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錐嶺  作者: 瑞浪 諧
12 山津波(やまつなみ)
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12 -2. 巡り合わせ

本日、12-1から2話分新規投稿しています。

■注意:当話には自然災害の描写が含まれています。

 ありゃぁ、まぁ二十何年前、三十年になるかやぁ。儂(わし)が黒野(くろや)の兄さん位の歳だった時分(じぶん)だわ。はァ。




 町大工(まちだいく)をやっとっただけど、縁があってお宮(みや)さんの修繕の手伝いぃ行ったら、そん時の棟梁が儂を気に入っとくれてのん。時々、手の足りん時にお声を掛けとくれるようになったじゃんね。


 ほしたら直(じき)に、まっと本腰入れて宮大工(みやだいく)の勉強をしたくなって来てのん。カミさんが儂の志を買って、付いてくっ言(ちゅ)ってくれたもんで、修行に出ることにしただわ。


 ほいで、伝(つて)を辿ってあっちこち、遠くでもお寺さんやお宮さんの仕事で、手の足(た)らんとこへ入れて貰っちゃぁ、仕事が済むまでそこへ居着(いつ)いちゃぁして、修行しとって。

 土地土地で色々流儀や材料が違ったりせるのを見るのも、面白くてのん。




 ほぉやって点々としとった時に、御旅所(おたびしょ)の建て直しをしとったお宮さんで、年嵩の鍛冶屋さんと知り合っただよ。そのお人は古釘を引き取りぃ来とってやぁ。儂も手隙の合間に釘ぃ抜くのを一寸(ちぃと)手伝っとったら、何でか知らん、馬が合って、色々話をしとくれて。



 里を出て刀鍛冶(かたなかじ)ん成(な)っただけど、継がせる積(つも)りだった跡取が暫く前に病で死んじゃって、まぁすっかり気ぃ落といちゃって、生まれ里へ戻った言(ちゅ)うお人でのん。


 ほいで納屋に火床(ほど)を拵(こさ)えて、細々(ほそぼそ)包丁や鋤(すき)や鍬(くや)を扱う野鍛冶(のかじ)をやっとっただけど、周りの山へ名が知れてって。山仕事をせる衆に刃物を言いつかるようになってきたとこだっただわ。


 「そうじゃで、まぁ一寸(ちぃと)仕事場を大(おお)きゅうせまいかと思っとるんじゃ。あんた町大工じゃったんなら、やってくれんか」

って、儂に聞いとくれてやぁ。

「材木をどっから仕入れるか目処(めど)が立ちゃぁやれるけど」

って返事ぃしたら、

「そりゃ知り合いの杣(そま)へ頼むで大丈夫じゃで」

っ言(ちゅ)ってねぇ。儂ゃぁ儂で、金物(かなもん)にも興味が湧いたとこだったもんで、

「折角だで鍛冶仕事の事を教えとくれんかん」

って聞いてみただよ。ほしたら、

「良(え)ぇよ、教えれる事は何でも教えて遣(や)るに」

って言(ゆ)っとくれてねぇ。はァ。



 その鍛冶屋さんのお里の人が、一寸(ちいと)山へ上がった所(とこ)だけど、仮住まいに丁度好(い)い空(あ)いた炭焼き小屋が有るで、好きに使って好(い)いよ、って言(ゆ)っとくれたもんで。そこへカミさんと子供と三人で住んで、鍛冶屋さんの新しい仕事場を建てただよ。


 その合間(あい)に鍛冶のいろはを教えて貰っとったら、はァ、どんどん面白くなって来てのん。仕事場が建った後も暫く、鍛冶の仕事も手伝って習わして貰っとって。打った後の刃物を砥いだり鋸(のこ)の目立てをしたりは儂でも出来たしのん。

 そういう取り決めをした訳じゃぁ無いだけど、弟子入りみたいな格好で。儂も鍛冶屋さんのことをお師匠さんて呼んどったし。




 春先からそぉゆう風(ふう)で暮(く)らいとっただけど、その年の秋に、大嵐が来てのん。里のすぐ川上(かみ)の山の天辺にあった山寺を、吹き飛(と)ばいちゃっただよ。


 ほいでそこらの大工はみぃんな呼ばれたで、儂も行ってみたら、まあぁ酷かったに。山寺っ言(ちゅ)っても、そこそこ立派なお寺さんだったのが、屋根ごと本堂と山門が飛んじゃって、立派な梁から柱から、みぃんな谷へ向かってばらばら散らばって転がり落ちちゃっとって。


