愛に生きたい聖娼ティアリス
ザロアが他の兵や老師範を修練場で圧倒する様を無表情でティアリスは見つめていたのである。
(必ず優勝するって言ってくれた……)
それはつまりティアリスの伴侶になるという宣言だ。それはつまりティアリスの伴侶になるという宣言だ!
ぽうっと体の奥が締め付けられるような喜びの感覚がティアリスの胸を満たす。
喜びでザロアの顔を見続けることが出来ず神殿へと戻っていくティアリス、きっとそれ以上ザロアを見つめていたら聖娼として失格となってしまうと感じたから。
神から預言された者以外に心と体を許してはならないのだから。
自室へと戻った彼女はクローゼットから自分の宝物を取り出した。
昔ザロアからもらった髪飾りと、去年もらった服。
それらを身に着けて姿見の前に立つ。
(この格好をみせたら喜ぶだろうな、ザロアのやつ。あいつ私からどうとも思われていないって本気で思ってるから)
しかしそれはティアリスが聖娼としての決まりに生真面目に従ってきたということだ。
聖娼が結ばれる相手は神が決めるもの。であればその時まで誰からも恋うことなく、恋い焦がれることな生が理想だとされている。
結ばれる英雄が決まったときに苦しむことになりうるのだから。
そう意味では彼女は理想の聖娼ではないのだろう、ザロアは明白に彼女に恋焦がれているし、ティアリスもザロアに恋い焦がれている。
それでも彼女は理想でありたいと日々暮らしていたのだ。
しかしその日々はもうすぐ終わる。一か月後の戦神祭で優勝した者と結ばれることになるのだから。
(けどこの格好するのは結婚した後になるな……結婚……初夜)
◇妄想ターイム!
この私の部屋でザロアと一緒にベットに体を寄せ合って座る、きっと私もザロアも結婚の晴れ着のままだろう。二人とも少し顔が赤い、それはきっと宴で酒を飲んだからだけじゃない。
これから起こることへの興奮と羞恥心が確かにあった。
「ティアリス様」
「ザロア」
きせずして同時に名を呼び合ってしまい二人とも言葉が詰まる。
ただ見つめ合う、聖娼と護衛ではなく夫婦になった二人が。沈黙が、この時間が心地よかった。ずっと待ち望んでいた時間だから。
けれど沈黙よりも欲しいものがあって私は口を開く。
「ねえ、ザロア、何かロマンチックな言葉を頂戴。私がザロアに夢中になるような言葉を……」
「……この世で一番愛しています、ティアリス様」
口下手なザロアにとって、それが精一杯のロマンチックな言葉。まるで子供が考えたようなセリフ。
けれど……それが私が本当に、ずっと待ち望んでいた言葉。
「私も……ザロアのことがずっと世界で一番好き」
心の底からの言葉を夫に投げかけながらその胸にしなだれる私。
ザロアは驚きながらも聞いてくる。
「……よろしいのですか?」
「駄目な理由が何かあるの?」
そして私たちは……
◇妄想ターイム終了。
という妄想をしたティアリス。
早く戦神祭が来ないだろうかと、妄想が現実にならないかと、ザロアの強さをよく知るティアリスはこの時最愛の人の優勝を微塵も疑っていなかった。
そんなときである、部屋の扉がノックされ外からザロアの声が響いてきたのは。
「ティアリス様いらっしゃいますか」
「ザ、ザロア。ごめんなさいちょっと待って!」
部屋で一人ザロアからプレゼントされた服と髪飾りをしていたなんて知られたら自分がザロアに惚れているとばれてしまう。
慌ててザロアからプレゼントされた服を脱ぎ、白を基調に朱色を配した戦神バーミリオンの神官服へと着替え、頭の髪飾りを脱いだ服と一緒にクローゼットにしまう。
姿見で一度確認し、一つ深呼吸をした。
(大丈夫、誰にもバレていない、ザロアにもバレていない)
なお、彼女はそう思っているがザロア以外の者たちには恋心はバレバレだということをここに記しておく。
そして彼女は扉を開けた。
そこには水を浴びて汗を流してきたザロアが立っていた。まだ髪の端が水で薄く濡れており精悍さと合わさってえもしれぬ色気を醸し出している。
(大丈夫!私は大丈夫!)
自分に言い聞かせながらティアリスは口を開いた。
「何様ですか、ザロア」
自分では気づいていないがティアリスは思い人に対してだけ恋心がバレないようにするための気の入れようからことさらに口調が冷たいことがある。
ザロアがティアリスを意識し始めたのは口調が冷たくなった後だった。
「師範からティアリス様が暇をしてらっしゃるだろうからお相手を命じられました」
「そうですか(あの師範いつもいつも……ありがたいけど……)」
修練場の老師範はどうにもザロアとティアリスを恋仲にしようとよくこういうことをする、神官長もその行動を一度も咎めたことがない。
「暇を持て余していたのは確かです、立ち話も何ですしどこかに出かけでもしませんか?」
「……!喜んでお供いたします」
途端に尻尾があれば振っていそうな顔になるザロア。
(可愛いらしい)
と二つ年上で長身の護衛にそんな思いを抱くティアリス。
ザロアの戦場での働きぶりからは想像もつかないような純情ぶりも彼女は愛していた。