第27話 探知
俺たちは洗礼の洞窟の地下三階層を進んでいた。ここまでのところ魔物と出会うようなことはなく、罠もすべて回避してきており、攻略は間違いなく順調に進んでいる。
だが、昼休憩の時に感じた縦揺れは今も時折感じるし、うめき声も断続的に聞こえてくる。というか、先ほどからそれらが徐々に強く大きくなってきているようにも思える。正直、ちょっと怖い。
師匠もクリス先輩も姉弟子殿も、先ほどからずっと黙ったままだし、なんというか、ピリピリとした空気が辺りを漂っている気がする。そう感じているのは俺だけではないはずだ。
誰も何も言わないが、間違いなく、この下の階層に得体のしれない何かが潜んでいると皆が思っている。そして、恐らくそれは難度D級ダンジョンに潜むような魔物ではないのだろう。
俺も怖くなって皆と同じように黙っていたのだが、少しでも気分を紛らわそうと、師匠に話し掛けた。
『今のところ魔物が出てくる様子はないな……?』
「うむ、じゃが魔物の気配は感じるぞ。封魔の魔法が効いておるから儂らに向かってこないだけじゃ」
『魔物の気配なんて分かるものなのか?』
「魔物から溢れ出る魔素を感じ取れればな」
『はぁ、魔素ねぇ。自分の魔素はともかく、周囲の魔素なんてどうやって感じ取ればいいんだ?』
「この世のあらゆるものには魔素が含まれておる。それを感じ取るためには様々な方法があるが、最も簡単なのは実際に触れてみて自分の魔素との違いを感じ取ることじゃな」
『俺には手がないんだけど……』
「……そうじゃったな。じゃが、安心せい。他にも方法はある。次に簡単なのは魔素を計測する魔道具を使うことじゃ。魔道具自体は少々値が張るが、計測した結果は一番的確じゃぞ」
『いや、俺には魔道具を扱えないんだけど……』
「……ふむ。そうなると、魔素感知のスキルを身に付けるしかないのう。まずは自分自身の魔素を感じ取り、その性質を把握するところから始めるのじゃ。そうすれば、自ずと周囲の魔素との違いを感じられるようになる。じゃが、これは難しいぞ?」
『魔素感知のスキルか。一回試してみるわ』
先日の一件もあって、自分の魔素はなんとなくだけど感じ取れるようになった気がする。俺の想像上の心臓である魔石というか魔核には溢れんばかりの魔素が詰まっている。その魔素が本当に俺の心臓から送り出される血液のように、ドクッドクッと脈を打ちながら身体中を駆け巡る感覚に目覚めたのだ。
しかし、自分自身の魔素の性質ってどういうことだろう。俺の魔素が暗黒竜由来とかそういうことかな? まったく意味が分からない。というか、魔素って一種類じゃないの? そんなにいろんな性質があるのか? いや、全然理解ができないのだが。
一旦、魔素の性質については置いておこう。それよりも問題なのは周囲の魔素の感知ができないことだろう。魔素吸収などというスキルは持っているものの、これまで周囲に漂う魔素の存在を気にしたことなどまったくなかったので、一体何が魔素なのかも分からない状況だ。
どうすれば周囲の魔素を感知できるかと、色々と試行錯誤をしてみたものの、結果は芳しくなかった。どうやら、今の俺には自分の魔素を感知するだけで精一杯のようだ。師匠も魔素感知のスキルを身につけるのは難しいと言っていたけど、ここまでとは思わなかった。
はぁ、仕方がない。改めて自分の魔素を感知するところから始めるかと思い、ドクッドクッと脈を打つ自分の魔素に気を向けたところ、そのリズムというか心音のようなものに若干の違和感を感じたのだ。あれ、何か雑音が混じっているような気がするような……。まさか、変な病気とかじゃないよね?
ちょっと不安になったものの、その雑音が気になり過ぎたので、今度は落ち着いてじっくりと耳を澄ませて聞いてみることにした。俺に耳はないけど、そこは気にしない。すると、どうやらその雑音は俺の中から聞こえてくるものではなく、どうやら周囲から聞こえてきた音のようだった。少しだけ安心したよ。
それじゃあ、この音は一体何なんだ!?
