に並んでいるのは旅に持っていった保存食で、硬く焼しめられたパン、干し肉、干からびたチーズだけだった。一応、それぞれ温められて多少食べやすくなっているようには見える。
昨日まで旅に出ていたのだから屋敷の中に食料なんてろくなものが残っていない。パンだけでなく、野菜や肉の類なんて腐らせるわけにはいかないので、旅に出る前日にすべて使い切っていたのだ。とはいえ、そもそも粗食というか貧しい朝食しか出てこない師匠の屋敷では朝から肉やチーズが出ることなんて滅多にないので、かなり豪華に見えてしまう。
一応、高額な給金をもらえるようになって少しずつ食事は改善されているのだが、料理を作るクリス先輩も、それを食べる師匠も、お金を使うことに慣れていないせいで、未だに朝食は簡単なもので済まされていた。たまに人参っぽい茹で野菜が追加されるかどうかの違いくらいしかない。あぁ、スープが少し濃くなったというのもあったな。
「では、早速頂くとするかの」
「どうぞ、お召し上がりください」
「せっかく王都に帰って来たと言うのに味気ないのう」
そんなことを言いながらも、姉弟子殿は楽しそうに干し肉に齧りつく。王城ではこのような食事の仕方は許されないそうで、冒険者の気分が味わえて嬉しいらしい。子どもっぽさがあるな。まぁ、これから十歳を迎える年なのだから子供らしさがあるのは当然か。皆が黙々と朝食を食べる中、俺はこれからのことを考えていた。
『それで、王城には何時ごろに向かうつもりなんだ』
「はむはむ、ごくん。うむ、魔法師の訓練は午前は十時ごろ、午後は十五時ごろに行うことが多いのう。殿下、国王陛下と宰相閣下にはなるべく早くお会いしたほうがよいでしょう。午前の訓練の時間帯を見計らって王城に入るのはいかがでしょうか?」
「むぐ。むぐむぐ、ごくん。確かにそうじゃの。それでは、午前の訓練が始まる時間帯に合わせて向かうことにしよう。それまでに各々準備を整えておくのじゃ。そういえば、魔法攻撃から身を守る術も考えておかねばならぬな。やはり防護結界を使うつもりかの?」
「そうですな。防護結界ならば魔法だけでなく剣、槍、矢などの攻撃からも身を守れます故、万全を期するならばそれがよいでしょう。また、周りから我らの姿が見えないように隠身も併用せねばなりません」
「うむ。光と闇、両方の魔法を使えるザンテにしかできないことよの!」
「儂を六属性持ちに生んでくれた両親には感謝しております」
「私にも闇魔法が扱えれば良かったのですが……」
うーん、六属性持ちの魔法師って本当にチートだよな。いや、クリス先輩も四属性持ちだから十分にすごいんだけど、個人的には闇魔法が使えるというのが便利に思えて仕方がなかった。
因みに、この世界の魔法師の中でも複数属性を持っているのは稀らしく、ほとんどの魔法師はいずれかの属性ひとつだけを持つということが多いらしい。そう考えると、クリス先輩が如何に優れた魔法師であり、師匠がとんでもないチート持ちであるかが分かるだろう。そういえば、師匠の息子のバーシャも五属性持ちだったな。
俺にも六属性の魔法スキルが発現してほしいところだが、今のところその気配はない。そもそも使ったことがあるのが光魔法と水魔法、闇魔法の三属性だけというのでは仕方がない。水魔法は模擬試合で使った雷痺がそれにあたる。光魔法じゃないのは意外だった。
俺もクリス先輩じゃないが、闇魔法を覚えたいよ。よし、今後は闇魔法の詠唱代行を増やしていこう。少なくとも詠唱くらいは覚えておかないとな。はたして詠唱代行で魔法スキルが身に付くものなのかは分からないが、できることから努力しよう。
さて、粗末なのか豪華なのかよく分からない朝食を終えて、いつも通り俺ごと顔を洗う師匠に苦言を呈すと、再び皆で師匠の部屋に集まることになった。やることはもちろん、このあとの王城潜入作戦に向けた作戦会議だ。作戦名は今俺が適当に名付けただけなのでどうでもいいが、王城に拠点移動する前の準備と潜入後に取るべき行動の確認については事前にしっかりとしておく必要がある。
今の時刻は八時半を少し過ぎたところで、作戦開始までまだ時間はあるが悠長にはしていられない。クリス先輩が人数分のお茶を用意してくれたところで、早速打ち合わせが始まった。
「まずは、このあとの手筈について確認じゃの」
「はい。先ほども申しましたが、まずは儂が防護結界と隠身を使い、訓練場への移動後に備えるつもりです。そのあとユーマの拠点移動で訓練場へと移動するのですが、ひとつ不安があります。それは儂らの魔素を隠せないことです」
「ふむ、姿を隠せても魔素を隠せねばすぐに見つかるというのは道理じゃな。移動先は魔法師ばかりなのじゃ、魔素感知に魔素探知の使い手もおるじゃろう。我らが拠点移動すれば丸分かりじゃろうな」
「しかし、魔素を隠すとなると手段が限られます。魔素抑制薬を用意するには調合するための素材と時間が足りませんし、魔素を偽装する魔道具や、魔素を遮断する装備も手元にありません。お師匠様は一体どうなされるおつもりですか?」
「さて、どうしたものかのう……」
『魔法でなんとかできないのか?』
「そうじゃの、魔法に頼るしかない。考えられるのは魔素遮断の魔法じゃが、これは闇魔法の中でも禁忌とされる魔法に近い。儂も使ったことがほとんどない魔法じゃからな。改めて魔法書を読み返さねばならん。さて、時間までに間に合うかどうか……」
