第12話 再々鑑定
俺が頭を悩ませているうちに食事は終わった。クリスは食器を洗い始め、爺さんは顔を洗いに風呂場へと向かった。恐らく洗面台があるのだろう。入ってみると、着替えを置く棚と籠、それから使い古されたタオルではない目の粗い布が掛けられており、鏡はないが洗面台と思われる台があった。とはいえ、ここは異世界。まさか蛇口を捻れば水が出るというわけでもあるまい。どうするんだと思っていたら、魔法で水の球を創り出すとそれを手ですくって顔をばしゃばしゃと洗い始めた。
『ちょ、爺さん! 俺を付けているのを忘れてないか!?』
「お、おぉ! そうじゃった! すまんすまん!」
水でずぶ濡れになった俺を指でつまんでぶんぶんと振って水滴を飛ばす。そして、着ているローブの端で残った水滴を拭うと、棚の上に置いた。できれば専用の眼鏡拭きを買ってもらいたいな。しかし、それにはやはりお金がかかるな。やはり、金策。金策が必要だ。どこかにお金になりそうなアイデアが落ちてないかな?
しゃこしゃこと歯磨きを終えた爺さんが再び俺を装備した。へぇ、歯ブラシはあるんだな。多分、何かの毛で作られているんだと思うけど。そうなると、前世の知識で歯ブラシを作って一儲けというのは無理だな。まぁ、どちらにせよ物を作って売るという方向性は権利周りがしっかりしていない可能性を考えると、物を作って売るのならば、単価が高くて第三者に真似されない一品ものを作って売らねばならない。
つまり、美術品とか工芸品のような方向性だ。でも、そんなものを果たして爺さんとクリスが作れるのかというと疑問が残る。例え俺が知識を与えても難しいのではないだろうか。うーん、思ったよりも異世界でお金を稼ぐっていうのは大変かもしれないぞ……。
そんなことを考えていると、洗い物を終えたクリスもやって来た。
彼も魔法で水を出して顔を洗う。恐らくは洗い物も魔法で水を出して済ませてきたのだろう。うん、魔法って便利だな。是が非でも覚えたくなってきた。
クリスも歯を磨き終えたので、再び爺さんの部屋へと戻ることになった。もちろんクリスも一緒だ。
「それで先ほどの話に戻るのじゃが。まずは、使用者制限が掛かっておるのに儂が使えた理由を教えて欲しい。儂は確かにそこそこ名の通った魔法師じゃが、使用者制限の掛かったインテリジェンス・アイテムの持ち主になれるほどとは思えん」
『それじゃ、ひとつずつ説明していくか。爺さんの言う通り、本来ならば爺さんは使用者制限に引っかかって、俺の持ち主になることはできなかった。そこで俺は神に祈ったのよ。このままじゃ売れ残っちまうから、この人を持ち主にしてくれってな。そしたら、願いが叶って、俺が自由に持ち主を決めれるようになったんだ』
「神にじゃと!? まさか、神に請願したのか!?」
『たぶん』
「なんと……」
「お師匠様、どういうことです?」
「非常に稀にだが、神に願いが届くことがある、というのはクリスも知っておるじゃろう?」
「アルスヴィズ神の奇跡ですよね? 本当にそんなことがあるのかは知りませんが有名な話です」
「どうやら、ユーマはアルスヴィズ神に持ち主を自由に選ぶ権利を望んだらしい。そして、それが叶って儂を持ち主に選んだそうじゃ!」
「それが本当ならば、ユーマ様は判断を誤りましたね。こんな借金だらけの老人に買われるくらいなら、もう少し時を待てばよろしかったのに……」
「何を言う! ユーマは儂が持ち主に相応しいと思って選んでくれたのじゃ! そうじゃよな!?」
『まぁ、俺も色々と悩み考えて爺さんが持ち主に相応しいと思ったから使用者制限を許可したんだ。それで、爺さんが大金を払うことになったのは俺も申し訳ないと思う。だから、クリスも爺さんを許してやって欲しい』
「おぉ、ユーマは優しいのう! ユーマは言っておるぞ、儂が持ち主に相応しいから使用者制限を許可したと。そして、ユーマを買うために大金を支払うことになった儂を許してやって欲しい、とな!」
