第3話 馬車
この片眼鏡の身体に転生して三日が経った。相変わらず時間を数えている。だって、マジックバッグの中からだと時間が分からないから。
現在俺はドリージアという街を目指して馬車で移動中だ。馬車と言えば有名なゲームの勇者一行も冒険の途中で手に入れるロマンあふれる乗物だが、まさか俺が乗ることになるとは思いもしなかった。
いや、乗ってると言うより乗せられているな、荷物として……。
赤髪の中年戦士たちの話を聞いていると、どうやら彼らは冒険者ギルドが難度S級に設定したダンジョン『暗黒竜の住処』をクリアすることで、富と名声を得ようとしていたらしい。
冒険者ギルド、気になるワードだ。それはともかく、難度S級というのがどれくらい凄いものかは分からないが、ゲームなどの知識から想像するには最高ランクということだろう。そうでないと富も名声も得られるはずがない。
そして、彼らはそれを成し遂げた。つまり、これから彼らは富と名声を手に入れるわけだ。皆のニヤけた表情が言葉の節々から伝わってくるのも仕方のないことかもしれない。
彼らは『五色の盟友』と言う名前のSランク冒険者パーティーらしい。五色のなんて言うのに四人しかいないじゃないか、と思ったが、どうやら冒険の途中で仲間の一人が亡くなっているらしい。
パーティー名を変えずに活動することで、亡くなった冒険者のことも忘れられないようにしたいという思いがあるようだな。
「しかし、あいつも下手を打ったよなぁ」
「あぁ、まさかハニートラップに引っ掛かるとは思わなかった」
「随分と入れ込んでいたからな」
「確か、カレンちゃんだっけ?」
「本当に馬鹿だよな、相手は人妻だぜ?」
うん、なんか亡くなった冒険者に対して全く可哀想だとは思わなかった。流石にハニートラップだとしても人妻に手を出すなんて、この世界でもやっちゃいけないことだと思う。
ただ、戦闘に関しては頼りになるやつだったらしく、皆も口々にあいつがいてくれればもっと楽ができた、などと言っていた。それほどに強い冒険者がハニートラップで亡くなるなんて、一体どんなことが起こったのか、もの凄く気になったのだが、残念ながらその話の続きはされなかった。
それはともかく、声の感じから四人の名前が大体分かった。赤髪の中年戦士はリーファ、エルフのイケメンはジャック、ドワーフの男はブライアン、銀髪の男はマクイーンと言うらしい。赤髪の中年戦士がリーファとか可愛らしい名前なのは面白いな。だが、彼はこのパーティーのリーダーを務めている優秀な冒険者らしい。
因みに、ハニートラップで亡くなった冒険者はサムソンという名前で、カレンとは王都で知り合った仲だったんだとか。知らんがな。そんな情報はいらないのだが、王都はオルフェリアと言うところで、ドリージアから馬車でさらに十日ほど掛かるところにあるのだとか。
今回彼らがダンジョンから持ち帰った品々はドリージアで冒険者ギルドに買い取ってもらうそうだ。そうなると、リーファたちとはドリージアでお別れということになる。せめてダンジョンから連れ出してくれたお礼を言いたかったが、俺の言葉は聞こえないようだし仕方がない。
『それにしても、王都か。俺も行ってみたかったなぁ』
きっと俺はドリージアの冒険者ギルドで買い取られ、紆余曲折あって何処か場末の魔道具店の軒先で売られることになるのだろう。しかし、一体幾らの値が付くのやら。これでも難度S級ダンジョンの九十六階層から持ち帰られた由緒正しい片眼鏡なんだぞ。流石に千円や二千円で売られることはないと思うが……。ないよな?
