決着 次の戦いへ
双方ともに武具は失われ、半ば意識を手放した。だがその程度で最強の戦士と騎士は止まらない。
「がああああぁぁ!」
「ぬううおあぁぁ!」
互いに武具を持たぬ原始の戦い。武具持つことが当然の彼らにとっては専門の外の戦いで、しかも気を失いそうになりながらの戦いであったが長年の戦いの経験ゆえか、まるでそうとは感じさせない立ち回りを双方ともにしていた。
ザロアの方が圧倒的に背が高く、リーチが長いためアウトレンジから拳の雨を降らせる。
幾つもの拳雨を体に浴び、顔を撃たれながらもマックス卿は姿勢を低くし突進。
射程に入ったザロアのボディーに渾身の一撃をぶちかます。
ザロアの巨躯が宙を舞う。
直撃の瞬間に跳びすさり、威力をやわらげたにもかかわらずガードした腕の骨がきしみ声をあげる。
開いた距離を詰めるためにマックス卿は再度突進。
その突進の勢いを逆用するためにザロアは踏み込み、全体重を乗せた渾身の右ストレートをマックス卿めがけて放つ!
マックス・チェタニアスがその渾身の一撃に対して選んだのは迎撃、人体で最も硬い部位にである前頭部を拳めがけて叩き込んだのだ!
ザロアの右拳はそのとき砕け、のけ反り体勢が崩れた。
(勝った……)
最早ザロアは防御も回避もできないと朦朧とした意識の中で勝利を確信した筆頭騎士、その確信があえて言えばマックス・チェタニアスの敗因だったのかもしれない。
快音が響く!
彼は勝利を確信するあまりザロアが自ら体勢を崩すことで振り上げた左の膝を警戒することなく、顎を撃ち抜かれ意識を失うことになったのだから……
ゆえに……ここから先のマックス卿の行動は完全に意識なきままに行われた行為。それを成したのは果たして戦う者としての矜持か、それともティアリスへの愛だろうか。
一歩さらに踏み込み
全身全霊をこめた右拳を
ザロアの顎へと
天を突くかのように叩き込んだ!
ザロアの上体が勢いよく跳ね上がる。
マックス卿の一撃により顎骨は砕け切り、脳を揺らされ、頸椎までも傷つけられただろう。意識を保つことは頑健極まるザロアであっても不可能な一撃。
「ザロア!」
ティアリスの叫び声が響いた。
ザロアが意識を保つことは本来不可能だった、だからこの最愛の人の声によって意識がもったのは――奇跡としか言いようがなかった。
彼は後ろに倒れそうになる体を脚を引いて支え、砕けた右拳を再度握りこみ、マックス卿の顔面へと、もろとも倒れこむように、叩きつけようとしたのだ!
意識がほとんど飛びかけ、技も何もない大振りの一撃。
本来歴戦たるマックス卿ならばしのいで当然であるその拳は意識のない彼の顔面へと吸い込まれるように叩き込まれた。
チェタニアス少年の小柄な体が宙を舞うように後ろへと吹き飛ぶ。
力なく倒れそうになるザロアであったが何とか……本当に倒れこむ直前で踏みとどまった。
対し最早意識のないマックス卿はなすすべなく天を仰いだ大の字の姿勢で倒れるのみ。
ジラン王国の最強の戦士ザロア 顎骨全壊、頸椎に損傷、右拳粉砕、顔面損傷、意識健在!
