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第22話 決着

 様子を見守っていると、イネスが師匠の目の前に迫ってきた。そろそろ向こうの木剣が届く距離に近づいてきたぞ。師匠は未だに水弾を連発している。他の魔法に切り替えた方が良いのではないか? とも思ったが、別の魔法に切り替えた瞬間、脳内での詠唱に僅かな隙が生まれる可能性がある。そこを突かれたら一巻の終わりだ。


 だが、何もできずに手をこまねいているわけにも行かないだろう。どうする!?


 次の策を考える余裕もなく、瞬く間にイネスが師匠の懐に迫ろうとしていた。師匠も流石にここまで来られると無詠唱での水弾発射も続けられなくなり、咄嗟に右手に持っていた枝を構える。だが、それを木剣で軽く流れるようにいなすと、イネスの木剣が蝶のように優雅に舞い、そして蜂が得物に襲い掛かるように鋭い軌跡を描いて師匠の持つ枝に次々と打ち込んでくる。


 その動きに何とか必死に食らいつき、師匠が再び魔力剣と化した枝を構えてイネスの木剣相手に打ち込もうとした。


 だが、そんなものは通用しなかった。何故なら、イネスは騎士だからだ。イネスは魔法を相手にする以上に、剣を相手にしてきた熟練の騎士なのだ。例え、師匠にそこらに落ちている枝を魔力剣に変えられる能力があっても、師匠自身が剣の扱いに不慣れであれば、騎士のイネスにとっては取るに足らない相手であった。


 瞬時に木剣が師匠の脇腹に食い込む。


「ぐぼぁっ……」


『し、師匠っ!?』


 イネスが木剣を振り払うと、師匠が脇腹を抑えながら舞台に倒れ込んだ。その瞬間に観客席から、やっぱりなという感情が籠もったような「あぁ」という声が聞こえてきた。誰だ、今声を上げた奴は!?


『大丈夫か、師匠!? もう、ここまでにするか!?』


「げほっぐほっ、ま、まだじゃ……まだ、やれる……!」


 床の上で激しく咽て蹲りながらも未だに枝を強く握りしめている。師匠はまだ諦めてはいない。だが、倒れた師匠にとどめを刺そうとイネスがゆっくりと近づいてくる。


 何か俺にできることはないか!?


 どうすればいい!? 何をすればいい!?


 やっぱり、あれを試すしかないか!? ……ないよな!?


 それを相談するには、今しかない!


『師匠、聞いてくれ! 俺に初級魔法を教えてほしい! 詠唱だけでいい!』


「ぐはぁ、はぁ……な、何を……」


『俺が師匠の代わりに詠唱する。師匠は魔法を行使することだけに集中してくれ。そうすれば、声が出せなくても魔法を使えるかもしれないだろ? それに、上手くいけば、無詠唱と俺の詠唱を両立できるかもしれない!』


「な、なるほど……そ、それは、おも、しろい、な」


『まずは初級の回復魔法だ。せめて、師匠の痛みを和らげないとな!』


「ぐ、ぐぅっ……『い、癒しの光よ、傷を癒せ 光癒ヒール』と、詠唱するの、じゃ」


『よし、分かった! 癒しの光よ、傷を癒せ! 光癒ヒール


 俺が魔法を詠唱し、師匠がその魔法を行使する。つまり、役割分担だ。しかし、魔法とは本来一人で使うもの。そんな都合のいい役割分担なんて、他の魔法師に提案しても「できるわけがない」と一蹴されるだろう。


 でも、俺はそれを提案し、師匠はそれを「面白い」と受け止めてくれた。それが、どれほど嬉しかったか。今の俺たちは一心同体。俺から溢れた魔力は師匠の身体に流れている。二人で一人。だからこそ、俺が魔法を詠唱し、師匠がそれを行使することができる。そんな無茶苦茶な理論を勝手に作り上げた。


 こんなこと、俺と師匠に掛かれば朝飯前、余裕のよっちゃんイカだ。絶対に成功させてみせる!


 それに、模擬試合なんて、俺と師匠にとっては試練でも何でもない。乗り越えるためのハードルですらない。ただの道端の小石だ、蹴っ飛ばしてやる! それぐらいの思いで、俺は魔法を詠唱した。


「うっ……!?」


『師匠、どうした!?』


「い、痛みが……少しマシになってきた、ような……?」


 も、もしかして、成功したのか!?


 そう思っていると、爺さんの身体がうっすらと淡い光に包まれているように見えた。そして、師匠の身体から魔力が少し減ったように思う。多分、魔力が魔法に変換されたのだろう。ということは……!?


「ふむ……。どうやら、問題なく魔法が使えたようじゃな。痛みがだいぶ引いてきたわい」


『よっしゃぁぁぁあああああっ!』


 異常を察したイネスがこちらに木剣を構えて駆け寄ってくる。このままでは拙いぞ。まずは師匠を起き上がらせないと。それから、向こうを足止めする魔法も教わらないと!


