信仰より、神より大切なモノ
夢を見た気がする。そう昔まだ幼かったころにティアリス様を悪魔から守って死にかけた時の夢だ。死にかけた自分に泣きそうな顔で必死に癒しの奇跡を願う横顔をみた時からのように思う。彼女が美しいのだと思うようになったのは。
添い遂げたいと思うようになったのは、もう少し後だったように思う……
ザロアが病室で目を覚ます。体中に刻まれた傷も、根深かった疲労も癒しの奇跡によって全てなくなっていた。あるのはただ心の中の絶望感と空虚さだけだった。
「おお、ザロア大丈夫……なわけないか」
声に眼を向けると寝台の横には老師範がいた。
「師範……」
「まあ、お主の方が確実に強かったけど負けたのはお主じゃったな。気落ちするだけしておけ、勝敗は覆らんがな。あははは!」
何が楽しいのか、老師範は異様なほどに上機嫌だった。
「で、お主どうするんじゃ?」
「どうする……とは?」
「いや決まっとるじゃろう、明日ティアリスの嬢ちゃんは結婚するわけじゃがどうするんじゃ?」
「戦神様はバミリオをティアリス様の伴侶に選ばれました」
「だからそれに唯々諾々と従うのかと聞いとるんじゃ」
(戦神様に従う)
(当然のことだ)
(だが)
(それはティアリス様が)
(バミリオ伴侶にすることを)
(受け入れるということだ)
そのことを思い描いた瞬間、ザロアの胸に途方もない痛みが飛来した。それは全身を傷を刻まれることに慣れているザロアが全く我慢の効かない痛みだった。
だがその痛みに屈するということはこれまでの戦神の戦士としての生を否定するということだ。
「……どうするべきか、自分にはわかりません」
「じゃろうな、この問題には画一的な答えはない。どちらを選んでも後悔しそうだから人間とは悩むんじゃからな。なら、お前のやりたいようにやるべきじゃよ。つまりノリと勢いじゃよ!」
(ノリと勢いか)
(そうだな)
(人生で)
(一番大きな決断は)
(むしろノリと勢いで選んだ方が)
(良いのかもしれない)
ザロアの心は固まった。固まるとそれ以外の選択肢をなぜ悩んでいたのかと思うほどに自然なことに思えた。それはきっと彼にとって最も大切なものが戦神ではなくティアリスだからだろう。
寝台から起き上がったザロアは老師範に頭を下げた。
「師範、自分はこれから戦神様の意から離れます」
「さようか」
「長い間おせわになりました」
「達者でな」
別れを口にする師弟に一人の男が割り込む。
「話は聞かせてもらったぜ、俺の手が必要なんじゃないか?」
同じく病室に寝かされていたドワーフの戦士ゴドランだった。
「ゴドラン殿、協力していただけるので?」
「女のために命はるのがドーワーフってもんよ、そのチャンスを棒に振るつもりはないな」
至極当然と言わんばかりの笑顔を向けるゴドラン。炎神ガンガルドの薫陶を受けたドワーフの戦士とはことごとくが好漢である。
「好意に甘えさせていただきます。自分はティアリス様を迎えに行きますので、ゴドラン殿には追手の足止めをお願いいたします」
「任された」
そうして二人の戦士は一人の女性を幸せにするために戦神に仇なすことを決め、病室を後にしたのだった。
◆ ◆ ◆
ザロアを見送った老師範は物思いにふけっていた。
「あの小さな坊主が一端の男になりよったな。最終試験には落ちたがあれならティアリスを任せてもまあよかろう」
ザロアは孤児だった、戦士と神官の子で一人残されることになったのだ。
子供ながらに復讐を考えたのか黙々と剣を振るっている、その姿が老師範にとってザロアの最初の思い出だった。
正直良いものを拾った、成長する若者を気に入るあたり自分も老人になったということだろう。
「しかし旅に出すのは予定通りじゃがどうするかな、試練には落ちたし何かこうペナルティーが欲しいな。……おおそうじゃ、いいこと思い付いた。人生ノリと勢い」
「一人で何を呟いてらっしゃるんですか師範」
一人で呟いていた老師範に病室にやってきた神官長が聞く。
「おお、神官長。ザロアがティアリスを連れて旅立とうとしているぞ。多分西門から騎士国を目指すじゃろうよ。先回りして足を止めてきてくれ。ちょっと試練を与えてやりたいんでな」
「承りました」