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8・それは違う世界に生きた記憶

それはソフィアが生まれる前の記憶。


遠くから、お囃子が聞こえる。

長く降り続いた雨はようやく止んだがまだ空には雨の名残の雲が厚い。突いたらまた泣き出しそうな天気だ。


数えの25才、この町会のお祭りでは役が当たる。


この土地に伝わる昔々の物語。この地には毎年若い女の贄を求める魔が住んでいた。


愛する女を贄に取られそうになった男が旅の修験僧に助けを求める。それを快く承諾した修験僧は村の若者を引き連れて村に贄を求めていた魔を打ち破った。


神社はその魔を封じている。魔の執念は根深く、魔を倒したその日、再び贄を喰らおうと騒ぎ出す。それを抑えるために、村の若者たちは神社へと集い、一晩中、魔を封じた鏡を睨み、火を恐れる魔が這い出てこぬよう、神社に火を絶やさないよう不寝番を行う。


この不寝番こそが、若者たちに与えられた「役」だった。

火をたやさぬように神社の破魔の鏡の間でその夜を過ごす。


数十年前までは17歳位の年代の少年少女が招集されていたらしい。やりたい盛りの男女が集まればやることはひとつ。お祭りの夜は乱交パーティーになっていたと聞く。


その夜の営みで妊娠し、目当ての男に「お前の子だ」と迫って結婚するということもざらにあった、と老女は語る。


語る老女の目が笑っていなかったのはなぜだろう。


しかし、時代がさがり、まだ大人と呼べない子供にそんなことをさせたくないという親が続出。年齢を一気に結婚適齢期の25歳に引き上げて、「形だけ」の役になった。


さらに、地域外に出るものも多くなり、お見合いパーティー的なノリは薄れ「お泊りのある同窓会」になった。男女の部屋も分けられ、夜11時に「もう寝ろよー」と神主さんが見回りに来るので、そんな雰囲気にはならないと年嵩のものたちはいう。


町会の子どもも年々減り、きっとそのうち廃れてしまう行事だろうことは想像に難くない。


神社にはすでにその年の「役」は集まっていた。

高山 (きずく)

茅谷 快進(かいしん)

津原 清香(さやか)

寺内 瑠輝(るき)

戸崎 花花(かな)

5人ともこの日のために地元に戻ってきていた。


久しぶりに会った幼馴染の話題は、再来月結婚式をあげる茅谷快進と戸崎花花(かな)の挙式のことについてが主だった。忙しい築のスケジュールに合わせてやったんだから、ちゃんと結婚式に出ろ、と快進が二徹で顔色の悪い築に迫っている。


既婚者は神事には参加できないため、すぐにでも結婚したかった快進を花花が、「役が終わるまで」と待てを食らわせていたと聞く。


「だって、私が参加できなかったら、さやちゃん、女の子一人でしょ?」というのが花花の弁だが、女子が一人の場合は参加しなくても良いとされていたし、参加は強制ではない。