『師匠、イネスがこっちに向かってくるぞ!』


「うむ!」


 師匠がごろごろと舞台を転がりながらイネスと離れると、その勢いを利用して器用に立ち上がった。そして握りしめていた枝を再びイネスに構える。先ほどまで苦しんでいた師匠が立ち上がったことに一瞬驚いたようだが、依然戦意は高いようだ。


『師匠、相手を足止めする魔法も教えてくれ! さっきの水弾は効かないから別のを頼む!』


「ふむ。それならば、『雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺スタン』と唱えてみよ!」


『よし! 雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』


 俺が詠唱すると、師匠の持つ枝を通して魔法がイネスに向かって放たれる。それを瞬時に躱そうとするが、雷の特性からか、金属鎧に吸い込まれるように引き寄せられた。イネスから「うっ」と小さなうめき声が聞こえるが、フルフェイスの騎士兜を被っているせいでその表情は読み取れない。


 イネスの動きは先ほどよりも幾分鈍くなったものの、イネスが師匠に迫ってくる状況に変わりはない。これはもっと連発したほうがいいな。よっしゃ、やったるか! それと同時に師匠にはそろそろイネスを倒す魔法の詠唱も始めてもらわないと。


『師匠、イネスは俺が食い止めるから、そろそろイネスを倒す魔法の詠唱を始めてくれ!』


「じゃが、倒すというわけにもいくまい。下手をすれば殺してしまうからな。ふむ、ならばあれを使うか」


『決まったのなら、早速頼むぜ!』


 俺は師匠の援護に先ほど教えてもらった雷痺の魔法を詠唱しまくる。そして、それは師匠によって自動的に魔法の行使が行われ、イネスに向かって放たれる。爺さんの魔力は僅かに減るが、それを上回るだけの魔力を俺が供給しているので何も問題ない。


『雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』


『雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』


『雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』


『雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』


『雷よ、彼の者の動きをとめよ 雷痺!』



 確実に雷痺は効いているようで、いつの間にかイネスの動きを完全に止めてしまった。初級魔法も数を打てれば中々強力なのかもしれないな。初級魔法、侮りがたし。さて、この隙に師匠が大魔法を決めてくれれば俺たちの勝利は目前だ! そう思って、再び師匠のほうに意識を向けると既に詠唱が始まっていた。


「……むぅん、氷の王、我に力を貸し、この者を封じよ! 氷鎖封身アイスバインドじゃっ!」


 師匠の持つ枝の先から魔力が放出されると、それが百を超える氷の鎖となり、それぞれが意思を持っているかのように空高く伸びると、イネスに降り注ぐように襲い掛かった。イネスはさきほどから雷痺によって身動きが取れないようで、成す術がなかった。氷の鎖は次々と地面に突き刺さると、長く伸びた触手を絡ませるかのようにイネスの身体に巻き付き、身動きを封じる。そして瞬く間にイネスの首だけを残して全身を捕縛すると、氷の鎖が再び結晶化するかのように、極寒の冷気を放ちながら凍て固まったのだった。


 イネスはまるで氷柱の中に閉じ込められた囚人のようだった。手にしていた木剣も当然、氷によって閉じ込められており、動かすことができない。その様子を確認すると、師匠が魔力剣と化した枝を持って動けぬイネスのもとへと近づいて、それをイネスの首に当てた。


「どうじゃ、降参するか?」


「……降参する」


「勝者、宮廷魔法師ザンテ・ノーザ!」


 審判から師匠の勝利が告げられると、クリス先輩が舞台に上って師匠に駆け寄り、そのまま飛びついた。クリス先輩は泣いていた。かなり心配を掛けてしまったようだ。


「うぅ、お師匠様……心配しました……」


「うむ、すまなかったの。ちと、油断したわい」


「お腹、大丈夫ですか? 回復魔法は必要ですか?」


「そうじゃな、まだ少し痛む。クリス、聖光癒を頼めるか?」


「はい! 聖なる光よ、傷を癒し、再び力を与えよ! 聖光癒セイクリッドヒール!」


 クリス先輩の中級? 上級? の回復魔法が師匠が負った傷を回復する。なるほど、これが聖光癒の詠唱呪文か。覚えておいて損はないな。頭のメモに書き留めた。俺に頭があるかは置いておいて。


「うむ、すっかり良くなったわい」


「それは良かったです!」


「あの……ちょっとよろしいですか?」


 師匠とクリス先輩の心温まるやり取りに水を差すように声を掛けてきたのは、先ほど師匠に勝利を告げた審判の騎士だ。一体どうしたというのだろう。


「模擬試合も終わりましたので、イネス・ジーン殿を解放して頂きたいのですが……」


「おぉ、そうじゃったな。うむ、解除リリース!」


 師匠が魔法を解除すると、イネスを閉じ込めていた氷の柱は砕け散って煙のように消えていった。もしかして、魔素に返ったということだろうか。それなら、吸収しておいたほうがいいかな。うん、魔素吸収を発動させておこう。


 氷鎖封身から解き放たれたイネスが力なくその場に崩れ落ちる。どうやら、先ほどの魔法で体温が奪われたようで、身体に力が入らないらしく、手にしていた木剣もその場にカランと落としてしまった。もしかしたら、意識を失っているかもしれない。流石にこれは介抱してあげるべきじゃない?


