表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錐嶺  作者: 瑞浪 諧
5 刀輪処(とうりんしょ)
21/251

5 -1. 三途の闇

 脂汗が()き出て止まらねェ。


 (いて)ェ。何だこれ、昨日一昨日(きのうおとつい)(こら)えてたのの比じゃ()ェ。

 痛みが増してきて、あぁ、これが薬が切れて来てる感じか、なんて呑気に思ってたら、(たちま)ちの内に溺れる程の激痛に呑まれちまった。


 右腕ちょん切って()てちまいてェ。体のあっちこっち、全力疾走した後の心臓が埋まってるみてェにガンガンする。左足の先、足の裏まで、轟轟(ごうごう)響いてる。なのにほとんど身動きも出来ねェなんて。丸まっちまいてェのに。さっきは一寸(ちった)ァ使えてた左腕も、今は動かすと首が刺す。頭までガンガンしてて、目ェ開けてらンねェ。吐き気がする。息苦しい。


 …じっと動かず(こら)えてンのに、体が左へ捻じれてく。それを戻そうと、首の痛むのを必死に()えて、左腕を突っ張る。なのに戻り(しろ)()ェ。背中は右も左も全部敷布に着いてる。これ、捻じれる感じがしてるだけか? 俺、感覚、狂ってる?


 糞。気ィ(たも)て。目ェ開けろ。


 ちゃんと仰向けに寝そべったままなのが、見慣れた天井の景色で辛うじて分かった。けど目ェ開いたまま(たも)っとけねェ。目ン玉が勝手に目蓋の裏へ逃げてっちまう。見たモンもほとんど頭へ(へェ)って()ねェ。


 「で。どうすンだっけ。動く…、動かして貰うのが、先か」

黒野(くろや)の兄さん、無理しないで、今日は()そう」

(ハナ)っから、無理を通す話、だったじゃねェか」

「反動が強く出過ぎてる。元々、もう一日二日薬を減らしながら様子を見てからの(つも)りで…」


 声出すと頭ぶっ叩かれるみてェに(いて)ェ。息苦しくて喘ぐ。大きく息すると、今度は体の左っ側が一々(いて)ェ。脇腹もだが、もうちょい上…、(あばら)を傷めてるっ()ってた、あれか。


 右腕のはもう知った痛みだろ。山中(さんちゅう)彷徨ってた間はこんな感じだったぜ。

 吐きそうだ。喉元まで()いモンが上がって来る。

 左足は、痛くったって添え木して固めてあンだ、これ以上悪かァなりゃしねェ。

 吐きそうだ。吐きてェ。ってか、吐く。


 こぼっと泡が口の端から吹いた。


 「鼻で息して、御免、一旦横向かせる、一二の三で鼻から大きく吸って」

錐嶺(きりみね)の声が早口に耳へ畳み込まれる。

「一、二の」

ぅあっ、足曲げんな(いて)ェ痛ェ痛ェ痛ェ、

「三、息吸ってっ」

(あぱら)の痛さに自棄(やけ)っぱちになりながら吸えるだけ吸い込んでる間に、ごろんと横向きに転がされる。

「吐いて、全部」

口元へ当たる布と受け皿。口ン中へ溜まってた反吐(へど)を息と一緒に吐き出す。うぇ。胃がもんどり打って、嘔吐(えず)く。途端、力んだ首が、ぎいんと疼く。(いて)ェ。分かったから。分かったから。静かにしてろ。鎮まれ。


 吐き気が寒気ンなって上がって来て、歯がガタガタ鳴る。

 吐きそうで口が勝手に開く。舌が浮く。口の端から溢れた涎が伝う。

 (あったま)(いて)ェ。痛過ぎて勝手に涙が出て来る。

 浅く(せわ)しねェ(おのれ)の息が一々酸っぱくって気持ち(わり)ィ。

 あぁ、でもこの気持ち悪さは。


 首か。


 その首、(うなじ)に、湯で湿した手拭いか何かが(あてが)われる。じわっと(あった)けェ。

「力を抜いて。ゆっくりで良い」

言葉通り、ゆっくり穏やかで、静かな口調。それに促されて力が抜ける。首を絞め付けるような痛さが一寸弛んだ。…と思ったのに、ガンガン穿つような痛みが取って代わって押し寄せた。

 同時に(うなじ)から手拭いが退()いた。髪を逆立てるように二度、三度、指で梳かれる。浮いた髪の間へ風が通って、蒸れた地肌がふっと涼しくなる。一旦は(あった)まった首裏も、湯気が逃げてひんやりする。顔をそっと拭われる。

「そうっと、力を抜いて。息を()いて」

錐嶺の手が、俺の肩の周りをゆっくりゆっくり揉み解すようにしながら(さす)る。もう片手は、ひたりと鳩尾へ添えられる。体温が伝わって来て、じんわり腹が(あった)かくなる。その手だけに必死で注意を向けて、脱力した後の体を、痛みが襲うに任せる。



 逆らうな。大丈夫だから。

 ただ(いて)ェだけだ。

 最初っから在った痛みを、知らずに居ただけだ。

 痛くて当たり(めェ)なんだ。狼狽える事ァ()ェ。

 動きさえしなきゃ、(わり)ィ事にゃならねェ。

 全部錐嶺が診てくれてある。診てくれてる。


 それにしたって、(いて)ェ。

 ガアン、ガアンと体の(ふけ)ェ所へ響く程()っ付けられる。

 分かった。俺が(わり)ィ。分かったから。

 ガアン、ガアンと半鐘みてェに叩き続けてる。

 堪忍してくれ。

 助けてくれ、と。言いたくなる。

 違う、助かりてェと思うから苦しいんだ。

 助からねェよ。

 この痛みは全部元から俺のモンだ。

 けど、いつまで。


 …頭が痛さではち切れる。


 「錐嶺」

「うん」

「頭。濡れ手拭い。乗っけてくれねェかい」




 …ん。

 ふと、額の冷てェ感触に気が付く。いつの間にか気ィ失ってたらしい。

 あァ、冷たくって気持ち()い。

 と、肩から走った悪寒が(うなじ)へ抜け出る。その拍子に力んだ首がまたズキンと一際強く刺す。

 糞。動くな。流せ。逆らうな。

 手拭いを額へ押し当てられる。ぎゅ、ぎゅ、と何度も。

 息を吐いて、不味(まじ)ィ唾を飲み込む。あっちこっちを穿ち続ける痛さが何も変わってねェ事に、気力がごっそり削がれる。いや、吐き気は少し()しンなったか。飲んだ唾がもう上がって来なくなってる。頭痛も、冷やされて一寸(ちった)ァ誤魔化せてる。

 ついでに髪を撫で付けてく、いつもの手。

 震える。

 違う。今の、俺じゃねェ。

 錐嶺の手が、ほんの僅か、震えてる。


 薄く目を開いた。目蓋が重い上にやたら眩しく感じて、これ以上開けらンねェ。傍らに居る錐嶺の姿だけぼんやり確かめて、目を閉じる。

「錐嶺」

「うん」

「泣くな」

頭を撫でてた手が離れる。

「あんたの所為(せェ)じゃねェ。だから泣くな」

あんたは優し過ぎる。

「だから言わん(こっ)ちゃ()ェって、笑ってくれりゃ()いんだ」

「…薬を使うよ。()い?」

「頼む。済まねェ」


 咥えさせてくれた吸い呑みから、ほんの少し薬湯を呑み込んだ。何とか正体が(たも)てたのは、そこまでだった。薬が効く前に、精神(こころ)が切れ落ちちまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