戦神バーミリオンの冒険、もしくは謎神ゼノンの日常
バーミリオンがゼノンを呼びに行く一か月の話。
「それで何の用なんだバミ? この間、集会があったばかりだっていうのにワシらを集めて、なんぞ緊急事態があったか?」
「今日、リドマンにあったのですが……あいつはシェイプシフターに成り代わられていました」
その言葉に剛毅なはずの炎神ガンガルドが目をむいた。
「本当か!?」
「ええ、本当です。正直気づけたのは運がよかった。一応リドマンも確かめておこうと思わなかったらどうなっていたことか」
バーミリオンの言葉に六神たちは沈鬱な空気で応えた。誰もバーミリオンがその類の冗談を言いだすような性格ではないと知っている。
シェイプシフターによって騎士国が落としかけられているという以上の衝撃、それは仲間であったリドマンの喪失に対する重さだった。
「そっか。簡単には死にそうにない子だったけど死ぬときはあっけないね」
沈黙の中森神エフェメラがそう満面の笑顔と明るい声で言い放った。明らかに言葉の内容とあっていないがこの場の面々は取り立てて騒ぐほど付き合いが浅くはないので気にも留めなかった。
「まだ生きてる可能性はありますよ、もっとも自分なら生かしておくという程度の可能性ですが」
「どういうこと?」
「一応最悪の状況……ゼノン様に捕まるとかのときにゼノン様に対する交渉材料になるかもしれませんから」
「フーン、あまり期待できなよね。バミちゃんぐらいに頭いい人あんまりいないし」
「まあこの大陸にはあまりいませんが、世界は数多あります探せばいくらでも見つかるでしょう。さて、正直この状況は我々には手が余ると考えますがどうでしょうかガンガルドの兄者?」
言葉を求められたガンガルドは渋面で考え込み、そしてしばしの時がたってから口を開いた。
「ワシならそのリドマンに化けているシェイプシフターに勝てる可能性は高いじゃろう。だが負ける可能性はある、相手の実力が分からんしな。全員で挑んでも同じこと、万一にも他の神も必要であるから失えれん……となれば恥を忍んでゼノン様に頼むしかあるまい」
六神の重鎮の言葉に皆がうなずいた。ガンガルドが言うように結局この大陸という世界を確実に被害なく守り切れるのは謎神と呼ばれているゼノンただ一人。
彼がいない今の大陸は吹けば飛ぶように存続することが危うい場所なのだ。
「それでは私はアズマと共にゼノン様を呼び戻しに参ります」
話が区切られたのちにバーミリオンがそう言って席を立った。
「んん? ゼノン様は二か月後には戻ると仰せであったぞ。それまで待てばよいのではないか」
「いえ、いつリドマンに化けているシェイプシフターが逃げ出すか分かりません。一刻も早くゼノン様にお戻りいただき対処していただくべきです」
そもそも、今現在もなぜリドマンに化けたシェイプシフターがこの大陸にいるのかは不明である以上バーミリオンが言う通りにいつ大陸からいなくなるか分からない。
明日いなくなったとしても不思議ではないのだ。
「ふむ……なるほど。頼むぞバーミリオン、アズマ。お前らがいない間のジラン王国と和国はワシが請け負おう」
「お願いします。行くぞアズマ」
「はっ! お館様、お供いたします」
そう会話して戦神バーミリオンと刀神アズマは謎神ゼノンを探す旅へと出たのであった。
◆ ◆ ◆
戦神バーミリオンと刀神アズマの旅は順調だった。ゼノンが大陸を離れ別の世界に出た目的は目立つため通った後を追うのは非常に容易だった。
とは言え出せる速度に天地の差があるため一月近く追跡してなお発見出来ていなかったのだが。
「さて、ここらに居そうなんだがな……」
「ゼノン殿が使える送還術で大陸に戻れる限界近くまで来てしまいましたな」
「おい、術じゃなくて奇跡って言えよ。ハッタリは大事だぞ」
「申し訳ございませぬ! 腹掻っ捌いて……」
「自殺芸はいいから探せ」
召喚・送還の奇跡は当然だが目標までの距離があるほどに難易度が跳ね上がり、使用される生命力も莫大になる。
大陸有数というレベルの神官でも最大限の補助込みでせいぜい隣の街まで、ゼノン以外の神だと大陸内の各地まで、ゼノンならばはるか星の彼方にある遠くの世界にまでが限界点になる。
「あそこに世界があるな……情報を集めに行くぞ」
「気を引き締めましょうぞ、ここらの世界の神は気がたっておりまする」
「まあ、原因はゼノン様なんだけどな」
言いあいながら一つの世界へと脚を向けるバーミリオンとアズマ。
降り立った世界はバーミリオンたちが治める大陸ほどの大きさの島が幾つかある中堅どころの大きさの世界で、島々には数えきれないほどの街と村、そしてそこに住む人々の息吹が感じられる平穏と言ってよい世界であった。
「さて、この世界の神に会って話を聞くか」
「お館様、あちらから来たようですぞ」
