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第2話 邂逅

『うぉぁぁあああ!?』


 思わず叫び声を上げる。だが、謎の巨人はそれを気にすることもなく、持ち上げた俺の身体を三百六十度グリグリと回転させてくる。


 ウゲェッ!? まるで、絶叫マシンにでも乗っているかのようで、めちゃくちゃ目が回る……。うっぷ。気分が悪くなり吐き気を催すが、胃の中に何も入っていないのか、幸いゲロを吐くことはなかった。


 そうして一頻りグルグルと身体を回されて、目が回っている間に俺の身体は別の巨人に手渡された。その巨人は恐る恐るといった様子で俺を親指と人差指の二本で大事そうに摘む。揺れがマシになった。


『ふぅ……』


 俺は突然の事態に混乱した思考を落ち着かせると、改めて周りの状況を確認するように辺りを見回した。まずは俺の身体を摘む巨人に目をやり、一体何者なのかを確認することにした。


 その巨人は赤髪に無精ひげを生やした西洋風の顔立ちをしていた。見た目は俺と同じくらい中年だが、立派な体躯をしている。鈍色に輝く金属鎧を身に着けており、背中には大剣を背負っている。まるで何かの映画かゲームに出てくる戦士のようだ。


 もしやと思い、周りの巨人たちの様子を見ると、周りにいた他の三人の巨人たちの姿も確認してみたが、似たような雰囲気のRPGなどのゲームに出てきそうな出で立ちをしていた。ふむ。中年のコスプレイヤーか何かだろうか?


 だが、今は主要な同人イベントとは時期が異なる。俺の知らないローカルなイベントの参加者だろうか。いや、見た目は外国人だし、ある程度知名度のあるイベントの参加者だろう。しかし、巨人のコスプレイヤーなんて聞いたことがない。もちろん、見たこともない。


 巨人と一括りに言ってもサイズ感が分かりにくい。少なくとも身長百七十センチ、体重八十キロを超える俺を、ひょいと摘むような巨人だ。見た目的には俺の二、三十倍以上はあるように思えた。


 目の前にいる巨人は所謂金髪碧眼で、長髪の中から長く飛び出た耳が特徴的なイケメンだった。まるでマンガやアニメに出てくるエルフのようだ。大きな弓を肩に背負っており、恐らくは遠距離攻撃が得意なキャラを演じているのだろう。というか、コスチュームや小物のディテールが高いな。


 その隣りにいるアメフト選手のようにがっちりムキムキの体躯をした男は重そうな戦斧と大盾を手にしていた。この中では一番背が低かったが、当然俺なんかよりも断然大きい。鉄兜の下に見えるモジャモジャと伸びた黒色の顎髭と、その褐色の肌から所謂ドワーフのコスプレをしているのだろう。


 最後の一人は四人の中で一番背が高く、銀髪色白でひょろりとしている。というか、もっと特徴的なものが頭の上にあった。所謂ケモ耳というやつだ。恐らく尻尾もあるのだろう。比較的軽装なコスチュームだが、口元を布で覆っているせいでその素顔は良く分からない。両腕にはカタールとかジャマダハルのような武器を嵌めている。そこは爪を武器にするところではとツッコミを入れたくなる。


 とりあえず、ここまでキャラになりきっているコスプレイヤーを生で見たのは初めてだったので、思わずまじまじと見入ってしまった。だが、それにしては俺の知らないキャラばかりだ。もう少し有名な作品を演じようとは思わなかったのだろうか?


 いや、ちょっと待て!


 相手は得体の知れない巨人だぞ!? そもそも、コスプレイヤーなのかどうかも怪しいというのを忘れてはいけない。というか、ここまで身長差があると、もしかして俺がマンガやアニメの世界に紛れ込んでしまったのではないかと不安になる。ははは、まさかな?


『それにしても、でかいよな……』


 思わず呟いてしまうのも仕方のないことだろう。何故ならば、巨人たちは俺の何十倍もの大きさなのだから。その事実を踏まえて、これからのことを想像すると急に不安になってきた。まさか、彼らに食われるなんてことはないとは思うが、ちっぽけな人間を彼らがどう扱うのか想像ができなかったからだ。


 周りに助けを求めようにも俺の他に人間は誰もいない。また、今俺がいる場所は石壁で四方を囲まれた大きな部屋で、正面には金属と木材でできた丈夫な扉がある。ただ、その扉の大きさは巨人たちよりも大きくて、とてもではないが俺一人では開けられそうになかった。


 この状況から分かることがひとつある。


『うん、これは詰んだな……』


 その事実に肩を落とすしかなかった。だが、よく考えれば、つい最近まで一人孤独に死ぬことしか考えられなかった。それが、このような一大イベントに巻き込まれているのだ。目の前に現れたのが巨人だろうがなんだろうが、これは天の助けと思うべきではないか? 


