本能の戦いへ
これはザロアとティアリスが決闘の場へあらわれる直前の話。
ザロアは悩んでいた。自分ではマックス卿に勝つことが出来ないと。
窮余の策として重装の鎧と盾に強い戦鎚は携えてきたがそれはマックス卿との正面衝突を意味する。
マックス卿と正面衝突をして勝てるイメージがザロアにはわかなかった、足掻くことはできるだろうだが……勝利は不可能ならば意味があるのだろうか。
戦神バーミリオン曰く『勝てぬ勝負に挑むを愚者という、だが戦わねばならぬ時に戦わぬのを敗者という』。
ザロアは愚か者になる覚悟はあったが戦わずして敗者になる覚悟は持てなかった。たとえ負けるとしてもたとえティアリスを奪われるのだとしてもせめて一太刀、悲壮な覚悟……そう称すべきモノが彼にはあった。
そのザロアの背中にティアリスが声をかける。
「ねえザロア」
「何でしょうかティアリス様」
「あなたはひょっとしてマックス卿に勝ちたいのかしら」
「……ええ、勝ちたいです」
「なんで?」
まるで解らないと、そうとぼけるようにティアリスは話を進める。そんな最愛の女性に対してザロアは恥を忍ぶかのように応えた。
「貴女を……誰にも奪われたくはないからです」
ザロアの心の底からの本音だった。真剣な目と声音がそれを伝えてくる、誰よりもザロアを愛するティアリスにも当然その心は伝わった。
ティアリスはこの瞬間に至るまではもう少し焦らしてザロアから自分を大切に思う言葉を聞き出したいと思っていた。一世一代の決戦を挑むにあたりザロアができうる限りの必死な言葉が欲しかったのだ。
だがその考えが全て吹き飛んだ、ただ一言でそれぐらいに満足してしまったのだ。
「……(我ながらチョロイわね)」
そう自分自身のことを思いながらも、それが別にティアリスは嫌ではなかった。つまりは自分はザロアのことが誰よりも好きだということなのだから。
そのことに無表情なまま内心苦心しながらティアリスは戦神バーミリオンに奇跡を願った。
「戦神よ、加護を」
聖娼の奇跡によって鞘に納まった神剣がティアリスの手の中に顕れいでる。
万物両断することを願われた剣、ザロアにとって最も良い重さ、長さ、バランスの彼にとって理想的な剣、たとえ同じ神器であろうとも打ち破るティアリスがザロアの勝利を願いて生み出した剣。
神器である剣をティアリスはザロアへと差し出す。
その意味は明白だろう。この剣をこれから始まる決闘において使って欲しいと、そう言外に告げているのだ。それはまぎれも無くザロアの勝利を願っているという愛の告白。
しかしその剣を差し出されたザロアは意味が分からなかった。戦神にかけられた『ティアリスが自分のことが好きだと気づけない』呪いによって理解が出来ないのだった。
(何故ティアリス様は)
(自分に剣を差し出しているのだ)
意味が分からず呆けるザロアに対してティアリスは受け取って欲しかったと残念がりながら、下げていた予備の剣と神器とをうやうやしい所作で交換した。
まるでそれは夫に対するような所作だった。
もちろんザロアは呪いによって気づけない。ティアリスが神器の剣を生み出したことも、自分に神器の剣を佩かせたことも。
その自分すらも神器の剣を佩いていると理解できなかったことが勝利への大きな力となったのだった。
もしもマックス卿に対峙したとき最初に剣を抜いていれば、本来ならばあり得ない選択肢であるがゆえに彼は警戒し、決して致命傷など負いはしなかっただろう。
ザロアが負っている呪いが決闘の勝利に大きく貢献したのだった。
◆ ◆ ◆
筆頭騎士マックス・チェタニアスは首に剣が叩き込まれ、なぜ自分の神器が破られたのか混乱したが、ティアリスの勝ち誇るような無表情を見た瞬間に全てを悟った。
歴戦の雄である彼はこう思った。
負ける方が悪い、と。
『勝つためならば全てを尽くせ』というのが戦神の教えであると知っていたはずなのにティアリスを戦力から無意識に外したことの愚かしさを恥じた。
仮に命と誇りを賭けた決闘におもむく戦士に鍛冶師が自らが打った最高の剣を託したとしてそれが何の不正に当たろうか?