バーミリオンとアズマが顔を向けるその先からこの世界を治める神が顕れた。
白髪と同色の蓄えた髭、だが隆々とした肉体を持つ精悍な神であった。見やるだけで戦神と刀神の二柱は自分たちよりはるかに豊かな力を有することを察することが出来た。
「若いの、この世界に何様かな?」
この世界の創造神は見知らぬ神二柱に多少の警戒心を見せながらも鷹揚にそう聞いた。会話が出来そうだと感じたバーミリオンは話を始めた。
「ぶしつけに申し訳ない。ある目的のために旅をしているのですが話を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
「どのような目的化は知らんが今この世界の近くに魔神皇が来ておる。はっきりと言ってここらは危険だ、早く離れたほうがよいぞ」
「いえ、まさしく私たちの目的はその魔神皇なのです。どちらに居るかを教えてはいただけないでしょうか?」
「なんだと、あの化け物に用……復讐の類なら諦めた方がいいぞ、あれは貴様ら程度でどうにかできる存在ではない」
この神はバーミリオンとアズマがゼノンによって世界を滅ぼされた若神だと思っている様子だった。
誤解を解く理由も特には無いし、時間も惜しかったのでとにかくゼノンの居場所を聞き出した。
「止めたからな」
送還の術を使うために相応しい場所に行くためにこの世界の創造神から別れるさいにそう言われたのは、バーミリオンとアズマにとっても少々陰鬱なことだった。
「ゼノン殿は本当に他の世界の神からは嫌われておいでですな」
「昔……といっても神々や魔神の感覚からすると最近まで暴れまわっていたみたいだからな……幾つも世界を滅ぼしてたらしいから、そりゃあ嫌われるわな」
「拙者たちからすれば頼もしき先達なのですがな……」
実のところを言えばバーミリオンもゼノンのことを嫌っている。正確をきせば本来信頼してはしてならない存在だと考えている。
それでもやはり自分の世界を造った神が酷評されると気分が悪くなる程度には愛着があった。
「まあ、とにかくゼノン様がいる場所まで行こうか」
「そうですな――!」
この世界に来て間もない二人にもわかるほどに突如として世界の空気が変わった。
決して近づきたくない、同じ世界にすら居たくない死を予感させる不吉で禍々しい気配。バーミリオンとアズマが探していた魔神皇ゼノンが放つ気配。
これを探していたはずなのに戦神と刀神の体は竦みあがり、背筋に冷たい汗が流れた。
「お館様、これは……」
「ああゼノン様だな」
◆ ◆ ◆
バーミリオンとアズマ、彼らが探していたゼノンのもとに向かうと先ほど会ったこの世界の創造神と戦闘中だった。
巨大、そうとしか称すことができない天に届こうかといわんほどに体を巨大化させたこの世界の創造神が小さな、天に届かんばかりの姿となった創造神に比べれば本当に虫のように小さな相手に顔面を殴り飛ばされる。
爆音!
肉打つ打撃音。吹き飛ぶ人型が音を超える速さで空気をえぐる衝撃波の大音声。そしてそれに続き吹き飛ばされた人型が宙で姿勢を正し足から地に落ち、地面にワダチを刻む破砕音。
それらが折り重なり一音となった響き、それはまるで世界が滅びる崩壊の音であるかの様であった。
そしてそれは正しい。この男と戦うということは世界が滅びるということと同義なのだから。
人型に比べれば小さな、取るに足らないような小さな人影。どこにでも居そうな特徴の無い顔立ち、平凡な体格。
しかしてその身に満ちる力たるや世界を滅ぼし、喰らい尽くし遥かにあまりある。
世界を喰らい滅ぼす魔神たち。
その魔神の頂点たる四体のみに与えられた号がある、すなわち『皇』『帝』『王』『后』。
魔神ゼノン。
彼こそが魔神の頂点に立つ四体の一角、魔神皇である。
彼が生まれ落ちてからの数万年もの間、この魔神に目をつけられ喰い滅ぼされた世界は星の数に匹敵する。
「うおぁ! 岩が! 岩が!」
「お館様、後に!」
まあ、彼ゼノンのもとに仕えている神二柱が彼が行った攻撃の余波で死地に追いやられているが本題には関係ないので今は置いておこう。
本題はゼノンとこの世界を統べる創造神の戦いである。
顔面を殴りぬかれ血を流しながらも、この世界の創造神の目には力があり意志は折れていないことがありありと分かる。
「噂ほどではないな、魔神皇! 我が生れ落ちてからの五千年間、貴様程度の魔神はこれまでいくらでも返り討ちにしてきたわ!」
大喝が空気を、世界を震わすがゼノンの顔は冷めていた。
「あのさあ、滅びないように今すごく手加減して殴ったんだけど。今のでダメージ受けてるようだったら僕にはどうやっても勝てないよ。諦めたら?」
「ぬかせえ!」
絶叫と共に創造神から天へと力がほどばしる。その力は天で渦巻き、嵐を呼び、そして地に立つ敵へと落ちる。
天から雷光が襲い掛かる轟音!