『あぁ、魔素遮断か。それなら詠唱は覚えてるけど?』
「なんじゃと!?」
『いや、闇魔法は面白いというか役に立ちそうなものが多かったから、読ませてもらった魔法書の中ではダントツに覚えてるんだよな。俺が詠唱代行して問題ないなら代わりにやるけど、どうする?』
「殿下、ユーマが魔素遮断を詠唱代行できるそうですぞ!」
「そうか! ならば、魔素遮断と拠点移動の二つの魔法をユーマに任せよう。どちらも重要な魔法じゃ、頼むぞ!」
『任された! それで、王城の訓練場に移動できたとして、そのあとはどうするんだ? まさか、当てずっぽうで国王と宰相のいる部屋を探す、なんてことはないよな?』
「殿下、上手く王城に移動できたとして、そのあとはどうなされますか。国王陛下と宰相閣下の御二人がおられる場所は把握されておられるので?」
「もちろんじゃ。その時間帯ならば、余程のことがない限り執務室におられるはず。我らも執務室へと向かい、中に入るのじゃ。まぁ、見つからねば魔素感知で二人を探すだけじゃな」
「国王陛下のおられる執務室ですから、当然扉の前には第一近衛騎士団が守っておられるのですよね? どうやって中に入るおつもりですか?」
「流石に隠身と魔素遮断が掛かった状態で、正面から入るわけにはいかぬよな。魔法でなんとかしてほしいのじゃが、できるか?」
『姉弟子殿は無茶を言うなぁ……。でも、闇魔法の障壁通過が使えれば大丈夫か? 本当に闇魔法が大活躍だなぁ』
「ユーマは障壁通過も詠唱できるのか!? それも闇魔法では禁忌の魔法に近いものじゃぞっ!?」
『もちのろんよ。さっきも言った通り、闇魔法はダントツに覚えてるからな。いや、もちろん禁忌の魔法だとか、その辺の話は全然知らなかったよ? ホントウダヨ?』
いや、だって読ませてもらった魔法書にはそんなこと一切書いてなかったのだから、知るわけないじゃないの。というか、師匠はそんなことも知らないで魔法書を集めてたのか? 念のため聞いてみたら、ギリギリ禁忌の魔法には当たらないと知っていて魔法書を買い集めたようだった。うーん、アウトともセーフとも言えないな。
でも、今のやり取りを聞いてなんとなく分かったけれど、基本的に犯罪行為に繋がりそうな魔法が禁忌の魔法になるっぽいな。まぁ、それが分かればいろいろと納得できる。でも、拠点移動は禁忌になっていないのは何故だろうか。どう考えてもあの魔法のほうが禁忌に近いと思うのだが……。
そう思って師匠に尋ねたところ、やはり禁忌の魔法に値する魔法だったらしい。ただ、その有用性も認められていることから禁忌の魔法、つまり禁止魔法とはなっていないのだとか。
禁止魔法というのは王国内で使用禁止としている魔法だそうで、主に殺傷能力が高過ぎたり、犯罪の温床になるような魔法が禁止魔法に指定されているそうだ。それなら、武器の類も制限しろよと思ったのだが、何らかの制限自体はあるらしい。ただ、魔法のほうが強力で優秀過ぎるせいで、より厳しい制限が掛かっているのだとか。
また、魔素遮断や障壁通過などはギリギリのラインで禁止魔法になっていないそうだが、他の闇魔法も含めて犯罪に繋がりかねないと危惧する声もあるそうで、世間には闇魔法そのものを禁止するべきという声もあるらしい。おいおい、流石に闇魔法全部を禁止にっていうのは言い過ぎじゃないか?
そんな声があると、闇魔法しか敵性のない魔法師は肩身が狭くなるだろうし、闇魔法を便利な魔法だと思っている活用している冒険者は面倒に思うだろうし、闇魔法を評価している俺にとっては気分が良くないわけで、闇魔法はもっと正当に評価されるべきだと思う。
おっと、少し話がズレたな。
「殿下、ユーマが障壁通過を使えると申しております。こちらも禁忌の魔法に近いですが、この魔法ならば近衛騎士団の護衛をかい潜り、国王陛下と宰相閣下の下へと辿り着けましょう」
『俺は別に詠唱を代行するだけだし、その魔法が禁忌とか禁止とかは全部気にしてはいないんだけど、師匠は大丈夫なのか? 魔法を行使するのは師匠になるんだぞ?』
「それは最初から決まっていたことではないか。儂はユーマに魔素と魔力を与えられて現役に復帰した魔法師じゃからな、何も問題ない。むしろ、このようなことに巻き込んでしまって申し訳がない」
『師匠が気にすることじゃないさ。よし、今後も師匠に扱いきれない魔法があったら、全部俺が詠唱を引き受けるからな。それが姉弟子殿の役に立つというのなら喜んでやるさ、気にしないでくれ!』
「すまぬな、ユーマ……」
『いいってことよ』
「……コホン、それでどうなったのじゃ?」
「はっ、魔素遮断と障壁通過の魔法についてはユーマが詠唱できるとのことで、任せることに致しました」
「……なるほど。あい、分かった。陛下と宰相の下に着くまではザンテとユーマの魔法に頼ることにしよう。クリスも二人を補佐してくれると助かる」
「もちろんです」
「うむ、頼むぞ。私は陛下と宰相の二人に詳しい状況を説明し、私の立場の危うさと、引いては王家への謀反とも取れる行為について、今後どのように対応していくのかを決めねばならない。すまないが、しばらくひとりにしてくれ。残りの時間は自由に過ごすがいい」
姉弟子殿がそう言ったので再び時計に目をやると、時計の針は九時半を指している。いつの間にか随分と時間が経っていた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