 だもんで、まずは、その飛んでった柱やら何やらを担いで、また山の天辺へ集めて来るとこからだわ。大工だけじゃ手が足りんで、周り三つの里から人が出て、みぃんなで運んどった。




 それが何日もかかって、ようやっと七八割方(ひちはちわりがた)集めたかやぁって時に、今度は山抜(やまぬ)け(:山崩れ)を起こいてのん。お寺さんまで登ってく石段の在った側が、どぉっと、一遍に崩れただわ。


 儂ゃ丁度そん時、石段を降り掛かったとこだっただけど、すれ違いに登って来る途中の人が担いどった梁が、こう、ぐるっと振り回って向かって来たのを、避(よ)けきれんで弾き飛ばされて。ごろごろーっと転がってっちゃって。でもそのお陰で、崩れてくのにゃぁ巻き込まれずに済んで、助かっただよ。今でも、よう助かったもんだと思うに。


 ただのん、そん時に左の肩が外れちゃって。


 昔、兄弟子が梯子から落ちて肩を外(はず)いちゃった時に、親方が嵌めて遣(や)っとったのを思い出(だ)いて、自分でそこいらの木ぃ抱きついて、嵌めるにゃぁ嵌めたけどや。


 ほいでようやっと周りを見たら、まぁぁ、何(なん)言(ちゅ)ったら言いだかやぁ…、地獄の有様でのん。人の手足が地面から突き出(だ)いとる。叫んだり呻いたりしとるのも、方々(ほうぼう)から聞こえるし。

 必死になって、埋まっとる人らを掘り起こいて。

 だけどやぁ、一緒に崩れた石段の石やら、運んどる最中だった梁(はり)やらがぐしゃぐしゃぁっと折り重なっちゃっとると、どうにも動(いの)かんくてのん。足場も悪(わり)ぃしのん。山の上の方に居(お)って無事だった大工の衆と、何とかかんとか掘り起こいたけど、助かったのは四人しか居(お)らんかっただよ。


 惨(むご)い姿になっとっても見つかりゃぁまだ良い方でねぇ、はァ、もう見つからん儘(まんま)になった人も、何人も居(お)っただよ。




 そんなだったで、お寺さんの再建は一時(いっとき)保留になっただわ。お寺まで登ってく斜面が崩れちゃったし、方々(ほうぼう)の里から順繰(じゅんぐ)りに手伝いぃ来とった若い衆も、たぁくさん亡くなったで。


 儂も肩がどうにも痛くて大工仕事も出来やせんし、仕様無(しょんな)いで、里で片腕でも出来るような細かぁい仕事を手伝ったり、お師匠さんの仕事を見させて貰って養生しとった。




 ほしたら、そっから二十日(はつか)ばか経って、三日雨が続いた後に、今度は雨嵐が来てのん。夜通し土砂降りの大雨で。その明くる朝、明け方に物凄(もんのすご)い地鳴りと地響きがして、吃驚して飛び起きて。


 外へ出て見たら、下の里が跡形も無くなっとっただよ。




 どうも先の山抜けで崩れた地(じ)べたが、山の途中で水を堰き止めとったみたいだわ。それがまた山ごと一遍に崩れて、山津波になって、川沿いの里を三つ流(なが)いちゃっとった。


 まぁ一寸(ちいと)下ったとこに在った、そこいらで一番大きい集落も、住んどった庄屋さん諸共潰れちゃって、もうお寺さんの再建どこじゃ無くなっただよ。

 儂ゃ何とかして、お師匠さんと、世話になった里の人らだけでも掘り起こそうとしただけど、埋まったじゃぁなくて流されちゃっとってのん。もうどうにも行方が知れんかった。




 何の祟りとも知れん、て。



 生き残った人らは色んな事を言(ゆ)っとったけど、儂は儂で、自分に何か悪(わり)ぃもんでも憑いとって連れて来ちゃったじゃ無いかと思ってのん…。


 どっちにしても、まぁ儂ゃ神さんも仏さんもよう信じれんくなったに。里に居(お)ったこぉんな小さな子供らまでみぃんな流されちゃって、周りの里もみぃんな潰れて、あんまりだら。




 ほいでもウチのカミさんは、儂等(わしら)の命(いのち)が今も有るのは、何かの為に神様が思し召して下すっただら、っ言(ちゅ)ってねぇ。ほう言われると、折角生き残ったのに、お師匠さんにたくさん習ったのを活(い)かさんで居(お)るじゃぁ、教えとくれたお師匠さんに申し訳が立たんと思ってのん。


