変化の悪魔
ザロアとティアリス、二人がジラン王国のから騎士国に入って十日が過ぎた。
この十日でティアリスはザロアにかけられた『ティアリスが自分のことが好きだと気づけない』呪いについて色々と調べてみた。
まず文字で想いを伝えられるか?
結果、失敗。
文字を地面に枝で書いてもザロアは何が書かれているかが分からなかった。
そもそも自分に呪いがかかっていると理解させられるか?
結果、失敗。
明らかに先述の文字が理解できない状態はおかしな状態だと自覚できそうなのだが、そのことにザロアは気づけなかった。
このことから呪いは正確には『ティアリスが自分のことが好きだと気づけない』、その上で『自分が呪われているとにも気づけない』というモノだろうと推測できた。
体を寄せる、愛の言葉を求めるなどの普通想い人にしかしない行為をしたら気づくか?
結果、失敗。
どうやら、そもそもそれが愛情ゆえの行動だということにも気づいていない様子だった。
他人をかいして思いを伝えられるか?
結果、失敗。
旅の途中で実際にあったやり取りなのだが、『新婚さんですか?』という問いにティアリスが『ええ、その通りです』と返したところ、『新婚さんですか?』という問いからのやり取り全てをザロアは認識していなかった。
すごく婉曲にもしくは、比喩表現を使って告白したら気づくか?
結果、失敗。
どうやらどれだけ婉曲表現しようと比喩表現を使おうと想いを伝えることはできないようだった。
などなど、ティアリスが思いつく限りのことをやってみたがザロアはすべて気づかなかった。
(ひょっとしたら思いつかなかった抜け道もあるのかもしれないけれど、そもそも抜けてどんな意味があるかと言うと……あまり無さそうよね。それにこの状況結構楽しいし)
一人ティアリスが早朝に考え事をしていると宿の別室で寝ていたザロアが部屋から出てきた。
「お早うザロア」
「お早うございます、ティアリス様」
「ねえ、ザロア」
「何です」
「好き」
ティアリスの突然の告白に対するザロアの応えは首をかしげることだった。
「……すいませんティアリス様、今なんと?」
「ごめん、何でもないわ。忘れて」
不思議そうに首をかしげて朝食を用意し始めるザロアを見ていると何とも言えない喜び、あるいは楽しみの感情がこみあげてくる。
この告白を素直に言えるはすごく楽しい。
(ふふ、けど呪いが解けたら誰が好きかは焦らしてあげるけどね)
そのときのザロアの顔を想像してティアリスは悦に入るのだった。
※ザロアにかかっている『ティアリスが自分のことが好きだと気づけない』呪いは解けると即座にそれまでティアリスから受けた告白を理解してしまいます。
◆ ◆ ◆
ザロアとティアリス二人を乗せた軍馬は今、騎士国との国境付近にある街まで来ていた。
「ねえ、ザロア。あれどう思う」
「巨大な悪魔が暴れた痕かと思います」
二人が見つめる先には巨木が倒れ伏し累々とし、地面はいくか所もえぐれていた。
その破壊のあとを見て対悪魔戦の専門家二人はそれが並々ならぬ相手であったことを悟る。
(これは)
(自分では倒すことは難しいな)
(だが)
(マックス卿ならば)
考え込みながらも二人を乗せた馬は歩を進めて街の門をくぐろうとしたが、衛兵に止められた。
「お待ちください、もしやザロアさまではありませんか?」
「そうですが何か用で?」
「おおやはり、一昨年のマルバ峠の戦いでご勇姿を拝見させていただきました。マックス卿があなたをお待ちです。騎士団の宿舎までお越しいただきたい」
「……? どのような用でしょうか? いやそもそも何故、自分がこの街に来るとわかったので?」
「用は伺っておりません。表情の硬さからして何やら一大事であるようでしたが。ザロアさまがくると分かっていたのは手紙をお出しになったとマックス卿がおっしゃられていたからです」
(手紙)
(行き違いになったか)
(いや)
(問題は)
(何が書かれていたかだ)
「その手紙の内容はお聞きしてもよろしいのでしょうか?」
「申し訳ございません。私は手紙の内容を聞いておりませんのでお知らせすることが出来ません。マックス卿からじかにお聞きになられるべきかと」
「分かりました、マックス卿が待っているのは騎士団の宿舎ですね」
「はい、さようでございます」
かくしてザロアは衛兵に別れを告げて街へと入り、マックス卿が待つ騎士団の宿舎へと馬を進めるのだった。
「ねえ、ザロア。手紙の内容は何だと思う?」
「……タイミングからして戦神祭関係かと思われます」
「そうね、何かしら? 『お前はティアリス様の伴侶に相応しくない、違うというなら僕と決闘して勝利して見せろ』とか?(まあ、あのマックス卿がそんな道理が通らないことを書くとは思えないけど……ザロアが焦ったら面白いな)」
