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五人の英雄


 巨大な、山のごとく巨大な獣のごとき悪魔が森の木をなぎ倒しながら街へと走る。

 街壁に上っている弓を持った何百という兵士たちは向かい来る巨大な悪魔に恐怖と緊張を隠せない。

「おい、援軍は来ないのかよ……」

「中央騎士団は今西方に出払っているてっよ腹くくろうぜ」



 彼ら兵士たちはここで市民が逃げる時間を稼ぐために死ぬ気だった、その覚悟ある者たちのみがここに残っていたが……その覚悟は無駄となる。

 良い意味で。



 騎馬の走る蹄の音、悪魔の響かせる轟音に比べればとるに足らないはずのその音は確かに兵士の耳に届いた。

 音に振り向き最初にその姿を見た者は幻だと思った、彼に来てほしいという願望が自分に見せている幻だと。だが次々に振り向いていく兵士たちがざわめき、ついに一人が叫んだ。



「マックス卿だ! 筆頭騎士殿が助けに来て下さったぞ!」



 疾駆する騎馬を駆る小柄な人影。体をくまなく覆う全身鎧、背に備えらられた彼の背丈に匹敵する巨大な盾、その盾に描かれる騎士神の紋章たる横を向いた兜と剣。

 彼は騎馬を悪魔の突進にたいして垂直の角度で一直線に走らせる。悪魔は卑小な人間が近づいていることなど意に介さない、それが致命的なミスだった。

 街壁の上の何百という兵よりも彼一人を警戒すべきだったのだ。



 あと数舜で悪魔と筆頭騎士が交差するその瞬間マックス卿は叫んだ。

「騎士神よ、力を!」


 マックス卿が神撃の奇跡が放つ、それは巨大な悪魔の頬に直撃し巨体を揺らがした! 彼マックス卿は神官としても並大抵ではない実力者なのだ。 



 好機とみてマックス卿はあぶみと鞍を蹴り愛馬の背から跳躍、空中で背中の盾を抜き放つ。

「騎士神よ我に勝利を!」


 そう祈り叫びながら彼は手に持つ大盾を巨大な悪魔の顔面に叩き込んだ!

 

 轟音!

 

 頭蓋がひしゃげ折れ、へこみ、砕け、その中身がまき散らされる。それはまるで神話の一幕がごとく。



 巨体が力尽きこの世ならざる炎へと姿を変え消えてゆく。騎士国の筆頭騎士マックス・チェタニアスの完全なる勝利だった。

 街壁の上の兵士たちが一斉に歓声を上げる。祖国が誇る英雄をたたえる声はまるで万雷のようだった。



 その歓声にマックス・チェタニアスは兜を脱いだ、兜の下からあらわれたのは少女と見まごうような愛らしい金髪碧眼の少年。彼は兵士たちに笑いながらも手を振り応えながらも心で涙を流した。

 それは失恋の痛みから来る涙だった。

(ティアリス様、私は英雄に……なりたかったモノへとなりました。貴女のおかげです感謝いたします。どうかザロアと共に幸せになってください)



 ザロアとマックス・チェタニアスが聖娼ティアリスの伴侶の座をかけて戦うのはもう少し後のことである。



 ◆ ◆ ◆



 この大陸で最も弱い種族はエルフだとされている。

 ドワーフに命じて大陸を広げた後、荒野しかない世界を豊かにしようと大神は植物を生み出した。

 その植物から生み出されたのがエルフである。



 世界を豊かにするために産み落とされたからだろう。エルフは命を育みこの大陸を豊かにすることには他の追随を許さないが殺し合い、争い合うことには圧倒的に劣る。

 それがこの大陸での常識である。



 だが、世の中には必ず例外というものがある。



 エルフたちが暮らすエフェメラの森。森神の名を冠するその森の一角で何千という悪魔たちが群れを成す、悪魔たちが狙うのは小さな村だった。

 ほとんどは雑兵級であるがこの数自体が脅威だ。たとえザロアやマックス卿であったとしても単身では多くを討ち逃し村は壊滅することになるだろう。

 


 だが、彼にとって雑兵の数は意味がない。



 何か光のようなものが宙に漂う、それはあまりに小さく微かで悪魔たちは誰一人として気づかなかった。その小さな光が先頭の悪魔に触れた次の瞬間、その悪魔は後ろの悪魔に襲い掛かった!

