筆頭騎士マックス・チェタニアス
慣れないパーティーに疲れてしまったという理由で中座したザロアとティアリスは二人で控室に居た。あまりに中座すると怪しまれるおそれがあるが、それでもパーティー会場に常時居続け心労からぼろが出る危惧の方が勝った。
「大丈夫、ザロア」
「……正直に申せばあまり良い状態ではありませんね」
「そう。無理をするような状況じゃないし、このパーティーが終わったら二人で少し休みましょう」
彼らは当然ではあるが自らが奉ずる戦神バーミリオンの言葉を信じ従うつもりであった。あとひと月の時間を待てば騎士国に蔓延るシェイプシフターたちを殲滅できると信じていた。
その考えが今日破られることになる。
「失礼いたしますザロア様、お茶をお持ちいたしました」
そう言いながら一体のシェイプシフターが部屋の外から扉をノックする。疲れたという名目で中座している客人に飲み物を持ってくるというのは自然であろう。
だが、部屋に屋敷中の者を集めて持ってくるというのは異常だろう。敵地であるため一時も気を抜かなかったザロアは当然心音探知の奇跡を切らしておらず部屋の外の状況を理解していた。
敵対された。そう判断したザロアの決断は果断だった。
「ティアリス様、事前の想定Zです。よろしくお願いします」
「……! 分かったわ」
事前の想定Z、それはザロアとティアリスがシェイプシフターたちと敵対せざるえないと判断した状況を想定した破局的なモノである。
その場合における最適解とは……
「戦神よ、奇跡を!」
先制攻撃である。
ティアリスの神撃の奇跡は事前の想定通りに壁を狙って放たれる。崩れ去る壁、ティアリスの奇跡が明けた大穴から部屋の外へと躍り出たザロアに廊下の左右に並んだシェイプシフターたちが一斉に襲い掛かる。
ザロアは外に飛び出た瞬間に状況を理解し部屋の中へと飛び退る。相手はシェイプシフターという雑兵ではない悪魔たち。
状況は悪い。
パーティーに来たため、二人とも武具を持ってはいない。
遅滞なく部屋へと殺到してくるシェイプシフターたち、無手のまま悪魔を迎え撃とうと前に出るザロア。だが、この程度の事態はシェイプシフターたちの巣窟におもむく以上想定されていた事態だ。
「戦神よ、奇跡を!」
ティアリスの祈りによって奇跡が顕れ出で、ザロアの手には彼にとって最も扱いやすい長さ重さの剣が生み出され、体には動きを妨げない部分鎧がほどこされる。
一閃!
ザロアが振るった奇跡の剣は部屋へと飛び込んできた悪魔たちを両断し、この世ならざる炎へと変え消え去った。
自殺するかのように雑多なシェイプシフターたちが押し寄せザロアに斬り滅ぼされていく。本来ならば雲霞のごとく押し寄せる敵に対して体力が持たない、仮に体力が持ったとしても武具が持たない。
だがティアリスが後ろでザロアの体力を癒し、神器の武具を維持し続けるならば限界は来ない。
やがて商人のビクターと名乗っていたシェイプシフターを斬り滅ぼすと怒涛のようだった喧噪は幻だったかのように消えてなくなっていた。
「どう思う、ザロア?」
「これ以上ない力押しでしたね。それに、そもそも何故急に襲ってきたのでしょうか?」
「そうよね、襲撃の意図も意味も見えないわ。なぜ襲ってきたのか、殺してどうしたかったのかどちらもまるで読めない」
不気味がる二人であったが考えても魔人の意図は察することが出来なかった。
「とりあえず状況が大きく変わった、これは間違いないわ。神殿に戻りましょう、つかまってザロア」
言ってティアリスは送還の奇跡を準備し始めた。
◆ ◆ ◆
「第五班、襲撃を受けています!」
「第三班、連絡途絶えました!」
「東住宅地区の衛兵詰め所より、悪魔が襲来! 援軍を要請すると!」
ザロアとティアリスが騎士神の神殿に送還の奇跡で戻ると、神殿内はひどく慌ただしく緊迫した空気に満ちていた。
「これは……」
≪ふむ、どうやらこちらの与り知らぬところで決定的な変化があったようじゃな。あやつの方から動いてきたか≫
ザロアの脳裏に降り注ぐ戦神バーミリオンの神威に満ちた思念。
(戦神様)
(我々はいかようにいたしましょうか)
