第24話 顛末
「……ミラクー伯は病に倒れた私の母キメリーを拉致し、自分の屋敷に監禁していたのです!」
『な、なんだってー!?』
ミラクー伯、こんなに大きな子供のいる人妻を狙うなんて、相当な熟女好きか? 流石にそれはないか……いや、あるのか? 人の趣味には口を出せないが、それでもなぁ。
「母を診た町医者がミラクー伯の手の者で、母を治療するために法外な治療費を請求し、払えねば私に身体で払えと……!」
『ウホッ、確かにリーナスはいい男だけど……』
まさか、本当の狙いはリーナスだったのか。そういうのが貴族の嗜みとかって訳ではないよな? そういえば、この世界に来て出会った女性って片手で数えるくらいしかいないような。
「それは其方の母の治療のためではないかっ! 治療に必要な薬を作るには貴重な素材や薬草の類が必要だったのだ! 薬の代金が高くなるのは当然であろう!」
「確かに、母が罹ったのが治療する薬の材料が入手し難い難病や奇病、珍病であれば納得しただろう。だが、母はただの感冒だった!」
感冒って風邪だっけ。まぁ、風邪なら最悪寝てれば治るかもしれないが、意外と馬鹿にはできないぞ。それに、風邪に似た症状でも他の病気だったということもあるからな。
「見よ、仲間の協力を得て貴様の屋敷から取り戻した母の姿を!」
リーナスがそう言うと、騎士に連れられて先ほどの婦人が闘技場の舞台に上がり、イネスの隣に立つと静かに膝を折って跪礼した。
「リーナス・メナスの母、キメリーと申します。陛下及び王女殿下にご拝謁を賜り、誠に光栄に存じます」
キメリーの様子を見るに、難病に罹っていたとは言えないほどに元気そうだ。足腰もしっかりしているし、顔色もいい。
いや、そんなことよりも、キメリーはミラクー伯の屋敷に監禁されてたんだよね? それを仲間内で助けたっていうことは、ミラクー伯の屋敷に押し入ったのか? それとも内通者がいたのか? 気になるところだが、話が進むようなので一旦置いておこう。
「早速だが其方に問おう。ミラクー伯の手の者に監禁されていたというのは本当か?」
「はい。三か月ほど前になりますが、私は突然の寒気と倦怠感に襲われました。そして翌日には高熱と喉の痛み、それに鼻水と咳が出るようになり、町医者に掛かることにしたのです。ですが、それがすべての始まりでした。私が第二近衛騎士団の団長であるリーナスの母だと知るや否や、ミラクー伯の屋敷に連れて行かれ、法外な金額の治療費を求めてきたのです。それを支払わねば屋敷から出さぬと……」
「ふむ。其方の症状を聞けば、ただの感冒のように思えるな。また、何の問題もなくこの場に立てていることを考えれば、その町医者の診断が間違っていた可能性が高いが……ミラクー伯の屋敷に連れて行く理由がないな」
「私もそのことが気になり、町医者を問い詰めたのですが、他の者に感染する可能性があるため、母を隔離する必要があると。そして、ちょうどよい屋敷を知っているので、そこで静養するべきだと言われたそうです。そして連れて行かれた先が……」
「ミラクー伯の屋敷だったということか」
「はっ!」
国王の言葉にリーナスが短く答える。
普通ならばキメリーの症状からして最初に疑うのは風邪だと思う。だが、町医者はそうしなかった。もしかすると、一般人には分からない、他の病気を疑うような兆候が見られたのかもしれない。だけど、今この通り舞台の上に立っているキメリーの姿を見れば、それはないなと誰もが思うことだろう。
それにしても、法外な治療費って一体幾らだったんだろう? 多分この国には国民皆保険制度なんてないだろうし、治療費なんて医者の言い値で決まるのではないだろうか。そう考えると何百万とか何千万とか、それくらいの金額もあり得るな。