 襲われた悪魔はさらに後ろの、横の悪魔に襲い掛かりその連鎖が続く。ほんの数十秒の間に悪魔たちは自分たちで殺し合いその数を劇的に減らしてゆく。

 半分に減り、その半分に減り、さらにその半分に……僅か一時間の後に残っていたのは二体の悪魔。その二体が殺し合い遂に数千いた悪魔は一体になった。


 

「はい、終わりっす」



 もう一度光のようなものが飛びそれが最後の悪魔に触れた。その次の瞬間には悪魔は自らの爪で心臓を貫き果てた。数千の兵が何一つ成すことできず全滅。

 それを成したのは一人のエルフだった。木で出来た体は色が濃くはっきりとした茶色、エルフにとっての美形の象徴である頭の枝葉のバランスが絶妙に良い優男。



「さてはて帰ったら母ちゃんにまたどやされるすね。どれだけやってももっと上手くやれって言われるし、英雄ってのは辛いっすね全く」



 本来ならば悪魔の業である呪いを使いこなす優男、名はレイハネフ。この大陸最強のエルフである。



◆ ◆ ◆



 一人の少年が深い森の中に一本引かれた道を歩く。

 少年は和国の服である着物、腰には刀を佩き、黒髪は短くまとめておりまだ十五になるかどうかというあどけない年だった。

 戦士たるものが彼を見れば瞠目しただろう、まだ若いそのはずなのに百戦錬磨の剣の達人と同等の域に彼の身のこなしは達しているのだから。



 やがて道の先に目的地が見えてきた、そこは森が開けて小さな広場のようになっており隅には庵が建っていた。

 そしてその広場の中央にいるのは濡れ羽色の長い髪と青い着物を着た男、刀神アズマである。



 少年と刀神は何も言うことなくお互いに腰のものを抜きはなった。



 刀神は刀を捧げ持つがごとき雲耀流の構え。攻めることを至上とする雲耀流の達人として僅かな躊躇もなく少年へと刀を振り上げ迫る。

「チェエストオオオオォ!」

 


 対し少年はごく通常の正眼の構え、まるで微動だにせず刀神を待ち構えるその姿はともすれば恐怖で体がすくんでいるようにも見えるが表情は薄く笑みを浮かべ余裕があった。



 二人の間にあった距離が一瞬で互いの刀が届く間合いへと縮まる。その瞬間少年が動いた。それまでの静止から何一つ無駄なく全身の力を躍動させ刀神への最短距離を突く。

 その一刺は刀神にすら命の危険を感じさせ、刀を防御のために振るわせた。少年の突きは刀神に打ち払われる。



 雲耀流を称して『二の太刀要らず』とよく言われる。初太刀で勝負を決める姿を指す言葉である。


 だが、雲耀流の修練は立てた丸太に一心不乱に左右から何度も打ち込むのだ、即ち達人にとっては二の太刀も、さらにその次も雷速の速さ。

 一瞬で刀を振りかぶり直し、アズマが二の太刀を打とうとしたその瞬間にアズマの雷速を超えて少年の再度の突きが来た! 


