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さくさくスコーンとさくさく進む縁談

 寮にプレゼントの山が届けられてから数日。仕事が休みの日に侯爵様に呼ばれ、ご依頼の『ちょっとした焼き菓子』を持ってお邸にやってきた……のは、いいのだけれど。

「す……すごい……お城……?」

 迎えの馬車に揺られて入ったラウル・アルドヌス侯爵邸は、王城のようなまばゆい場所だった。このような豪邸にお住いの方からプロポーズを受け、あまつさえプレゼントをいただいたともなれば、確かに職場の皆があれだけ騒いだのも納得がいく。

(実はあの時まだ、よくわかっていなかったのよね……)

 ラウル様が王の末弟殿下で、ご降下の時に侯爵位を賜っており、現在は騎士団の統括をしていて、騎士様たちの噂で以前から私の料理に興味を持たれていたということを聞いてびっくり。

 そんなことを話しながら、騎士団の厨房を借りてスコーンを焼いたりクリームを捏ねたりしていたのだけれど、魔力を放出しているはずなのに緊張のせいかお腹が鳴ってしまう。

 ひゅるるる、とかぐるぐるぐるとか、かなりかわいくない音がするから人に聞かれたくないのに、話している間中鳴るものだからまたみんなに笑われてしまった。そんな苦労の結晶が今、膝の上のバスケットに乗っている。

 しかしさっき門を通り過ぎたのに、馬車はまだ止まる様子がない。長いバラのアプローチを抜けて、ようやく円形の開けたファサードに出る。そこをぐるりと周りってようやく玄関にたどりつくことができた。

 ほっとして窓の外を見ると、侯爵様が待ってくださっている。先日、騎士団の隊長室で見たのと雰囲気が違うのは髪を切ったからだろうか。さっぱりした前髪の奥で、翠の瞳がきらめく。まるで物語に出てくる王子様のように、馬車を降りるために御手を貸してくださった。

「ようこそ、エルヴィラ嬢。お待ちしておりました」

「侯爵様、本日はお招きいただきありがとう存じます」

 礼をとると、楽にしてと声をかけられる。緊張はすっかり見抜かれているようだ。お腹が鳴らないように、と願いつつ手に持っていたバスケットを執事さんへ渡し、簡単に内容の説明をした。

 侯爵様からはエスコートのため腕を差し出され、恐縮しつつもそっとそこに右手を添える。直接触れると、やはりとても痩せておられた。

(おそらく現時点では確実に私の方が体重があるわね……)

「エルヴィラ、どうです?少し邸を見てみませんか」

「あっ!え、ええ、お願いします」

 とは言ったものの、天井の高さ、廊下の広さだけで目が回りそう。

「元々ここは僕の母の生家でした。侯爵位を賜って、ちょっと改装はしましたが」

 部屋の説明などをしながら案内されるお邸は、やはり驚くほど広い。

「あなたは今回のことを、私の打算とお考えと思いますが……」

「侯爵様はそう思われているのですか?」

「……正直なところ半分、くらいは」

「そうですか。私も……まぁ、そうです」

 お互いこれは自棄なのだとわかっている。しかしそれを押しても「諦めていたこと」がなぜか叶いそうな気がする、そういう打算なのだ。

「あなたは結婚して家族を安心させることができ、私は魔力を得ることができる。完全に利害が一致する」

「そうなんですよねぇ……」

 本当~に困ったことに、完全に一致。身分の差が問題とは思うものの、それを侯爵様側がなんとかしてくださるというなら、もうそれでいい気がしてしまう。

「それと。あなたがお嫌であれば、私はあなたに触れることはしません」

「ええと……そのあたりの事はまた、追々で大丈夫です」

「私が怖くはありませんか?」

 昨日までほぼ見知らぬ相手だった人と近々夫婦として暮らす、というのは確かにちょっと異様かもしれない。

「でも、侯爵様、失礼ながら今は私より痩せてらっしゃるし」

「……痛いところをちゃんと突きますよね、あなた」

(あ、やっぱり気にしてたんだ)