偶然なのかは分からないが、リーナスの母キメリーが頼った町医者はミラクー伯の手の者だった。そして、キメリーの個人情報を入手するとそれをミラクー伯に提供し、彼女が有用だと判断するやいなや、すぐさまミラクー伯の屋敷へと連れ去り監禁したのだと思われる。
母親を監禁された挙げ句、法外な治療費を請求されたら、息子のリーナスはミラクー伯の命令に従うしかないか……。
リーナスが第二近衛騎士団の団長だとは知らなかったが、第二近衛騎士団の団長が特定の貴族に頭が上がらないという状態は、組織として機能しなくなったと言っても良い。ミラクー伯が王族への謀反と疑われてもと言われても仕方のない状況だろう。
「あまりにも法外な治療費でしたから、私には払えないと町医者に伝えたのです。ですが、その時突然ミラクー伯がいらして、治療費が払えないのならば、自分が肩代わりすると。その代わり、息子のリーナスに自分の言うことを聞かせるように伝えよと言ってきたのです」
「つまり、ミラクー伯は私の母を人質に取ることで、第二近衛騎士団の実権を握ろうとしたのです。そして、この度の模擬試合でザンテ殿の対戦相手に王女殿下の護衛役となる予定だった私ではなく、魔法師との対戦が得意なイネスとするようにと圧力を掛けてきたのです!」
キメリーの話した内容は想像した通りだった。そして、リーナスの話した内容も、ある程度想像はついていた。何故急に模擬試合を行うなどとミラクー伯が言い出したのか。そして、師匠の対戦相手に都合よく魔法師殺しの異名を持つイネスが選ばれたのか。
今のところ、すべてリーナスとキメリーの話す内容は辻褄が合っているように思える。だが、今回の暗殺者の件はどうなんだろう? 模擬試合の開催はミラクー伯が提案したものだったとは言え、師匠が勝った場合に備えて事前に暗殺者を手配するなんて、普通はできないと思うのだが。
「また、ザンテ殿を襲った暗殺者ですが、彼らは以前から王城に忍び込み、ミラクー伯の指示があればすぐに行動できるように備えていた者たちです。先ほどの書類にいつでもミラクー伯の指示により行動すると記載されており、これは王国の暗部も知っているはずです」
暗部ってなんだろうと思っていると、師匠から「国王を守る秘密の組織じゃ」という呟きを聞いて、なるほどと思った。でもね。というかさ、そんなことを把握していたんだったら、暗部が国王と姉弟子殿の護衛もしてくれれば良かったじゃん、などと思ってしまう。
師匠曰く、暗部は表に出ることはない、とのことなので、こういう場には出てこなかったのかもしれないけれどさ。でも、国王と姉弟子殿の危機でもあったんだから、そういう事態に備えるのが暗部の仕事なんじゃないの、と俺は少し憤った。それはさておき。
少しばかり対応が稚拙だったのではないかな、ミラクー伯は。俺がミラクー伯ならば、キメリーを確実に治せないように猛毒を使ってでも、身動きもできず、話すこともできない状況にした上で、今回の策を講じるけどなぁ。そして、それを治す手段は自分にしかないという状況を作り出せば、リーナスも反抗することはなかっただろう。
あ、いや。別に俺はミラクー伯の肩を持つつもりはない。だけど、やっていることがあまりにも杜撰というか、甘い内容だったので、思わずそんなことを考えてしまっただけなのだ。それにしても、もう少しやりようはあったのではないかと考えてしまう。
そんなことを思っていたら、ミラクー伯が突然騒ぎ始めた。一体どうした? この期に及んで、まだ言い訳をするつもりなのか?
