第16話 再雇用
「しかし、本当に枯れた魔素が再び宿ったのか? 魔素とは生まれ持ったものを消費することしかできないと其方から教わったが。それを生涯にわたって大事に使い、長く活躍することこそが優れた魔法師の証であると言っておったではないか……?」
「儂もそう信じておりました。ですが、実際に魔素を失った結果、得たものは深い喪失感だけでございました。真に優れた魔法師とは、底を尽きることのない魔素と磨き抜かれた魔法技術、長年培ってきた経験を積んだ者のことではないかと考えを改めました」
「そのような者は存在せぬ。何れの魔法師もやがて魔素が尽き、ただの老人になる。其方のようにな。じゃが、失った魔素を再び得た其方は、その域に達するのかもしれぬな。しかし……このようなことは前代未聞、神話にも出てこぬような話じゃ。一体何があったのじゃ?」
「そ、それは……」
「ふむ。何やら事情がありそうじゃな。構わぬ、申してみよ。弟子と師匠の仲ではないか。もちろん、人払いもするぞ? 皆の者、速やかに部屋から退出せよ! もちろん騎士、使用人に関係なく全員じゃ!」
「で、ですが、殿下! この者たちは王都であのような魔法を使った罪人ですぞ!? 殿下をお守りする第二近衛騎士団の騎士として、お一人にすることはできませぬ!」
「従わぬならば、其方に第二近衛騎士団を辞めてもらうだけじゃ! どうじゃ、騎士を辞めるか?」
「ぐっ……分かりました。扉の外に控えておりますので、何かありましたらお声がけ下さい……」
部屋の中から騎士と使用人が全員出ていった。まぁ、先ほどの騎士が言った通り、皆部屋の外で待機しているんだろうけれど。いや、俺たちは確かに罪を犯したかもしれないけれど、別に王女に危害を加えようなんて思っていないからな。……少なくとも、俺はそのつもりだけど、まさか師匠とクリス先輩に変な気を起こすつもりはないだろうな? 二人を信じるぞ!?
「さて、邪魔者は居なくなったぞ。話す気になったかの?」
「……念の為、声が外に漏れないように遮音の魔法を使わせて頂けますでしょうか?」
「うむ、問題ない。兄弟子の魔法、久々に見せてもらおう」
「ご了承頂きありがとうございます。それでは、音よ、沈黙の中に消え去れ、遮音!」
「これで何の問題もないな。あぁ、皆もいなくなったし、いつも通り気楽に接してくれて構わぬ。自分の屋敷だと思ってくれ」
「いや、流石にそこまでとはいかんが、せっかくなので弟子の言葉に甘えて楽にさせてもらうとしよう」
「はぁ、ライラ王女殿下とのやり取りは気を使いますからね。妹弟子とやり取りするほうがまだマシです」
「クリスはあまり変わらぬようじゃがの。まぁ、それはともかく。一度失った魔素を再び得るとは、一体どんな魔法を使ったのじゃ!?」
そして、「いや、魔素枯れとなった其方では魔法は使えないな」などと、しょうもないボケをかます姉弟子殿に師匠が苦笑いしながら答える。
「さて、何処から話したものか……。とあるSランク冒険者パーティーが難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』を攻略したという話は、知っておるかの?」
「うむ、私のところにも挨拶に来たな。確か、『五色の盟友』だったか。討伐した暗黒竜の素材をオークションに掛けると言っておった。しかも、四回に分けてやるそうじゃ。まったく狡いことを考える。まぁ、そのせいで貴族連中からの評判は良くないようじゃ」
「あぁ、なるほど。貴族の方からすれば足下を見られていると思われているんですね。流石に四回に分けるのはやりすぎだと思います」
「冒険者ギルドもここが儲け時と判断したんじゃろう。暗黒竜の素材など今後百年は出てくるか分からぬからな。それに、オークションで落札された金額の二割という法外な手数料が手に入るのじゃ。金持ちの貴族連中から金を巻き上げたいのじゃろうよ」