 そう思って、目の前の赤髪の中年戦士に助けを求めようとした時、彼の大きな瞳に俺の姿が映った。彼の親指と人差指に摘まれているのが俺だ。その姿を見て思わず大きな叫び声を上げてしまった。


『ど、どどど、どういうことぉっ!?』


 そこに映っていたのは、いつもの見慣れた自分の姿ではなかった。そう、白髪交じりの頭髪に少し後退した額、着慣れたヨレヨレのルームウェアの上下、そこから垣間見れるダルダルとしたお腹。ついこの前自室のベッドに寝転がってスマホを見ていた俺の姿は、そこにはなかったのだ。


 俺に代わって彼の瞳に映っていたのは、所謂片眼鏡モノクルと呼ばれるタイプの小さな眼鏡だった。俺も近眼と老眼のはざまで眼鏡には大変お世話になっていたし、俺の周りでは「眼鏡が本体ではないか」と揶揄されることもあったが、まさか本当に眼鏡になるとは……。


『いやいや、流石に嘘だろ!?』


 すぐにこれは夢じゃないかと思った。だが、これが夢なのだとしたら、先日から一向に眠ることができていない状況に説明がつかない。いや、夢の中だから眠れないのか? なんだか混乱してきた。


 一方で、今の俺の姿を見て「なるほど」と納得する部分もあった。確かに、俺が片眼鏡という物質なのであれば、空腹も感じず、排泄する必要もなく、そして死ぬこともない。ただ時間を数えるしかなかった半年間をパニックにもならずに一人過ごせた理由としても納得できた。


 そして、俺を摘んで拾い上げた彼らを俺が『巨人』と思った理由も理解できた。そう、彼らが特別に大きいのではない。恐らくは俺が小さくなったのだ。何せ、今の俺は片眼鏡なのだから。


 そんなことを考えている内に、ふと、ひとつの可能性に思い当たった。そう、毎日ネットで小説を読みながら妄想していたことだ。


『これって、異世界転生というやつでは!?』


 そう考えればすべての辻褄が合う気がする。今俺がいるこの場所はどこかの九十六階層だと巨人たちは言っていが、この世界が異世界なのであれば、それは海外の超高層ビルではなく、異世界のダンジョンの中にいるということになるのではないだろうか?


 それはそれで、危険な状況だと言えるが、一方でかなり面白い状況にあるかもしれないと思った。


『うおおおおお! 面白いことになってきたっ!』


 俺は大声を上げて叫んだのだが、どうやら俺の声は周りの巨人たちに届いていないようだった。まぁ、急に片眼鏡が叫びだしたら色々とヤバイよな。むしろ、誰にも聞かれなくてよかったぜ……。俺はそのように前向きに考えることにした。


 そうして、謎の安心感を覚えた俺は心に余裕が生まれたようで、改めて周りの様子を今度は落ち着いて確認することにした。石壁に囲まれた部屋は思っていた以上に不思議な空間だった。


 周りの石壁や天井のところどころが淡く光を放っている。ただ、それだけでは薄暗いだろう。しかし、今のところ周りを見渡せるくらいに十分な明るさが保たれている。


 その理由は周囲に浮かぶ幾つもの白熱球のような灯りのおかげだ。灯りはふよふよと揺らめきながら漂っている。どうやら、これはエルフのイケメンの魔法によるものらしい。なるほど、光の魔法か。


 そのおかげで、彼らは誰一人松明を手にしていないし、両の手に剣や盾を持つことができているというわけだ。なるほど、ここは剣と魔法の世界ということか。これは面白くなってきたな。


 俺の姿が片眼鏡になっていることを除いて、今のところ不満はない。なかなか面白そうな異世界に転生したと思う。これから俺の第二の人生が始まるのだと思うとワクワクした。


 だが、そう思ったのも束の間。エルフのイケメンが突然「こんなショボい片眼鏡なんか放っておいて、先に進もうぜ!」などと言い出したのだ。ちょ、待てよ! 俺を置いていくなよ!?


