最悪の決着
眼下でザロアとゴドランが四十人の戦士たちと大立ち回りをする光景をティアリスはじっと無表情で見つめていた。
その表情だけを見ればこの戦いに関心が無いかのようだった。
ぽたり、ぽたりとティアリスの手から滴が落ちる。指をあまりに強く握りしめ爪が掌の皮を破り肉を裂いてあふれ出た血だ。
そのことに彼女は気づいていない。そんなことに気をまわす余裕がないほどに一心に祈っていた。
(どうか戦神様、私に参戦の許しを! どうか! どうか!)
参戦さえすれば、ザロアの傷を癒せれる、疲労を癒せれる、今より強い加護を与えられる。
そうすればザロアは必ず勝つ、これまでのように。
だが彼女の奉じる神から応えはない。
それでも彼女は一心に祈った。
◆ ◆ ◆
ザロアの剣が敵の最後の兵士を斬り倒した。
すでに彼は立っているのが奇跡のような状態だった。
試合開始時の剣はとうに失い敵から奪ったぼろぼろの剣。全身に刻まれた傷跡。脚がもつれ、いつ倒れるか解らないほどの疲労。肺が吐き出す息もか細く力が無い。
だが精神だけは焔のように熱く燃え盛っていた。
(ようやくだ)
(ようやくお前とだ)
(バミリオ!)
もはや闘技場の上に立っているのはザロアとバミリオのみ。
ゴドランはザロアをかばい続けた結果ついには気を失い倒れた。
「うん、まあこれぐらいハンデがあれば俺でも勝てるかな?」
そう呟いてバミリオは剣を構えザロアへと切りかかった。
その一撃を何とかザロアは防いだ。だが、その程度でザロアの脚がよろめく。
(まずいな)
(体力が)
(限界を超えてる)
(早く)
(片づけないと)
続けて剣を振りかぶるバミリオ、その一瞬にザロアは残っていた全てを、体力を、気力を、技術を、ティアリスへの思いを全て賭した捨て身の一撃を放つ!
それは満身創痍であったにもかかわらずザロアのこれまでの戦歴において最高の一刀だった!
バミリオはザロアの全てに対し、なすすべなく切り倒された。
倒れたバミリオに剣を突きつける満身創痍のザロア。対し一刀しか受けていないが倒れ仰ぐバミリオ。どちらが勝者かはだれの目にも明らかだった。
「そこまで、勝者」
審判である神官長の声が響くその瞬間。
ほんの一瞬、まばたきにも満たない短い時間。
ザロアはティアリスを横目で見た。ザロアを無表情でだが紛れもなく明るく輝く顔で見つめるティアリスを視界にいれた。
(ああ)
(お美しい)
その瞬間が致命的な隙だった。
灼熱のような痛みがザロアの腹に突き刺さる。バミリオが隠し持っていたナイフが突き立ったのだ。
万全の状態ならばそれでもザロアは戦えただろう。だが満身創痍の今はその痛みとナイフに塗られた毒が最後の一押しになった。
ザロアの全身から力が抜けていく。
迅速に立ち上がったバミリオは油断なく剣の腹でザロアの顎を撃ちすえた。脳が揺れる、視界が暗くなる。意識を保てない……
「倒れた時に気絶させてればお前の勝ちだったな」
戦神曰く『勝つためなら全てを尽くせ、負ければ大切なものは奪われる』その言葉をこれ以上なく実感しながらザロアの意識は闇に落ちていった。
◆ ◆ ◆
「勝者バミリオ!」
神官長のその言葉に闘技場が怒号で埋め尽くされる。
当然であろう、戦神に仕える英雄を決めるための神聖なる戦神祭の優勝者がこのような者であっていいはずがない!
「ふざけるな!」
「こんな奴がティアリス様にふさわしいわけがない!」
「卑怯者!」
「五月蠅いは! 俺はルールを何も破ってないからな! 例年一対一でなければならないなんてルール創ってないのに何で自分より強いやつにサシで挑みに行くんだ? 馬鹿じゃねえのって思いながらいつも観戦してたんだからな! それでもお前ら俺の信者か!」
バミリオが意味不明な罵声を観客たちに投げ返すも怒号に遮られ誰にも届かない。
それら全てをティアリスは見て聞いていたはずだがよく覚えていない。
気が付いた時には自室で寝台に腰かけて座っていた。
最初は否定だった。あれは夢だったのではないか。まだ、戦神祭は始まっていないのではないか。
だがその妄想に逃げ込むには彼女の精神は強すぎた。
次に来たのは絶望感だった。
「あ……あ……あ……アー!」
現実に悲鳴をあげるティアリス、彼女が昨日まで思い描いていた最愛の人との未来は今日閉ざされた。
すでに伴侶と結ばれるための儀式の準備は出来上がっており明日すぐに執り行われる。
明日は人生最良の日になるはずだった。そのはずだったのだ……
ザロアとの思い出がまるで走馬灯のように彼女の脳裏を流れていく。
初めて会った日は小さい子だと年下だと思った、二つ年上だと言われて疑った。戦士としての腕も自分より弱かった。
すぐに身長を追い越された、そして戦士としての腕も。屈辱だった、あの一時この世で一番嫌いな相手は間違いなくザロアだった。
だがある日悪魔と対峙した、子供の自分は恐怖で足がすくみ何もできなかった。そんな自分をザロアは死にかけるほどの大けがを負いながらも救ってくれた。
あの時だ、彼と自分の運命を共にしたいと思ったのは。恋というのが一番近いだろうがそんな淡いものではなくもっと強い確信を持った言葉に出来ない感情を抱いたのだ。
それが今日ついえた……
ティアリスはクローゼットからすがるようにザロア貰った髪飾りや服と言った宝物たちを取り出した。
取り出したそれらを抱きしめようとしたティアリスだったが彼女はそれを屑籠へと何かを振り切るように叩き入れた。
「嘘つき……必ず優勝するって言ったのに……ザロアの嘘つき」
彼女の眼からは涙が、口からは罵声が溢れて止まらなかった。