5 -1. 三途の闇
脂汗が噴き出て止まらねェ。
痛ェ。何だこれ、昨日一昨日と堪えてたのの比じゃ無ェ。
痛みが増してきて、あぁ、これが薬が切れて来てる感じか、なんて呑気に思ってたら、忽ちの内に溺れる程の激痛に呑まれちまった。
右腕ちょん切って棄てちまいてェ。体のあっちこっち、全力疾走した後の心臓が埋まってるみてェにガンガンする。左足の先、足の裏まで、轟轟響いてる。なのにほとんど身動きも出来ねェなんて。丸まっちまいてェのに。さっきは一寸ァ使えてた左腕も、今は動かすと首が刺す。頭までガンガンしてて、目ェ開けてらンねェ。吐き気がする。息苦しい。
…じっと動かず堪えてンのに、体が左へ捻じれてく。それを戻そうと、首の痛むのを必死に堪えて、左腕を突っ張る。なのに戻り代が無ェ。背中は右も左も全部敷布に着いてる。これ、捻じれる感じがしてるだけか? 俺、感覚、狂ってる?
糞。気ィ保て。目ェ開けろ。
ちゃんと仰向けに寝そべったままなのが、見慣れた天井の景色で辛うじて分かった。けど目ェ開いたまま保っとけねェ。目ン玉が勝手に目蓋の裏へ逃げてっちまう。見たモンもほとんど頭へ入って来ねェ。
「で。どうすンだっけ。動く…、動かして貰うのが、先か」
「黒野の兄さん、無理しないで、今日は止そう」
「端っから、無理を通す話、だったじゃねェか」
「反動が強く出過ぎてる。元々、もう一日二日薬を減らしながら様子を見てからの積りで…」
声出すと頭ぶっ叩かれるみてェに痛ェ。息苦しくて喘ぐ。大きく息すると、今度は体の左っ側が一々痛ェ。脇腹もだが、もうちょい上…、肋を傷めてるっ言ってた、あれか。
右腕のはもう知った痛みだろ。山中彷徨ってた間はこんな感じだったぜ。
吐きそうだ。喉元まで酸いモンが上がって来る。
左足は、痛くったって添え木して固めてあンだ、これ以上悪かァなりゃしねェ。
吐きそうだ。吐きてェ。ってか、吐く。
こぼっと泡が口の端から吹いた。
「鼻で息して、御免、一旦横向かせる、一二の三で鼻から大きく吸って」
錐嶺の声が早口に耳へ畳み込まれる。
「一、二の」
ぅあっ、足曲げんな痛ェ痛ェ痛ェ痛ェ、
「三、息吸ってっ」
肋の痛さに自棄っぱちになりながら吸えるだけ吸い込んでる間に、ごろんと横向きに転がされる。
「吐いて、全部」
口元へ当たる布と受け皿。口ン中へ溜まってた反吐を息と一緒に吐き出す。うぇ。胃がもんどり打って、嘔吐く。途端、力んだ首が、ぎいんと疼く。痛ェ。分かったから。分かったから。静かにしてろ。鎮まれ。
吐き気が寒気ンなって上がって来て、歯がガタガタ鳴る。
吐きそうで口が勝手に開く。舌が浮く。口の端から溢れた涎が伝う。
頭痛ェ。痛過ぎて勝手に涙が出て来る。
浅く忙しねェ己の息が一々酸っぱくって気持ち悪ィ。
あぁ、でもこの気持ち悪さは。
首か。
その首、項に、湯で湿した手拭いか何かが宛われる。じわっと温けェ。
「力を抜いて。ゆっくりで良い」
言葉通り、ゆっくり穏やかで、静かな口調。それに促されて力が抜ける。首を絞め付けるような痛さが一寸弛んだ。…と思ったのに、ガンガン穿つような痛みが取って代わって押し寄せた。
同時に項から手拭いが退いた。髪を逆立てるように二度、三度、指で梳かれる。浮いた髪の間へ風が通って、蒸れた地肌がふっと涼しくなる。一旦は温まった首裏も、湯気が逃げてひんやりする。顔をそっと拭われる。
「そうっと、力を抜いて。息を吐いて」
錐嶺の手が、俺の肩の周りをゆっくりゆっくり揉み解すようにしながら摩る。もう片手は、ひたりと鳩尾へ添えられる。体温が伝わって来て、じんわり腹が温かくなる。その手だけに必死で注意を向けて、脱力した後の体を、痛みが襲うに任せる。
逆らうな。大丈夫だから。
ただ痛ェだけだ。
最初っから在った痛みを、知らずに居ただけだ。
痛くて当たり前なんだ。狼狽える事ァ無ェ。
動きさえしなきゃ、悪ィ事にゃならねェ。
全部錐嶺が診てくれてある。診てくれてる。
それにしたって、痛ェ。
ガアン、ガアンと体の深ェ所へ響く程打っ付けられる。
分かった。俺が悪ィ。分かったから。
ガアン、ガアンと半鐘みてェに叩き続けてる。
堪忍してくれ。
助けてくれ、と。言いたくなる。
違う、助かりてェと思うから苦しいんだ。
助からねェよ。
この痛みは全部元から俺のモンだ。
けど、いつまで。
…頭が痛さではち切れる。
「錐嶺」
「うん」
「頭。濡れ手拭い。乗っけてくれねェかい」
…ん。
ふと、額の冷てェ感触に気が付く。いつの間にか気ィ失ってたらしい。
あァ、冷たくって気持ち好い。
と、肩から走った悪寒が項へ抜け出る。その拍子に力んだ首がまたズキンと一際強く刺す。
糞。動くな。流せ。逆らうな。
手拭いを額へ押し当てられる。ぎゅ、ぎゅ、と何度も。
息を吐いて、不味ィ唾を飲み込む。あっちこっちを穿ち続ける痛さが何も変わってねェ事に、気力がごっそり削がれる。いや、吐き気は少し増しンなったか。飲んだ唾がもう上がって来なくなってる。頭痛も、冷やされて一寸ァ誤魔化せてる。
ついでに髪を撫で付けてく、いつもの手。
震える。
違う。今の、俺じゃねェ。
錐嶺の手が、ほんの僅か、震えてる。
薄く目を開いた。目蓋が重い上にやたら眩しく感じて、これ以上開けらンねェ。傍らに居る錐嶺の姿だけぼんやり確かめて、目を閉じる。
「錐嶺」
「うん」
「泣くな」
頭を撫でてた手が離れる。
「あんたの所為じゃねェ。だから泣くな」
あんたは優し過ぎる。
「だから言わん事ちゃ無ェって、笑ってくれりゃ好いんだ」
「…薬を使うよ。好い?」
「頼む。済まねェ」
咥えさせてくれた吸い呑みから、ほんの少し薬湯を呑み込んだ。何とか正体が保てたのは、そこまでだった。薬が効く前に、精神が切れ落ちちまった。