 彼らは宝箱の探索以外に目的があってダンジョンに潜っているらしく、俺のことなど気にしていないようだった。まぁ、見た目はただの片眼鏡だし、仕方がないかもしれない。でも、ショボいとか言うな!


 だが、そうなると、せっかく始まりを告げた俺の第二の人生はどうなるというのだ。まさか、ここに置いて行かれるなんてことはないよな!? お前ら、手に入れたアイテムはちゃんと責任持って持ち帰るんだぞ! 絶対だぞ! お兄さんとの約束だ!


 少し不安になりながら、彼らに声を掛けるが、俺の声は彼らに届いていない。クソッ! このままではここに放置されるかもしれない。今の俺は小さな身体だ。服のポケットに入れて持ち帰るくらいはできるだろう? ……ポケットくらいは付いてるよな?


『頼む……!』


 そう念じていると、俺のことを確認していた赤髪の中年戦士がぽつりと呟いた。


「まぁ、そうだな……」


 何か、残念なものを見るような視線に思えた。そんな目で俺を見るなよな、失礼だろう! 彼の様子に俺はちょっとだけ怒りを覚えた。


 ところで今になって気づいたが、俺は彼らの言葉を理解できるようだ。まぁ、そうでないと彼らの話す言葉を理解できないわけだが、俺が言いたいのはそういうことではない。


 上手くリップシンクしていないのだ。まるで、洋画の吹き替え版を見ているような違和感を覚えたと言えば良いだろうか。恐らく、彼らは日本語を話してはいないのだろう。多分、言語が違うのだ。


 まぁ、見た目からしてどう見ても外国人だからな。そういうこともあるのだろうが、何故それが翻訳して聞き取れているのかは分からなかった。自動翻訳される能力でも身に付いたのかもしれないが、そういう能力はこうなる前に欲しかった。


 あとは文字がどうなっているか気になるところだが、それは外に出てから考えよう。正直、この歳になって今さら新しい言語を覚えられる自信はないけどな。とりあえず、彼らの言葉を聞き取れる状況をありがたく受け入れた。


 しかし、彼らの言葉を受け入れられるかは別問題だ。


「せっかく見つけた隠し扉と宝箱ってことで期待したのになぁ。まぁ、宝箱と言っても罠もないただの木箱だったし、レアなアイテムが入ってるのを期待するほうが悪かったか……」


 エルフのイケメンが残念そうな視線を送ってくる。いや、まだ分からないだろう? もしかすると、レアなアイテムかもしれないぞ? 何せ、意思を持った片眼鏡だ。


「まぁ、そう言うな。これでも意外と貴重な品かもしれんぞ?」


 赤髪の中年戦士がエルフのイケメンに言葉を掛ける。


「はぁ? こんなガラクタがか? こんなの、どこにでも売ってるメガネじゃねぇか。こんなのが貴重な品だって言うなら、そこら中の魔道具店が盗賊に狙われるぞ?」


 ガラクタだと!? 酷いことを言うなぁ。アンティークと言いなさい。アンティークと。しかし、この世界にもメガネはあるようだ。魔道具店、興味があるな。是非に行ってみたい。


「まぁ、確かにな! だが、冒険者ギルドが難度S級を認定したダンジョン『暗黒竜の住処』の九十六階層から出てきた代物だと言えば、好事家が高値で買い取ってくれるんじゃないか?」


 ドワーフの男がそんなことを言う。


 冒険者ギルド? 難度S級のダンジョン? 暗黒竜の住処? 何ともそそられるキーワードが出てきたぞ。そのダンジョンの九十六階層ともなれば、そこそこの高さ、深さ? になるはずだ。


 やっぱり、俺ってレアなアイテムなのではないか?


「まぁ、そういう出自を付けて高く売るしかないな。見た目はただの片眼鏡だが、何かしらのレアな機能が備わっている可能性もある」


 赤髪の中年戦士がそう言って、俺を再び摘み上げた。そうして、天井から降り注ぐ柔らかな光を俺に浴びせて見せると、今度は片手に持ち上げた革製の袋の中に俺を突っ込もうとした。


『おぉ、ちゃんと持って行ってくれるんだな!』


 助かった。そう思ったが、革袋の中というと、中に入っている物でごちゃごちゃとしていそうだ。あまり硬い物と一緒に入れないで欲しい。レンズに傷が付いちゃうから。できれば柔らかな布に包んでそっと仕舞って欲しい。などと思っていたら、無造作に革袋に突っ込まれた。おい、丁寧に扱え!