「本当ですか?」
「儂とユーマが嘘をついているとでも言うのか!?」
「そこまでは言いませんが。しかし、神への請願がそのまま聞き入れられたという話は聞いたことがありません。もしかして、何か制約を課せられたのではないですか?」
『おぉ、クリスは賢いな。その通りで、俺の持つスキルに幾つか制限が掛かった。ひとつ目は、言語翻訳というスキルだけど、人間相手にしか使えなくなった。本来は恐らくあらゆる生物に適用できるものだった、と思う。ふたつ目は、意思疎通というスキルだけど、本来ならば、使用者以外とも話ができたみたいだ。今は爺さんとしか話ができない。そして、三つ目は、うーん何と説明すればいいかな。前世の様々な知識に触れられるスキルに時間制限が設けられた』
「なんと……。三つのスキルに制限を掛けられたというのか」
『ただ、条件は分からないけど、使用制限を解除するか再審査してもらえるみたいだから、あまり気にしていないけどな。それに制限もそこまで厳しいものじゃないし』
「スキルへの制限ですか。それは大変ですね。因みに、ユーマ様はどのようなスキルをお持ちなのですか?」
『俺もそれが聞きたかったんだ。ドリージアの鑑定士グフリーも、王都の鑑定士のダースも、俺のスキルについては鑑定できなかったんだ。爺さんの鑑定魔法なら分かるんだろ?』
「うむ。では、儂の鑑定魔法でユーマの能力を改めて確認し、それを紙にまとめてみよう。まぁ、ザンテの鑑定書じゃ!」
というと、改めて身体がくすぐられる感覚に陥る。いや、こそばゆいのは苦手なんだよ。笑い声をあげないだけマシだと思ってくれ。
俺のことを鑑定し終えた爺さんが、引き出しからまっさらの紙を取り出すと、そこにつらつらと鑑定結果を書き始めた。俺もクリスも、それを興味深く見つめる。しばらくして書き終えた爺さんが、それを摘み上げてクリスに見せた。いや、それじゃあ俺には見えないよ。
その旨を伝えると、裏表をひっくり返してこちらにも見せてきた。
「どうじゃ?」
ふむ、と内容を記された内容を読み上げる。
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アイテム鑑定書
名 称:暗黒竜の瞳
分 類:インテリジェンス・アイテム
素 材:不明
状 態:並品
スキル:自我、世界時計、言語翻訳、意思疎通、自己啓発、自己研鑽、前世之知識
耐 久:非常に頑丈
備 考:難度S級ダンジョン『暗黒竜の住処』九十六階層にて発見
特記事項:使用者制限あり
参考価格:不明(推定価格:十億ルメル以上)
鑑定者:ザンテ・ノーザ
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『おぉっ! こんなスキルがあったのか! それで、自我ってどんなスキルなんだ?』
「分からん」
『は? 分からんって、どういうこと?』
「儂が言った通り、その能力は不明ということじゃ。じゃが、インテリジェンス・アイテムと考えれば、自我があるのは何も不思議なことではない」
『いや、そうかも知れないけど。それって、スキルなのか!?』
「儂に神の考えが分かるはずがなかろう! これがスキルと神が申されるのであれば、スキルなのであろう」
『そんなぁ……』
「さて、他のスキルも確認してみよう」
『あ、世界時計は分かったわ。時間が分かるスキルだな……現在は午前九時二十三分五十三秒だろ?』
「うむ、そこの時計と同じ時刻じゃな」
『時計が存在するのに、時間を知るだけのスキルの価値って……』
「ふむ。考えてみれば、ものすごく贅沢なスキルじゃな」
『ぐぬぬぬ……』
「まぁ、言語翻訳は他国の者との会話では有用かもしれぬ。そんな機会があればの話じゃが。意思疎通は儂と意思疎通できておるからな。クリスとも意思疎通ができればよかったのじゃが、これは其方が神から受けた制限のせいじゃから、なんとも言えん」