ということで、改めて聞こえてくる雑音に耳を傾けてみたところ、どうやらそれは幾つかの音が混じることで雑音のように聞こえているようだった。それならば、それぞれを分解してひとつの音として聞いてみたら雑音には感じないかもしれない。
絶対音感なんて持ち合わせていない俺にそんなことができるとは思えないが、ひとつの音に集中すれば、多少は聞き分けられるかもしれない。何事もチャレンジだ、やれることからやってみようということで早速集中してみると、雑音には三つの音が混じっているようだった。
もしかして、これが師匠とクリス先輩、そして姉弟子殿の三人の魔素なのか? そう考えれば、師匠の言っていた魔素の性質という話も分かる気がする。
ひとつ目の音は、非常に小さな音だけど、決して弱さは感じない。とてもスローなテンポの曲で、心が落ち着く音色ながら重厚さも感じられる。恐らく、これは師匠の魔素が奏でる音なのだと思う。
ふたつ目の音は、軽やかでアップテンポな音だ。決して騒がしいわけではなく、心地よく弾むようなリズムを刻んでいる。多分これはクリス先輩の魔素だろう。なんというか若々しさが感じられる。
三つ目の音は、クリス先輩の魔素と同様に軽快なリズムを感じるが、太く重いその音色から重厚さも感じられる。そして何より、三人の中で最も音量が大きい。これが姉弟子殿の魔素なのだろう。
ふむ、なるほど。これが周囲に漂う魔素のイメージだというのであれば、なんとなく掴んだかもしれないな。コツというものを。
これは勝手な想像だけど、重厚な音であるほど魔法師としての適性が高く、音量が大きいほど秘めた魔素量が多いのではないだろうか。そうなると、音のテンポはなんだろう。うーん、年齢かな?
そう考えてみると、魔法師としての適性は師匠、姉弟子殿、クリス先輩の順になるし、魔素量としては姉弟子殿、クリス先輩、師匠という順となる。意外と合っているのではないだろうか?
『ちょっとだけ、コツを掴んだかもしれない』
「なんじゃと!?」
師匠は驚くが、そこまでのものかなと思ってしまう。いや、正直に言って思っていたよりは簡単だったけどな。もしかして、俺ってこの世界ではできるタイプなのかな? そうだったら嬉しいけど。
そうして、師匠たち三人の魔素を感じ取ったところで、それ以外にも聴こえてくる音の存在に気が付いた。高い音から低い音、軽快なリズムから鈍重なリズムまで様々あったが、それらの音には共通する特徴がある。そのすべてが「不快な音色」ということだ。
それらの正体が何であるかは想像するに難くない。つまり、魔物などの有害な存在から発せられる魔素なのだろう。ダンジョンでは周囲の魔素を感知する度にこんな不快な思いをしなければならないのか。そして、それを報告しないといけないとなると、魔法師って大変だなと思ってしまう。
うん、このままだと成り手がいなくなるよ。もっとホワイトな職場にするか、超高給取りにするべきだよ。マジで。そうでなければ、魔法師がただの雑用係になってしまう可能性がある。それは避けなきゃだめだろう。師匠やクリス先輩のためにも。
それはともかく。魔素を音として認識したことで、その音が聴こえる方向から魔物の潜んでいる位置を把握したり、その音の音量によって魔素の量、つまり魔物の強さをなんとなくだけど把握することができるようになった。なるほど、これが広域索敵の仕組みだろう。
『なんとなく、分かった気がするよ』
「なんと、本当か!?」
『うん、本当だ。まぁ、試してみないことには分からないけどな』
「よし、ならば早速試すがよい!」
『おう!』
師匠の言葉に背中を押されて、俺は自分の魔素を感知し、そして周囲の魔素を感知する。その結果、進行方向に魔物が七体隠れていることが分かった。魔素の量も少ないことから俺たちの脅威になるとは思えないし、師匠の封魔によって出てくることもないはずだ。
『……どうだ、師匠と認識に違いはないか?』
「……うむ、完璧じゃな。この短い期間によくやった!」
『おぉ、やったぜ!』
師匠から褒められるとやっぱり嬉しいな。と思ってたら、システムメッセージが聞こえてきた。
【インテリジェンス・アイテムNo.29 暗黒竜の瞳 呼称:ユーマ・ヤスダに新たなスキルが発現しました。スキル:魔素探知を獲得しました】
よっしゃ、スキルも獲得できたぞ! って、魔素探知!? 魔素感知じゃないみたいだけど大丈夫か? 一字違うだけなのに意味合いがずいぶん変わりそうで少々不安になる。念のため、スキルの効果を確かめておいたほうがいいよな?