 そう思った瞬間。

『ひゅるるる……ぐうううぅ』

 ……緊張していたせいか大きくお腹が鳴ってしまった……。

「……くっ」

 侯爵様がそっぽを向いて笑う。

「いいですよ、笑ってくださって。私が『はらぺこ令嬢』と呼ばれているのも、ご存じですよね?」

「……っ、は、はい……」

「お茶にしませんか?ご依頼のとおり、スコーンを焼いてきました。クロテッドクリームも手作りですよ」

「それは、……楽しみですね。サロンへ行きましょうか」

 しかし移動する間も私のおなかは鳴り続け、侯爵様と執事のセドリックさんは笑いを何度もこらえていた。

 サロンに着くとすでにハイティーの準備が整っており、ほっとする。具合が悪くなる前にありつけそう!

「これは……とてもおいしそうなスコーンですね」

「そうですか?普段通りに作ったのですが……」

「いえ、依頼したことからもおわかりかと思いますが、私はスコーンに目がないんです。焼き色、形、薫り。どれをとってもとてもおいしそうだ」

 作ったものを素直にほめてもらい、ちょっと照れくさくなる。

「それは、ありがとう存じます。ジャムも私が作ったものですから、全て魔力が入っています。たくさん召し上がってください」

「それはありがたい」

(ドーナツもオムレツも喜んでくださったし、こんなお邸にお住まいの王族の方でも、味覚は意外と庶民派なのかも……?)

 少し待つと、自分の焼いた菓子がデセールされて出てきた。もったいないくらい立派にセッティングされ、普通のスコーンがきらきらと光って見える。

「お口に合うといいのですが」

「早速いただこう」

 侯爵様のつまんだスコーンが小さく見える。痩せてはいるけれど、手が大きいんだな。結構大きく作ったはずだったけど……。

 大きな手の中でさくっと割れたスコーンの中はまだふんわりとしている。そこにこってりとしたクロテッドクリームをたっぷり乗せ、ブルーベリーのジャムを彩りに加えた。おいしそうだな、と見ているだけではなく自分もそれに習う。その間に侯爵様がスコーンを二口程度で食べ終えてしまったことにびっくりした。

「本当にお好きなんですね……スコーン」

「ええ。今までは食欲がない時でも食べられるものの一つだったのですが、あなたのは格別ですね。これは魔力がこめられていなくてもおいしい……」

 心からそう言ってくれたので、私も照れながらスコーンを口に運ぶ。あまいバターと小麦の薫り、こってりとしたクロテッドクリームにベリーのジャムの程よい酸味が加わって、いくらでも食べられてしまいそう。

「実は私も、自分で作るスコーンが大好きです」

 ふふ、と笑って侯爵様がもうひとつ……と手を伸ばすのを見守る。こんなに美味しそうに作ったものを食べてくれる人は、そんな悪い人ではないかもしれない。

「さて、本題に入りますが。私とあなたの結婚生活ですが、お察しの通り仮面夫婦でいいのではないかと考えています」

(いや、やっぱりドライな人だな?)

「子爵家との家格のつり合いについては、こちらで何とか手配をします。それと、パートナー同伴などが必要な夜会にはご一緒してもらうかもしれませんが、それ以外はここで自由になさっていて構いません」

 家格が低いことは百も承知だけれど、面と向かって言われるとちょっとな。と思う。執事さんもちょっとな。と思うという表情をしたので、あの人はいい人だと思う。

「ええと……色々とお手間をかけまして申し訳ありません。助かります」

「ええ。ただ申し訳ありませんが……今のお仕事は諦めていただきたい。さすがに侯爵家の妻となりますと……」

「外聞、ということですね。そちらは理解しております」

 しゃき、っと背筋を伸ばして話を請け負う。そもそも、今回お邸にお邪魔した時点でもうお断りはできない気がしていた。貴族の婚姻、しかも条件つきなんてそんなものだろう。

「わかりました。では、これからは侯爵様にだけたくさんのお料理を作らせていただきます」

「それは楽しみですね」

 紅茶を含みながらの笑顔は、打算込みでもかなり嬉しそう。

「また侯爵様のお好きなものも教えてください」

「もうあなたもこの家の一員となるのだから、名前で呼んでくださっていいですよ」

「いえそれは、まだ……恐れ多いです……」


 [ 続く ]

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