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戦士ザロアの日常と非日常


≪聖娼ティアリスの伴侶は次の戦神祭において最も強かった人間とする≫


 聖娼とは英雄の伴侶になると神から預言された者に送られる尊称。その聖娼たるティアリスの伴侶を決める方法が戦神より神託のあった翌朝だった。



「おや、ティアリス様お早うございます」

「お早うございます」



 行きかう神官たちと挨拶を交わしながら一人ティアリスは神殿の外れへと歩んでいく。


 彼女は日ごろの務めを今日は免除されていた、聖娼と預言されてからずっとその日が来ることは解っていたが遂に来るとなると彼女も平静ではいられないだろうと判断されたからだ。


 それも最愛の人と結ばれるかもしれないとなればなおさらだ。



 戦神バーミリオンの神殿、その一角には戦士たちの修練場がある、彼女が目指したのはここ。

 魔神と悪魔との闘いにその生涯をささげた戦神の信者には兵士、戦士、剣士が多い。

 悪魔たちから国を守ると誓った若者たちが常に集い熱気に満ちているその修練場が今日は特に熱を帯びていた。



 ティアリスはその修練場の外に隠れて立ち中を盗み見た。



 熱気の中心にいるのは背の高い一人の若者。

 鍛えぬいたことがありありと分かる、無駄のない肉体。乱雑に切りそろえられた髪。その手に握るのは訓練用の木剣、だが身長に合わせたそれは並みのものよりはるかに長く重い。


 

 聖娼ティアリスの護衛ザロア、彼が熱気の中心であった。



「次、何人でもよいぞまとめてかかれ!」

 そう声を張り上げる修練場の師範。修練場の隅にはザロアに叩きのめされた戦士たちが何人も倒れ空気をあえぎ痛む体を押さえている。


 

 師範の言葉に触発されて何人もの男たちが訓練用の武器を持ち彼を囲う。

 その中にはザロアよりよほど屈強な肉体をした者がいた、背が高いザロアよりもさらに背が高い巨漢もいた、顔に無残な傷のあるザロアより何年も戦いに従事しているであろう男がいた。 



 彼らは一斉にザロアに襲い掛かり、ほとんど何もできずザロアに打ち倒された。 



(だめだ)

(この程度では)

(今の自分では)

(あいつに勝てない)

(この一か月で)

(追いつけるか?)

 


 修練場の片隅にこの修練場を任されている老いた師範と、戦神の神官たちをまとめる神官長がザロアを眺めながら会話する。


「気合入っとるな、ザロアのやつ」

「ティアリス様の伴侶になれる唯一のチャンスなのですから。彼がティアリス様に懸想しているのは見ていれば分かりますし」

「そうじゃな……よし、ザロア次はワシとやろおか」



 そう言って木剣を手に老師範が前に出る、老いて白一色になった髪と皴の多い顔をしているが背は真っすぐに伸びており手足も老人とは思えないほど太い。


 元は三十年もの間王国の戦士として最前線に立っていた人物で、戦いに挑んだ数は修練場で並ぶ者はおらず、事実として四回前の戦神祭で優勝をしている。



「胸をお借りします師範」

「いつでも来……」

 言葉の途中でザロアは切りかかった。勝つことを至上とする戦神、そしてその信者たちにとって不意打ち程度ごく当然の行い。


 

 だから師範は慌てもせず冷静に剣を受けた、そのまま繰り広げられる戦いはザロア有利で進む。

 肉体的には当然若いザロア有利であるがそれだけではない、剣の技でもザロアの方が優れているのだ。

 経験の差を覆す圧倒的、そう圧倒的としか言いようのない剣才。それが彼にはあった。


 

 やがて……


「まいった、まいった降参じゃ」

「ありがとうございました」


 ザロアは老師範をくだした。すでにこの二人の実力はこの結果が当然のモノになるほど開いていたため誰一人として驚きはなかった。



 そして誰もがこう思っていた、戦神祭で優勝するのはザロアだと、ティアリスの伴侶はザロアになると。

 だがザロアは思っていたこの程度では自分はティアリス様の伴侶になることはできないと。



 戦い終わり息を荒い息を吐くザロアに神官長が声をかける。

「ザロア君、知っているでしょうがティアリス様は戦神様と刀神様、そして王家の血を引くお方です。おろそかに扱うことはできません」

「はい」

「もちろん戦神様の神託が第一ですが、私個人としてはティアリス様の伴侶になるのはあの方を良く知っている人間であってほしいと思っています」



(つまり)

(自分にティアリス様の伴侶になれということか)

(だが)

(ティアリス様は)

(あいつのことを好いていらっしゃる)


 彼ザロアは最愛の女性ティアリスのことを少し誤解していた。彼女が愛しているのは自分ではなく別の人間だと。それはむしろザロアよりティアリスの言動に理由があるのだが……詳しいことは後に記そう。



(自分が勝っていいのか?)

(いや)

(勝ちたいんだ自分は)

(あいつに勝って)

(ティアリス様を伴侶に)



「……必ずや自分が優勝して見せます」

「期待しています、ザロア君……師範、あなたからも何か激励の言葉はありませんか?」

 神官長の言葉に少し考えた老師範は結局何も思いつかなかったようでこう言い放った。



「人生ノリと勢いじゃぞ、特に大舞台ではな」

「心得ました」

 いつも老師範が言っている人生ノリと勢いという口癖に大真面目に応えるザロア、生真面目だとしか言いあらわしようのない性根なのである。



「まあ、正直言うがワシらじゃもう修練の相手にならんわ、ザロアお前さんもうあがれ」 

「しかし、師範……」

「今日はティアリスの嬢ちゃんは暇しとるじゃろうし、暇つぶしの相手になってこい」

「……かしこまりました。失礼します」



 修練場を後にするザロア、その背中に疲労は全く見えなかった。



 その背中を見送った神官長は老師範にこう聞いた。

「一応聞きたいのですがザロアは戦神祭で優勝できますか?」

「例年通りのレベルなら楽勝じゃろ。すでにザロアはこの大陸で有数の戦士じゃよ。とはいえ戦いは何が起こるかわからんからな……ひょっとしたら戦神様自らが出場することもあるやもしれん」

「………………」



 ニヤリと笑った師範はその笑顔のまま続ける。



「あやつが負けるとしたらそれぐらいのイレギュラーがあるか、もしくはワシを気絶させれるのにしなかった優しさとも言える驕りからじゃろうな」

 それは、まるで敵を分析するかのような言葉だった。


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