第31話 殲滅
『……やったか!?』
フラグを立ててはいけないとは思いつつも、つい呟いてしまった。先ほど師匠が岩巨人に向かって放った殲滅級魔法の雷神轟天破の影響で、辺りは土煙と少し焦げ臭さの混じった埃っぽい臭いに包まれていて、視界は決して良くはない。
また、非常に部屋の中が純白に包まれたかのように雷光によるフラッシュで視界を奪われ、それと同時に耳をつんざくような轟音が襲ったのだ。師匠も視覚と聴覚を奪われたせいで、その場にしゃがみ込んでいる。というか、岩巨人の間近で戦っていたクリス先輩の状況が気になって仕方がない。
そんな中、俺は一人魔素探知を使って状況を確認することにした。ひとまず、クリス先輩が無事なのが分かったのでホッとしたが、同時に師匠が危惧していた事態が起こっていることも理解した。
そう、残念ながら岩巨人は未だ健在だったのだ。
俺がフラグを立ててしまったせいではない。単純に先ほどの殲滅級魔法では岩巨人を倒しきれなかっただけだ。しかし、そうなると不味いことが起きることになる。俺は、師匠から「頼みがある」と相談されたときのことを思い出していた。
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「ユーマは今回の洗礼の儀で国王陛下と宰相閣下から頼まれたことを覚えておるか?」
『姉弟子殿を護衛すること以外だと、確か紋章石を持ち帰るんだよな? できるだけ大きいものを見つけるんだっけか?』
「その通りじゃ。紋章石は岩に化けたゴーレム、つまり岩人形からドロップすると殿下は仰っておられた。では、ユーマよ。この部屋からそれらしい魔物の気配を感じるかの?」
『あれ? そういえば周囲に魔物の気配を全然感じないな……。この部屋の中にはあの岩巨人以外に魔物はいないみたいだ。これって、何かおかしな事態が起きてるってことだよな?』
「そういうことじゃ。あの岩巨人をもっとよく調べてみよ」
師匠に言われて、改めて魔素探知を使ってより詳しく調べてみたら、どうにも様子がおかしかった。
魔素の反応自体は岩巨人からするものの、それは大きなひとつの魔素の塊というよりは、小さな魔素の集合体のように感じられたのだ。まるで、海の中を大魚のように泳ぐ小魚の群れのような感じと言えばいいだろうか。それらの小さな魔素が細いワイヤーのように伸びて、お互いを繋ぎ止めている状態となっている。
『もしかして、これって……』
「うむ。恐らくは岩人形たちがひとつに集まって、あの岩巨人になったのじゃろう」
『こういうことって、よくあるのか?』
「稀にある。例えば、スライムの群れが合体して巨大な個体に変化することがあるのは有名じゃ。じゃか、岩人形でこのようなことが起こるとは聞いたことがない」
『でも、師匠の殲滅級魔法を使えば倒せるんじゃないか?』
「うむ、倒せる可能性はある。じゃが、いつ何時でも最悪の場合を想定して動くのが魔法師じゃ」
『最悪の場合って……?』
「殲滅級魔法を使えば大半の岩人形は倒せるじゃろう。じゃが、すべての岩人形を倒すことは難しいかも知れん。倒し切れなかった岩人形が今の形状を保とうとするのならば戦いやすいが、もし今の岩巨人の姿を解いて、バラバラにばらけた場合が厄介じゃ」
『なるほど。それなら、もう一度殲滅級魔法を使ったらどうだ?』
「殲滅級魔法を使うには詠唱だけでなく、魔力の集中にも時間が掛かる。クリスにまだ時間を稼ぐ余裕があればよいが、流石に何度も時間を稼ぐのは難しいじゃろう」
『それじゃあ、どうしたらいいんだ!?』
「そこでユーマに詠唱の代行を頼みたいのじゃ」
『つまり、俺が殲滅級魔法を詠唱すればいいんだな!?』
「先ほども言った通り、殲滅級魔法では魔法を行使する儂が魔力を集中させるのに時間が掛かる。岩人形が殿下のおられる祠に到達する前に決着をつけねばならぬのじゃ。それ故、少し位階は低いが扱いやすい魔法の詠唱を頼みたいと考えておる」
『でも、この数の岩人形だ。位階の低い魔法で大丈夫なのか?』
「詠唱の応用を使うしかあるまい」
