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神都の休日


 部屋を出たティアリスは最愛であるザロアへと話しかける。

「最近菓子を専門に出す店が出来たらしいの、そこに行きましょう」

「王都ならともかくこの神都にですか」

「ええ、ありがたい話ね」 



 ティアリスたちが暮らす戦神の神殿があるこの都市は神都と呼ばれ、悪魔たちとの戦いの最前線で砦としての役割を担っている。

 で、あるからして戦士が好むような娼館や酒場の類は多いのだが、女子供が好むような店は少ない。

 


「いらっしゃいま……!」

 その甘味処に入ると、店員は絶句し店内にいた客たちも同じように驚きの表情を浮かべていた。

 原因であるティアリスは慣れているので店の奥にある開いている席に座った。

 護衛として供をしてきたザロアはティアリスの対面、店の中すべてと出入口が見える位置に座る。



 ティアリスが何を頼もうかと考えるより先に店の奥から一人の男が現れた。


「よ、ようこそいらっしゃいました聖娼様。貴女様のような貴いお方に脚を運んでいただき光栄の極みでございます。私はこの店を切り盛りしているものでございます」

「神殿内で評判でしてから、一度来てみたいと思っていたの。一番自信がある菓子を二人分お願い」 

「かしこまりました」



 頭を下げて、男は店の奥に引っ込んでいった。

 いつものことなのでティアリスもザロアも特に感想はない。

 やがて、白いクリームと様々な果実に色どられた菓子が二人にきょうされた。



「どうぞごゆっくり、ご堪能下さい」

 そう言って店主は席から少し離れたところで御用聞きとして立っていた。

 こちらにあまり干渉しようとしない態度はティアリスに好印象だった、干渉しようとしない方が好まれるということを知っていたのかもしれない。 



「失礼いたします」

 そう言ってザロアが一口、ティアリスの前の菓子を口に含んだ。


「問題ないかと思います」

「そう」

 毒見を終えた菓子をティアリスが一口分を匙ですくって口へと運んだ。



「ん、おいしい」

 そう言ったティアリスは常としているように心がけている無表情ではなく花開くような笑顔だった。

 その可憐な笑顔に店長も客たちも、むろんザロアも心を奪われた。



 ちなみにこの笑顔はザロアを篭絡するために計算されたものである。



 あるとき修練場の老師範が神官長相手にこう言っていたのだ。

『普段全く笑わん女が本当に嬉しそうに笑う瞬間って最高じゃよな』と!


 それ以来毎日ティアリスは可愛らしく見える笑顔の練習を欠かしたことはない!最愛の人に周りから不自然に思われないように笑顔を見せる為だけに!



 ザロアとティアリスは談笑しながら菓子を食べたがやはり、話題は一か月後の戦神祭に移った。

「戦神祭まであと一か月ですね」

「そうね」

「どなたか優勝してほしい方などは居らっしゃるのですか」

「居るとも居ないとも私の立場では言えないわね(不安そうにして……可愛らしい)」



 ザロアは不安を感じ、その表情を見て無表情のままティアリスは楽しいひと時をすごした。


 

 菓子も食べ終わり、ティアリスは店を出ようと店長に声をかけた。

「美味しかったわ」

「ありがとうございます、これ以上ない栄誉にございます」

「また来るわ」


 

 そう言って席を立つティアリス、後を追うザロア。

 店を出た二人だったが次の目的地など無い。


「ザロア、どこか行きたい場所はある?」

「それでは馬を見に牧場に行きたいです」

 

 