 この一度、この瞬間において少年は刀神を超えたのだ。



 鮮血が宙を舞う、その血は突きを前に出ることで躱した刀神が振るった二の太刀が少年の頬を浅くえぐり流させたものだった。

 渾身の突きを躱され血を流した少年は呆然としながらも刀をしまい頭を下げ負けを認めた。

「……参りました」



 対する刀神は鷹揚だった。

「よく研鑽を積んでいる、これからもたゆまぬ様に」

「はい!」



 改めて一礼し、少年は踵を返して森から去っていく。その背を見つめ刀神は思う。

(よもや遅れをとるとは、拙者と同等の剣才の持ち主はこれまで何人かいたが……完全に上回る者は初めてでござるな。負けんように拙者も一から修行をやり直さねば、まずは刀に頼るのをやめるとするか)



 少年が森から出ると人だかりが出迎えた。その中で最も若く美しい少女が少年へと声をかけた。

「ソウジロウ、いかがでしたか? 刀神様は何と?」

「はい、よく研鑽を積んでいると褒められました。これからもたゆまぬ様にと」

「そうですか、お褒めいただいたのですね」



 確認した少女は背後を振り返り最も年を取った老爺へ目線をやる。老爺は一つうなずき声を上げた。

「よろしい、それではソウジロウ。そなたを聖娼であるチツジの伴侶として認めよう」



 ソウジロウと呼ばれた少年が少女を見つめる。彼女チツジは、刀神アズマの聖娼だった。これからは英雄ソウジロウの妻になる。

「これからよろしくお願いします、ソウジロウ。いえこれからは旦那様と呼ばねばなりませんね。よろしくお願いします旦那様」

「ええ、よろしくお願いしますチツジ。英雄と呼ばれるに相応しいようにこれからも精進していきます」



 照れくさそうに笑うソウジロウとチツジ。今日この日この時、一組の夫婦が生まれた。まだ若い二人の前途は洋々としているように思えた。



 史上最高の剣才持つ剣士ソウジロウ、彼が妻であるチツジと死に別れ修羅へと落ちるまであと一年。



◆ ◆ ◆


 

 この大陸随一の危険地帯であるドワーフたちの国ガーズランドには荒野と岩山、そして戦場しかない。

 魔神と大神との戦いのおりここが主戦場であったと言われ今なお魔神が遺した悪魔たちが闊歩する大陸随一の危険地帯、この地で生まれ育ち戦うがゆえにドワーフの戦士は精鋭ぞろいだ。

 何せ……戦場の危険度が他の国とは段違いなのだ。


 

 ドワーフの戦士たちが何百と集まり作る戦列、一人一人がザロアに匹敵するほどの達人ぞろい。その上で全員が大地を操る力持つ大軍団。

 だがその地上最高の戦力を誇る軍団が押されている。

 


 彼らが戦うのは一体一体が身の丈が天に届きそうな巨人たちの軍勢。上位の悪魔のみで構成されるその軍勢にドワーフたちは劣勢に立たされていた。

 悪魔たちの操る爆炎が、吹雪が、雷が、ドワーフの戦士たちと戦場を蹂躙してゆく。



「うーむ、そろそろ無理かのう」

 戦場を眺めながらそうのんきに呟いたのは一人のドワーフ。豊かな白い顎髭と禿げ上がった頭、背は低くくも体格は左右前後に厚くドワーフと聞いて大陸の人間が思い浮かべる容姿だった。


 

 彼は傍らに置いてあった常人ならば決して持ち上げることが叶わないであろう巨大な戦斧を片手で持ち上げると地面に叩きつけた!

 瞬間、戦場は一変した。大地が隆起し悪魔たちを貫き、劣勢だったはずの戦場は一瞬でドワーフたちが悪魔を虐殺する屠殺場へと変わる。



 ただの一振りで戦局を一変させた禿頭のドワーフ。彼こそ炎神ガンガルド、かつて大神がこの大陸を広げるときに最初に創ったドワーフの始祖である。


「さて、残りはガキどもに任せて帰るかのう。やれやれ全く女たちへの自慢話が途切れないのはいいが英雄になりたいというならもう少し気張って欲しいのう奴らには」


 

 女好きがそろうドワーフの戦士の中でも最も女を愛する炎神ガンガルド。ザロアが彼に敗れティアリスを奪われるまであと十か月。



◆ ◆ ◆



 六神たちの中で最強は誰か? 子供のとき誰もが一度はこれを論じるものだ。

 果たして戦神か、炎神か、刀神か、騎士神か?

