72.だから、生きててくれ
マグリットとアイリーンがサクロスへと向かったその日の夕方。
ようやく、サクロスの状況がわかった。
伝令が王城に到着したのだ。
「火急」の伝令は雨によって阻まれた。
普段なら半日ほどで到着する早馬が、雨での地盤の緩みが激しく、場所によっては土砂崩れを起こして行く先が阻まれていたり、陥没があり足止めを食らってしまっていたらしい。
あの時みた、アンガスが川に流された光景は真実だった。
伝令の報告を聞き、王も顔色を失い、王妃は気を失いかけた。倒れなかったのは、王妃という肩書きへの矜持のためだろう。
王はすぐにギルバートに向き直った。
「お前が騎士団派遣の要請準備をしているのは聞いている。しかし、派遣を許せるのは第四騎士団の一部だけだ。
このような自然災害は各地で起こる。今までも自領の人材でなんとかしてもらうことが多かった。前例を作れば際限がなくなる。
今回は元王領、という理由があるが、一個師団を向かわせることはできない。
人選は騎士団長に任せる・・このような事態に慣れたものを派遣しろ」
オラニス騎士団長が了承を王に伝えてすぐに動く。人選は、ギルバートともにすでに終えているから、すぐにでも出立できるだろう。
「ギルバート。なぜこのような事態をすぐに想定できた?」
準備が早すぎたことが裏目に出たようだ。猜疑の目を向けられてギルバートは内心、苦笑する。
「彼がこのことを予想をしていたのです。そして万が一の時にはと頼まれていました。サクロスの30年周期の大雨とその被害の予測、被害が出た場合の対処方法。・・そして、治水工事があまり進んでいないことも」
「アンガスが土砂に流された。これも想定内か?」
「想定外です」
「ではなぜ、昨日、ベネディクト・オラニスがサクロスに向かい、マグリット・ニッサル嬢が今朝、サクロスに向けて出立した?」
「・・マグリット嬢については初耳ですが・・ベネディクトも水害が起こったときに彼に貸し出すことを約束していました。ベネディクトはいざというときの対処に強い。災害時には戦力になると」
前の生では災害救助で大活躍だった職種だ。
「それに、彼らは幼馴染で仲が良い。非常時に気心が知れたものがいるのといないのでは大きく違うでしょう」
王妃が青い顔でギルバートをにらむように見ていた。
まだ、自分は信用されていないらしい。
王の腹の中は相変わらず読めない。
しかし、やらないで後悔することはできなかった。できることをしないで後悔するのは前の生だけで十分だ。
簡単だ、アンガスが生きて戻ってくればいい。それだけで自分の疑いは晴れるのだ。
だから、生きててくれ。
ギルバートは奥歯をぐっと噛み締めた。