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錐嶺  作者: 瑞浪 諧
登場人物・地図など
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挿絵 ‐ 往時町方

■青木陽次郎(ようじろう)

挿絵(By みてみん)

友を見つけて手を上げる、()(ばん)巡査の陽次郎。

 (14-5.「分岐点」)



 以下余談。



▼「14-5. 分岐点」本文中の「西国(さいごく)訛りの邏卒(らそつ)さん」について。


 江戸幕府下で治安維持を担当した町方与力(まちかたよりき)同心(どうしん)が明治維新により解任された後、東京府内の当該業務は主に薩摩藩士が受け持ちました。つまり「西国訛り」≒薩摩訛り。


 薩摩藩は、財政難でありながら、他藩と比べて武士階級の人口比率が高く、彼らの食い扶持確保・不満解消にも丁度良い業務でした。ここから、警察上層部を主に薩摩閥が占めていきます。


 警察制度が固まるまでの間に、巡査の呼称は「取締組(とりしまりぐみ)組子(くみこ)」、「邏卒(らそつ)」、「番人」などと短期に変転し、後に巡査で全国統一されました。


 江戸の町民達は子供から大人まで、人に呼び掛ける際「コレコレ」や「コウコウ」と言っていたのが江戸後期の滑稽本や人情本から窺えますが、元薩摩藩士の彼らは、薩摩弁で「オイコラ」と呼び掛けました。一般町民には馴染みの無いその俚諺「オイコラ」が、警察官による高圧的な呼び止めの表現として受け取られ、相手に非難を浴びせるニュアンスの言葉として定着していったという経緯からは、町民と警察官の関係性が垣間見えます。

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