「くふふふふ、そこまでバレてしまっては仕方がありません。ですが、これで殿下は大きな後ろ盾を失うことになりますぞ?」
「そのようなもの、最初から求めておらぬ!」
「そうは仰いますが、周りの貴族たちはどう考えるでしょう? 貴女が王位継承権第一位であるからこそ、支持してきたのではないでしょうか。最大の支持者であった私たちを失う王女殿下がこれからどうなるのか見ものですな! フハハハハハハ!」
ミラクー伯の高笑いが闘技場に響き渡る。
「まったく不愉快だ! その者らを直ちに牢へと連れて行け!」
「ははっ!」
姉弟子殿の命令によって、騎士たちが手枷を嵌めたミラクー伯とガスター男爵、ノブリー騎士爵の三人を引き連れて闘技場から去っていった。恐らく、彼らがリーナスに協力した仲間なのだろう。
というか、第一騎士団とか、第二近衛騎士団とか、名称が似通っててややこしいな。話を聞いていると、騎士には近衛騎士と普通の騎士の二種類があって、それぞれに第一とか第二とかあるんだろう。後で姉弟子殿に詳しく教えてもらいたいな。
ミラクー伯とその取り巻きの貴族二人が闘技場を去った。だが、それだけでは済まないような空気が闘技場に漂っていた。それは、ミラクー伯に従っていた貴族が他にもいるからだ。姉弟子殿を王位継承権第一位までに伸ばした勢力と考えれば、かなりの数の貴族たちが関わっていたはずだ。
だが、彼らが一言も声を上げることはなかった。どうやら彼らはその趨勢を静かに見守り、自分たちが有利になる状況を見極めようとしているらしい。まったく馬鹿な奴らだ。そのような日和見をして姉弟子殿から信頼を得られると思うのか。
恐らく、今回の件で姉弟子殿の支援から手を引く者も出てくるだろう。誰も厄介事に関わりたくはないだろうからな。
そうなると、姉弟子殿が考えていた通り、彼女が王位継承権第一位から転落する可能性は十分に考えられる。そのような中、信頼のできる家臣を集めて地盤を固めるというのはかなり厳しいことだろう。普通に考えれば誰だって分かることだ。
こんな状況になっても、まだ姉弟子殿は師匠を側近にしたいと考えているのだろうか? 今の状況ならば、姉弟子殿を国王に推す勢力から婿を取らなければならないという状況も回避できると思うのだが。
いや、逆か? このような状況だからこそ、姉弟子殿に婿を取らせて、王国の政治の中枢に食い込もうとする輩がいる?
一介のモブサラリーマンだった俺には一国の政治の情勢なんて、何が起こるのか想像もつかないよ。とりあえず、姉弟子殿の洗礼の儀の護衛役が師匠に決まったという事実と、姉弟子殿を守らなければならないという状況だけに目を向けよう。
リーナスとキメリー、それにイネスの三人による国王への直訴が終わり、ミラクー伯とその仲間の貴族が地下牢へと投獄されることになった。これにより、第二近衛騎士団は三か月ぶりにその独立性を取り戻すことになった。
だが、このような事態を招き、その状況を王国に報告しなかったということで、責任者である団長のリーナスはその任を解かれた。
今後リーナスは第一近衛騎士団に異動して平騎士として再出発することになり、代わりに第二近衛騎士団の団長にはイネスが就くこととなった。
イネスは心中複雑そうな様子ではあったが、一方でリーナスは開放感のある晴れやかな表情をしていた。まぁ、どちらも師匠とクリス先輩には関係のない話なんで、気にしてなかったけどな。
そんなこんながあって、改めて国王による閉会の言葉と、宰相による解散の言葉を受けて、ようやく模擬試合が終わることになったのだった。まったく、やれやれだぜ……。
すべてが終わったことで、師匠とクリス先輩も闘技場を後にしようとしたのだが、事態を見守っていた魔法師たちを引き連れてバーシャが舞台の上にまでわざわざやって来た。そんなバーシャを無碍にするわけにもいかず、その場で少し話し合うこととなった。
「父上、お疲れ様です。まずは騎士相手の勝利おめでとうございます。それも、魔法師殺し相手です。これは誇れることですよ」
「そう言ってくれるとありがたいの」
