第18話 認可
師匠とクリス先輩はこれからどこに向かうべきか分かっているようで、王城内をしばらく歩いたのだが、その先から何やら騒がしい一角が近づいてきた。どうやら鎧姿の集団とローブ姿の集団が広場で言い合っているようだ。
話の内容は、どうやら先ほど師匠が放った魔法が宮廷魔法師の関係者によるものではないかと騎士たちが問い詰めており、それに対してあれは自分たちではない、自分たちは全員訓練場にいたと宮廷魔法師たちが反論しているところだった。どうやら、面倒事が起きているらしい。原因は俺たちです、すみませんでした。心の中で謝罪していると、どうやら目的地に着いたようだ。
師匠がノックをすると、中から「入れ」と苛立った様子の声が聞こえてきた。それを気にする様子もなく、師匠が扉をガチャリと開けて中に入った。クリス先輩も遅れずに付いてくる。
「失礼する」
「失礼致します」
「一体誰だ、こんな忙しいときに!」
顔も上げずに愚痴が飛び出てきた。机の上で何やら書類を書くのに忙しいらしい。そんな部屋の主にお構いなく、師匠とクリス先輩はすたすたと近づき、机の前にまで進んだ。
「儂じゃよ、バーシャ」
「ち、父上!? 何故王城に!?」
「うむ、実はな……」
「まさか、また借金の相談ですか? そのようなことなら、こんなところにまで押しかけてこなくとも屋敷に手紙を送ってくださればよろしかったのに。もちろん、母上には黙っておきますので、ご心配には及びません。ですが、あまりに大きな金額は流石に難しいです。今の私に融通できるお金は精々五十万ルメルまでですから……ともかく、詳しいお話は屋敷に帰ってからしましょう」
「いや、借金の話ではなくてな……」
「では、一体何の用でこんなところまで来られたのですか?」
「うむ、まずはこれを確認してほしい」
そう言って、師匠が姉弟子殿の手紙をバーシャに差し出す。バーシャが訝しげに封筒を受け取るとおもむろに手紙の裏を見て、そこに押された封蝋が目に入ると驚いて立ち上がった。椅子が後ろの壁に当たりそうになるくらい勢い良く後ろに下がる。
「ライラ王女殿下からの手紙ですか!?」
「そうじゃ。その手紙の中を確認してほしい」
「はぁ、分かりました」
机の引き出しからペーパーナイフを取り出し、封筒をざりざりと切って、中の手紙を確認する。そして、再び目を見開いた。後ろに下がった椅子を引き寄せて再び席に着くと、一度天を仰ぎ、再び手紙に視線を落とす。
「……ライラ王女殿下から父上を宮廷魔法師に復帰させるので、それに私も同意せよということです。父上、本気で現役への復帰を考えておられるのですか?」
「もちろん、本気じゃ」
「魔素枯れとなった父上が現役に復帰されて、一体どのように宮廷魔法師として役に立つと言うのですか? 魔素枯れにより現役を退いた宮廷魔法師は後進の育成に尽力するのが暗黙のルールです。それを覆すと言うのですか?」
「うむ、それなんじゃがな。実は失った魔素が再び宿ったのじゃ」
「はぁ? まったく何を言ってるんですか。失った魔素が再び宿ることなどありません。そう教えてくださったのは他でもない父上ではないですか。だからこそ、生涯にわたって魔素を大事に使い、長く活躍することこそが優れた魔法師の証であると。それなのに、失った魔素が再び宿った? 馬鹿なことを言わないでください!」
「いいえ、バーシャ様。お師匠様の仰られていることは本当です。すべては偶然でした。ですが、お師匠様は再び魔素をその身に宿すこととなり、強大な魔法を再び使えるようになられたのです」
「そうじゃそうじゃ。ほれ、其方も先ほども見たじゃろう、あの見事な天嵐豪雷雨を!」
「なっ!? まさか、先ほどの魔法は父上が放ったのですか!?」
「そうじゃ。あれこそが魔素が宿った証拠じゃろう。因みに、殿下には先ほど事情を説明してな、罪に問わぬよう手を回して頂けることになっておるので心配無用じゃ」
「……それでは、本当に?」
「信じられぬようであれば、今から訓練場に行って試しに氷槍でも撃ってみるかの?」
「……そうですね。私も実際に父上が魔法を使うところを見てみないことには納得できませんし、例えライラ王女殿下の求めとはいえ、魔素枯れとなった父上を宮廷魔法師として認めることはできませんから!」
「では、早速訓練場に向かうとしよう(ユーマよ、すまんが付き合ってくれ!)」
『おう、こっちは何の問題もないぜ』