 里の人らのご供養だけはさして貰って、雪ん降りる前に、自分の郷里(くに)へ帰って、肩が良くなったらまた大工をしとった。




 だけどやぁ、肩は一遍外(はず)れると癖になるって、兄弟子も言っとっただけど、儂もそうなっちゃってのん。どぉんと当たったり、一寸(ちいと)捻(ねじ)った拍子に外れちゃうだわ。

 その度(たんび)に嵌めとっただけど、十年、二十年とほんなこと続けとる内に、段々、いつまでも痛くて仕事が真面に出来んくなって来て。


 倅(せがれ)もウチで大工に成っとったけど、まだ継ぐにゃ早かったし、儂もまだ隠居なんて考えちゃおらなんだで。一寸(ちぃと)蓄えも出来たし、こいで何とか良い医者に診て貰えんかと思って、大工仲間に医者の心当りが無いか尋ねちゃぁおった。




 ほしたら、修行しとった時分(じぶん)に知り合った大工が、一人心当たりが有るで尋ねてやらぁか、ってねぇ。腕は凄い良い医者らしいだけど、事情があっておおっぴらにゃ出来んくて、でもあんたは、あそこじゃ余所者(よそもん)とも言い切れんで、っ言(ちゅ)って。


 話を通(とお)いて貰って、紹介してくれた時にゃぁ本当に吃驚したに。あの崩れた山寺ん所(とこ)だっ言(ちゅ)うもんで。




 ほうだよ、ここは、元はその山寺の庫裏(くり)だったとこだに。この部屋ぁ台所(だいどこ)で、竃(かまど)が据(す)わっとったで、床も三和土(たたき)だっただわ。高窓が付いとるのはきっと湯気抜きだら。

 本堂は無くなっちゃった儘(まんま)だし、登って来るにゃぁ隣の山の尾根伝いに来(こ)んとイカンくなったけどのん。



 あの山抜けした時に崩(くず)れんで残った地(じ)べたは、硬い岩で出来とるだわ。この裏手に在る、山の頂(いただき)を見りゃ分かるだけどや。結局、柔(や)らかい土んとことの境目から、崩れちゃった、ちゅうことだら。

 ほいで行くと、まぁ、いつかは起きることだったのかも知れんのん。





 初めて先生を見た時ゃ吃驚したに。まだ若い女医者さんで、にこにこ優しいお顔をしといでてのん。神さんも仏さんも信じとらんかった儂でも、こんな地獄になったとこに観音様が降りておいでただかやぁって。はァ。

 あいだけの災難が有った土地だで。しかもお寺さんだったとこに、なんで先生が居着く事になっただか。儂ゃ経緯(いきさつ)は聞いとらんよ。事情が有って、言(ちゅ)う話だったで、詮索しようとも思わなんだ。





 先生はちゃあんと儂の話を聞いて、肩の具合を色々診てから、切って中を見てみんと治せるかどうか分からんし、治すにしても、元へ戻るのに一年か、もっと掛かるかも知れんって言われた。

 でももう、はァ、儂ゃぁ他に頼めるとこを知らなんだ。誰に聞いても、そりゃもう鍛えるしかないで、言(ちゅ)われるだけど、いっくら鍛えても外れるのが治らんもんで、困っとっただで。

 ほいで、遠くてよう通(かよ)えんで、カミさん共々治るまで御厄介になりますっ言(ちゅ)ってお願いして。手術して貰って。結局そっから一年経たん内に、ちゃあんと外れず使えるようになっただよ。




 治ってから郷里(くに)へ戻っただけど、いつの間にやら、倅が嫁さんと二人して、立派に大工(うち)の仕事を回しとってねぇ。親は居(お)らん方が子は育つ、ちゅうことかやぁ。ハハっ。

 まぁほいじゃぁ、倅に継がせちゃって、儂ゃ、治してくれた先生や儂を迎えとくれた山の衆と、折角こんな御縁が有っただで、こっちで御用聞きして暮らすわっ言(ちゅ)ゅって。ほいでこうやって仕事させて貰っとるだよ。




 兄さんの添え木も、吹っ飛んだ山寺の材木で出来とるだに。大丈夫、罰(ばち)ゃ当たりゃせんで。ご利益も無いだらぁけどのん。ハハハ。

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