ただ単に花花が神事を楽しみにしていた、ということはみんなわかっていた。


少しのほほんとした独特のペースを持つ花花を快進は溺愛といっても憚らないほど囲い込んでいる。


神社から、神事を始めるぞという世話役のおじさんの声が聞こえてくる。

5人は話を打ち切って神社へと足を進めた。


神社のなかでの神事はあっけなく終わった。

祝詞を上げ、破魔の鏡の依り代となる榊を供えて灯明を立てると、おじさんたちは赤ら顔で、あとはよろしく~と帰っていく。


そのなかの一人のおじさんが快進と花花に、今日の夜に仕込んだ子どもはとてもしあわせな人生を送れるっていうからがんばれよ!と言っていた。


よく見れば琉輝の父だ。


「あとは灯明を絶やさないようにしていればいいんだっけ?」

「あ、夜11時位になったら電気の灯明に切り替えて寝てしまっていいって鳥海さんが言った」


鳥海さんとはこの神社の神主である。電気でいいなら、集まらなくてもいいんじゃない?という言葉はとりあえず飲み込んでおく。


部屋はいちおう男部屋と女部屋に分かれていたが、快進が夫婦は一部屋だろと主張し始め、面倒くさいことこの上ない。


「ばかじゃないの。あんたたちはそれでいいかもしんないけど、私の身にもなってくれる?」

「なんかあるわけないじゃん。さやだし、築だし、琉輝だし」

「でも、地域でうわさになるでしょ?!」

「まあ、一人で二人相手したってきっとうわさになるな」

「るぅーきーぃだからそういうこといわないでって」

「いいから寝ようぜ。さやがこっちが嫌なら、神具のところで寝れば?」

もう限界、というようにおおきなあくびをした築の提案に清香に噛みつく。


「嫌よ、怖いでしょ!それなら、琉輝と築があっちに寝て、私がここに寝る。てか、快進が一晩我慢して男女で部屋を分けるのが一番でしょ?!なんで普通に快進がそっちの部屋に行こうとしてるのよ」

清香がかみつくと、花花がおっとりと言った。

「それならみんなで神具の部屋で寝ない?きっと修学旅行みたいで楽しいよ」

「・・花花」

快進ががっくりと肩を落とす。二人きりになりたいのは快進だけだ。


「ほらほら、快進は男子部屋、花花と私は女子部屋。心配しなくてもおしゃべりして寝るだけなんだから!たまには花花にもガールズトークは必要でしょ?心が狭い男はうっとうしいよ」

「ええ?みんなで神具の部屋で雑魚寝じゃないの?」

「なんでよ、花花・・」

「もういい!神具の部屋で雑魚寝に決定!」

眠さが限界に来たのだろうか、築がそう結論付けた。そして率先して布団を持って神具の部屋に行く。


しょうがないなーと琉輝が自分の分にプラスして快進と花花の布団を持って神具の部屋に行った。布団がなければ眠れまい。


「・・・さや、布団おいてってもいいんだぜ」


往生際が悪く快進が呟いたのを聞こえないふりをして、清香も布団を持って神具の部屋に向かった。


神具の部屋は5つ布団を並べるともうみちみちだった。狭いうえに暑い。

「じゃ、おやすみ」

築は布団に入るとすぐに寝息を立てた。二徹はやはり辛いだろう。


お互い近況を伝え合い、いたわりあう。国を守る系公務員の琉輝の話はおもしろかった。国を守るのはやっぱりいろいろ大変なんだね。そのうちに小学生や中学生の時の思い出話に移行する。


「快進と花花は同棲3年目か?どんなの、同棲生活」


そんな話を最も聞かなそうが琉輝が、中学の頃の思い出に浸っている快進と花花に話を向けた。


「毎日、楽しい」

快進が即答する。

「私も。ただ、とても楽をさせてもらっているから、カイくんに申し訳ないかな?」

「そんなこと!むしろ俺が花花にわがまま言って家にいてもらってるんだから!申し訳ないなんて思わなくてもいいんだよ?」

二人がいちゃいちゃし始める。

「おまえら、ここでヤんなよ」


あけすけな琉輝に清香が文句をいおうとした時、ぐらりと地面が揺れた。そのままグラグラとしばらく地面が動く。


時間にしては5秒にも満たなかったが異様に長く感じた。

「・・地震、このごろ多いね」

「ん、この地面が動く時の切羽詰まる感じ、怖い」

「大きな地震、来なければいいな」


ぱらぱら、と屋根に何かが降ってくる音がした。


雨?と花花が呟くが、雨よりももっと・・重い感じの音だ。それこそ、砂や小石のような。


音は次第に大きく激しくなり、ゴーっとした重く低い地面の叫び声が聞こえる。


「みんな、神社の外へ!築!おき」


土砂が神社の壁を突き破る。目の前に広がる、茶色、黒、そして闇。


清香が最後に見たのは琉輝のかばってくれた腕と、迫り来る土の激流。


そして、暗転。


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