せめて十万円くらいの値段はついて欲しい。だって、あまりにも安値だと、買われた後の扱いが心配になるからな。例えば、五千円の眼鏡と十万円の眼鏡があったとしたら、五千円の眼鏡よりも十万円の眼鏡のほうが大事に扱われるはずだ。
いや、十万円でも金持ちにとっては端金かもしれない。そうなると、買取価格は高値であればあるほど良いことになる。だが、俺はエルフのイケメン、ジャックからガラクタと言われるような片眼鏡だ。そこまでの高値は期待できないだろうな、残念ながら。
『せめて、チートな能力でもあればなぁ……』
そうだ。チート能力があれば、俺の価値も上がるはず! だが、今の俺にそのようなものが備わっているようには思えない。試しに、『ステータス、オープン!』と叫んでみたが何も起こらなかった。
それから、『ファイア!』『ブリザド!』『サンダー!』『エアロ!』とか、マンガやアニメ、ゲームなどで知った魔法や呪文の数々を叫んでみたがうんともすんとも言わなかった。
『残念ながら、俺に魔法の才能はないようだ……』
そんなことをしている間に、さらに二日が過ぎて、ようやく目的地であるドリージアの街に到着したのだった。とはいえ、マジックバッグの中からはその様子は全く分からず、門番らしき若い男の「おかえり、リーファさん!」「ドリージアにようこそ!」という優し気な声で察しただけだが。
それから十分程度して馬車が止まった。周りが見えなくとも音で分かる。どうやら、目的地に着いたらしい。
バタバタとジャックたちが馬車から降りて荷台に乗せていた荷物を運び出した。俺の入ったマジックバッグもそれらと一緒に荷台から降ろされたようで、リーファの腰にぶら下げられた。そうしている間にブライアンが馬車を何処かに片付けに行くと、リーファとジャックにマクイーンの三人が、ギィと重そうな扉を開けてどこかの施設の中に入った。
彼らを出迎える声はなかったが、ヒソヒソとした声が聞こえてきた。どうやら、俺は耳が以前よりも良くなったらしい。周りの雑音などは上手く避けて小さな声だけを拾うことに成功した。
「お、おい、あれって……」
「あぁ、『五色の盟友』だな」
「ということは、まさか……!?」
「うむ、可能性はあるな」
「ちょっと話を聞いてみようぜ?」
「やめとけ、相手にされないだろう」
「まぁ、良いじゃねえか。話を聞いてみたらどうだ?」
「俺は止めたからな……」
「よし! おい、そこのおっさん! あんたら、難度S級のダンジョン『暗黒竜の住処』の攻略に向かってた、『五色の盟友』だろ? 無事に帰ってきたってことは、攻略を諦めて戻って来たのか?」
一人の男が大声でそんなことを言うと、ドッと笑い声が響いた。どうやら周りには失礼な奴が多いみたいだ。よし! リーファ、言い返してやれ! そう思っていると、ジャックとマクイーンが笑い始めた。
「アハハハ! 君、面白いことを言うねぇ。俺たちが無事に帰ってきたからといって、なんで攻略失敗に繋がるのかなぁ?」
「クフフ、全くだ。俺たちは『暗黒竜の住処』を攻略した。Sランク冒険者パーティーの実力を舐めているのではないか?」
ジャックとマクイーンが相手を煽りながら、それぞれ武器をちゃきりと構える音がした。流石にこれは拙いんじゃないの?
「だ、だったら、攻略したっていう証拠を出しな!」
相手はビビりながらも証拠を出せと言ってきた。なるほど、面白いことを言うなぁ。確かに、ダンジョンを攻略した証拠なんてどうやって示せばいいのやら。ゲームのように記録が残るわけでもないだろうし、ジャックとマクイーンがどう答えるのか気になる。
「おうおう、言ってくれるな若造が。よし、リーファ。アレを出してやろうぜ! 皆腰を抜かして驚くはずだ!」
「そうだな。アレを見せれば皆も納得するはずだ。俺たちが『暗黒竜の住処』を攻略したとな。リーファ、頼む」
ジャックとマクイーンの言葉にリーファはため息をついた。
「別に皆を驚かせるために持って帰ってきたわけじゃないぞ。だが、これを見せれば納得もしてもらえるか……」
そう言って、リーファが腰に吊るしたマジックバッグの中に左手を突っ込んでゴソゴソと搔き回し始めた。そうして目当てのアイテムを見つけたと思うと、それを取り出して地面に置いたようだ。
ドゴン!
かなり重量のあるアイテムを取り出したな。そうなると、アレかソレくらいしか思い当たるものはない。どちらもダンジョンの最下層で暗黒竜を討伐して手に入れた貴重な素材だ。だが、それが何故ダンジョンを攻略した証拠になるのかは分からない。
「これは討伐した暗黒竜から剥ぎ取った角の中で最も小さいものだ。他のは大き過ぎてこの場に出すことはできないが、これを見て納得してもらえるとこちらは助かる」
「「「「「おぉっ……!!!!!」」」」」
やはり、暗黒竜の角を出したか。だが、それだけでは納得しない者も多いだろう。だって、これが暗黒竜の角だという証拠がそもそもないのだから。「これは他の魔物の素材だろう!」と言われる可能性もあるわけだ。さて、どうする? そう思って様子を窺っていたのだが……。
「な、何だこれはっ!? これまでに見たことも感じたことのない、もの凄く濃密な魔素が宿っているぞっ!?」
「なるほど、これならば難度S級ダンジョンの最下層に潜む暗黒竜から剥ぎ取った角と言われても納得できる!」
納得するのかよっ!? ところで、魔素ってなんだ!?