何に不正にも当たるまい。それを得ることが出来るということはすなわち得るにふさわしい人徳があるということであろう。
だとしたら決闘におもむく戦士に高位の神官が神器を託したとしてそれが何の不正に当たろうか?
次の瞬間、マックス卿の鎧と剣が光になり消えてゆく。ティアリスとマックス卿の神官としての実力には大差はない。だとしたらより多くの神器を生み出している方が押し負けるのが道理。
それを悟った彼は最も頼りとする大盾のみに加護を集中させたのだ。勝利するために、ティアリスと結ばれるために。
だがそんな鎧を無くし、大盾を掲げた筆頭騎士にザロアの剣が襲い掛かる。
ザロアの混乱はすでに呪いと持ち前の冷静さによって治まっていた、だとすれば好機に攻めを選ばないことは彼にはありえない。
『勝つためならば全てを尽くせ』という教えの中には勝利に不必要だと感じるならば斬り捨てることも含まれるのだから。
形勢が逆転した。
鉄壁の防御を捨てたマックス卿はザロアの剣によって治す速度よりも早く体を切り刻まれていく。
必勝と感じていた状態から互角どころか不利へと状況が激変したのだ、 並みの兵ならば心が折れてもおかしくはない。
だがマックス・チェタニアスは並みの兵ではなく、英雄であった。彼はこの状況でも逆転の手を考え付きそして実行しようとしていた。
ザロアの掲げた剣がマックス卿へと振り下ろされる。勝利を意識しているであろうザロアだったが、その剣は力みの自然体でありたとえマックス卿の大盾に防がれたとしても第二、第三の追撃を速やかに繰り出せることだろう。
それに対してマックス卿が選んだのは全力での迎撃。大盾を全力で力強く天へと振り上げる、それは本来ならば悪手だった。ザロアは剣を弾かれることも想定している、それを全霊の力で弾き返せば隙をさらすことになるのはマックス卿だ。
だが筆頭騎士の狙いは剣を弾くことではない。
高速でぶつかり合う剣と大盾。見守っていたティアリスはザロアの剣が弾き返される瞬間を幻視し、そして返す刃でマックス卿を斬り伏せる瞬間を思い描いた。
だが現実には剣は大盾の半ばほどまでを切り裂き、そこで金属音を響かせて止まった。
無表情のままに驚愕するティアリス。ザロアは何が起こったか解らず一瞬の間混乱したが彼女ははたで見ていたためマックス卿が何を成したかを察した。
マックス卿は大盾への加護を減らして大盾の強度を下げわざと剣に切り裂かせた後に加護を瞬間的にもどすことで大盾で剣を絡めとったのだ。
「ぬおおおおおぉぉ!」
筆頭騎士が気炎を吐き、雄叫びをあげながら絡めとった剣を大盾ごと投げ放つ。
ほんの少し大盾に加護を戻すタイミングが早ければ剣を弾き返す刃で斬り伏せられ、遅ければそのまま両断されるという狂気に等しい賭けだった。
マックス卿は英雄たるに相応しい冷静さと大胆さをもってその命懸けの賭けに勝利した。
だが……
拳が肉に刺さる重い音が響く!
その音はザロアが打ち下ろした拳とマックス卿の振り上げた拳が交差し互いの顔面をとらえ、ねじ切らんばかりに弾かせた音だった。
ザロアとマックス卿の口から鮮血交じりのツバキが飛ぶ。
双方ともに一瞬怯み、そして立ち直ると目の前にいる敵を倒さんと拳を振り上げる。
ザロアは投擲用のナイフを懐に仕込んでいる、マックス卿は奇跡を使う余力があった。だが二人ともがそれを使うということが脳裏から消え去った。
無理もない。
彼らは半ばこのとき気を失っていた、それでも彼ら二人を突き動かしたのは本能。この世で最も気に入らない相手叩き潰したいという本能、最愛の女性のために勝利せねばならないという本能。
最強の戦士と騎士の戦いは、ここに来て原始の殴り合いとなった。




