6・ギルバート
ギルバートは王の養子になるための書類にサインして、ふーと長く息を吐いた。
これでギルバートの今回の計画の目的は達成だ。前回の計画比べたら簡単すぎるほどだった。
国王の息子となり王位を継ぐ。
目標実現のとっかかりにようやく足を引っ掛けた、というところだろう。
先年、側妃を追放した件でギルバートは「ハニートラップに引っかかった王愚弟の息子」ではなく、「わずか14才で国家転覆の芽を摘み取った王子の腹心」に変わった。
表向きはアンガスの手柄となっているが国の中枢にいればいるほど、ギルバートがこの作戦の指揮を担っていたことに気が付く。
だからこそ、若干14歳で「次期宰相」という冠が得られた。
今回、父であるベルヒュード公爵は早々に王位継承権を放棄した。
「自分はすでに臣下へと降った身、王位は継承できない」と説明していたが、父もまた周りと同じく以前の自身の醜聞に囚われている。
ギルバートはそれが腹立たしい。
自分が王弟の息子に相応しい功績をあげたら王城のたぬきどもも少しは黙るだろう。そんなことも考えて、はじめの計画に乗った。
もともとアンガスはこのような策略は向いていない。だから自分が指揮をとった。それは以前から当たり前のことだったから、なんの疑問も抱かなかった。
しかし、結果は逆に噂を煽る。
やはり、ギルバート・アサス・ベルヒュートは国王陛下の気まぐれの種だ、と。
父である王弟、オースティン・アサス・ベルヒュード公爵は16歳のころ、近隣国の放ったハニートラップに引っかかった過去を持つ。
その女性は学園に末端貴族の末娘として入園してきた。まさに今マグリットの置かれている状況と似ている。貴族の子女たちは王城の方で把握はしているが、姿形まではわからない。王都から遠い末端のものならなおさらだ。
その女性は、末端貴族の娘の名を騙った。そもそも、利用した末端貴族を皆殺しにして侵入していたから発覚が遅れた。
その娘は、側妃の母国、フィアサテジアラムが放ったスパイだと考えられていたが、証拠が全て滅され、娘自体も目を離したすきに自害した。王城の牢番も買収されていたのだ。
それから、父は女性を恐れるようになった。結婚自体は婚約者だった母としたが、数年は寝屋で役に立たなかったと使用人たちが話していたのを聞いた。
母にとって不名誉な噂が流れたのは仕方がないことだったのかもしれない。
「ギルバートは王弟ではなく、王の子ではないか」
周囲はそう囁いた。
自分でも王である叔父によく似ていることは自覚している。容姿も性格も立ち振る舞いすら父には似ていない。
当たり前だ。自分は、ギルバート・アサス・ベルヒュートだが、根本は違う。
側妃を失脚させた時もこの噂が実しやかに流れた。あの愚かな王弟の息子にそんなことができるはずがない、やはり、と含みを持たせた視線を涼しい顔をしてやり過ごしたが、腹の中は黒く煮えたぎった。
今回、アンガスが表舞台から姿を消し、自分が王位を継承することでまたこの噂が再発するだろう。この噂のせいで、王妃に距離を置かれているのも感じている。
だからなんだっていうんだ。
目的のためになら何を言われたって関係がない。むしろ、この噂を逆手に取るくらいが丁度良い。
インクの乾いた書類にもう一度目を通す。これが受理されれば、自分は次期国王だ。
臣下に降下した父の元にいても王にはなれない。王の養子になるのは次期国王になるために必須。
父や母をもう父母と呼べなくなったとしても、ギルバートは後悔はしない。
ギルバートは目を閉じる。アンガスの誘いに乗ってここまできた。目的に少しだけ近づいた。完遂するまではまだ長い時がかかる。ここで焦ってはいけない。
今回の作戦で不幸になった者はいない。
ベネディクトも自分の腹心としてこのまま仕えてくれると約束した。
ソフィアを王妃に迎える根回しもすんでいる。
アンガスもマグリットを得て満足しているはずだ。
マグリットは思いもよらない結末に戸惑ってはいるが、親よりも年かさの商人と結婚するよりはマシだろう。
ソフィアにだけは我慢してもらわないと、とギルバートは薄く笑った。
王たちはマグリットを疑っている。マグリットの登場の仕方はなるほど、父が出会った工作員とよく似ている。
だから、王はマグリットをスチュアート侯爵へと託した。父を取り巻く陰謀にいち早く気がつき、国の危機を救ったフランシス・スチュアートならきっとマグリットがそうだった時、的確な対処を行えるだろうと期待して。
しかし、ギルバートは知っている。マグリットの後ろには何もない。正真正銘、アンガスと「真実の愛」で結ばれた少女だ。
ギルバートは鼻で笑う。真実の愛がなんだ、と。結局アンガスは諦めたのだ。自分が求めているものを見つけられなかったから。
マグリットはそうじゃない。