こうして、魔素枯れとなり一度宮廷魔法師を辞めた師匠が、再び宮廷魔法師に復帰するにあたり、問題なく魔法を扱えるのか確認をすることとなった。
しかし、師匠とクリス先輩の話からバーシャは怖い人物だと思っていたのだが、意外と優しい人物なのかなと思う。姉弟子殿の命令にもそのまま従わなかったのは、魔素を失った師匠が現役復帰しても辛い目に遭うだけだと思ったからだろう。いい息子を持ったな、師匠。
部屋を出てすぐに先ほど騎士と宮廷魔法師が揉めている場所にやってきた。なるほど、先ほど広場だと思った場所は訓練場だったのか。しかし、まだ騎士と宮廷魔法師が揉めているな。
「皆の者、静まれ! 騎士も下がりなさい」
「ですが、バーシャ様! こいつらはバーシャ様が犯人ではないかと言ってきてたのです。私はこいつらを許せません!」
「この王都であれだけの大魔法を扱える者など限られている! 間違いなく、手練れの宮廷魔法師が関わっているはずだ!」
うーん。確かに、手練れの魔法師が関わっているのは間違いないんだけど、バーシャじゃないんだよな。血縁者ではあるけど。しかし、別に魔法が王城から放たれたわけでもないんだから、宮廷魔法師を疑うのは無理があると思うんだけどな。
「ほう、私が犯人というのなら、何か証拠でもあるのかね?」
「先ほども言った通り、あれほどの魔法を扱える現役の魔法師は限られている! その中で現在王都にいるのは宮廷魔法師長のバーシャ・ノーザただ一人!」
「ふむ。では、私が扱える魔法の属性を知っているのかな?」
「そんなものは知らん!」
「バーシャ様は火・風・土・光・闇の五属性の魔法を扱われますが、その中でも得意なのは火魔法でSランク相当の習熟度を誇られており、紅蓮の二つ名をお持ちです!」
「聞いた通り、私に水魔法の適性はないのだが? 適性のない魔法を使うことはできない。魔法を使えなくとも、それくらいの常識は知っているだろう?」
「そ、そんな馬鹿な……」
「君の所属と名前を言いなさい。勝手な妄想で宮廷魔法師を犯人に仕立てようとした罪は重い。君の上司とはよく話をしないといけないからな」
「…………だ、第一騎士団所属ウッディ分隊、隊長のウッディ・タングであります……」
「ふむ。第一騎士団ということはワインディ団長のところか。彼にはこちらから話をしておこう。ところで……既に犯人が出頭し、ライラ王女殿下から処分を言い渡されたことは知らなかったのかね?」
「えぇっ!?」
「ふむ。近衛騎士団と第一騎士団の連携に問題があるかもしれんな。ウッディ隊長、まずは本部に戻り最新の情報を確認しなさい」
「はっ、はい! この度は大変失礼致しました! 早急に本部に戻り、事態の把握に努めます!」
そう言って、ウッディという騎士が深く頭を下げると、周りの騎士を連れて引き上げていった。それを確認した魔法師たちがバーシャのもとに集まり、流石はバーシャ様だと口々に言い合った。相手の誤りを指摘して、最新の情報を伝え、揉め事を速やかに片付けた手腕はなかなかのものだと思う。
『なかなかやるな』
「ほっほっほ、そうじゃのう」
師匠が笑顔で頷く。自慢の息子ってやつだな。クリス先輩も兄弟子の活躍になんだか嬉しそうだ。
「ところで、そちらの方はもしかして……?」
一人の魔法師がバーシャを遠巻きから見ていた師匠とクリス先輩に気が付いて、一体誰を連れてきたのかと聞いてきた。いや、ある程度予想はついているようだけど。
「紹介しよう。私の父、ザンテ・ノーザだ。隣にいるのは弟子のクリス。私の弟弟子だ」
「おぉ、あの有名なザンテ様ですか!」
「ご高名はかねてから、聞いております!」
「悲劇の宮廷魔法師……」
「おい、それは!」
「あっ……失礼致しました!」
「別に構わぬよ」
師匠って結構有名人なんだな。しかし、悲劇の宮廷魔法師とは一体どういうことだろう、と思ったが、なんとなく魔素枯れの原因と関係していそうな気がする。
「これより訓練場を使いたいのだが、問題ないか?」
「問題ありません!」
「うむ。では的を用意してくれ。いつもの通り、土造人形で問題ない。……いや、いつもよりも頑丈に頼む」
「はっ! 土よ、人の姿を取り、動かぬ的となれ! 土造人形!」
魔法師の一人が魔法で人の形をした的を作り出した。なるほど、あれに向かって魔法を放つということか。しかし、魔法で作った的に魔法で試し撃ちか。効率的というか、なんというか。