『じゃ、じゃあ、他のスキルは!?』
「自己啓発も自己研鑽も聞いたことがないスキルじゃ。それがどのような効果を持つのかは儂にも分からん。まぁ、言葉通りに受け止めればよいのではないか?」
ということは、自己啓発は俺の努力次第では、色んな能力やスキルが身に付く可能性を示す、オリジナルのスキルかもしれない。つまり、これから俺が大成するかどうかは自身のマインド、つまり意識次第かもしれないということだ。今後は意識高い系として、様々なことにチャレンジしながらスキルアップに勤しむ必要があるな。
自己研鑽も文字通りのスキルと考えると、自分で自分を磨くということだ。自分が求めている能力やスキルを高めるには、これも努力するしかないわけだが、逆に言うと、努力次第ではどのようなスキルも身に付けられる可能性があるということだろう。俺の努力がスキルという形になって現れる。実に素晴らしいスキルだ。
まぁ、これらは爺さんの言う通り、言葉通りに受け取ったときの効果だけど。とはいえ、当たらずといえども遠からず、という言葉もある。あながち間違ってはいないのではないだろうか。
つまり、これからどうなるかなんて、自分自身の努力次第ということだ。スキルが何だろうが、俺自身の努力で目指すべき未来を掴み取るのだ! フハハハハハ! 思わず高笑いする。
だが、爺さんもクリスも表情が冴えない。一体どうしたんだ?
「うむ。スキルを高めようという心意気は良い。じゃが、神より与えられしスキルを高めるには相当な経験が必要じゃぞ?」
「私もスキルを高めるために努力しておりますが、もう八年ほどスキルのランクが上がっておりません」
『な、なんだと……!?』
「その辺りの説明も必要そうじゃな……」
「そうですね」
『是非とも教えてくれ!』
こうして、爺さんとクリスから色々と話を聞いたのだが、生来からにせよ、後天にせよ、自身が得たスキルを伸ばすことは非常に難しいことであり、そう簡単にできることではないそうだ。例えば、Fランクの火魔法をスキルとして得たとしても、それをEランクの火魔法に格上げさせるには一生涯を掛けるほどの長く厳しい努力が必要なのだとか。マジかよ。
「儂は運良く大賢者ダンサの息子じゃったからな。火、水、風、土、闇、光の六属性の魔法に精通することができた。それぞれの魔法の習熟度には多少の差はあるが、儂の得意とする水魔法はSランクを誇るぞ!」
「私は火、水、土、光の四属性の魔法が使えます。どの魔法もCランク止まりですが、これは生まれたときからの性質によるものなので、そういう意味ではまったく成長できていないと言えます。私も日々努力はしているつもりなのですが、お師匠様の域に届くのはいつになることやら……」
『ということは、新たなスキルを一から取得するというのは難しいということか。できれば、俺も魔法を使ってみたかったんだけど……』
「うむ、難しいじゃろうな」
「スキルを持つ私でも苦労しているくらいですから」
むぅ。せっかく魔法の存在する異世界に転生したのだから、俺も魔法を使ってみたいと思ったのだが、どうやらそう簡単にはいかないようだ。でも、俺のスキル「自己啓発」や「自己研鑽」は、俺の努力に報いてくれそうなスキルのように思う。だから、魔法を学ぶことが無駄ということはないと思う。
うん、一度チャレンジしてみよう。それを何時まで続けるべきかは悩むところだが、石の上にも三年というし、三年間は努力してみたいと思う。それで駄目なら諦めて他のことを試してみよう。この世界には他にも面白そうなことがいっぱいありそうだからな!
よし、と頭を切り替えた俺は爺さんとクリスにこの世界の常識を学ぶことにしたのだった。というか、それを知らないと何も手を付けることができないからな! しっかりと学ぶことにしよう。
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