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第29話 最下層

 地下四階層からはついに魔物との戦闘が始まったわけだが、それらはすべて師匠の魔法によって瞬時に終えることとなった。


 これまでに遭遇した魔物は大鼠、大蝙蝠、大蜘蛛、大百足、岩人形の五種類で、大鼠というのは体調が五十センチから一メートルくらいのどでかい鼠だ。大蝙蝠も同じく体長が一メートルから二メートルくらいのどでかい蝙蝠。大蜘蛛や大百足も同様で、とにかくでかい。


 正直、鼠なんて夜の都会の片隅でゴミを漁っているような手のひらサイズのドブネズミくらいしか見たことないし、こんなデカいカピバラみたいな大きさの鼠なんて初めて見た。


 というか、見た目はカピバラのように癒される要素がまったくないし、気持ち悪さや嫌悪感といった感情のほうが先に湧いてくる。大蝙蝠だって正直見た目からは恐怖しか感じない。動画などでかわいらしく果物を食べるコウモリの姿を見たことはあるが、こちらの魔物は可愛さなんてこれっぽっちもない。まぁ、牙を剥いて襲い掛かってくる時点でかわいいとか言ってられないのだが。


 大蜘蛛とか大百足なんかは論外だ。俺は虫が嫌いだから……。見つけ次第速攻で覚えたての炎槍ファイアランスを詠唱して燃やそうとしたら師匠に叱られた。雑魚相手にそんな魔法を使うな、もっと魔素の消費量を抑えるように、とのこと。効率のいい魔素運用も魔法師の腕の見せ所なのだとか。なるほどなぁ。


 確かに、俺はたまたま暗黒竜の魔素という膨大な量の魔素を手に入れることができたけれど、この魔素がいつまでもあるとは限らない。ふとした瞬間になくなってしまう可能性も考えられなくはない。


 そうなると、魔素吸収のスキルに頼ることになるが、魔素吸収でどれだけの魔素を吸収できるのか、自分の魔素量が多過ぎるせいでいまいち把握できていない。気が付いたときには使用した魔素が回復しているという感じなのだ。もし、魔素を使いすぎて回復が追いつかない事態になったらどうしよう……。


 ともかく、師匠の言う通り魔素の効率的な運用は学ばねばならないな。精進することにしよう。 


 最後に、一番厄介だったのは岩人形という魔物だ。こいつは見た目は人間の子供くらいの岩でできた人形なのだが、核と呼ばれる心臓のようなものを見つけて砕く以外に倒す方法がない。そして、その核のある場所が個体によって違うせいで倒すのが非常に面倒だった。また、その名の通り身体が岩でできているので硬いし頑丈なのだ。前衛役がハンマーなどで物理攻撃を与えて倒すような魔物だろう。


 それを魔法師が一体どうやって倒すのかと、師匠の戦闘を興味深く見守っていたのだが、風魔法で風の刃を創り出し、それをかまいたちのように繰り出して小間切れに切り刻んで倒してしまった。あとに残ったのは石と核の破片だけだった。


 他にも倒し方がないかと聞いてみたところ、土魔法で岩人形よりも硬い巨岩を生み出して核ごと押し潰す方法があるらしい。その他にも方法は様々あるが消費する魔素が多くなるため、このふたつの方法が一般的とのことだった。なるほど、魔素の消費を考えなければ他にも方法はあるのかと思っていたら、かなり力業のようでまったくお勧めできないと言われてしまった。


 しかし、そうなると風魔法と土魔法が使えない魔法師ではこのダンジョンを攻略するのは難しそうだな……。すべての属性魔法が使える師匠と土魔法が使えるクリス先輩の二人がいるので、今回は心配なさそうだけど。とりあえず、ダンジョンを攻略する時は魔法の属性も考えないといけないんだなと理解した。


 ということで、岩人形については手慣れた師匠にすべて任せることにして、俺は他の魔物を倒しながら効率のいい魔素運用の勉強に励むのだった。幸いにして、この洗礼の洞窟は難度D級ダンジョンということもあり、出てくる魔物はそれほど強くないので戦闘訓練にはちょうど良かった。


 そんなことをしているうちに、ようやく最下層の地下五階層へと辿り着いた。目の前には底が見えないような谷底が広がっており、そこに煉瓦造りの三連アーチ橋が掛かっている。うん、何処かで見たことがあるような気がする。これ、絶対橋が崩落して谷底に落ちるタイプのやつだよ。急に寒気がしてきたな……。


 その橋を渡った先は洞窟の入口にあった金属製の扉よりも二回りほど大きな扉で閉ざされており、奥の様子は分からなかった。ただ、あの扉の先に洗礼の儀を行う祠があるんだろうなとは想像がついた。


 そして、ここまで来たのにも関わらず、例のうめき声や地揺れを起こした存在と未だに出会っていない。それが何を意味するのかは誰もが理解していた。そう、あの扉の奥にいるのだろう。


