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チェタニアス少年

 騎士国が騎士国と呼ばれるゆえん。

 それはこの国が騎士たちによって治められているからである。


 かつてこの国には王がおり、貴族がいたのだが彼らはかつての大神と魔神の戦いのおりに全滅に近しい有様で、生き残った者も他国にいる縁者を頼りこの国からは王侯貴族がいなくなった。


 結果、この国を導いてきたのは騎士神リドマンと彼が人間だったときの部下たちである騎士団。彼らは母国を見捨てることなく荒れ果てた国土を建て直し今に至る。

 ゆえにこの国においての指導者層は今なお騎士団長と呼ばれており、職能によって分かれた十二の騎士団によってこの国は支えられている。



 マックス・チェタニアスがシェイプシフターである疑いの濃いものとして挙げたのは三人だった。


 国防騎士団、団長エドガー。


 農政騎士団、団長ライネック。


 外政騎士団、団長ウィリアム。



 この三人である。



 ◆ ◆ ◆



「幸運なことに、といっていいのか分からないが近くこの三人が纏まって出席する集まりがある。ちょうど騎士神様が神になられて百周年だからなパーティーがあるんだ。それに出てくれないか」

「……ふむ、会うことが出来ればシェイプシフターであるかどうか分かる奇跡を自分は戦神様から授かっている、判別は難しくないだろう」

「しかし君は奇跡を扱う才能がほとんどないって聞いていたが、よく使えるね」

「あれは基本中の基本に当たる肉体強化に属する奇跡だ、大よそだれでも使える」



 ザロアの言葉を聞いたマックス卿は怪訝な顔をした。

「非常に使うのが難しい奇跡だと耳に挟んだのだが?」

「使う難易度自体は低いが、使いこなすとなると奇跡ではない別の才覚が必要になる。そういう意味では難しいな、自分はその才覚を磨いていたから特に問題なく習得できた」


 シェイプシフターを見分けるために長く使われていたのは悪魔特有の生命力を発見する奇跡だった。

 だが、奇跡に限らず発見するための技術とは欺くための技術とのイタチごっこになるものである。悪魔特有の生命力を発見する奇跡なら、その生命力を外に発さなければ欺くことが出来るのだ。

 

 そこで戦神バーミリオンが造ったのはシェイプシフターが姿形は瓜二つになれても体の内部構造までは模倣できないことを利用した心音探知の奇跡である。

 創られてまだ二年、いずれはこの心音を聞き分ける奇跡も役に立たなくなる日が来るのだろうが、まだこの奇跡を欺くシェイプシフターは報告されていない。



 奇跡の説明を聞いたマックス卿がザロアに聞いた。

「僕にもその奇跡は使えるだろうか?」

「使うこと自体は可能だろうが……暗闇で音だけを頼りに戦闘する自信は?」

「ないな、そのような訓練は積んだことがない」

「それができるくらいでないと使いこなせないと結論が出ている、使いこなせるのはほとんど斥候だな。まあ、候補一人一人と静かな場所で会える状況なら判別出来るとは思うが秘密裏に識別するのは無理だろうな」



 実のところ幼いころのザロアは戦士ではなく斥候となるべく育てられていた。

 奇跡を扱う才能は乏しいため正面から悪魔と戦わせるには危険が大きすぎ、かといって非凡な身体能力を腐らせるには惜しく、何よりどのようなときでも冷静な精神力が斥候に向くと評価されたのだ。


『勝利とは理解の先にある』と説く戦神バーミリオンは当然、情報を持ち帰る斥候を重視するため優れた教練を行っている。斥候たちは質も数もそろい王国内では確固たる地位を築いている。

 だがザロアが目指したのは悪魔を直接屠る戦士だった、彼の両親は戦士と神官の夫婦で悪魔との戦いの中で命を落とした。それゆえだろう、戦士を目指したのは。

 

 戦士だった亡父への憧れか、あるいは悪魔への復讐心かは戦神ですら分からないが奇跡の才能が薄いというハンデを乗り越えるだけの熱量と剣才とティアリスという最上の奇跡の使い手がなぜか親身に奇跡についてレクチャーしてくれたため戦士としての最低限度である肉体強化は使えるようになるという幸運があったのは確かである。

 


「しかし問題はどういう名目で出席するかだと思うが?」

「ちょうどティアリス様と婚儀を挙げられたのだ、その報告をというのではどうだろうか?」

「そうね、私たちが愛し合っていることを皆に報告しましょう」


 ザロアに頬寄せるように抱き着くティアリス、それを努めて無表情に眺めるマックス卿。

 当然ながらザロアは呪いによってなにを言われているかがよくわかっていない。



 このティアリスという女、自分がやりたいことには全身全霊を尽くすタイプなのである。

 今のところ彼女がやりたいのはザロアと温かい家庭を築くことであり、その障害になるのならばたとえ自分を愛していた男だろうと良心の呵責はあるが叩き潰すことにも迷いはない。

