成人の日のある週末
昔は成人式は一月の十五日固定でそれを何となく懐かしんでいたら生まれた作品です
パパッと読めるかと思いますので、少しお楽しみいただければと思います
最近父は酔っぱらうと口が軽くなる。
そんな父が正月に声を掛けてきたのは記憶に新しい。
「成人の日が昔と違って月曜日になったらな、その週末のどこかで時間を作ってくれ」
「わかった」
簡単なやり取りで、別に予定も無かったので無理をして予定を入れるほど嫌っているわけでもない。
何事もなくその日を迎えた俺は夕方になって父に声を掛けた。
「一応今日も明日も時間はあるけど、どんな話?」
金曜日はお互いに時間が合う事はなかったが土曜日となれば夕方には時間が出来た。
「そうか。じゃあ、少しコレに行こう」
そういう父は手で酌をして見せる。そして嫌われないように母に少しだけ息子との時間を楽しんでくるとこちらに聞こえるような声で言って威厳も何もないまま玄関に。
「ほら、早くいくぞ」
急かされるままに家を出た。
父は元々かなり寡黙で家ではあまり喋らない。
その父の背中を追うように、家から駅の方に向かって歩く。
「んー、ここだ。うん。ここだ」
暖簾をかき分けて何かを確認してから父が手招きをしてくるのでつられてお店に入る。
そこは駅前から少し離れたガード下の小料理店。
入ってすぐに中にいるお客さんの視線が刺さったが、それも気のせいだろう。カウンターの端の方に父が陣取ると、隣の丸椅子を父が叩く。
頷いてから来るときに羽織ったジャンパーを脱いで丸椅子の後ろのハンガーに掛けるとついでとばかりに父が座ったまま上着を渡してきたのでそれも更に掛けた。
「瓶ビール。グラス二つ」
手慣れた感じに父が頼むとお店の人が返事一つ。
カシュッとビン開ける音がして、瓶ビールとグラス二つが目の前に置かれた。
父もビンを手に取ってグラスをこちらに寄越してくる。
「ほら、一応祝いだからな」
下手くそな注ぎ方で半分ぐらい泡立っているグラスを置いて、ビンを奪うように取って、俺は父のグラスにビールを注ぐ。
中々綺麗に注げたことに自分なりの満足をして、コップ同士をコツン。
「「乾杯」」
小さな声で乾杯をする。
気がつけばお通しのひじきの煮つけがあったので割り箸を割って一口つまむ。
「実感はないだろ?」
父がポツリと聞いてくる。
「ないね。六月の誕生日の時の方があったよ」
「だよなぁ」
成人式は今週だったが、二十歳になったのは大体半年前。
その時からお酒は飲んでいるし、飲み方を父や知り合いにも教わった。
「すいません、湯豆腐二つお願いします」
店主はまたも返事一つ。
父は最初の一言目の滑り出しこそ良かったが、その後はちびりちびりとお通しとビールを楽しんでいる。
「そう言えばお前、湯豆腐は好きか?」
頼んだ後なのに、今更聞かれてもとは思ったが少し考えてみる。
ご飯のおかずには物足りず、人によっては酒の肴と言うがあまりまだ自分の好みとはいかない。
「そんなに……かな」
「……そうか」
父はニヤリと含みをもったような笑い方をして呟いた。
「湯豆腐おまち」
小さめの鍋に四等分に切られた豆腐が四丁。
シンプルなそれを目の前に、丁度最初に頼んでいた瓶ビールも無くなって父が尋ねてきた。
「日本酒も大丈夫だろう?」
「ああ」
「燗酒大きめの方、熱めで。猪口は二つと急がないんで、お水も」
店主は変わらず返事一つ。
湯豆腐用の取り皿とネギ、生姜のすりおろし、大葉の千切りなどの薬味の皿が今更ながら置かれた。
クイッと残りのビールを飲み欲して、湯豆腐を一つ掬って薬味を乗せて醤油をかける。
うん。うん。
悪くはない。
凄く美味しいという事も無ければ、不味いというわけでもない。
俺が一つ食べて何ともな顔をしているのを見て、殆ど同じように父も湯豆腐を食べる準備をする。
同じように豆腐を掬って、適当に薬味を乗せてポン酢を父は掛けてぱくりと食べる。
「うん。いいな」
ポツリと父は呟いた。
「お待ち」
カンカンに熱くなっている燗酒を二人の間に店主が置く。
父は徳利のクビより少し上を器用にもって上手い事自分の分を注ぐとひょっとこみたいな口でまるでお茶を啜る様に燗酒を啜る。
「ほら、お前も。温まるぞ」
一口飲めて気分がいいのか、猪口を渡されるまま注いでもらう。
口元に持って行ったが、カンカンに熱い。これじゃあ飲めないとテーブルに戻した。
「昔な、爺さんに連れられてこういう小料理屋にきて湯豆腐を一緒に食べたんだ」
「へぇ」
飲めなかった酒もあって、生返事を返すと父は口元を緩めて喋って来た。
「その時に、湯豆腐は好きかって聞かれたんだ」
それと同じ事を今日父はしているとすぐに俺も分かった。
「その頃は湯豆腐の良さが分からなくてな。なんでこれが美味いのか分からなかった」
俺は湯豆腐に手も付けず、右手でまだ熱い猪口を軽く持ちながらその話に耳を傾ける。
「それを言うと、お店に居た知らない親父が言ったんだ。お前さんには早すぎるってな」
「へぇ」
それだけ言って、口元に猪口をもってくるとまだ熱いがなんとか飲めそうで。
少し啜って、クイっと猪口を煽ると喉が一気に熱くなった。
かなり熱くて少しの間何にも言えない状態に。
「そのうちコレの良さが分かる日が来るかもしれないぞって話だ」
すっと出されて間もない水を父が寄越してくれたので、一気に半分ほど飲み干す。
口の中は熱いのから冷たいのでてんやわんやだ。
じっと見つめても湯豆腐は何も変わらない。
先程と同じにもう一つ湯豆腐を掬って今度は父に倣ってポン酢を。
うん。うん。
悪くない。
さっきと感想は変わらない。
「それでな、その先があるんだ」
少し首をかしげながらも食べていた俺に父が言う。
「その先?」
「ああ。そのうちその話もまたしような」
空っぽの猪口に父は目一杯酒を注いできた。
こぼれそうになるのを嫌って少し無理して口元をもっていって少し酒を啜った。
まだ酒は熱い。
後ろで流れる相撲がやけにやかましく聞こえるのはいい試合だからだろう。
父はまたいつもの様に寡黙になってしまった。
その後二人とも湯豆腐をゆっくり食べて家に戻る。今日はただそれだけ。
しかし、俺は知っている。
さっきの話のその先はない事を。
正月にべろんべろんに酔った父は自慢げに今日の話をしていたのだ。
その時に一から十まで父は俺に話している。
でも、自分のこの先にこの話をする未来があるとするのなら、その先の話が欲しくなる。
「いつか湯豆腐が美味しくなるのか……」
ポツリとつぶやいた言葉は誰に聞かれることも無く冬の夜に消えていく。
いつか来るかもしれない未来が少しだけ楽しみになる話だ。
いかがでしたでしょうか?
作者はまだそこまで美味いと即答できるほど大人になれていないのですが、それでも昔よりはかなり好きになってきています。
好きな料理やエピソードで話が書けるのは楽しめるモノですね。
短い作品ですが、読んでいただきありがとうございましたm<__>m