最悪の事態
さて、ザロアとティアリスがマックス卿から依頼を受け数日がたった。
場所は騎士国の政治と軍事の中心である首都へと移り、パーティーの当日である。
マックス卿は騎士神リドマンの貴色である黒を基調とした最上級の礼服を、ザロアとティアリスは戦神バーミリオンの貴色である赤を基調とした礼服とドレスを着こんでいた。
さて、奇跡というのは一般には神から力を授かり行使するものだと思われているが実はそれは一部正しく、一部間違がっている。奇跡に使われるのは各個人の生命力であり極端な話、神がもしも死んだとしても問題なく奇跡を起こすことはできる。
奇跡を使うとき神に祈るのは自己暗示による精神集中以上の意味はない。
だがしかし新しい奇跡を創ることは神のみが行える行為である。人間たちが『このような奇跡が欲しい』と考案したモノはあるが、それを実際に奇跡として形作れるのは神だけなのである。
奇跡の原理を理解しているのは神だけであると言い換えてもいい。
だが、原理は分からなくとも使用することに支障はない。
(戦神よ、我に奇跡を)
ザロアは心音探知の奇跡を起動させた。とたんに聞こえるはずのない微かな音が四方八方から耳に飛び込んでくる。騒音と言ってよい音の濁流の中から必要とされる音だけを聞き分ける能力が無ければこの奇跡は使いこなせない。
「どうだ?」
「問題なしだ」
マックス卿が短く心音探知の奇跡に問題がないか問うと、ザロアも短く返した。
ザロアには今、ティアリスとマックス卿の心音も無論聞こえる。
どうやらティアリスは興奮しているのか怜悧な表情とは裏腹に心臓の鼓動は高鳴っていた。
(緊張しておられる)
(のだろうか)
(いや)
(このパーティーが)
(楽しみなのか)
理由が分からず首をかしげるザロア。
無論のことであるがティアリスの心臓が高鳴っているのはザロアに寄り添っているからである。自分に抱き着けてしかも夫婦として歩けて嬉しんだなという真実は呪いによってザロアの頭によぎることは無い。
廊下を行く三人が目的の大広間の大扉の前まで来ると、大扉の左右に控えていた二人の従者が大扉開け部屋の中へザロアたちは入っていく。
(なん……だと)
部屋の中へと入った瞬間に動揺をするザロア。
幸運なことというべきか、訓練の成果というべきか外観に動揺は出すことは無かった。
部屋には楽団が奏でる壮麗な音楽が流れ、何十人もの男女が歓談していた。
彼ら彼女ら、部屋にいるモノ全員から心音が聞こえなかったのだ。
部屋にいる全員がシェイプシフター、変化の悪魔。
「どうしたのザロア?」
「いえ、無骨な自分には場違いに思え少し気後れしてしまいました」
ザロアが発した有るか無いか分からないほどの緊張を察したティアリス。もし部屋の中の数多の悪魔たちに気づいたことがばれたならば自分も最愛の人も命が危ういという緊張をザロアは押し殺す。
「筆頭騎士殿、戦神様の英雄ザロア殿とその妻であらせられるティアリス様、皆様方遠路はるばるお越しいただき感謝いたします。私この宴を主宰させていただきました外政騎士団、団長のウィリアムと申します、ぜひお見知りおきを」
一体の悪魔がそう言って三人に近づき、握手を求めてくる。
そこから先はザロアにとって地獄だった。
次々と挨拶に来る悪魔たちに緊張を悟られることないように心を落ち着かせ、泰然とした態度で対応するザロア。
戦神バーミリオンもこの剛胆な精神力には賞賛を惜しまない事だろう。
ティアリスとダンスしたり、寄ってきた女性の悪魔から少し誘惑をされてティアリスが嫣然とザロアは自分のモノです空気を出したりしたが、正直そんなこと構っていられないぐらいに気を張っていたのでザロアはよく覚えていない。
◆ ◆ ◆
パーティーが終わり、帰りの馬車の中。マックス・チェタニアスはザロアに向かって問いかけた。
「それでザロア、どうだった?」
ボクに問われたザロアは万一にも余人に聞き取られないためか声量を落として小さな声で応えた。
「……非常に残念な知らせがある。あのパーティー会場にいたモノは全員がシェイプシフターだった」
「君もそんな冗談を言うんだな、それで本当のところは?」
「冗談など言っていない」
ザロアに言われたマックス卿は何を言われたか分からなかったかのように、時を一瞬を開けてから聞き返した。
「もう一度確認するが……本当に冗談ではないんだな?」
「残念ながら、戦神バーミリオンの名に誓って」
その答えを聞いてマックス卿とティアリスの背中に悪寒が走った。
騎士国の上層部はすでにシェイプシフターに汚染されきっている。つまり国そのものが悪魔の手に落ちていると言っても過言でない状況。
「それでどうしますマックス卿、ザロアが言う通りならこの状況はとても座視できるモノではありませんよ?」
「……まずは戦神様と騎士神様に報告、その後は……その後は……」
どうするべきか幾つもの情報と考えがマックス・チェタニアスの脳裏をよぎって行った。
まず最優先にすべきことは何か?