 戦神の妻となった女王もこのような性格だったため、恐らく遺伝であろう。



 ◆ ◆ ◆



 マックス卿と今後の協議を終えたザロアとティアリスは街で宿をとり、一日休養をとることにした。

 二人が入った部屋にはダブルのベッドが一つ。

 

「………………部屋を変えてもらいましょう、ティアリス様(苦渋の決断を下すような声)」

「いや、私的にはこの部屋でいいのだけれど」

「……? 何か言われましたか?」

「いえ何も」


 という一幕もあったが、シングルの部屋を二つ取った二人は宿の一階にある酒場で食事をしていた。

 


「面倒ごとに巻き込まれたわね」

「……仕方がありません、戦士である以上悪魔たちとの戦いは避けれませんので」

「そうね」


 ザロアの生き方はシンプルだ。

 悪魔と戦い、倒す。

 それだけが彼の生き方だと言っていい。もちろん人間である以上は愛する人も出来るがそれは結局のところ余禄である……全霊の力を入れた余禄ではあるが。

 もしもティアリスと結ばれることが出来なかったとしても彼はきっと別の女性と結ばれて、悪魔と戦い続ける人生を送るだろう。


 ティアリスの生き方もシンプルだ。

 ザロアと結ばれて、幸福な家庭を築く。

 それだけが彼女の生きる目的だと言っていい。もちろんザロアをはじめとした戦士たちに対して最大限の助力を惜しむ気はないが。

 もしもザロアと結ばれることが出来なかったら……その先をティアリスは考えていない。結ばれるのだから考える意味がないと自分に言い聞かせている。



 何が言いたいかというと二人にとってこの試練の旅は重みがやや違うということだ。



 あらゆる男女の仲にあって一度は訪れるであろう問題。

『私と仕事、どっちの方が大切なの!』

 という問題に別に付き合ってもいないのに二人は差し掛かったのであった! 別に付き合っているわけでもないのにである!



「ねえザロア……私に愛してるって言って」

「……? ティアリス様、今なんと?」

「何でもないわ、お休みザロア」

 そう言ってティアリスはザロアと別れて一人で床についた、もちろん心の中では一緒に寝たいなと思いながら。



 ◆ ◆ ◆



 ティアリスたちが泊まる宿の外にマックス・チェタニアスは何か用があったわけでもないのに気がついたら来てしまっていた。


 我ながら未練がましい、そう思いマックス卿の口から自嘲が自然と洩れる。

 

 

 マックスというのは初代の筆頭騎士の名前で代々の筆頭騎士だけが名乗ることを許される名でもある。

 まだ彼がマックス・チェタニアスではなく、ただのチェタニアス少年だったとき。彼チェタニアスは騎士の名家に生まれたが将来を悲観されていた。

 

 病気がちで貧弱な体、乏しい生命力、そして今とは違い覇気の無い内向的な性格。

 騎士として大成できないどころか、騎士になることすら出来ないと思われていた、自分自身からもだ。

 

 チェタニアス少年に転機が訪れたのはティアリスと会った十歳の時だった。

 

 

 その頃のティアリスはザロアに奇跡を習得させる助けになるために数多く、手当たり次第と言ってもいいほどに、あらゆる者に奇跡の手ほどきをしていた。

 その手ほどきを受けた一人が幼き日のチェタニアス少年だった。


 すでに一流の神官となっていたティアリスは斥候となっていたザロアと共に騎士国に援軍の一員としてやってきて、そこでチェタニアス少年と出会ったのだ。


 チェタニアス少年には自分自身ですら気づかなかった才能があった。生命力の操作、一般に加護と呼ばれるモノだ。

 その図抜けた加護はほとんどない生命力をもってすら最上位の奇跡すらも容易に発動するほどであった。


 

 唐突に開けた彼チェタニアスの前には二つの道があった、神官となるか騎士となるかだ。

 彼は迷うことなく騎士の道を選んだ。


 チェタニアスは英雄になろうとしたのだ、自分の運命を変えてくれたティアリスを守れるだけの力を持つ英雄に。ティアリスに相応しいだけの力を持つ英雄に。


 その後は一瞬だった。圧倒的な奇跡による肉体強化と強力な武具の作成によって彼が筆頭騎士となりチェタニアス少年からマックス・チェタニアスになるまで三年しかかからなかった。


 筆頭騎士として英雄と呼ぶに、ふさわしいだけの戦歴を積んだマックス・チェタニアス。

 彼は戦神祭の前にティアリスに告白をした。



『ティアリス様。ボクの伴侶になっていただけませんでしょうか』



 結果、玉砕だった。最愛の女性は自分ではない他の男性を愛していた。



 チェタニアスではなくマックス卿である彼の脳裏に浮かぶのはザロアに嬉しそうな笑顔で抱き着いているティアリスの姿だった。

 彼女が愛したのは自分ではなくザロアだった。


 嫉妬はある、悔恨はある、苦痛はあるし悲しみもある、恋情も 憧憬も無くなってはいない。それでも彼はマックス卿は笑顔で二人を祝福することを決めたのだ。

 私情に囚われきるような者は自らが目指した英雄ではないのだから。



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