 ザロアが愛馬スタルヒンを自分の次に愛し大切にしていることを知っているティアリスは疑問に思った。

「あら、スタルヒンはどうするの?」

「あいつも年頃なのでつがいを見つけてやろうかと思いまして」

「そう……ザロアは神殿を出る気なの?」



 神殿には戦士たちの馬を世話する馬房がある。だがそこに預けられるのは一人一頭までと決まっている。

 ザロアは今、若い戦士達が寝泊まりする神殿の寮で暮らしているがすでに一流、頭に超をいくつかつけてよい一流の戦士だ。

 本来ならば未熟な者のための宿である寮を出て自分の家や屋敷を持っていないとおかしい。



 そうしているのは聖娼の護衛という仕事に都合がいいからだが、ティアリスはザロアが神殿を出る準備をしているのだと察した。

「はい、ティアリス様の伴侶が決まりましたら寮を出ようかと思っています」

「…………もうどこに家を買うか決めたのかしら?」

「神官長からは神殿近くに屋敷を建てるのがいいだろうと言われています」


 

 それはつまり、ザロアがティアリスを娶った後のために準備をしていたということだ。ティアリスのために。ティアリスとの蜜月のために!

 そう考えて無表情のまま上機嫌になるティアリス。



「屋敷が出来上がったら遊びに行ってもいいかしら?」

「それは、ええと……その、ですね……」

「駄目なの?」

 そう聞きながら意地悪く薄い笑みをザロアに投げかけるティアリス。戦神祭でティアリスを伴侶にするつもりであるからまともな答えを返せれないザロア。



 喋りながら楽しそうに街を連れ合って歩く二人。まるで恋人同士のような親密さだった。

 やがて二人は目当ての牧場のある郊外まで出た。

 剣劇の音、鬨の声、涙交じりの叫び声。戦の音声が遠く遠く森の方から聞こえてくる。

 


「なんでこんな危険な場所に牧場を造ったのかしら?」

「牧場主が言うには地価がタダ同然だったからだそうです」

「剛毅な話ね」

「まあ、戦馬を育てるには戦場に近い方がいいとも言っておりましたね」



 たわいない会話をしながら二人が馬を見ていると突然脳裏に声が響いた。

『三等緊急警報発令、繰り返す第三等緊急警報発令。担当の最上位戦士は至急召喚準備されたし。繰り返す担当の最上位戦士は至急召喚準備されたし』



 脳裏に響くのは神託の奇跡を模した法術。はるか遠くの神官が自らと同じ神を奉じる神官たちへと声を届ける奇跡。

「緊急通信なんて何か月ぶりかしら……あら、ザロアどうしたの?」

「申し訳ありませんティアリス様、今日の緊急事態担当の戦士は自分です」

「そう」



≪召喚準備完了、召喚準備完了。担当の最上位戦士は至急召喚されたし≫



 ザロアの足元が光り輝く、この光に飲まれればそこは最前線の戦場だ。


「私も行くわ」

「危険ですティアリス様」


 緊急警報とは並みの戦士たちでは倒すことが不可能だと判断された悪魔が現れたことを示すもの。

 召喚された先では死闘が待っている。

 だがそのことを良く知っているティアリスには何も恐れていなかった。



「あら、あなたの後ろ以上に安全な場所はこの国に無いわよ。それに二等以上になったら私は必ず前線にでるのよ。三等で心配するのもおかしな話よ」

「それはそうですが……」


 実際のところティアリスは強い、非常に強い。神官としてこの国で指折り、戦士としてもザロアには遠く及ばないが並み程度の腕はある。

 二人は何度となく同じ戦場を戦い抜いた戦友である。



「戦神さまもこうおっしゃっているは、『勝つためならば全てを尽くせ』と。あなたにとって私の助力を請うのは全ての内ではないかしら?」

「……分かりました、助勢を願いますティアリス様」

「ええ、喜んで」

 そう言って笑みを浮かべる戦神の聖娼。



 ザロアも知っているのだが彼女ティアリスは戦闘という者が好きなのだ、愛していると言ってもいい。

 自分の知力、奇跡の全てを尽くして強大な相手を打ち倒す。そのことに快感を覚えるのだ。

 そしてザロアも知らないことだが、快感とは別に最愛の人が全力で自分を守ろうとしてくれる。そのことに胸を焦がすような感情を得るのだ。楽しくないわけがない!


  

「さあ、行きましょうザロア」

「感謝します、ティアリス様」


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