「……では、そろそろ参ろうか」


「師匠、大丈夫でしょうか……?」


「ザンテ、クリス。其方らに任せたぞ!」


『一応、俺もいるんだけど……』


「殿下、ユーマを忘れては困りますぞ」


「おっと、そうじゃった! ユーマ、其方にも期待しておるぞ!」


『お、おう!』


 師匠を先頭に、クリス先輩、姉弟子殿の順番で橋を渡る。最初は崩落しないかと怖がっていたが、思ったよりも頑丈なようで安心した。


 橋の幅は五、六メートルくらいだろうか。全長は三百メートルほどある。おっと、こちらの単位だとフィンだったっけ。まだ慣れないな。そんなことを思っていたら、すぐに橋の真ん中にまで差し掛かった。まぁ、学校にある運動場の一周くらいしかない距離だし、これくらいの距離を渡るくらい、なんてことはないだろう。


 あと半分だ。そう思った瞬間に、再び例のうめき声が、より大きくはっきりと聞こえてきたのだった。


「ウグォォォオオオオオッ!!! グゴァァァアアアアアッ!!!」


 咆哮と同時に、ズンッとこれまでで一番大きく揺れると、頑丈そうな橋もぐらりと横に揺れる。まさか、本当に崩落とかしないよな?


 今さらではあるが、引き返したい気持ちでいっぱいだ。だけど、このうめき声と揺れの正体が一体何者によるものなのかを確認するまでは逃げ出すことができない。さっさと確認して早く帰りたい!


「な、なんじゃっ!?」


「扉の奥から聞こえてきます!」


「うむ……!」


『さっさと扉の中を確認して帰ろう!』


 そう言って、師匠とクリス先輩、姉弟子殿が駆け足で橋を渡ろうとする。だが、その時一際大きな地揺れが発生した。


 ズズズズズズズズズズッ……!


 長い揺れが続いていると、次第に横揺れしていた橋に縦揺れが加わり、左右に波打つようになると床版を形成していた煉瓦がぼこぼこと列を乱し始めた。あ、これ絶対にヤバいやつだ! それを察したのは俺だけでなく皆もだったけど、今から対岸まで渡り切れるかは本当にギリギリだ。


『師匠、全力で走れ! 橋が崩落するぞ!』


「はぁはぁ、み、みなぎる力よ、我ら三人の身体に宿れ! 身体強化フィジカルブースト!」


 師匠が身体強化の魔法を三人に掛けた。緊急事態だし、詠唱を省略して三人同時に魔法を掛けるのも仕方がない。むしろ、こういう時にこそ使うべきなんだろう。ともかく、魔法のおかげで三人は百メートル走で金メダルを取るようなアスリートよりも段違いに速く走れるようになった。


 だが、床版がもはや崩れた瓦礫の山のようになりつつあるので、皆も走るというよりは飛び越えるような感覚で駆け抜けた。既に後ろからはガラガラと嫌な音が聞こえてくるし、実際に見たくもない光景が俺の視界に入ってきている。それを気にせず、今は目の前の扉だけを必死に目指した。その様子はまるでハードル走の選手のようだった。


 そうして、なだれ込むように橋を渡り切ったところで、師匠が後ろを振り返ると、煉瓦造りの橋は消え失せて谷底へと完全に崩落しており、先ほど降りてきた階段との間にぽっかりと闇色の大穴が空いた状態となっていた。それを見た師匠が慌てて辺りを見回すと、すぐ隣にクリス先輩と姉弟子殿の倒れ込んだ姿を捉えたせいか、酷く疲れた様子でその場にべしゃりと座り込んだ。二人が崩落に巻き込まれたのではと心配したのだろう。そして、その無事を確認して安心したのだろう。やれやれだな。


『しかし、これで後戻りはできなくなったな……』


「じゃが、心配はない。ここはダンジョンじゃ。いずれ元に戻る」


『ダンジョンにはそんな特性があるのか?』


「うむ、ダンジョンには自己修復の機能が備わっておるらしくてな、多少の傷が付いてもいつの間にか修復されている、ということはよくあることなのじゃ」


「ですが、師匠。流石にここまで派手に壊れてしまっては、修復されるのにどれだけの時間が掛かるか分かりませんよ?」


「まぁ、儂は飛翔の魔法が使えるからの。浮遊の魔法と組み合わせれば、其方らを向こう岸に運ぶくらいはできるじゃろう」


「そんなことよりも、今はこれからのことを決めねばなるまい!」


 姉弟子殿の言葉に師匠とクリス先輩が頷いた。


 まぁ、これからのことも確かに考えなければならないが、俺としては地上へと戻る手段があるということについて正直ホッとしていた。


 飛翔と浮遊の魔法はどちらも上位の風魔法だ。飛翔は自ら自由に空中を飛び回れる魔法で、浮遊はその一歩手前の段階で、ものを空中に浮かび上がらせる魔法だ。恐らく、師匠は飛行魔法を使い、クリス先輩と姉弟子殿に浮遊の魔法を掛けて、二人を引っ張って向こう岸まで送るつもりなのだろう。便利な魔法があって本当に助かる。


