ソロルの望郷 〜その4〜
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タッドさん達からしばらく帰れなくなったと連絡が入った後も、相変わらず自動人形のように無機質にピアノの伴奏を続けるアルさん。
ただ私の方も体重移動やフォームがてんでバラバラ。
メグさんは私のバランスが崩れそうになると、それを先読みして正しい姿勢に戻して下さっていたのでしょう。
私一人で練習をしていると今まで如何にメグさんに大変な思いをさせていたかが良くわかります。
このままでは相生の儀、本番では不器用なステップで両国からの笑いものが一人出来上がってしまいます。
エーテル鉱で体を作られているアルさんは私と触れたりはしませんがステップの見本も見せてくださいますの。
無邪気な少女のようでありながらタッドさんへの恋心をまったく隠す気がない分、女性としての艶っぽさのあるメグさんのダンスは優艶という表現がぴったりです。
でもアルさんは。
美しい男性の容姿をされているので踊りを披露されるとそれだけで壮麗。
――いえ、正直そうは思えません。
無機質に無感情に踊られる様はおもちゃの人形の様。
タッドさんはあっけらかんと。
「こいつ! 別の世界から来たんだって! 話聞いてるとおもしろいよ!」
なんて仰っていたけどアルさんは本当に寡黙で。
「あ、 あの、 少し休憩を。 頂けないでしょうか?」
たったこれだけの会話をするのも一苦労です。
でも、別の世界から来たってどういう事でしょう。
物語の主人公は別の世界からいらして頂く事が多いですけど。
「ソロルさん。 メグもいないですし期限もそれほど残されてはいないので今日中にもう少し進んだ方がよろしいかと思いますが」
失礼な事ばかりを考えてしまう私はアルさんは全然主人公ぽくはないな、なんて考えてしまいます。
私が言うのもなんですけど。
なんというか、受け身でいらっしゃるので。
物語を中心でぐいぐい引っ張っていくタッドさんの方は逆に主人公ぽいですね。
アルさんはしきりに本日までの課題完了までを意識されておりました。
メグさんがいらっしゃった時からでしたが、アルさんには明確に相生の儀までの練習工程がしっかりと組まれているご様子。
確かにその工程を踏襲できていれば安心ですが実際に踊るのは私。
体を動かすのも得意でもなく、それほど器用な方ではないと自覚していますの。
遅れていくばかりですがその度にアルさんは練習工程を修正してくれています。
遅れさせている張本人の私に文句を言うでもなく。
私は私で明日のことが気がかりで練習に身が入らず。
でも、この時はめずらしくアルさんが練習を続けるように促されていたので進捗の悪さがついに限界を超えてしまったのだと思った私は練習を続けることにしましたの。
それでも不器用な私のステップはたどたどしくて。
「あの、 アルさん」
それで、私は練習の合間に聞いてしまいましたの。
ただの世間話。
練習でクタクタになってしまっていたのだから頭だって働いてませんでしたの。
「メグさんと私達は何が違うんでしょうね?」
言ってからハッとしてしまいましたの。
「私も不器用ですが、 あなたもそこまで器用ではないですよね。 メグさんとはちがって」
安易にそう言ってしまったのと同じですもの。
勝手に『私達』だなんて一緒くたにしてしまって。
いえ、そんなつもりは本当になかったのです。
「……続けましょう。 まずは本日の課題を終わらせる事が重要です」
そんな私の心情に気づいているのか、いないのか。
結局その日の夜まで練習は続きました。
アルさんが言う課題が完了するまで。
「……疲れた。 ライラさん。 私もうダメかも……」
夜、ライラさんの自室に入り込むと私は本人が使わないベッドに飛び込みました。
そしてライラさんの気を引きたくてわざと弱音を吐いてみましたの。
ライラさん達からくり兵は眠らない。
機能がついていらっしゃいませんの。
人間は一生のうち30年も睡眠に費やすと言うから、その時間を自己鍛錬に使えばどんな凡才も秀才になれてしまうかもしれませんね。
アルさんは私のダンス練習が終わった今は剣の訓練をされていらっしゃいます。
このお屋敷に来てからもずっと何か勉強されていたり、訓練されてたり。
エル人を倒すために生まれた兵器というだけでも怖いのに、人間性のようなものが見えないアルさんはやっぱり怖い。
同じからくり兵のライラさんの事はこんなに大好きなのに。
「それについては本当にあたしが悪かった。 もっと早くから教育しておくことはできたしねぇ。 ただタッドはやっぱりタッドらしいね。 まさかあたしがとりなしてる商会へエーテル鋼を売りつけるだけ売りつけた後にいきなり帰っちまうとはね」
ライラさんはアンティークの椅子に腰掛けて笑いをこらえながら話していましたの。
手持ち無沙汰なのか部屋に備え付けてあるダーツボードにダーツ矢を適当に放り投げてます。
ですが矢のティップは正確にブルを射続けています。
