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戦神祭 決勝戦


 この日は第二十回戦神祭、決勝戦 ザロア対バミリオが開催される日である。

 


◇妄想ターイム!



「ティアリス様、お願いしたいことがあります」

 私の部屋に尋ねてきたザロアはそう言って私を壁際に追い詰めた。ザロアの瞳がのぞき込むように私を見下ろす。 



「何?」

「どうか、私だけに激励の言葉を戴けませんか『優勝しなさい』と」



 それはとりもなおさずザロアを伴侶にすることを望むということだ。

「駄目よ、私は聖娼。誰かに肩入れはできないわ」

「では見ていてください私が貴女を手に入れるために戦うところを」



 そう言い残してザロアは私に背を向けて立ち去ってゆく。

 私は興奮と幸福感とで立っていられなかった。



◇妄想ターイム終了。



 という妄想を無表情でするティアリス。

 本当はザロアは訪ねて来なかったし妄想のような言葉も言われなかった。

 優勝したにも等しい状況なんだから浮かれてもいいと思うのに彼は本当にストイックだ。



 ティアリスの眼下で今、彼女の伴侶を決める戦いが始まろうとしている。

 闘技場の西方からザロアが、東方からバミリオが姿をあらわしたのだ。

 場内が歓声に満ちる。その声はザロアの優勝を望む声が多いように思われた。

 


 さもあらん、ザロアは今のジラン王国で最強の戦士と言って過言ではない。

 そんな彼が英雄となって欲しいと思う者は多い。



「やあ、ザロア君。初めまして今日は戦神様に恥じない戦いをお互いしよう」

「よろしくお願いします」

 戦う前であるので握手こそないが決勝に来た二人は闘技場の中央で顔を会わせそして両端にはなれた。



 闘技場にはザロアの勝利を祝福しようと何人もの戦友たちが観客として詰めかけていた。


 ザロアはティアリスの顔を見た。この決勝の勝者の伴侶となるティアリスはひときわ高い位置にある貴賓席で勝負を見守ることとなる。



(マックス卿は出場しなかったが)

(ティアリス様は)

(どうお考えだろう)

(表情からは)

(何もわからないな)

 ティアリスが騎士国の筆頭騎士に恋情を抱いていると思っているザロアは彼女の無表情が悲しんでいるように見えた。本当のところ彼女が内心これ以上なく満足しているなど彼には思いもよらなかった。



(いや)

(ティアリス様の)

(伴侶になるのは)

(自分だ)

(後はここで)

(全力を尽くすだけだ)

 試合開始までティアリスの表情を見つめようとするザロア。



 審判役の神官長が手を挙げ、始まりの合図を出そうとするまさにその瞬間。


 

 ザロアの後方に当たる観客席から五十にも近い数の者たちが弓を構え立ち上がりザロアめがけて矢を射かけてきた!



 ティアリスの無表情が驚愕にゆがむ。



 気配と嫌な予感と矢の風切り音と何よりティアリスの視線と表情に突き動かされて飛びのくザロア。

 もしも試合開始直前までティアリスを見ていなかったならこの回避はできなかったであろう。

 戦神の加護があったのかもしれない。 



「おお、避けたか。皆の衆であえ、であえ!」

 楽しそうにバミリオが声をあげるとバミリオの背後の席から闘技場内へとまた五十人近い武器を持った者たちがなだれ込む。

 弓を持つ者たちも弓を捨て近接武器を取り出し闘技場内へとなだれ込んでくる。



「神官長!」

「おいおい、ザロア君。戦神祭のルールにいつ不意打ちをしてはならないとか、一対一で戦わねばならないって項目が出来たんだ?」

 思わず叫んだザロアにバミリオが嘲るように言う。


 相手を戦闘不能に追い込むか、負けを認めさせれば勝ち。基本的にそれ以外のルールはない、どのような武器を使おうと、どのような戦術を使おうと、とにかく勝てばよしそれが戦神祭のルールである。



 だがそれでもこのような暴挙に出たのはバミリオが初めてであった。しかし審判を務める神官長はバミリオの作戦を肯定するように沈黙をもってザロアに答えた。

 一瞬絶望がザロアの脳裏をよぎる。



「ならば!」

 驚愕の声に埋め尽くされる闘技場を貫く大音声。

 続いて闘技場に落ちた小柄で屈強な影が戦鎚を闘技場に叩きつけるや闘技場の床が隆起し闘技場内へと乗り込まんとする何人もの兵たちを薙ぎ払った!



「俺が参戦するのも問題なかろう! 集えザロアの勝利を願う者よ! ここで戦わねば男がすたるぞ!」

 準決勝でザロアに勝利を譲ったドワーフの戦士ゴドランがその体躯からは想像もつかない轟声で呼びかける。

 その呼びかけは成り行きに驚愕するばかりだった観客席にいた戦士たちの矜持に届いた。ザロアが居なければ戦場で死にこの場に来れなかった者たち。今、彼の力にならずしていつ戦うというのか!