「新魔法の魔力剣に無詠唱魔法の数々、そして見逃せないのが無詠唱魔法と詠唱魔法の同時運用……。同じ魔法師として非常に興味深く見させて頂きました。いつの間に、あのような技術を身につけられたのですか?」
「魔素の効率の良い運用方法を考えてな、実践しただけじゃよ」
「なるほど……。私はこの年になって、改めて自己研鑽の重要性を思い知りました。流石は大賢者ダンサの息子ですね。孫である私ももっと努力しなければならないと改めて思いました」
「うむ。まずは陛下の仰る通り、魔力剣の魔法理論をしっかりとまとめ上げて、魔法師たちが使いこなせるようにしなくてはな。それができれば、騎士団への指導も円滑に進むじゃろう」
「そうですね。……しかし、あれだけの戦闘を行ったあとに、平気で神聖光癒合をお使いになられるとは思いもしませんでした。もしや、以前よりも使用できる魔力が増えたのではないですか?」
「い、いや、それは。今日はたまたま調子が良かっただけじゃ……」
「そうですか……。父上、今後は若手の指導や育成にも携わって頂きたいと考えております。王城にいらした際には是非私のところにも顔を出してください。それでは、また」
「うむ、寄らせてもらおう」
そんな短いやり取りではあったが、バーシャと師匠の距離が少しだけ縮まったように思えたのは俺だけだろうか? もしかするとクリス先輩も感じ取ってくれたかもしれない。
多分、バーシャも師匠の戦いを見て、イネスに木剣を打ち込まれて心配しただろうし、何とか勝利したことでホッともしたことだろう。もう少し、俺に力があれば良かったんだがなぁ。
バーシャが魔法師たちを引き連れて去っていった。それを見てか、姉弟子殿が恐る恐る近づいてきた。姉弟子殿は観客席にもう残っている人が誰もいないことを確かめると、「わぁっ」と師匠に飛びついた。
クリス先輩が幾分しかめっ面になるのは、師匠の脇腹を心配してのことだろう。まぁ、これくらいは許してあげて欲しい。
「よくやってくれたのじゃ! 流石は私の師匠なのじゃ!」
「殿下のためとあらば、多少の無理をしてでも勝利を掴もうというもの。これで、殿下の専属の魔法師に一歩近づくことができました」
「うむ! 本当によくやってくれた!」
「私も随分と気を揉みましたが、お師匠様が勝利されたことを嬉しく思います。おめでとうございます、お師匠様!」
『師匠、改めてお疲れさん。それにしても、よく勝てたよなぁ』
「何を言うか。ユーマの機転があったからこそ勝ちを掴め取れたのじゃぞ?」
「一体何を言っておるのじゃ?」
「そう言えば、お師匠様。魔法の詠唱と無詠唱の同時運用なんて、いつの間に身に付けられたのですか?」
「うむ、あの模擬試合で何があったのか、順に説明していこうかの」
こうして、師匠による模擬試合の解説が始まった。その内容に姉弟子殿とクリス先輩が何度も驚きながら、納得していく。そして、俺の話に至った時に、システムメッセージが頭に流れ込んできた。
【インテリジェンス・アイテムNo.29 暗黒竜の瞳 呼称:ユーマ・ヤスダに新たなスキルが発現しました。スキル:詠唱代行を獲得しました】
おぉ、そのまんまだな。これは名前からして師匠の代わりに詠唱することができるスキルだろう。というか、こんなのもスキルになるんだな。まぁ、次に同じような状況に陥った際に、スキルがあると分かっていれば、俺も安心できるんだけど。それにしても……。
『スキル、簡単に取得できてない?』
いや、いいことなんだけど。嬉しいことなんだけど、なんか、後が怖いというか……。おかしなペナルティとかないよね? 大丈夫だよね? うん、心配し過ぎかな? 気のせいだったらいいな……。
そんな俺の不安をよそに、師匠とクリス先輩と姉弟子殿の三人がいつの間にか嬉しそうに、洗礼の儀の旅支度について相談している。まぁ、今は模擬試合の勝利を素直に喜ぶというのも悪くはないか。
そんなことを思いつつ、皆の話に耳を傾けるのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