「目がぁ! クソ、来るんじゃなかったぁ!」
「お館様、いずこに!」
「あ!? なんか言ったかアズマ!」
その戦いを見ていただけのバーミリオンとアズマの目は雷光に焼かれ暗闇に包まれ、耳は轟音にやられ音を失った。
ただ見ているだけで神と崇められる者たちが戦闘不能になる程の一撃。この創造神がもしも魔神であったのなら間違いなく上位の号を賜っていたことだろう。
だが……彼が相対している敵は他の魔神とは隔絶した最上位の号と力を持つのだ。
世界が打ち崩される激音!
雷光がはれ、創造神とゼノンの姿が浮かび上がる。
「バ……カな……」
攻撃を仕掛けたはずの創造神が膝をつき、そのまま身体を支えることが出来ずに地へ伏せる。その顔は、頭は、首は、胴は、左半分が無くなる瀕死の様相。
いや、それどころか創造神の背後。そこに広がっていたはずの世界が崩壊していた。
何一つとして、土も、草も、大地も、空気も、天も、全て等しく何一つとして残らずただただ漆黒の暗闇が横たわっているのみ。
創造神どころか世界そのものに対して誰がどう見ても致命の一撃を浴びせた魔神皇は意外そうにしていた。
「ありゃ、この程度で滅びかけるのか……手加減って難しいな」
雷に撃たれたはずのゼノンには焦げ跡どころかかすり傷一つなく、何ら痛痒を感じている様子がなかった。
これが何らかの技や術によって雷を避け防いだのならまだ創造神に救いはあっただろう。その技や術を無効化すれば攻撃が通るということなのだから。
真に絶望的なのはゼノンは何一つ落雷を防ごうとしていなかったという事実。何もせず雷を身に浴びながら先ほどよりは力を込めて彼にとっては手加減して反撃をした。
その結果がこれ。
この世界を守ろうとする創造神は滅びかけ、護ろうとした世界は切崩され、この世界を喰い物としようとする魔神皇は何一つ手傷なく健在。
絶望的、天地の差、そう称すべき戦力差が両者の間には横たわっていた。
それを理解した創造神に残ったの右半分の顔が絶望に染まる。自らの力で大切なモノを守ることが決して出来ないと理解した者が浮かべる、ありふれていて当人たちにとっては深刻極まる表情。
本来ならばこの世界はこれから魔神皇ゼノンに喰い荒らされ滅び消え去っていただろう。そういう意味ではこの世界の創造神は非常に幸運だった。
「さてと。もう一度話をしようか」
ゼノンは創造神がもはや立てそうにないことを見やり要求を話をしはじめた。
「これから一年ごとに、この世界で培った力の一割をくれるなら僕は今後この世界に手出しをしない」
今ここで滅ぼされ貪り喰われるのに比べれば、非常に軽い要求であった。実のところを言えば敗北した世界に魔神がこのような要求をしてくるのは珍しい話ではない
魔神と悪魔の最大の差は知恵と理性の有無である。悪魔とは魔神が造った知恵無き道具であり侵略兵器、偶発的に知恵が芽生えることはあれど本来その身に知恵はない。
だが魔神とは神と同じく知恵ある生命体。であらば他者を支配し、力を献上させるために生かし、いくつもの世界を内在する国家を形成しているのはままあることなのだ。
しかしゼノンのある意味当然の要求に創造神は困惑した様子だった。
さもあらん、彼が聞いた噂とは以下のようなモノであった。
魔神皇ゼノン。
唯一単身で他の『帝』『王』『后』の国に匹敵するだけの強さを持つ魔神たちの頂点の中でも最上の化け物。
その性は暴と戦そして喰、目に付く全ての世界に戦を仕掛け勝利しそして喰らっていく生きた災害。それと対面した者が生き残る可能性は全てを捨て、逃げ去れるという幸運に賭けることのみ。
それがゼノンに対して流れている噂である。この世界の創造神がこの噂を信じなかったのも仕方あるまい、単身で大国に匹敵する戦力を持つ個人などいるなど彼にとって完全に常識の埒外だったのだ。
まあ、『帝』『王』『后』の三体も互いの国以外ならば単身で滅ぼせる、ゼノンに準ずる強さを持つため完全に彼の見識の狭さゆえの過ちであったのだが。彼が生まれてまだ五千年と血気盛んな若い神であることを考えれば見識が狭いことも仕方があるまい。
