心侵す悪魔との闘い
聖娼とその護衛が召喚された先には二人と同年代の高位神官が待っていた。
「よく来てくれたザロア……にティアリス様! またですか!」
「ザロアと一緒にいたので付いてきました、今日はお休みを貰っているので善意の協力よ」
「分かりましたよ、私かザロアの指示に従ってくださいよ」
「ええ、ザロア指示をちょうだい。何でもするわ」
三人が部屋の外に出ると。
医務室に納まらなかった兵士、戦士たちが廊下に何人もが倒れこんでいる。
重傷者多数であるが不思議なことに、傷のある者がほとんどいない。
「今回の悪魔は毒使いか?」
「いや、精神を侵す類の呪いを使ってくる、神の加護あつい者でないと心を病み戦えなくなる。比較的回復した者の話では家族が自分を陥れ殺そうとしてくる幻覚を見たそうだ。おそらく自分にとっての最悪を現実のように思わせるのだろうな」
「範囲は? 射程は? 発動の間隔は?」
顔見知りの高位神官と話し合い敵の能力を把握するザロア。ティアリスはまだ傷のある戦士に癒しの奇跡を与える。
「戦列の前列が半分ほど一斉に倒れ伏した。範囲はそれが限界だろう。射程は見えんので分からん。発動間隔は少なくとも撤退中には撃ってこなかったから長いが範囲を狭めればその限りではないかもしれない。前例が去年の騎士国にあった」
「そのときはどのように対処を?」
「雑兵をこちらの兵卒が引きつけている間に筆頭騎士殿が一騎駆けで手傷を負わせ撃退した」
ザロアは騎士国の筆頭騎士の実力は何度も戦場を共にしたためよく知っている。あの男が手傷を負わせるだけで逃がしたという時点で接近戦も油断できない相手だと分かる。
(騎士国の筆頭騎士……)
(マックス卿か)
ザロアの脳裏にこの世で一番嫌いな男の顔がよぎる、ティアリスの伴侶を決める一か月後に開かれる戦神祭において最大の敵になるであろう男だ。
彼の対策を一瞬考えこもうとして、かぶりを振ってやめた。今は目の前の戦場に集中すべきときだ。
「同様の作戦で行きましょう」
「お前に負担が大きいが、いいのか?」
「構いません、戦馬を借りてもいいか」
「もちろんだ」
自分の言葉に恋敵への対抗心が無いとはザロアは戦神に申し開くことが出来なかった。
◆ ◆ ◆
戦場には五百の戦士たちと三十の神官たちと、それに百歩ほど離れた位置で対峙する人間たちに倍するであろう最下級の悪魔たちと戦場を見下すのザロアの五倍はあろうかという巨大な三つの眼を持つ悪魔がいた。
「あの巨大な悪魔が例の?」
「ああ、あの眼に睨まれると心が侵される気をつけろよ。ティアリス様加護をお願いします」
「……はい」
ザロアに命じられないのを不服に思いながらもティアリスは祈祷する、彼女の神官としての実力はすでにこの国で一、二を争うものだった。
「戦神バーミリオンよ、どうかこの忠勇なる戦士たちに加護を」
ティアリスの短い祈祷により発動するは神兵団の奇跡。この奇跡を受けた者は素人ですら一端の戦士に、並みの戦士を達人へ、達人を超人へと変える。
本来ならば数百人程度ではなく万単位にかけることが出来る戦略すら変えうる最上位の神官にしか使えない強力極まる奇跡だ。
「行くぞお前たち!」
『おおおうぅぅ!』
戦士たちが指揮官に率いられ突進してゆく。達人の実力を与えられた兵士たちは最下級の雑兵がごとき悪魔たちを鎧袖一触といっていい勢いで破ってゆく。
だが、それが崩れた。音も光もなかったが何かが兵士たちに降り注いだのだろう。
兵士たちの一部が膝をつき、倒れ伏す。
だがその数は少数だ、戦列の半分どころかその半分ににも届かない。
ティアリスによって強力な加護を与えられた結果だ。
想定よりも術の効果が薄かったからだろう三眼の悪魔は前に出て自ら兵士たちに襲い掛かった。
「よし、事前の作戦通りに遅滞戦闘に移行せよ! ザロア頼む!」
「任されました」
ザロアの駆る戦馬が戦闘を避け、後列にいる巨大な悪魔へと曲線を描きながら突き進む。
何体かの雑兵が前を阻んだがザロアが巨大な悪魔に対するために用意してきた大剣に一瞬で切り伏せられ時間稼ぎにもならない。
巨大な悪魔は目の前へと迫るザロアの一騎駆けにまだ気づいていない。
騎馬突進の勢いを乗せた一撃が大木のような足首に叩き込まれ、断斬し巨体が倒れこみ膝を着く。
巨大な悪魔の叫び声が戦場に響く。
逃さず追撃に移ろうとするザロアを憎しみを込めた三眼が睨みつけた。
ザロアは戦神祭の決勝にいた。敗者としてだ。倒れ伏しながら男と女が寄り添うのを見ている、男は神の祝福を受けた全身鎧を纏った騎士国の筆頭騎士マックス・チェタニアス。女はティアリス、彼女は自分には向けたことのない満面の笑顔をマックス卿に向けている。
(幻覚だ)
(消えろ!)
ザロアは一瞬で正気を取り戻すことが出来たティアリスがこい願った加護のおかげだった。が馬はそうはいかない。
倒れる馬から飛び降り地を転げ勢いを殺すザロア。馬の方は倒れる勢いからして脚を折っている。
(失敗した)
(馬に乗るべきではなかった)
(呪いに自分が耐えれても)
(馬が耐えれないのでは意味がない)
迅速に身をたてようとするザロア、そこに視界すべてを覆うほどに巨大な掌が……
「戦神よ、力を!」
叩き込まれる直前にティアリスの願った奇跡が巨大な悪魔を横から打ち据える。
轟音!
膝を着いていた巨大な悪魔を倒れ伏させるほどの一撃。神撃の奇跡である、下位の神官も授かる奇跡ではあるがこれ程の威力を発揮できる神官はこの国ではティアリスただ一人でである。
生まれた必殺の隙を大陸有数の戦士であるザロアが見逃すわけもなく悪魔の首を両断、悪魔は自分が滅びることが信じられないと言わんばかりの顔をしていた。
滅びる悪魔の体は燃え上がる、それはこの世ならざるものが滅び去るときの光。彼の者の力で現れていたであろう最下級の悪魔たちも同様に燃え尽きる。
あとには何一つとして悪魔の軍勢がいた痕跡すら残らない。
(勝った)
(だが)
「我らの勝利だ勝鬨をあげろ!」
『おおう!』
戦場だった場所に戦士たちの鬨の声が上がる。
「ザロア!」
「ザロア!」
「ザロア!」
悪魔の親玉を倒した英雄を称える声が響くも、称えられる側の内心は陰鬱としていた。
(負けたな……)
(ティアリス様の手助けが無ければ死んでいたかもしれない)
(そして)
(それ以上に自分一人では)
(あの悪魔を撤退に追い込むところまで持っていくことが出来なかった)
(自分はマックス卿より弱いのだ)
ザロアの脳裏に悪魔に見せられた幻覚が浮かぶ。
「大丈夫ザロアぼんやりしているけど、どこか怪我をしたの?」
「いえ、大事ありませんティアリス様」
「そう」
ティアリスはいつものように無表情だった。内心では最高のタイミングでザロアをサポートできたと上機嫌なのだがそのことに思い人は気づかない。
(勝ちたい)
(何としてでも)
ザロアとティアリスの運命を決める戦神祭まであと一か月。