62.駒は着実に進む
ダルゴア邸を訪れていたユーリ・ハリマスがブレント・ダルゴダを鈍器で殴りつけて傷を負わせたとの報告は、ユーリを見張らせていたものが運んできた。
ユーリはそのまま逃走しようとしたが、すぐにダルゴア家の騎士に拘束された。
ダルゴア家では今まで目をかけてきたユーリの、直情的な行為ということで家内で収めようとしたらしいが、そこにユーリとダルゴアに張り付かせていた第三騎士団の者たちが踏み込み、ユーリを拘束した。
現在は、ユーリはダルゴア侯爵殺人未遂と王太子へ刺客を放った容疑で王城に止め置いている。ユーリは錯乱し、わけのわからないことを叫んでいるらしい。
ダルゴアは一時昏状態だったが、すぐに目を覚ました。しかし、まだ話を聞ける状態ではない。
ギルバートはその報告を受けて笑う。
また、駒が進んだ。
ギルバートは時間を確認すると執務室を出た。そろそろ、アイゼンハワー侯爵が渡り廊下を通るころだろう。
案の定、アイゼンハワーは執務室を出て帰路につくころ合いだった。王城の外務の執務室は一般人が立ち入ることができない。この区域に入るには許可証と身元を証明する書類の提示、さらに厳重な身体検査を受ける必要がある。
ギルバートがアイゼンハワーに近づくと、彼はわかっていたように臣下の礼をとった。
「アイゼンハワー卿、先日はサーカス団の便宜を図っていただき感謝する。これで、あの男も安心して旅立てただろう」
アイゼンハワーは薄く微笑んだ。
「殿下、なぜ、とお伺いしても?」
アイゼンハワーの言葉にギルバートも同じように微笑む。一介の刺客の願いだ。国交を制限している隣国と交渉してまで叶えることはなかった。
「・・一つ、気になることがあった・・卿はずっと隣国との外交を担っているが国交を制限している隣国で、これほどの影響力を与えられた手腕をぜひ学ばせて欲しい」
アイゼンハワーはじっとギルバートをみる。
ギルバートは内心、自分の下手さ加減に呆れ果てる。
「ありがとうございます。どのようなことをお聞きなさりたいですか?」
「隣国で外国人が絡んだと見られる事件について知りたい。できれば、機会を儲けてはもらえないだろうか」
「・・かしこまりました」
アイゼンハワーは意地の悪そうな微笑みをその頬に載せた。
約束を取り付けてギルバートが執務室に戻ると、サットランの報告書が届けられていた。以前受け取っていたものと内容は変わらない。もう一度丁寧に調べるよう、差し戻したのはだいぶ前の話だ。
報告書にはウォルポートともダルゴアとの接触はないと記載されていた。
前回と違うのは、エミリア・サットランと彼女の実家との確執、そして、サットランの次男と死亡した長兄の関係が丁寧に綴られていた。
サットラン兄弟は仲が悪かった。
政略ではなく、恋愛などという感情で家の利にならない結婚をした兄を弟が諫めていたらしい。そのため、兄が存命中、弟は領地に寄り付きもしなかった。義姉となるエミリアと顔を合わせたのは、数えるほどしかない。
兄は、領地の森林部を視察に行った時、蜂に刺されそのまま亡くなった。不審な点は何もなく、蜂に刺されて亡くなることは平民の間ではさほど珍しいことではなかった。
兄が死んで弟が領地を継ぐために戻った時、弟はエミリアと離縁し、「家の利になる」令嬢との婚姻を望んだ。
しかし、エミリア・サットランは帰るべき実家に居場所がなかった。サットランを出れば彼女は路頭に迷うしかない。そのため、義弟に願ったという。
生きる道を得るまでどうかサットランに名を連ねることを許して欲しいと。
弟は了承した。自分が領主としての知識を増やす間はサットランを名乗ることを許そうと。しかし、家からはできるだけ早く出て行ってくれと。
だから、エミリアは事故物件とも言えるマグリットの家庭教師に身を投じたのだ。サクロスへの出仕は、ニッサル家からの助言もあった。
弟は嫡子となる書類が完成するとすぐに手を回し、アイリーン・サットランの行方を探した。兄の婚外子は家の醜聞となるからだ。しかし、今一歩遅かった。母を亡くしたアイリーンが孤児院に現れ、子爵家の繋がりを明かした。
子爵家としては引き取らざるを得なくなった。
さらに弟にとって予想外のことが起きる。
アイリーン・サットランは亡くなった兄にその面影がそっくりだったのだ。
突然、息子を失った母親はアイリーンを手元に置くことを強く望んだ。サットラン子爵が戸惑うほどの執着だった。弟がどんなに反対して母は是としなかったという。
そして、アイリーン・サットランは正式にサットラン家の娘となった。エミリアは家を出てマグリットの家庭教師になった。サットラン家の息子に不審な動きはない。
サットランは白と判断するしかない。
これ以上は探れない。今の手駒では能力が足りないのか、それとも、本当にサットランは関係がないのか。
これも撹乱の一つなのだろうか。
ウォルポート、サットラン、そしてニッサル。学園時代にフィルアッシュと親しかった者たちがアンガスや自分の周りに寄ってくる。裏があるように考えるのは当然だろう。そして、すぐにフィルアッシュとの関係が浮上する。
王家とハワード家の関係を知らなければフィルアッシュ・ハワードが王位を欲しているのか、と疑う。そのように誘導されている。
それはなぜ?なんのために?