『に、二割ぃ!?』
思わず声が出てしまった。オークションを開催するだけで、手数料として落札総額の二割が手に入るって、ボロ儲けじゃねぇか! ということは、だ。昨晩の十三キロダーレのオリハルコン塊は七億ルメルだったわけだから、あれだけで一・四億ルメルも儲かったということか……。とんでもないな。
なるほどな。だからギルドマスターのバージがオークションを四回に分けて開催することを提案してきたってわけか。自分たちが儲けるために。
しかし、リーファたちにとっても、一番多くの利益を得る方法がオークションを四回に分けて開催するというものだったわけで、冒険者ギルドとはWin-Winの関係だったはずだ。
だが、その一方で、貴族連中から嫌われてしまった。Sランク冒険者は貴族と同じ扱いを受けるんだったよな? ということは、彼らは今後も貴族と会う機会がそれなりにあるはずで、今後の貴族との関係性を考えると、単純に大金が手に入ると喜んでいる場合ではないように思える。
オークションを四回に分けるのを提案したのはギルドマスターのバージだった。彼はリーファたちが貴族から嫌われるのも分かって提案したんだろうか? あんなに仲が良さそうだったのに、裏ではリーファたちを利用するだけ利用して、という面があるのかもしれない。要注意人物だと覚えておこう。
「それで、その冒険者たちがどうしたのじゃ?」
「うむ、昨晩その冒険者が持ち帰った品のオークションに参加してきてな。落札してきたのがこれじゃ」
そう言って、師匠が俺を外してテーブルの上に置いた。姉弟子殿がテーブルの上の俺をしげしげと見つめて来たかと思うと、ひょいと手に取り、目の前まで摘み上げてくるくる前後左右に回し始めた。空中遊泳再び。ぐぇぇぇ。一体何度目だよ、これ……。
暫く確認して納得したのか、俺をテーブルの上に戻した姉弟子殿が、俺に指をさして、「これはなんじゃ?」と師匠に問い掛けた。
「どこにでもある普通の片眼鏡ではないか」
「実はな、これはインテリジェンス・アイテムなのじゃ!」
「…………はぁ? 冗談を申すでない。インテリジェンス・アイテムなぞ、王城の宝物庫にもないぞ!? ザンテよ。まさか其方、耄碌したわけではあるまいな?」
「いやいや、冗談でもなければ、耄碌したわけでもないぞ。この片眼鏡は『暗黒竜の瞳』と言ってな、中にはユーマ・ヤスダという者の意思が宿っておる。そして、この小さな身体には暗黒竜が持っていたと思われる莫大な魔素が秘められておるのじゃ!」
「むぅ。言われてみれば、確かに濃密な魔素を感じるが……」
「ともかく。先ほど屋敷にいたらユーマから溢れた膨大な魔力が儂の中に流れ込んできてな、これをどうにかせねば、魔力の暴発で王都が吹き飛ぶと考えたのじゃ。そこで、できる限り魔力消費が大きく、周りに影響の少ない魔法をと考えた結果、天嵐豪雷雨を放ったというわけじゃ」
「……正直、俄には信じられん。もし、この片眼鏡がインテリジェンス・アイテムだと言うのなら、私も試してみたいのう。着けてみてもよいか?」
「あぁ、それは無理じゃ。使用者制限が掛かっておるからな」
「使用者制限じゃと!? それでは誰も扱えぬではないか! いや、待て。それならば何故ザンテは使えるのじゃ? まさか、奇跡的にも使用者だったというわけではあるまい?」
「ユーマがアルスヴィズ神に持ち主を自由に選ぶ権利を望み、お師匠様を持ち主と認めたそうです。その代わりに、意思疎通できるのが使用者のみに限られたそうで、私たちとは話すことができません」
「なんと、そんなことが……!? アルスヴィズ神への請願が叶うなど、それこそ奇跡ではないか……!?」
驚いている姉弟子殿を放置して師匠が再び俺を装着した。
「じゃが、ユーマはインテリジェンス・アイテムじゃ。そのような奇跡が起こるのも不思議ではないじゃろう。実際、ユーマから魔力を供給してもらうという奇跡のような事象も起こっておるからのう」