(ティアリス様に)
(相応しくない)
(か)
(戦神様の試練を)
(自分は)
(成し遂げれなかった)
「(しまった、心の急所に当てちゃった。話題の方向性を変えよう)まあ、たぶんだけれど戦神祭関係じゃない可能性の方が高いように思えるわね。なにか面倒な悪魔の討伐を手伝ってほしんじゃないかしら?」
「そうでしょうか?」
「あのマックス卿が戦神様が出した結果に異議を唱えるはずがないもの」
「それは、そうですね……確かに」
そう言って二人は街を進む。
街は強大な悪魔に襲来されたことなどなかったかのように賑わいを見せていた。
もともと、この街はジラン王国の神都のように悪魔たちとの戦いの最前線の砦としての役目を担っている。戦いが日常である力強い生命力がこの街には満ちていた。
やがて二人は街外れにある騎士団の宿舎へとたどり着いた。ザロアとティアリス、二人の間に緊張が満ちてゆく。
この先に、この試練の旅で最大の障害になるであろう男が待っている。
言葉にせずとも二人ともがそう感じていた。
扉を開け宿舎に入る二人、一階は広い食堂になっている。
その一角に彼は腰かけていた。
淡い色をした柔らかそうな金髪に鮮やかな蒼穹色の瞳。ともすれば少女と見間違えてしまいそうな線の細い小柄な体格。
外見からこの美しい少年が世界でも指折りの強者であると看破できる者は稀だろう。
だが彼こそが騎士国最強の騎士に送られる筆頭騎士の称号を今、戴く存在。
騎士国筆頭騎士マックス・チェタニアス。
「ザロアに……ティアリス様」
彼、マックス卿は外見同様に声変わりをしたばかりの声で二人の名を呼んだ。
名を呼ばれたティアリスはザロアの腕をとって身を寄せて、私はザロアと深い中になりましたと言外に誤解させようとする。
ザロアはそんなことをされても呪いのせいで、なんでティアリスは自分の腕をとって胸にかき抱いているのか分かっておらず性的なことで動揺もしなかった。
結果として余人が見ると二人はただならぬ仲であることが当然と言わんばかりの雰囲気を周りに発散しているのだった。
その雰囲気にマックス卿は騙された、というよりどのような慧眼であろうともこの二人の仲を誤解しない者はいなかっただろう。
「ティアリス様、ご結婚お喜び申し上げます。そしてザロア殿……結婚おめでとう」
「マックス卿ありがとうございます、私も最愛のザロアとの結婚を祝っていただき嬉しく思います」
呪いのせいでマックス卿とティアリスの会話が認識できなくなるザロアだったが、常が泰然とした様子なので外見的に変化はない。
ティアリスがザロアと結婚したように思わせようとしているのはマックス卿との試練が控えているからだ。どのような内容になるかはまだ分からないが恐らく戦闘が関係するだろうということは読める。
ならこうして二人の仲が深まっていると思えばそれを裂くようなことは仁愛に満ちているマックス卿はせずに自ら敗北を選びうるとティアリスは踏んだのだ。
実際、ザロアを愛していると匂わせたところ戦神祭には来なかったのでこの作戦は上手くいく可能性が高いとティアリスは判断していた。
ティアリスの考えを知らないマックス卿は内心の感情を押し殺して二人に席を勧め座らせた。
「早速だが話をしよう、実は騎士国内にシェイプシフターが入り込んでいる可能性が極めて高い」
「それは……大事だな」
シェイプシフター、変化の悪魔。
彼ら悪魔と戦う戦士たちにとって最悪の敵と言っていい存在だ。人に化け人間社会に潜り込み、要人に成り代わり国を内側から破壊していく悪魔。
最高位のモノともなれば姿形のみならず、人格、記憶、能力までもをコピーし発見は不可能に等しい。
戦場に現れないため戦士たちにとっては倒すことどころか戦うことすらできない相手である。
「先日は中央騎士団と僕が西に出張っているところで襲撃を受けた、タイミングが良すぎる」
「たしかにこの街が落とされていたら非常に厄介なことになるな」
「そこでだ、対シェイプシフターの専門家である貴殿の力を借りたいのだ、承諾いただけないか」
「ふむ……」
(シェイプシフター)
(強力な悪魔だ)
(倒さねば)
(だが)
(試練はどうなるのだ)
≪それはじゃな、流石に一時棚上げじゃわな。シェイプシフター退治の方が重要じゃしのう≫
突如、頭の中に戦神の啓示が降ってきた。
ザロアはしばし天井向いて考え込んだが、まあ師範だしと思い心を決めて口を開いた。
「分かった、力を最大限貸そう」
「ありがとう、ザロア殿。恩に着る、協力できることがあるなら何でも言ってくれ」
「では、今のところ分かっている限りの情報をいただきたい」
「分かった、まず……」
こうしてジラン王国最強の戦士と騎士国筆頭のシェイプシフター退治が始まったのであった。