「魔神皇……我を喰わんのか……」
目の前にいる恐怖の化身に創造神は威厳なく、恐る恐るという風情であった。
ゼノンはそんな若い神に肩をすくめておどける様に、それでいて自嘲するように言った。
「まあ、自分で言うのもなんだが長く生きたからね。考え方が変わることぐらいあるよ。それで君はどうする? 僕はどっちでもいいよ、従うのでも喰われるのでも」
口調は柔らかいとそう言ってよかった、だがその口調に似合わぬ力と暴虐性たるやまだ若い創造神にとって抗う術は何一つなかった。
結局、創造神はゼノンに屈し喰いものになることを選んだ。
◆ ◆ ◆
「あれ? バミとアズマ、何やってんの君たちこんなところで?」
「すいません……ゼノン様、その……喋るのも辛いんでまず治してくれませんか?」
戦神と刀神を見つけたゼノンはそう言って話しかけた。二人は行きも絶え絶えと言わんばかりの様子で辛うじて生きているという状態だった。
ゼノンが世界を崩壊させたときに巻き込まれたのだがゼノンは気づいていなかった。まあ他の魔神たちからすれば卑小なる弱神を魔神皇が認識している時点で驚愕の出来事だろうが。
「ん、ほい」
ゼノンの魔神の大国に匹敵する生命力。その総量からすれば爪先程度の割合が昇華する、昇華した生命力は現実を歪めゼノンの望みを具象する。
大陸において治癒の奇跡と呼ばれるその技は滅びかけていた戦神バーミリオンと刀神アズマを瞬く間に救った。
「ありがとうございました、死ぬかと思いましたよ」
「何があったんだい?」
あんたに殺されかけたんだよ、とバーミリオンは思った。がしかし戦闘中には危険だから絶対に近づくなとゼノンから言われていたのに近づいた自分たちに非があるということは冷静に受け入れていた。
まさか同じ世界に居るだけでこれ程に危険だとは思ってもみなかった、『近く』の距離感がまるで異なっていたのだ。
「それで何でこんなところに居るんだい?」
「大陸でゼノン様でないと無傷で解決できそうにない事件がおきまして……恥ずかしながら解決していただきたく参りました」
「うん、いいよ。じゃあ戻ろうか」
そう言ってゼノンは先ほどの治癒とはけた違いの生命力を昇華させる。
ただ開放して破壊力とすれば幾つもの世界を消し飛ばしてなお余りあるほどの力を尋常ではない精密さをもって制御し遥か彼方の大陸にまで力を届かせる。
魔神皇に対してこういう言い方は矛盾するかもしれないがそれは神業としか言いようがない御業であった。全世界でこの制御力を持つ者が一体どれ程居るのであろうか。
まさしく正しい意味で奇跡に等しい術を行使したゼノンはバーミリオンとアズマと共に大陸へと自らを送る。
瞬きをする間に彼らの眼前にはドーナツ状の大陸が現れていた。
「それで、何なんだい事件って?」
扱った力の総量にしろ、力の制御力にしろ魔神皇ゼノン以外には不可能であろう術の行使を誇るでもなく彼はバーミリオンに問うた。
バーミリオンは少し制御を間違っていたらゼノンはともかく自分とアズマは死んでたんだろうなと達観しながらゼノンの問いに答えた。
「それがリドマンのやつがシェイプシフターに成り代わられていまして……」
「え、ほんとに? そうかあ、彼、いや彼女。ドジが多い奴だったからな」
「とりあえず今からちょっと騎士国に行ってリドマンがまだ生きているかを確認してくるのでいざという時は助けてください」
「ん、分った」
ゼノンの言を聞き、ふうと一息つく戦神バーミリオン。これでこの件は解決したに等しい。
「しっかし、これからエフェメラの森の悪魔を討伐しようというのに妙な事件が挟まっちゃったな」
「そうですね正直かなり痛いです」
「最悪の状況なら助けてあげるから頑張ってね」
「ええ、そちらではご迷惑をおかけしないように致します」
そう言ってからバーミリオンは騎士国へと降りていった。
これにてバーミリオンにとっては冒険、ゼノンにとっては日常である一幕はおしまい。
この後は本編へと続く。