 師匠にそれを提案しようとしたところ、舞台の下に控えていた体格のいいパワータイプの騎士が舞台に上がって来たかと思うと、イネスをひょいと担いで舞台下に下がろうとする。大丈夫かな?


『師匠、イネスにも回復魔法を掛けてあげたら?』


「ふむ、そうじゃな。リーナス殿、イネス殿に回復魔法を掛けよう。そのままでは辛いじゃろう」


「ザンテ殿……かたじけない、頼む」


「いやいや、儂の魔法のせいじゃからな。……ふむ、聖なる光の神々よ、その力を我に授け、この者の苦痛を取り除き、生命を再び吹き込め。神聖光癒合ディバインライトヒール!」


「そ、その魔法はっ……!?」


 体格のいい騎士はリーナスというらしいが、彼に抱えられたイネスに対して師匠が回復魔法を掛ける。クリス先輩が師匠に掛けた回復魔法よりも上位の魔法っぽいな。これも詠唱を覚えておこう。


 それはともかく、その回復魔法が強い光となってイネスの身体を包み込むと、ぽわぽわと光のシャボン玉のようなものがいたるところで弾けだした。そして、それが光の雫となって零れ落ちると、小さな煌めきとなって儚く消えていく。恐らくは回復魔法が効いたのだろう。残念ながらその効能は金属鎧とフルフェイスの兜のせいでわからないが、先ほどまでぴくりとも動かなかったイネスが少し反応した。


「……どうしてリーナスに担がれてるんだ?」


「……お前が意識を失って倒れていたからだ」


「……だが、それにしては身体に痛みがまったくない」


「うむ、ザンテ殿に最上級回復魔法の神聖光癒合を掛けて頂いたのだ。あとで礼を言うようにな」


「そうか…………し、神聖光癒合だとぅっ!?」


 リーナスに担がれていたイネスが突然大声を出してじたばたと藻掻くと、兜と騎士鎧をその場で外し始めた。兜と脱ぐと、こげ茶色の長い髪がさらりと流れ落ちてきた。そして、その顔を見て俺は驚いた。


『お、女騎士!?』


「知らんかったのか?」


『当たり前だ!』


 そう、魔法師殺しの異名を持つ恐ろしい騎士はなんと女騎士だったのだ。なるほど、そう言われてみると、周りの騎士よりも少しだけ小柄に見える。だが、前世で百七十センチ程度だった俺からしたら、俺よりも遥かに大きいし、身体も筋肉質で、騎士鎧にフルフェイスの兜を被られると男性なのか女性なのかは区別がつかないのは無理もない話だと思うのだが。どこに女性だと見分けるポイントがあったというのだ。


 そんなイネスが鎧の下に来ている胴衣の袖を捲り、裾を捲りあげる。すると、思った通り筋肉質な腕が現れ、腹筋もがっつりと割れていた。うーん、完全にアスリートだな。しかし、急にそんなことをしだして、何か気になることでもあったのだろうか?


「やっぱりだ! 先日の訓練で出来たアザや擦り傷がすっかりなくなっているぞっ! それに、他の調子が悪かったところもすっかり良くなっている! すごいぞ、これは!」


「うむ。流石に古傷までは治せなかったかもしれんが、身体の不調はある程度取り除けているはずじゃ」


 そう告げると、イネスが「わぁ」と嬉しそうな表情で師匠の手を両手で握ってぶんぶんと振った。


「ありがとうございます、ザンテ殿! まさか、最上級の回復魔法である神聖光癒合を使って頂けるとは思いもしませんでした。かなり魔素を消費されたのではないですか……?」


「いやいや、この程度造作もないことじゃよ」


「なるほど、流石はザンテ殿だ。しかし、見事な御点前でした! まさか、無詠唱魔法を使われるとは思いませんでした。しかも、無詠唱魔法と詠唱魔法の同時運用など、見たことも聞いたこともございません!」


「う、うむ。まぁ、の。これも積み重ねてきた経験の賜物かの……?」


「私も魔法師殺しという異名で呼ばれるくらいには、対魔法師戦については自信を持っていたのですが、上には上が居られるのだと、感服致しました! ぜひ、またお手合わせを頂けると幸いです!」


「……機会があればのう」


「はい、ぜひとも! では、ありがとうございました! それから、ライラ王女殿下の護衛役、頼みます!」


「うむ、任された」


 イネス、思ったよりもいい奴なのかもしれないな。リーナスという騎士もそれほど悪い印象ではなかった。もしかして、近衛第二騎士団の一部の連中が評判を下げているんじゃないのか? 何となく、そんな気がする。


 イネスとリーナスが一礼して闘技場を去っていった。その様子を見て観客席にいた一部の騎士たちも退出をし始めた。だが、未だに残っている者もいる。その筆頭は師匠とクリス先輩、そしてミラクー伯と貴族の二人。


 模擬試合の結果を受けて、これより国王から姉弟子殿の護衛役について告げられるのだ。俺たちはそれを静かに待つことにした。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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