「おかげであたしもクレディットの奴に貸しを変に気にしなくなって良くなったけど。 やっぱあいつは変わってるよな。 おまけにあいつの商会が運んでたエーテルが大量に盗まれて事後処理でしばらく戻ってこれなくなったなんて、 商才に必要な運もなさそうだ」
タッドさんはリムノス王国の第三王子ですが、ご自身に武才が無いことで早々に王位継承には見切りをつけて主にエーテル行商を主とする商会を営んでいらっしゃいます。
しかも一部のエル人には薬になるからとエル神国でも商いをされているとか。
本当に差別とかとは無縁な性格の方です。
ですが本人とは別に周りはそう思ってくれない。
風王候補のアルさんと常に行動を共にされているのは危険も多いという事かららしいです。
今、私のせいで引き離してしまいましたけど。
「はぁっ……本当に……疲れた……やっぱりダメかも」
「そんな調子であんまりアルを困らせるなよ」
ライラさんはやっぱりアルさんに優しい。
いえ、人質の私にも優しいのはわかっています。
でも、今日は。
ライラさんに甘えたいのです。
私以外の人に優しくしてほしくないのです。
「……ライラさん。 アルさんには、 特に優しいのですね」
「あいつも色々大変な奴なんだよ。 タッドに会う前のあいつなんてそれこそ目も当てれない状態だったんだから……それより、 あんたがあたしの部屋まで来て甘えに来たってのは。……心配? 明日が」
私はライラさんのベッドにうつ伏せになって顔を隠しましたの。
やっぱり色んな感情がないまぜになっていてどういう顔をしていいかわからなかったから。
「明日は朝早くから出発だ。 もう休みな。 そこで寝ていいから」
ライラさんは優しく諭すように言ってくれましたの。
こういう時エル人である自分の体が疎ましい。
きっとライラさんは抱きしめてくれたと思うから。
明日は両国の人質同士。
そして辺境伯同士の会食。
相生の儀前の打ち合わせがありますの。
……だから、お父様と会える。
魔導侯爵
兵士として四帝に次ぐ最高位ハイ・クラスでありながら爵位を持つお父様の通名。
その名は国内外でも恐怖の対象だと聞きます。
統治している領土で内乱が起きたときに、お父様はその圧倒的な魔導力ですぐさま鎮圧して首謀者とその一族を追放だけでは済まさなかったと聞きます。
つまり、皆殺しにしたと。
お父様の風聞を聞いていると苛烈なものばかり。
ですが私の記憶にあるお父様はいつもニコニコしていて家族に対して怒ることなんてしなかった人です。
でも。
でも、私がライラさんに引き渡される時もお会いして下さらなかった。
理由はきっと私だけが――
「ライラさん……私怖い」
うつ伏せのまま、呟く。
「ヴェイン伯……ウィル卿ね……職業柄あの人とはそれなりに会うことはある。 激情家だね。 ありゃ。 あの人の側近たちも、 あたしの近習たちもあの人を怒らせないように必死に顔色伺ってる。 絶対に敵に回したくないって思わせるように仕向けてる。 そうでもなけりゃ、 あたしらリムノスよりずっと歴史あるエル神国の要職が務まらなかったんだろうね」
ライラさんが話してくれるお父様は、私の知ってるお父様とは別人のよう。
お兄様達にいじめられて泣いているといつも私を見つけて抱きしめてくれたお父様。
ですが、リムノスに引き渡される時も決して会ってくださらなかったお父様。
苛烈な沙汰を下されて恐怖の象徴の様に噂されるお父様。
わからない。
明日お会いになれるのであればお父様はどんな顔をされるのか。
私は会いたいけど、怖い。
「ねぇライラさん。 今日は抱きしめてほしい。 そうしたら、 眠れると思うの」
うつ伏せをやめて、ライラさんの方に顔を向けましたの。
ライラさんが優しいからって、いいご身分とはこのことですね、人質の分際で。
「甘えん坊だね。 そういう所もあたしの可愛いお嬢様だ……そうは言いつつもあんたクタクタで今にも眠りそうじゃない。 あんたが眠るまでは側にいてやるよ。 執務もあるしね。 その後はアルの様子でも見てこようかな」
そう言って適当にほうり投げた様にみえた矢は正確にブルを射抜いていましたの。
本来、有限のはずの起床時間が有限でないからくり兵の方は膨大な余暇があるのでしょう。
アルさんの名前を出されて少しムッとした私ですが、おかげで今日一日クタクタにされるまでダンスの練習をしていた事を思い出しましたの。
思考がぐるぐるしそうになっていたけど体は正直でしたの。
瞼が開けられないくらい重くなってきて。
体中が鉛のように重くなってきて。
もう夢と現実の区別はつきませんの。
思い出したのはお父様のそよ風のような歌声の子守唄。
そして太くてたくましい腕。
あの腕に抱きしめられるとすぐに眠ってしまえたの。
なんだか今日の腕は冷たくて、硬い。
まるで鋼鉄の様。
でも、とっても優しいのがわかりますの。
私の額にひんやりとした花びらが触れて、ちゅっと音を立てた気がしたけど眠りについていた私にはそれがなんなのか分かりませんでしたの。
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