もちろん無辜の一般市民たちの安全である。すでに悪魔の巣窟となっているとしか判断できない首都は放棄するしかないか?
だとしたら別の……できれば要塞化された都市に移したい。
そのような都市は国民の数割ほどなら一年は受け入れることが出来るだけの体制が整っているはずだ。
だが前提としてその都市がシェイプシフターに汚染されていないかの確認が必要になる。その確認は幸いなことにザロアに頼むことが出来る。
そうなると考えるべきは民を送るため送還術を使うための神官たちか? これはボクが集める以外ないか、だがシェイプシフターたちに見つからないように出来るだけ信頼できる者に声をかけねば。
さらにはシェイプシフターを紛れないようにするにはザロアが必要……じゃない、必要なのは心音探知の奇跡であってそれ自体はボクでも使うことが出来る。
しかし援軍が来なければ籠城には意味がない。
そこは騎士神様たち神の力を当てにするしかないのだろうか。
「まず、大前提としてこの首都を放棄することになるだろう。ザロアすまないが首都と幾つか受け入れ先の候補となる要塞都市の首脳部がシェイプシフターでないか見極めてきて欲しい、問題ないと判断したら首都の現状と援軍要請をしたためた書状を届けることも頼みたい」
「分かった、だがまず自分がやるべきは自分と同等の斥候に心音探知の奇跡を教え込むことだと考える。冷静さを欠いているように見うけられるぞマックス卿」
ザロアについでティアリスはマックス卿へと口を開き進言した。
「マックス卿、現状は控えめに言って最悪と評するべきでしょう。戦神様はこうおっしゃられています。『勝利とは理解の先にある、即ち勝利には理解させぬことが不可欠である』と。
シェイプシフターたちの狙いや浸透度を暴くことは物的証拠を残しているとは思えれないので無理だとしても、我々が気づいたことを気づかれないことには細心の注意を払わなければなりません。冷静さをどうか欠かれないように」
「……進言痛み入りますティアリス様」
そうだティアリス様が言うように今の状況は非常にまずい。なにせ悪魔の存在は確実なのにどれほどの数がいるのか、何を目的としているのかまるで分っていない。
負けない方が難しい状況だが、我々騎士や戦士に敗北けは許されないのだから。
≪話を聞かせてもらった≫
考え込んでいると急に脳裏に声が響いた。偉大な相手であると直感的に理解が出来る神威に満ちた声。
驚き、聞きこんでいると声はつづけた。
≪戦神バーミリオンである、状況は理解が出来た。騎士神リドマンからシェイプシフターの侵入を許したと聞いていたがこれはお前たちだけでは手に余る事態である。シェイプシフターたちに気づかれないことを最優先にし情報を集めるだけにとどめよ、倒すための戦力は我が用意する。ふた月待て、それで殲滅できるだけの戦力を整える≫
そう言い残して神威は薄れ去って行った、残ったのは馬車内の沈黙。
「神は見ておられますね、マックス卿」
「……出来れば国の窮地になる前から見ていて欲しかったです」
ティアリスの言葉につい愚痴でかえすマックス卿であったが、それを誰が責めれようか。今、彼らの双肩には国の存亡と言うあまりにも大きなモノがのしかかったのだから。