「ザロアを守れ!」

「道を開けろ!」

「戦神祭を汚した野郎を許すな!」

 何人もの恐らく百は数えるであろう戦士たちがザロアのために、戦神祭を侮辱するがごときバミリオを

粛清せんがために闘技場内へと馳せ参じる。



「はははは、俺ってば完全に悪役だな」

「お館様、さすがにこのなさり様はどうかと拙者思うのでござるが……」

 バミリオの隣にいつの間にか濡れ羽色の長い髪をし和国の服を着た者が立っていた。

 中性的で外見からは男か女か分からない、だが声の低さから男だろうと思われる。



「うるせぇ、これは試練だ! これが試練だ! 自分より弱い者を倒しただけで英雄だと笑わせる! 絶望的窮地、勝ち目無き戦い、それらを仲間と共に乗り越えてこそ英雄だろうが! さあ英雄に、ティアリスの伴侶になりたいならばこの程度超えて見せろ!」

「ノリと勢いでやっておりませぬか?」

「当然だろう! 人生ノリと勢い! 特に戦場においてはな! 第八隊右方に回れ! 第三隊前進! 第五隊後方に敵が来ているぞ! やっべこんな混戦久々だぜ、正直楽しい!」

 混戦状態の中、バミリオ自身剣で切り結びながらの指示はよく響き、そして的確だった。



 だが驚くべきはその指示に的確に応えることが出来るバミリオの兵の練度。明らかに無法者の域をはるかに超えるその実力はザロアを助けに入った戦士たちと同等かそれ以上。

 


(持久戦になれば負ける)

(だが)

(バミリオを倒せばこちらの勝ちだ)


 

 混戦の中ザロアはバミリオの体をとらえられる位置まで移動し、いままさに切りかかろうとした。その瞬間に割り込んだ濡れ羽色の長髪をした男の掌底がザロアの顔面に叩き込まれる。

 一瞬のけぞるも即座に反撃し返すザロア、だがその剣は空を斬る。



 そして始まる長髪の男とザロアの戦い。



 濡れ羽色の長髪をした男は武器を持っていなかった。

 真剣対素手、本来ならば勝負にならない。間合いが違う、殺傷能力が違う、だというのに男はザロアと互角の戦いを繰り広げていた。



(強い)

(圧倒的に強い)

(自分よりも)

(マックス卿よりも)

(もしもナイフ一本持たれていたら)

(すでに自分は三度死んでいる)

(外見といい)

(刀神アズマのような男だ)



 男の掌には明らかに刀や剣を数えきれないほど振った皮膚の硬さがある。対し手の甲側にはそれはない。

 つまり完全に手加減をされているのにここまで互角。



(なぜ)

(武器を使わない)

(いや)

(そんなことはどうでもいい)

(どうすれば)

(こいつを倒せる)



 考え込むザロアの前で長髪の男は初めて構えをとった。

 両手を頭の右横にまるで捧げ上げるような構え。

 刀こそ持っていないが刀神が操ったと伝わる雲耀流の構えである。

 その威圧感たるや歴戦の戦士であるザロアに怖気を感じさせるほどのものであった。



「チェエストオオオオォ!」

 雲耀流独特の気迫と共にまさに雲耀、雲のきらめき、即ち雷がごとき速さで男はザロアへと突進!

 敗北を予感しながらもザロアは迎え撃つために剣を振り上げる。

 その時、二人が予期しなかったことが起こった。



 走り寄る長髪の男の眼前に地面が突如隆起し岩山がごとき障害が出来上がる。

 止まらざるえない長髪の男、そこに岩山を迂回したザロアが飛び込む。

 突進の勢いを殺された男は、万全の体制を求め跳び退ろうとする。だがさらに大地が隆起しその後退を許さない。



 ザロアにとって千載一遇の好機、長髪の男にとって万に一つの不覚。ザロアの剣が振り下ろされる!

 剣は一瞬の遅滞なく男の肉体を切り裂き通過していく。

 攻めることを至上とする雲耀流の使い手を守勢にまわすことが出来たのが勝利の由縁か。

 

 敗北を以外を予感していなかったザロアは勝利に荒い息をつく。


(何とか勝てたな)

(すさまじい)

(戦士だった)

(ゴドラン殿に)

(感謝しなければ)

(いや)

(まだ終わっていない)

(バミリオを)

(倒さなければ)



「おお、刀を持たなかったとはいえアズマに勝ちやがった。凄い凄い、勝算は最大限に見積もって十に一つってところだったんだがな。けどまあ、大勢は決したな」



 ザロアを守ろうと参戦した戦士たちはただ一人を残して倒れ伏していた。

 残る最後の一人ゴドランも全身いたるところに傷があり、ザロアの援護の隙をつかれた結果頭部が半ばが欠けていた。頑健極まるドワーフはその程度で死にはしないが重傷なのは間違いない。

 対し、バミリオに従う戦士たちは四十人は残っている。

 その後ろでバミリオはにやにやと獲物をいたぶる猫のような底意地の悪い笑顔を浮かべている。



 すでに満身創痍といっていい状態のゴドランがザロアに身を寄せる。

「おい、ザロア諦めちゃいないよな」

「……当然です」

「よし! あのクソ野郎の顔面に戦鎚を叩きつけてどこが目か鼻かわからんようにしてやらんとな!」

「それは止めてください、自分はあいつの首を墜として街の中で晒してやらないと気が済みません。せめてできるだけ綺麗なままにしておいてあげましょう」

 

 

 野蛮な掛け合いの後、どちらともなく笑いあう人間とドワーフの戦士二人。

 笑いあったのち四十人の戦士たちへと向き合う。

 最早勝った気でいるのか襲い掛かってくる気配は彼らにはない。



「行きますよ」

「おう!」


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