 幸いにして他のアイテムと擦れ合うようなことはなかった。正直助かった。というか、見えない仕切りで区切られているような感覚だ。一体これはどうなっているんだ!?


「詳細は街に帰ってからギルドで鑑定してもらえば分かることだ。ひとまず、俺のマジックバッグに入れておこう」


「それもそうだな!」


 なるほど、マジックバッグ! そんな物があるのか。恐らくは、中に入れたアイテムが互いに干渉することなく保存できる機能を持った袋なのだろう。まるでゲームだな。だが、そのおかげで助かった。袋の中でキズモノにされては堪らんからな。


 しかし、マジックバッグの中からでも外の音は意外と聞こえるものだな。彼らの話す声に引き続き耳を傾けることにしよう。今の俺に耳があるのかどうかは別にして。


「よし。財宝やら宝箱の探索はここで切り上げだ。このあとも今回のように大したものが見つからない可能性があるからな」


「アハハハ、違いない!」


 むぅ、失礼な奴だな。この笑い声はイケメンのエルフだ。ちょっとムカつくが、今の俺には彼をどうこうすることはできない。というか、赤髪の中年戦士も何気に酷いことを言ったよな?


『いつか見てろよ、ギャフンと言わせてやる!』


 悪態のつき方が少々古臭いが、アラフォーなんだから仕方がないだろう。いや、今どきのアラフォーはギャフンなんて言わないかもしれないが。ともかく、ちょっと冷静になろう。


『ひっひっふー。ひっひっふー……』


 はぁ、少し気分が落ち着いたような気がする。別に妊娠しているわけではないが、この呼吸法は何故か心が落ち着くんだよな。俺だけかもしれないけど……。それはさておき。


「これから俺たちは最下層に潜む暗黒竜の討伐に向かう。こんなところで何時までも油を売っているわけにはいかない! 先を急ぐぞ!」


「「「おうっ!」」」


 野太いオッサンたちの声が響いてきた。なるほど、彼らはこのダンジョンの最下層に潜む『暗黒竜』なるものを討伐しにやってきたらしい。その途中の九十六階層で俺を見つけたと言うわけか。


 つまり、彼らが目的を達成できなければ、俺もずっとダンジョンの中にいることになるわけで、彼らとは運命共同体ということになる。先ほどまで嫌っていたエルフのイケメンを応援したくなってきた。


『お前たちが生きてダンジョンの外に出ないと、俺も一生ダンジョンの中にいることになるんだ! それだけは避けたい。だから、お前らがんばって『暗黒竜』とかいうのをしっかり倒してくれ!』


 相変わらず俺の叫び声が彼らに届くことはない。だが、だからこそ俺は大声で彼らを応援できた。まぁ、最後まで見届けよう。



 彼らは皆傷付きながらも、階層をひとつひとつ攻略して行った。そうして、最後の階層である百階層で彼らの目的であった『暗黒竜』と壮絶な戦いを行うことになった。


 聞こえてくる彼らの剣戟や魔法による轟音、そして暗黒竜と思わしきものの唸り声。まぁ、これらはすべて聞こえてきた音から推測したものだが、そこまで間違ってはいないだろう。彼らは戦闘の最初から最後まで暗黒竜を攻め続けた。その様子はマジックバッグの中からでも容易に想像できた。


 俺もマジックバッグの中から声を枯らすほどに声援を送り続けた。俺の声援のおかげで彼らは暗黒竜に対して終始優位に戦えたのだと言っても過言ではない。……いや、ちょっと言い過ぎた。


 ともかく。結果、彼らは無事に暗黒竜を討伐することができた。


 戦いを終えた彼らは満身創痍の様子ではあったが、マジックバッグに入れていたポーションのおかげもあって、無事にダンジョンの外へ脱出することができたのだった。因みに、ダンジョンの最奥には脱出用のテレポートシステムがあり、それを使ったらしい。やっぱり、ゲームみたいだな。


 そんな彼らの腰に付けたマジックバッグの中にいたおかげで、俺も彼らと一緒にダンジョンの外へと脱出することに成功したのだった。やったぜ。


『俺の第二の人生はここから始まる!』


 こうして、何故か片眼鏡に転生した俺は第二の人生メガネせいを歩むことになった。さて、転生してきた異世界がどんなところなのか、ワクワクするな。せっかくだから、エンジョイしたいものだ。




いつもお読みいただき、ありがとうございます。

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