「父上、あの的に向かって魔法を撃ってみてください。ただし、位階第五位以上の魔法でお願いします」
「うむ。それならば、あえて不得意な火魔法でも使ってみようかのう。(ユーマ、頼んだぞ?)」
『任せろ!』
俺は自分の中に秘められた魔素を体内で循環させて魔力を急速に作り出し、それを使用者である師匠へと流し込む。スキル魔力供給は問題なく機能している。師匠の中で俺の魔力が循環し始め、次第に魔門から魔力がオーラとなって漂い始めた。魔力供給を意識的に使ったのは今回が初めてだが、問題なく機能している。これなら、師匠も思う存分魔法をぶっ放せるだろう。
師匠から魔力が吹き出したことには周りの魔法師たちも気づいたようで、もちろんバーシャも気づいていた。その表情は驚愕に満ちている。驚くのは魔法が放たれてからにしろってな。
「むぅん……炎の力よ、業火とともにすべてを焼き尽くせ! 紅蓮爆裂じゃあっ!」
師匠が詠唱を終えた瞬間、師匠から放出された魔力が凝縮された幾つもの火球となって、人形の的に飛び込んだ。その瞬間に、的が爆発四散し、その跡にはゴオゴオと燃え盛る炎の渦が巻き起こった。
俺を溶かすのではないかと思うほどの熱風が訓練場に吹き荒れる。それに耐えるようにバーシャが風魔法で熱風を上空へと逃す。訓練場が屋外だったのが幸いしたな。他の魔法師の中で水魔法というか、氷魔法を使える者はいなかったのかな。ともかく、これで師匠が現役の魔法師に復帰しても何の問題もないよな?
「どうじゃ、バーシャよ! これが現役を退いた魔素枯れの魔法師にできることか? これでも儂は宮廷魔法師に相応しくないか!?」
「……正直に言うと、今回の結果だけでは判断がつきません。今後も定期的に魔法が使えるか、確認させて頂いてもいいですか?」
「もちろんじゃとも! 其方が納得するまで幾らでも試験を受けよう。その覚悟はある!」
「……そういうことでしたら、この度のライラ王女殿下の求めには応えましょう。ですが、もしも魔素が尽きたり、任務の中で大きな失敗をした際には私でも庇い切れませんので、その際には即刻宮廷魔法師を辞めて頂きますからね?」
「うむ、構わぬ」
「……分かりました。位階第六位の火魔法である紅蓮爆裂を使えたのですから、父上に魔素が再び宿ったというのも納得しましょう。これならば、ライラ王女殿下の専属魔法師も務められると思います。後で書類に署名と押印をしておきましょう」
「頼む!」
「……ですが、宮廷魔法師として最低限の実力があると認めただけですからね? 例えライラ王女殿下の依頼とあっても、分不相応な任務は絶対に受けないように。お願いします」
「もちろんじゃ!」
うーん、既にとんでもない依頼を姉弟子殿から受けているのだが、それについては師匠もクリス先輩も黙ったままだ。まぁ、あのような話をこの場でバーシャにするわけにもいかないか。
ともかく、とりあえずバーシャからは宮廷魔法師への復帰を認められそうだ。ただ、周りの魔法師たちからは、一体何が起こったのか、何故魔素枯れの魔法師が再び魔法を使えるようになったのかと、俄にざわめいているようだった。まぁ、師匠のことは秘密にしておくことでもないのだが、恐らく後でいろいろと噂が広まるだろうな。それがどんな形で広まるのか、ちょっと不安だ。
まぁ、その辺りの雑音は今後結果を出して黙らせるしかない。ひとまず、これで師匠は現役の宮廷魔法師に復帰となる。ということは、次に待っているのは懐妊している側室の護衛任務だ。
今回姉弟子殿の専属魔法師となることで、彼女の周りにいるという姉弟子殿を国王にしようという勢力からも師匠とクリス先輩は狙われることになるだろう。二人だけでは対応しきれない事態も出てくるかもしれない。そういうことが容易に想像できるからこそ、やはり信頼できる仲間が必要だと思う。ただ、仲間ってどうやって集めればいいんだ?
マンガやアニメのように偶然出会うものでもないだろうし、ゲームのように酒場に行けば作れるというものではないはずだ。確かに、師匠が賢者になれれば、近寄ってくる者もいるかも知れないけれど、それでは少々遅い気がする。
さて、どうしたものか。そんなことを考えているうちに、バーシャから姉弟子殿からの手紙に師匠を宮廷魔法師への復帰を認める署名と押印をもらい、俺たちは再び彼女の部屋へと戻ることになった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




