63.さて、こちらも計画を進めよう
サクロスではしばらく雨が続いている。
アンガスとベネディクトが雨の中、馬を王都へ向けて走らせていると、王都に置いてきていたサナンが合流し、領の河が氾濫しそうな旨を伝えに来た。
しばし思案したアンガスは、伝言をベネディクトに託し、サナンとともに領地へと向かった。
ベネディクトがギルバートの元に戻ったのは、彼らが王都から飛び出して7日後の事だった。
ベネディクトは、アジデリ鉱山の女性の遺体についての報告をする。曰く、顔が潰れ葉紅花かどうかの判断は容貌ではわからなかったということ。しかし、身体的特徴はフィアサテジアラムの民のものだったということ。身体には葉 紅花が語ったような苦労をした跡が確認されず、どちらかといえば長く不自由のない生活をしていたとみえること、それらを鑑みまた、国内の情勢をみれば、それは長いことどこかに囲われていた女ではないかと推測できること。
その報告を受けたギルバートがくつくつと笑った。
「そうか、どこかに囲われていた女ね」
笑いをこらえられないというようなギルバートにベネディクトは怪訝な顔をした。その訝し気な視線にギルバートはにやりとわらう。
「ベルヒュートの父が頻繁にラジヴィルに晩餐に誘われていたのを思い出してな」
ちょうどラジヴィルの羽振が良くなった時期と一致する。
父を侮っていたラジヴィルは、女をあてがってさらに融通を聞かせて貰うつもりだったのか。
「なるほど」
ベネディクトは眉を片方上げた。
「そういえば、このあいだフィルアッシュ・ハワードと会食をした。彼は白だ」
「分かった」
ベネディクトの了承は早かった。何か思うことでもあったのだろうか。
「べつに。ただ、アンガスが懐いていたように見えたから。敵ではないのだろうとは感じていた」
さすが脳筋。考えるな、感じろを地で行っている。
ベネデディクトには、女の遺体が葉紅花ではないことをしばらく伏せておくようにいい置くと、ギルバートは、悪い顔で笑った。
「こちらは、おれの殺害未事件、アマリエ・ラジヴィルのマグリット殺害計画、そして王、宰相、ハワードとの面接と盛りだくさんんの内容だったぞ。ああ、マグリットの計画も進めようと思う。エイハーンは思ったよりも腕が立った」
「そうか。なら、エイハーンの方へ打診しておく。マグリット嬢の方は?」
「ソフィアがお茶会へ招待しているがのらりくらりと交わされている。そろそろ強硬手段に出させる予定だ」
クリストファ・ラジヴィルからの密告があってすぐギルバートはソフィアにマグリットと話す場を設けるよう依頼していた。ソフィアも心得たものですぐに茶会の招待状を認めたが、マグリットは体調を理由に応じない。
「それより、護衛としてはお前の殺害未遂の方の顛末が聞きたい。エイハーンは使えたと言ったが、肉薄されたと報告があったぞ。その日は第二騎士団か?護衛慣れしていないとはいえだらしがない」
ギルバートはふ、と笑う。なんだかんだ言っても管理者の目線で騎士団を見ているじゃないか。
「犯人はラジヴィルか?」
「いやダルゴア侯爵だ」
ふむ、とベネディクトは納得したようだ。
「ラジヴィルはダルゴアの手の平で踊らされていたようだ。娘とアンガスの縁が結ばれればおれが立太子する理由がなくなり、アンガスが返り咲くことができると本気で考えていたらしい。自分の力があればそれが容易だと。・・ないだろ?」
「ないな」
ベネディクトは考えるそぶりも見せずに言い切った。アンガスは花花が見つからなければ、マグリットを理由に一生誰も側に置かないだろう予想はつく。今回の件だって、ソフィアと結婚するのがいやで、しかし、王太子という立場であればソフィアと婚約破棄しても誰かと添わされるから計画したのだ。
アンガスは花花しかいらない。
それにどう考えても、ラジヴィルごときの浅知恵で王籍すら除かれたアンガスがギルバートを差し置いて王太子に返り咲くことなんてないのだ。今、ギルバートは現王の養子でアンガスよりも立場が上になっている。
「まあ、それを考えただけで問題が大有りだからな。さらに隣国との違法取引、王太子に対する流言飛語。罰を与えるには事欠かない。現当主のハリソン・ラジヴィルは当主を息子に移譲し王都へから追放することが決まった。いままで息子には仕事らしい仕事をさせてこなかったらしいから、これからラジヴィルは苦労するだろう。
そして、ルビーの輝きの権利の譲渡。
あとは娘に`公爵家子女として相応しい仕事`を課した」
アマリエ・ラジヴィルは山岳の国境を守る伯爵家への輿入れが決まった。あまりに厳しい地方のため王都の子女は誰もが拒否する嫁ぎ先だ。国境を守るということで名誉や権限は大きいが土地は厳しく、王都からも遠いため、王都の貴族からは「流刑地」とも呼ばれている。