『えっ、俺が詠唱の応用を使ってもいいのか!?』
「ユーマには無理をしてもらうことになるからの、儂もこのようなことを頼みたくないのじゃが、其方しか頼れる者がおらんのでな」
『いや、俺を頼ってくれるのは嬉しいんだけどね。とはいえ、俺の魔素にも限界はあるはずだし、流石に何万回分も詠唱するわけにはいかないと思うぞ?』
「ばかもの! 何万回分も詠唱させるわけがなかろう!」
『それじゃあ、師匠は何回分くらいの詠唱を想定してるんだ?』
「そうじゃのう。八十……いや、百回分ほどになるかもしれん」
『つまり、通常の魔素の消費量の百倍ということか……。とはいえ、同じ魔法を百回唱えるのを一回に省略できるメリットを考えれば、許容範囲かも知れないな。分かった、それでどんな魔法を詠唱すればいいんだ?』
「やってくれるのか……?」
『俺と師匠の仲じゃないか、水臭いことを言わないでくれ』
「まだ出会って数日しか経っておらんはずなんじゃがのう」
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回想終わり。そんなわけで、改めて岩巨人の魔素を確認する。
先ほどの師匠の殲滅級魔法のおかげで岩巨人の表面を構成していた岩人形はほとんどを倒せたらしく、土煙が収まりつつある現状の岩巨人の姿を確認したところ、頭から胴体、それに両腕がなくなり、ただの岩の塊に細い足が辛うじて生えたような状態となっていた。
そして、それらを構成している岩人形たちを結び付けていた魔素の繋がりが次第に緩みはじめたのを感じ取る。つまり、岩巨人の姿を解いて、それぞれが岩人形の姿に戻るときが来たのだろう。
岩人形の数は既に百に届かないくらいの数にまで減っていた。なるほど、これならば師匠に教わったあの魔法で十分に対処できるかもしれない。俺は心を静めて詠唱を始めることにした。
一応、初めての詠唱の応用だ。それも失敗ができない状況での詠唱代行だ。師匠は片膝を付いてしゃがみ込んだままだが、いつでも魔法が放てるように杖を立てて構えている。杖の先にも魔力が流れているのを感じる。うん、師匠の準備は万端だ。視覚も聴覚も奪われてなお戦う姿勢を見せている。本当にすごい人だよ。
岩巨人が徐々にその形を崩し始めた。すると、ぼとぼと崩れる感じで岩人形たちが、床に積みあがった瓦礫の上にガシャリガシャリと剥がれ落ちてきた。そうして、あっという間に岩巨人はいなくなり、その場には岩人形の群れが現れたのだった。
その岩人形たちが起き上がると、ゆっくりとこちらに向かって動き始めた。恐らく師匠を狙っているのだろう。
よし、今こそ魔法の詠唱を行う時だ。そう思い、俺は師匠に教わった魔法を唱えることにした。
『……雷の神よ、天から百の雷を降らせて、我が敵を殲滅せよ! 雷神殲滅! これでくたばれ、岩人形どもめぇぇぇええええええっ!』
先ほど師匠の唱えた殲滅級魔法の何倍もの魔素が減るのを感じると、それが瞬時にぎゅるぎゅると魔力に変換されて、師匠に伝わり、師匠の身体から師匠の持つ杖先へと瞬く間に移動した。
すると、百本もの純白に輝く雷の柱がこちらに向かっていた岩人形たちに襲い掛かる。その瞬間に部屋の中が真っ白な世界に生まれ変わった。それと同時に途轍もない轟音が部屋の中に響き渡った。
辺りは再び土煙と焦げ臭い匂いに包まれて視界が奪われる。そして、魔法を放った師匠が杖にもたれ掛かりながら、両膝をついてゼェゼェハァハァと息を切らす。
詠唱を代行しているとはいえ、魔力は俺が供給しているとはいえ、魔法を行使しているのは師匠なのだ。冷静に考えれば負担がないはずがない。それも、先ほど殲滅級魔法を詠唱した上で、詠唱の応用で百回分の効果を一回の魔法に込めるなど、無茶を続けている。師匠がへたり込むのも仕方がなかった。
そんな師匠の体調に気を配りつつ、今一度魔素探知を行う。今度こそ岩人形を倒したはず。そう思いながら、周辺の魔素を探知してみると、クリス先輩の魔素以外には何の反応もなかった。ということは、遂にやったということだ!