近くから聞こえた青年と中年らしき男二人のやり取りを聞いていると、この世界には魔素なる魔力の素になる成分があるらしく、それは長く年月の経った物質や生物に多く含まれるそうだ。そして、魔素を大量に蓄積した物質や生物には強大な力が宿るのだと言う。
つまり、彼らが見たことも感じたこともない魔素を宿したこの角は難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』の最下層に潜む暗黒竜のものと考えても不思議ではない、ということらしい。なるほど。
「いや、俺が悪かった! おっさんの言うことを信じるぜ!」
「最初からそう言えばいいのにねぇ?」
「全くだな」
「はぁ。そろそろこいつを仕舞ってもいいか?」
「「おう」」
リーファがやれやれという様子で角を再びマジックバッグに仕舞い込んだ。同じマジックバッグの中にいるせいか、アイテムの出入りくらいは感じることができる。自分の乗っている電車の車両に駅から人が乗ってきたような感じだ。今のところ満員電車という感じはしないので、まだ余裕はあるのだろう。
そうこうしていると、ブライアンが戻ってきた。話を聞くと、馬車を厩に預けてきたらしい。
「こんなところで何やってんだ。さっさと受付に行くぞ」
「そうだな」
先ほどまでの騒ぎを知らないブライアンが三人を引き連れて受付に向かう様子を想像しながら、次はどんなことが起こるのかとワクワクしながら周りの様子を探ることにした。
リーファたちの話から察するに、ここは冒険者ギルドの中のようだ。ということは、先ほどの連中は皆冒険者というやつらしい。うーん、冒険者に対するイメージはあまり良いものではないな。粗野な連中が多い印象を受けた。リーファたちのようにしっかりとした者もいるようだが、彼らはSランク冒険者パーティーだというし、もしかするとランクによって受ける印象に違いがあるのかもしれない。
冒険者ギルドの受付は若い女性のようで、リーファたちとは旧知の仲のようだった。難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』を攻略してきたとリーファが告げると大変驚いていたが、皆が無事に帰ってきたことを喜んでいた。優しくて気遣いのできる受付嬢のようだ。
「それで、ダンジョンで手に入れた素材や財宝、アイテムの類を買い取って貰いたいんだが」
「正直に申しますと、ここでは難しいですね。難度S級ダンジョンから持ち帰られた財宝やアイテムですから、相当な価値があるはずです。また、皆さんが討伐された暗黒竜の各種素材も非常に貴重な代物です。流石にうちですべてを買い取ることはできないでしよう」
「まぁ、そうなることは予想していた」
「えぇ。王都オルフェリアで開催される冒険者ギルド主催のオークションに出品されることをお勧め致します」
「なるほど、オークションか……。分かった、手続きを進めてくれ」
「承知致しました。それでは、申し訳ございませんが、オークションに出品される商品を一度すべてこちらで預からせて頂きます。鑑定して目録を作らねばなりませんので。もちろん、紛失などがないよう、冒険者ギルドドリージア支部が責任持って管理致します」
「その辺は信じてるさ」
そう言ってリーファが腰にぶら下げたマジックバッグを受付嬢に手渡した。すると、何やら受付嬢がゴソゴソとやったかと思うと、俺は別のマジックバッグに入れ替えられたようだ。まるで、エレベーターに乗ったような浮遊感を感じた。
「出品されるアイテムはすべてギルドのマジックバッグに移し終えました。こちらのマジックバッグはお返し致します。目録と鑑定書の作成には恐らく一週間ほど掛かる見込みです」
「分かった。一週間後にまた寄らせてもらうよ」
「お待ち下さい。ギルドマスターからお話があるそうです。二階の執務室にご案内致しますので、もう暫くお付き合いください」
「おやっさんからお話ねぇ?」
「またお小言かな?」
「案外、労いの言葉を貰えるかもしれない」
「さて、どうだろうな」
受付嬢がギルドのマジックバッグを査定の担当者に手渡したところで、俺はリーファたちと離れることになった。もしかすると、これが今生の別れになるかもしれない。
『俺を外に連れ出してくれて、ありがとうな!』
一応、お礼を言っておこう。俺の声は届かないかもしれないが、これが今の俺にできる感謝の表し方だ。お金を持っていれば、彼らに酒でも奢ってあげるのだが、何せ俺は片眼鏡だからな。今の俺には彼らにしてあげられることは何もなかった。
まぁ、彼らとはもう少しの間付き合うことになるとは思うんだけどね。何せ、彼らと一緒に王都へ向かうことになるんだからな。それにしてもオークションか。昔のテレビ番組で「ハンマープライス!」とか言ってたのを見たことしかないので興味がある。俺に一体幾らの値が付くのか、今から楽しみだぜ……!
いつもお読みいただき、ありがとうございます。