伯爵家では後継がないのが悩みだった。先だって領主の継承が行われたが、新しい領主にはいまだ伴侶がいない。そこに公爵家・・王族の末席として公爵家令嬢が嫁ぐ。
「あのわがまま娘が耐えられるかね」
「さあ?でももう決定事項だ。あとは当人の問題だからな」
ギルバートが肩をすくめる。アマリエ・ラジヴィルがどう思おうが、貴族の政略結婚とはそういうものだ。
あとはその環境でいかに自分を適応させるか、周囲に認めさせるかが女性にとってその場所で生きていく術となる。
「あとは、ああ、アマリエ・ラジヴィルが企んでいたマグリットの殺害計画に乗ろうと思う。といっても、すでにアマリエはその計画を遂行できる状態ではないから、‘そういうこと’にしてマグリットに伝える」
「ああ。エイハーンの方にも、だな」
それと、とギルバートは言葉の穂を繋げる。
「殺害未遂事件の主犯はブレント・ダルゴア。ユーリ・ハリマスがガルベラ国に留学した際、ユーリの不祥事を揉み消すために隣国の`とある者`の力を借りたらしい。その見返りがラジヴィルの違法取引のルートを構築だったと語っている」
その`と、ある者`がフィアサテジアラムと繋がっていた。
「ユーリ・ハリマスは何も知らなかった」
密輸のルートの構築も、殺害未遂も。何も知らずに、ダルゴアからサーカス団をハリマス伯爵当主に知らせずハリマス領へ迎え入れてくれ、と言われただけだった。
ユーリはサーカス団がきたから興行させたんだ、と主張しているという。浅慮短慮が服をきているような男だ。
ガルベラ留学時、ユーリ・ハリマスは違法薬物に手を染めてた。薬物は冷静な思考を奪い取る類のものだったのだろう。もしくは若い脳に悪影響を与えるものか。どちらにせよ、ガルベラへの留学はユーリ・ハリマスの輝かしい未来を摘み取った。
それが謀られたものだと気がついた時のあの苦い気持ちはなんと表現したら良いのだろう
ギルバートは奥歯を噛む。
それをベネディクトも共有したのだろう。苦々し気に眉をひそめて聞いていた。
「それで、ダルゴアの動機は?」
ベネディクトの問いにギルバートは清々しく笑った。
「王弟の息子がこの国を統治することになるのが許せなかった。ラジヴィルのルビーの輝きを盾にした傲慢さに我慢がならなかった。これ以上、愚か者どもに傅くのが嫌だった」
ふーん、とベネディクトは途端に興味を失ったようだ。
「その愚かななんとかとかよく聞くけどけど、ベルヒュート公爵領の発展をきちんと見てんのかね」
「見ている奴は言わないさ。ちょうどよい試金石だから、王も父母も父の不名誉を放っておいているんだろう」
さて、とギルバートが気持ちを切り替えるように息を吐き出した。
「あとはウォルポートだな。ウォルポートについてはハワードにアイゼンハワーとの面会を頼んだ。お前が世話になった礼も言わないとな」
ベネディクトはイヤーな顔をする。
「なあ、もうまどろっこしいことはなしにして、アイリーン・サットランを呼んで確認しようぜ。なんか面倒になってきた」
ベネディクトは心底面倒そうに口をへの字に結ぶ。
「危険だ。それに確認する術がない」
ギルバートも心底呆れたように答えると、ベネディクトはガシガシと頭を掻く。
「アイリーン・サットランを警戒するのもわかる。身のこなしは普通の令嬢というには隙がなさ過ぎた。だが、マグリット嬢の計画も進む。それに、これ以上は多分アンガスが保たない」
ベネディクトはアジデリ鉱山でのアンガスの様子を思い出す。血の気を失った白い顔でろくな休憩も取らずに馬を駆けさせた彼の鬼気迫る表情が、花花を希求する思いの強さを物語っていた。
「せめて、アイリーン・サットランが葉紅花・・花花ではないことを確認したい」
「しかし、」
「簡単だ。花花の名前を呼べばいい」
ベネディクトは実にシンプルだ。
将来、騎士団を率いるには思慮が足りない。騎士団を率いるなら、「考えるな、感じろ」ではだめなのだ。それがわかっているからベネディクトは父親の後を継ぐのに後ろ向きだ。
しかし、今回はそれが妙案のように思われた。難しく考えすぎるから混乱する。
自分たちの目的は、この間、王に話した通りではないか。
「幼馴染たちが自分の望んだ道を歩けるように」
国やフィアサテジアラム、国内貴族のことなど考えるから絡まって身動きが制限されるのだ。
願いはシンプルだ。
それなら、行動もシンプルにしたほうが良いだろう。
「・・まったく。もう少し考えることも覚えてくれ。でもまあ、そうだな。いろいろ考えるより、シンプルに行こうか」
「まあ、おいおい深謀遠慮も身に着けるさ。おれが身につかなかったら優秀な参謀を募ればいい」
「まあ、違いない」
二人は顔を見合わせて、にやりと笑った。