 ただ、飛翔と浮遊のふたつの魔法は先ほども言った通り、どちらも上位の風魔法になる。そのため、消費する魔素量が非常に多いのだ。つまり、通常ならば多用できる魔法ではない。魔法師による空中戦とかロマンがあるけれど、魔素量に限りがあるこの世界では夢のまた夢なのだった。まぁ、師匠と俺なら可能かもしれないけどな。


『とにかく、この扉の中を確認しないとな』


「そうじゃの。扉の中を確認してみないことには何も始まらん」


「こちらの扉に鍵は掛かっているのですか?」


「うむ、これが扉の鍵じゃ」


 そう言って姉弟子殿がマジックバッグから取り出したのは洞窟の入口で使った鍵よりも遥かに大きく、姉弟子殿の腕の太さほどある。そういえば、目の前の扉もデカいし、そこに空いた鍵穴もデカかった。


 これ、間違いなく姉弟子殿のようなか細い腕をした女性が扱うものじゃないだろう。かと言って、師匠やクリス先輩にも扱えるかどうか。力のある成人男性が扱うべきものなんじゃないの? だが、皆そんなことは気にしていない様子で話している。それなら問題ないのか? 俺には分からないから話を先に進めよう。


『俺の予想だと、この扉の先にとんでもない魔物が潜んでいると思うんだけど、師匠はどうするつもりだ?』


「儂も同じ予想じゃが、まずは魔物の正体を確認せねばならんの。儂らで何ともならんと分かれば、逃げ出すことも考えねばなるまい」


『つまり、まずは状況の確認。その結果次第で撤退だな?』


「うむ、そうなる」


「そういうことでしたら、この扉は開いたままにしておいたほうが良さそうですね?」


「いや、この扉は一度開ければ、瞬く間に閉じると聞いておる。いつまでも様子を見てはいられぬぞ?」


「ふむ……。そうなると、全員で入るのは危険かのう?」


「しかし、洗礼の儀を行う殿下が入り、その護衛役であるお師匠様が入られるのです。荷運び役の私が入らないわけには参りません」


『まぁ、師匠が入るなら俺も同時に入るわけだし、ここは全員で入るしかないんじゃない?』


「じゃが、それでは様子を見て撤退というのは難しいぞ?」


「つまり、我らは運命共同体というわけじゃ!」


「殿下はそれで本当によろしいのですか?」


「もちろんじゃ! どちらにせよ、このまま逃げ帰るというわけにはいかぬ。どうせ私が死んでも弟妹たちが同じ道を辿ることになる。そのような未来が分かっていて、何もせぬという選択肢はない!」


『どうする、師匠。姉弟子殿はやる気だぞ?』


「うむ、そこまで言われるのでしたら、護衛役の儂も覚悟を決めねばなりませぬな。この命、殿下に捧げましょう!」


「お師匠様がそう仰られるのでしたら、私もお供致します。何も問題はありません、私はただの荷運び役ですので!」


「うむ、頼もしい限りじゃ! それで、ユーマは何と申しておる?」


『師匠が行くっていうのなら、一緒に行かないわけには行かないだろう? 俺も姉弟子殿に付いていくよ、正直怖いけど……』


「うむ、それでこそユーマじゃ。殿下、ユーマも殿下に同行すると申しておりますぞ!」


「そうか、そうか! まぁ、ザンテが付いてくるというのじゃから、ユーマ一人が外で待つこともできぬじゃろうしな!」


 姉弟子殿がワハハハハハと強がるようにひとつ笑ったところで、ついにその時が来たようだ。


「これより扉を開ける。其方らも無事には戻れぬかもしれぬ」


「儂が殿下を守ります故、ご心配なく!」


「もちろん、私も役に立ってみせます!」


『皆で笑って王城に帰ろう、な?』


 俺の言葉が皆に聞こえたのかと思うほどに、静かに頷き合う三人。正直に言うと、笑って王城に帰ることができるのか、俺には不安しかなかったが、それでも今このときは前向きな言葉が必要だと思った。


 姉弟子殿から大きな鍵を受け取ったクリス先輩が鍵穴にそれを嵌め込むと、力一杯回す。だが、思った通りクリス先輩だけでは鍵が回らない。鍵穴が錆びついていると言うよりかは、鍵自体が重く硬いものだったからだろう。師匠も加わり姉弟子殿も助力した結果、ようやくガチャリという音が響いた。


 その結果、地下五階層の最奥を閉ざしていた大扉は開くわけでもなく、ただ消失したのだった。もしかして、魔法か何かによって扉が構成されていて、それが解き放たれた感じなのかな? 俺にはよく分からないが、ともかく大扉が開いたのだ。あとは中を確認するだけ。


 そう思っていたところに突然の衝撃が走る。


 大扉が開いた瞬間に、ブゥンという鈍い風切り音が目の前から聞こえてきた。そう感じた瞬間に師匠とクリス先輩と姉弟子殿の三人が突然の風圧で地面に叩きつけられることになった。


 一体何事か!? 俺はすぐに周囲の状況を確認したのだが……。


『なんじゃ、こりゃあ!?』


 目の前には、まるで十階建てくらいのビルのようにどデカい一体の岩人形が立ちはだかっていたのだった。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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