 子供たちの論じあいでは結局、魔神を封じたということになっている地元の神が最強だという結論に落ち着く。

 ジラン王国なら戦神バーミリオン、和国なら刀神アズマという具合だ。


 

 では、もし六神たちが自分たちの中で誰が最強かを論じたとしたらどうなるだろうか?



 きっとまずは謎神ゼノンが「僕が最強だと思うよ」と言うだろう。

 そして、そのことに誰も何一つ反論せずに議論にすらならず話は終わる。



 知略に優れる戦神バーミリオンも、武勇に秀でる炎神ガンガルドも、最強の人間だった刀神アズマも、傷つくことを恐れない騎士神リドマンも、無論森神エフェメラも知っているからだ。

 謎神ゼノンの論ずるまでもない強さを。仮に他の五神が束になったとしても足元にも及ばない実力を。



 そしてここにその謎神ゼノンによって見出された現世で唯一の英雄がいた。

 名はディエム。短い茶髪に、高い背、目つきは獰猛な獣のようで鋭く恐ろしい。

 彼が住むのは神がいない国バゼトフ。世界にある六つの国の内、唯一六神を輩出していないため『神がいない』と呼ばれる国である。



 バゼトフの首都の大通りをディエムは歩いていた。少年時代にすごし育てられた孤児院へ向かおうとしていた、そこには今は孤児院の職員をしている彼の幼馴染がいるからだ。



 幼馴染の姿を脳裏に思い描くディエム。その頭に飛来した矢が突き立ち、そして刺さることなく地に落ちた。

「あ、何だ?」

 


 ディエムが振り向くと背後の建物の上に振り向き逃げようとする人影。


(……まあ、これからずっと付きまとわれたら面倒だし潰すか)

 そう思いディエムは跳んだ。その神の加護を得た跳躍は軽々と建築物の高さを超え、逃げた人影へと瞬く間に迫り組み伏せた。



「で、誰だよておまえ?」

「ひひひ、ひあひひひ、ひひあひ」

「ああ、こりゃ悪魔に憑かれてるな」

 問うディエムに矢を射かけた男は狂ったように笑い声を上げる。途端、現れる何人もの同様に狂った笑みを浮かべる人間の兵士たち。



「ん、罠か」

 呟き彼が迫る集団に人差し指を向けると光のようなものが飛び膨れ上がり、集団全員を包み込み眠りに落とす。本来ならば悪魔の力である呪いの力である。

 


 呪いを放ったディエムに組み伏せていた男の中から悪魔が現れ首を斬りつけられる。

「……っつ!」

 素早く距離を開けた彼の前には人形の悪魔がディエムの地で濡れた剣を構えて立っていた。加護に守られたディエムの体を傷つけることが出来るだけの力を持つ悪魔だった。



「痛ってえなおい!」

 一瞬で首に負った傷を癒したディエムが腰の剣を抜き悪魔に切りかかる。悪魔の動きは素晴らしく並みの剣士であったら敗れ去っていただろう。

 だが相手が悪すぎた、悪魔はディエムに一刀のもと斬り伏せられ炎となって消え去った。



 戦い終え、操られた者たちを解呪する。

「ほれ、起きろ」

「……ディエム様、ありがとうございます。操られ体が言うことを効かず」

「別にいいよ、礼なんて」



 そう言ってディエムはその場を後にした。

「英雄っていうのは割がいいぜ、ただ暴れるだけで感謝されるんだからな」



 騎士国の筆頭騎士マックス卿に互する加護を、最強のエルフであるレイハネフに匹敵する呪いを。最高の剣才もつソウジロウに並ぶ剣の技を持つ英雄。

 それが彼ディエムである。



 断言しよう彼にザロアが正面から挑めば必ず敗北すると。



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