騎士国の筆頭騎士マックス・チェタニアス 右頸動脈損傷、体中に刻まれた幾多の裂傷、顔面損傷、意識暗転……
≪ふむ、これはザロアの勝ちかのう≫
戦神バーミリオンの沙汰が響く。
その瞬間にザロアの元へとティアリスは走り、崩れ落ちるザロアの体を支えた。
意識なく倒れるマックス卿の目に涙がにじみ流れたことには誰も気づかなかった。
◆ ◆ ◆
ザロアとマックス・チェタニアスの決闘が終わった翌日の早朝。
最上位の奇跡を受けて傷を癒したザロアは早くもティアリスと共に次の目的地へ向かうために愛馬の背に乗っていた。
本来ならばシェイプシフターたちに勝利したことを祝す宴が開かれるまで滞在すべきなのだろうが、この騎士国の英雄を倒してしまった二人は逃げるように騎士国を出ようとした。
だが二人を見て『逃げるように』と思う余人は居ないだろう。二人はこの試練の旅で最大の難敵になると目していた相手を倒して去るのだ。
ザロアとティアリスの二人は眼に見えるほどに機嫌が良さそうだった。まるでこれから最愛の人と気楽な二人旅に出かけるかのように。
「ちょっと待て」
二人の後ろから声をかけくる小柄な一人の人影、マックス・チェタニアスだった。
彼は全身を純白のスーツに身を包んで二人の前にあらわれた。
昨日の敗北による傷も奇跡によって全て癒し、激闘があったことなどおくびにも出してはいないマックス卿は小柄だという欠点こそあれどまるでどこかの国の王子のようだった。
そんな筆頭騎士にザロアが怪訝な顔を向けるのは無理のない事だろう、はっきりと言えばこの場にマックス卿が来るのは場の空気をいたずらに悪くするだけだった。
「何か用か、マックス卿? 」
「…………」
純白のチェタニアス少年は言葉をかけてくるザロアに視線も向けず、ただティアリスを見つめながら二人に近づいてくる。
よもや、昨日の決闘の結果に不満をもち暴力をもって覆そうというのか。マックス卿の性格からしてありえないことをザロアが脳裏に描いた。
ザロアがそう思い描いた瞬間、マックス卿は片膝をついてティアリスに跪いた。その姿を見てティアリスはこれから彼がかつてと同じことをしようとしていると察した。
跪いた状態でマックス卿は事前に用意しておいた花束を奇跡によってその手の中に呼び出した。初見ならば驚くであろう行為であろうがティアリスはすでに一度見ている。
「ティアリス様、愛しております。どうかこの花を受け取っていただきたい」
「……ごめんなさい、マックス卿。私には……心に決めた人がいるの」
あの時のように告白してくるマックス卿に頭を下げ、しかし頑なに断るティアリス。
振られたはずのマックス卿いや、筆頭騎士ではないチェタニアス少年は落ち込むどころかむしろ清々しいような表情を浮かべていた。
そしてザロアに……自分の愛した人の心を射止めた男へと向き直った。彼の目に浮かんでいたのは英雄らしくない羨望であり懇願であった。
「ザロア……勝てよ。決してティアリス様を失望させるな」
切実と言ってもいいチェタニアス少年の言葉に一瞬ながら気圧されるザロア。それでも、彼の口から出てきたのは心の底からの想いだった。
「当然だ。自分がティアリス様を幸せにして見せる」
◆ ◆ ◆
一頭の馬の背に乗りザロアとティアリス二人は次の目的地へと向かってゆく。その二人に敗北した騎士国において最も強い男はただその背中を見送っていた。
分かっていた、自分は結局道化だったのだ。あの二人の間に分かちがたい絆があって、それは自分には決して壊すことも侵すこともできないモノだったのだ。
去ってゆく最愛の人とその想い人の背中を見ていると雨が降っているわけでもないのに視界がにじんだ。
だから彼は天を仰いだ。
失恋で涙を流すなど、英雄にはふさわしくないのだから。
◆ ◆ ◆
「よろしかったのですかティアリス様?」
「何がかしら?」
「いえ、ずっとマックス殿がお好きなのだと思っていたので……」
「私が好きなのはずっとあなた一人よ」
「……申し訳ありませんティアリス様、今なんと?」
「何でもないわ……気にしないで」
そう言ってティアリスは前のザロアの背へと身を寄せた。
もしも出会う順番が違っていれば、もしもチェタニアス少年に会うまでにザロアを愛していなかったなら、もしもこの世にザロアが生を受けていなかったならば、もしかしたら……
ティアリスとてそう考えたことはある、だがそれは意味のない夢想だ。
彼女が愛しているのはザロアであってチェタニアス少年ではないのだから。
ザロアの愛馬スタルヒンは次の目的地エフェメラの森へと向かい行く。その背に乗る二人はすれ違う人々からは若い夫婦だと思われていた。
彼らの道行の先には苦難と敗北がまっている。ザロアがティアリスを炎神ガンガルドに奪われるという未来が待っている。
それでも今、彼ら二人は勝利をともに心の底から喜び合っていた。それは一心同体の絆と誰もが認めるであろうモノだった。