そんなわけで、新しく獲得した魔素探知のスキルの効果を確かめてみることにした。まずは、魔素の感知ができるかどうかだ。さっきまで問題なくできていたんだから、スキルを獲得したせいで感知できなくなることはないとは思うけど、念の為だ。
周囲の魔素の感知を試みたところ、これまで幾つもの魔素がそれぞれ音を発しており、それらが混じり合ってまるでひとつの雑音のように聴こえていたものが、今では意識しなくてもそれぞれ個別の音として認識できるようになっていた。
そして、それぞれの魔素の大小、魔素の位置、魔素の性質が明確に分かるようになった。魔素の性質について簡単に説明すると、敵か味方か中立かが感覚的に判断できるようになった感じだ。
それに、周囲の魔素が視覚的に見て取れるようになった。まるで魔素を探知するレーダーでも得たかのような感覚だ。あ、だから魔素探知なのか。確かにこれなら魔物の位置も把握できるし、なんなら仲間の位置や戦闘の状況だって把握できるかもしれない。
魔素探知スキル、ちょっと有能すぎるだろう。というか、これって広域探索の魔法が不要になるんじゃないか? もしかして、結構ヤバいスキルを獲得しちゃったのかな……?
『……師匠、魔素探知ってスキル知ってる?』
「魔素探知? もちろんじゃ。魔素感知の上位スキルじゃが……まさかっ!?」
『魔素探知スキル、獲得しちゃったみたい』
「なんじゃとぉっ!?」
テヘッとかわいく伝えてみたところ、師匠がいきなり叫んだのでクリス先輩と姉弟子殿も一体何事かと、師匠に問い詰めた。そして、俺が魔素探知のスキルを獲得したようだと伝えたら……。
「ほほう、先ほどから何やら独り言を呟いておったのはユーマに魔素感知を覚えさせるためじゃったのか。しかし、それで魔素探知のような高度なスキルを獲得させるとは、流石はザンテよな!」
「私が魔素感知のスキルを獲得するのに三か月も掛かったのに、ユーマはスキルを簡単に獲得しすぎではないですか? しかも、魔素探知だなんて、魔法師どころか冒険者でも獲得した人は少ないと聞きますよ?」
『そ、そうなのか……』
「魔素感知のスキルを覚えようとして、上位の魔素探知を獲得したなど前代未聞ではあるが、困るようなことではない。むしろ、喜ばしいことではないか! 広域探索の魔法を使わずとも敵の位置が分かるし、相手の強さまで把握することができるのじゃからな!」
皆の話を聞く限り、俺が獲得した魔素探知のスキルは魔素感知の上位スキルにあたるらしく、思った通りその効果は優秀らしい。冒険者でもなかなか獲得している人は少ないのだとか。
そういえば、ドリージアの冒険者ギルドでリーファたちが冒険者に絡まれた際にマジックバッグから暗黒竜の角を取り出していたけど、あれって冒険者たちが魔素感知のスキルを持っている前提の行為だったんだな。そうでなければ、角を取り出したところで暗黒竜の住処を攻略したという証拠にはならなかったはずだ。
クリス先輩も魔素感知のスキルは三か月で覚えたそうだし、魔素感知は誰もが持っていても不思議じゃない、一般的なスキルのようだ。それだけに、俺の獲得した魔素探知のスキルが目立つということなのだろう。確かに、魔法も使わずにスキルの効果だけで索敵ができて、しかも敵の強さまで把握できる可能性があるスキルとなると、その有用性は半端ない。
まぁ、今回は完全に偶然です。だから気にしないでね。
ということで、俺の言葉を師匠経由でクリス先輩と姉弟子殿の二人に伝えてもらって、俺はダンジョンの攻略に戻ることにした。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