「しかし、そのような物がオークションで出回ったとは聞いてないぞ!?」
「うむ、冒険者ギルドの鑑定士ではその秘めたるスキルを見極められなかったようじゃ。使用者制限も掛かっておるし、五十万ルメルでも落札者が出なかった。それを儂が二十五万ルメルで買ったのよ」
「たったの二十五万ルメルじゃとっ!?」
「ふふん、どうじゃ! お買い得じゃろう?」
「……まぁ、使用者制限の付いた何のスキルを持っているかも分からないアイテムとしては、妥当な価格かもしれんが、冒険者ギルドとしては大金を逃したな。この話が外に漏れれば冒険者ギルドから買戻しの話が出てくるかもしれんぞ?」
「うむ、そういうことなので協力してくれ」
「仕方がないの。師匠の頼みでは断れん。もちろん、他の者に漏らすことはないと約束しよう」
「助かる」
「じゃが、条件がある」
「条件じゃと?」
「うむ。ザンテ、其方には私の専属の魔法師として王城に復帰してもらいたい。そのインテリジェンス・アイテムのおかげで再び魔力が得られるようになったのじゃろう? それならば宮廷魔法師として復帰もできよう」
「それは……」
「もちろん、兄弟子も一緒で構わぬ」
「ふむ……」
「今は王城から書類仕事を与えられておったの。月の収入はいかほどなのじゃ?」
「二十五万ルメルですよ、妹弟子」
「ならば、その十倍だそう。月の給金は二百五十万ルメルじゃ。どうじゃ、ザンテ?」
「受けましょうよ、師匠。皆様からのお借りしたお金も返さねばなりません」
「ほう、借金があるのか。如何ほどじゃ?」
「一千万ルメルほどです。お師匠様の大事な杖も質に入れてしまってまして……」
「ならば、その借金も私が肩代わりしよう。杖は魔法師に必要じゃからな。それに、立派に勤めを最後まで果たしてくれたのならば、ザンテが望んでいるアレの費用も私が面倒見ようではないか」
「……本当に、よろしいのですか?」
「うむ、構わぬ」
師匠は瞑目して考えを巡らせているようだ。その間に俺も先ほどの話の内容を整理しよう。まぁ、師匠が姉弟子殿に俺のことを説明したというのは置いておいて、話を聞いて分かったことは姉弟子殿は王位継承権第一位、つまり次期国王の資格を持っているということだ。そんな彼女が魔力を再び得ることができた師匠を専属の魔法師として雇いたいと。しかも給金として月に二百五十万ルメルという俺十個分の大金を払うという。もしかして、危険な任務に付き合わされるのではないだろうか。
それに師匠が望んでいる『アレ』って何なんだろうか。ちょっと気になる。しかし、師匠が勤めを最後まで果たすって、五年後? 十年後? まさか、死ぬまでとか言わないよな? もう少し細かい条件を確認してから返事したほうがいいんじゃないか? そんなことを思い、声を掛けようとしたのだが。
「ありがとうございます。このザンテ、ライラ王女殿下の専属の魔法師として王城に復帰致します」
「うむ! よろしく頼むぞ! では、今後のことについて詳しい話をしよう」
あぁ、姉弟子殿の提案を受け入れちまったよ。まぁ、給金に問題はなく、借金も肩代わりしてもらえて、さらに師匠の望みも叶えてくれる。ついでにクリス先輩も一緒でいいとなると、断る理由は何もないか。それに今回の魔法の件も罪に問わないと言ってくれたしな。
そして、これから今後についての説明があるらしい。一体どんな話が飛び出てくるのやら。内容によっては俺も口を出させてもらおう。それにしても、俺が師匠に魔力を流してしまったせいで、随分と話が大きくなってきてしまった。俺にも責任があるのは十分に理解している。姉弟子殿の話は俺にも無関係ではない。しっかりと聞くことにしよう。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。