『師匠、やったぞ! 岩人形を倒したぞ!』
「う、うむ。そのようじゃの……」
『魔法の詠唱の応用、百回分くらいなら問題なさそうだわ』
「そうか、それは朗報じゃの」
『師匠も気にせず応用を使ってくれていいからな!』
「いや、その前にユーマには魔法師としての戦い方のセオリーを叩き込まねばならんからな。やはり、ここぞという時まで応用は使わないでおこうかの」
『その辺の匙加減は師匠に任せるよ』
しかし、今回は本当にいい経験をさせてもらったと思う。魔素の効率的な運用は魔法師にとって、自身の人生を守るためにも大事だし、パーティーが本当に魔法を必要としている時に使えるように備えておくことが魔法師には求められるのだろう。
また、後方からパーティーの支援を行う魔法師が冷静に状況を判断して的確な指示を出すというのは、集団行動で重要なことだと思う。何処かの大魔道士もそんなことを言っていたような気がする。そう、魔法師ってのは常にパーティーで一番クールじゃないとダメなんだよね。正直、今の俺にそんなことができるとは到底思えないが、心掛けたいなとは思った。
『それよりも、クリス先輩が心配だな』
「問題なかろう、すぐに儂らと合流するはずじゃ」
師匠の言葉を聞いてハッとなり、再びクリス先輩の魔素を確認したが、既に先ほどの位置にはおらず、少しずつではあるがこちらに向かってきているようだった。ダメだな、俺。どうも、岩巨人を倒したことで浮かれているようで、魔素探知のスキルを途中で切ってしまっていたらしい。こんなことをしていたら、今頃魔物の群れに襲われてても不思議じゃない。何があっても気を緩めちゃだめだ。
そのように自分に言い聞かせていたら、クリス先輩がこちらにまで近づいてきたので、師匠が手を挙げてクリス先輩に無事を知らせる。すると、クリス先輩もすぐにこちらに気づいて、駆け寄ってくれた。
「お師匠様、ご無事で何よりです」
「クリスもよく頑張ってくれたな」
「いえ、まだまだです」
『本当に、クリス先輩が無事で何よりだよ』
「ユーマもクリスの無事を喜んでおるぞ」
「それは嬉しいですね」
『俺が人間だったら、夕食の燻製肉をクリス先輩に譲るなぁ』
「ほう、そこまでクリスを評価しておるのか?」
『だって、クリス先輩は岩巨人に有効な魔法の属性を持たない中で、弱点でもない魔法を組み合わせて初手にあれだけの一撃を喰らわせたし、十分すぎるほどの時間を稼いでくれたんだ。評価するのは当然だろう?』
「わ、儂はどうじゃったかのう……? 殲滅級魔法を使って岩巨人に壊滅的なダメージを与えたし、魔法師として的確な判断で戦況を有利なものにしたじゃろう?」
『まぁ、師匠もすごいと思うけど、それができるだけの実力と経験があるんだし、当然なのかなと思うと驚きはなかったかなぁ……』
「そ、そんな……」
「お師匠様、ユーマは何と言っているのですか?」
「……うむ、自分が人間だったら、夕食の燻製肉をクリスに分け与えるほどに評価しているそうじゃ」
「本当ですか!? わぁ、弟弟子からそこまで褒められると嬉しいですね。それではユーマの好意をありがたく頂いて、燻製肉は二枚増量とさせて頂きましょう!」
『うん、良いんじゃないか。なぁ、師匠?』
「そうじゃのう。それではクリスは一週間の間、夕食に燻製肉を二枚つけることにしよう」
「ありがとうございます、お師匠様。それにユーマも!」
クリス先輩が「やったー!」と小躍りして喜んでいる様子を見て、燻製肉一切れでここまで喜んでくれるなんて、本当にいい子だなと思う反面、もっと美味しいものを食べさせてあげたいと思った。贅沢は敵だとも言うが、貧乏のほうが敵だよ。貧すれば鈍すると言うしな。
さて、これで岩巨人については一段落したのだが、肝心のものが手に入っていない。そう、岩人形からドロップするという紋章石だ。姉弟子殿の言葉通りならば、小指の先ほどの大きさしかないらしい。
待て待て。今この部屋の中は倒した岩人形の破片が山のように重なっており、それらがところ狭しと散らばっている。もしかして、この中から紋章石を見つけないとだめなのか!? めちゃくちゃ面倒というか、師匠とクリス先輩の二人だけで探せる気がしないのだが。
でも、紋章石を見つけて持ち帰らないと、姉弟子殿が十歳式で国王から渡される予定の徽章が作れないわけで、何とかひとつくらいは見つけて持ち帰らければならない。とはいえ、何の当てもなく探すというのはさすがに無理だぞ……?
そんなことを考えていたら、そういえば役に立ちそうな魔法の詠唱を覚えたのを思い出した。これは師匠とクリス先輩が旅の準備をしている間に読ませてもらった魔法書にあったもので、特定のアイテムを探す魔法だ。
この世界のありとあらゆるものには多かれ少なかれ魔素が含まれている。その魔素の性質を知っていれば、それを手掛かりに特定のアイテムを探し出せるというのがこの魔法の特徴だ。
とはいえ、俺は紋章石が持つ魔素の性質をまったく知らない。これでは、紋章石を探せないのではないだろうか。
そう思った時に、ひとつ閃いたことがあった。確かに俺は紋章石の魔素の性質は知らない。だが、岩巨人や岩人形の魔素ならば覚えている。もしかして、それを頼りに紋章石を探すことができるんじゃないか? 早速俺の考えを師匠に伝えてみたところ、「試してみる価値はありそうじゃな」と言ってもらえた。
それなら、一度やってみようということになり、俺が魔素探知を使って探すことになったのだった。上手く行けば俺の魔素探知の練習にもなるし、一石二鳥と言える。
『それじゃ、やってみますか』
俺は早速魔素探知のスキルを使って、先ほどまで感じていた岩巨人や岩人形の魔素と似た特徴の魔素を秘めたものがないかと探してみたのだが、ノイズとなる魔素が多過ぎてまともに探知ができなかった。
その理由は簡単で、この部屋に散らばっている岩の破片はすべて岩巨人と岩人形を構成していた破片だったからだ。そりゃあ探知に引っかかるのも当然だよな。