≪ザロアよ、今この都市に一人エルフの英雄を呼び寄せておる。奴は万軍を相手取るには最適なのじゃが、接近戦や乱戦には向かん。今のこの状況では不覚をとる可能性がある、護衛にゆけ≫
(御意)
≪今あやつ、レイハネフがいるのは……北に五里ほどの距離にある村近くじゃな。濃い茶色の木肌をしたエルフじゃぞ、間違えるな≫
(了解しました)
≪ティアリス、そなたはマックス・チェタニアスの指揮下に入れ。分かっているとは思うが指揮権を握ろうとは思うな。緊急事態時に指揮権が分散するなどあってはならん≫
(御意に)
ザロアとティアリスの二人が応えると戦神の神威は離れ消えていった。
「ザロア、武運を」
「お気をつけてティアリス様」
一度目を合わせ、そして短い言葉をかわし、それぞれのなすべきことのためにザロアは神殿の外へとティアリスは指揮指令所へと分かれた。
騎士国の存亡を賭けた一戦が始まろうとしていた。
◆ ◆ ◆
『事前の想定、プランDに沿って行動せよ。繰り返す事前の想定、プランDに沿って行動せよ』
騎士神の神官による神託の奇跡が脳裏に響く。
事前の想定、プランD。
シェイプシフターたちの方が先に行動を起こし、人間の戦力のみで殲滅を図らねばならなくなった場合を想定されて策定されたプランである。
本来ならば役立ってほしくなかった代物ではあるがこの状況では仕方がない……
「うろたえるな、者ども! この状況に対する策は十全に練ってきた! 我々のみでもシェイプシフターどもの殲滅は十分に可能だと結論は出ている!」
悪魔たちに先手を打たれ浮足立つ神殿内に神官長殿の声が響く。
殲滅が我々だけで可能だろうかと問われれば恐らく可能だろう。だが、首都に住む一般市民たちに犠牲無く殲滅可能かとなると……
内心の弱気を見せないようにボクも声を張り上げる。
「神官長殿のおっしゃる通りだ! 我々の勝利は揺るがない!」
ボクも神官長殿も当然だが民間人から犠牲が多々出ることなど解っている、それでも上に立つ者の立場としてこう言う以外にない。
今ためらえばさらに被害が増えるだけなのだから。ボクは英雄と呼ばれるようになった、なったが全てを守るにはまるで足りていない……
努めて内心を外に出さないように表情を抑える。前に神官長殿に言われたようにまさに緊急事態である今、ボクが不安や焦りを見せても害しかない。
「失礼します、神官長様、マックス卿」
「ティアリス様、どうされました」
「戦神様より、マックス卿の元で戦えと神託がありました、お力添えをさせていただきたく思います」
指揮所に現れたティアリス様の意外な申し出にボクの口から、つい言葉がでた。
「ザロアはどうされたのですか?」
「夫には別の神託が下されました。戦神様曰く万軍を相手取るには最適な英雄を遣わされたので、その方の護衛にゆくために都市の外へと馬を走らせているはずです」
「そうですか」
この状況で情けないことこの上ないが、ティアリス様がいらっしゃることが心強かった。
常に冷静で動じない精神、素晴らしい知恵のさえ、圧倒的な奇跡の力。彼女さえ後ろにいてくれるならばどのような戦場であろうとも必ず勝利が出来る。
そう思わせてくれるような女性など、この世に彼女一人だけだろう。正直なところザロアが羨ましい、彼女のような女性に愛されるという幸運……もしも出会う順番が違っていたら……
考えても仕方がない、ボクは頭を切り替えてティアリス様を伴って戦場へと向かった。
◆ ◆ ◆
彼らが神殿を出ると幾人もの騎士と神官たちが戦列を整え、騎士国最強たる存在を待っていた。
皆に対し自負といくばかの緊張と共にマックス卿は声を張り上げる。
「騎士神よ我らに加護を!」
その祈りに応え、マックス卿の体躯を覆う白銀の全身鎧が顕れ、戦団を守護する加護がおりる。
「我らに力を!」
神威に満ちた長剣が彼の右腕に納まり顕れ。
「我らに勝利を!」
騎士神の紋章たる横をむいた兜と剣が描かれた彼の背丈に匹敵する大盾が顕れる。
この偉容、この威風。これこそが騎士国の英雄マックス・チェタニアス。
その姿を幾人もの歴戦の騎士が、信心深き神官が信頼の目をもって仰ぎ見る。
「行くぞ! 出陣だ!」
『おお!』
マックス卿の檄に地鳴りのごとく騎士と神官たちの声が唱和する。




