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56.クリストファ・ラジヴィル

執務室にいるギルバートに侍従が来客を告げた。


相手はクリストファ・ラジヴィル。ラジヴィル公爵家の嫡男だ。先日面会の申し込みがあり、直近のこの日を指定したのは自分だ。


クリストファ・ラジヴィルの調査報告を読むと「青い」という言葉がしっくりとくる人物だ。


自分たちより3歳年上で、学園では成績優秀、清廉潔白、常に誰かの見本となるように自分を律している、と顔に書いてあるような御仁だった。その当時、学園でもっとも身分が高かったことが影響しているらしい。


学園卒業後、王城で税務の仕事に携わる。

税務はラジヴィルの息のかかったものが多い。忖度されたか。


しかし、王城のその仕事で彼は身を壊した。忙しい部署ではあるが、もっとも忙しい税申告の時期を外れた頃に徐々に陰鬱になり、思い詰めたような顔になっていった、と報告がある。そして、体調不良を理由に城での仕事を辞し、領地へと帰っていった。


王都に戻ってきたのは、王城を辞してから今年が初めてだった。


ベネディクトが夜会で見かけた彼の御仁は公爵家の嫡男という役割をこなしながらも家族、特に父親と妹からは見下されているように見受けられたという。


そんな人物がこの時期にギルバートに面会を求めてきた。


ギルバートはニヤリと笑う。

面白い話が聞けるといい。


部屋に通すように侍従に告げると、しばしの間の後、かの嫡男は険しい顔をして部屋に入り、ギルバートに礼をした。


「お招きありがとうございます」

クリストファ・ラジヴィルは人払いを願った。護衛が難色を示したため、扉の前まで下がってもらう。これならば、声を荒げなければ話の内容が護衛まで届くことはないだろう。クリストファはギルバートの目を一瞬強く見つめると深く深く頭を垂れた。


「このような機会を設けていただき光栄でございます。殿下にはご機嫌麗しくお過ごしのことと存じます」

「ああ。ありがとう。こちらこそ、貴殿に会えて嬉しいよ、まあ、かけてくれ」


クリストファはひどく緊張してるようだった。しかし、緊張を表に出さないようにしているのはさすが公爵家の人間というべきか。


「今日は、殿下にお願いが会って参りました」

しばしの雑談の後、クリストファが口火を切る。その目に逡巡を読みとってギルバートはほくそ笑む。


国交が規制されている隣国との不透明な繋がりであろうか。

さらに踏み込んで、ビーツの密輸でならば面白いことになる。

もしかしたら、今回放たれた刺客のことまで踏み込めるか。


父親の悪事を打ち明ける代わりに彼が求める交換条件は、ラジヴィル家の存続か?降爵くらいは覚悟しているだろうが。

クリストファがその青い顔をあげて打ち明けたその罪にギルバートは拍子抜けした。


「我が妹は、アンガス様の婚約者であるマグリット様の殺害を目論んでおります」


思わず、それだけ?と聞き返しそうになって言葉を飲み込む。高位貴族であるラジヴィルが下位貴族、さらには三女のマグリットを害したところで大きな問題にはならないだろう。「無礼だった」という些細な理由さえあれば簡単に表舞台から消し去ることだってできる。


「・・・そうか。そのくらいラジヴィルの家の力で揉み消すことは容易いだろう?それに、それに気がつき問題が大きくなると判断したのなら、兄として公爵家嫡男として妹を律すれば良いのではないか?私にそれを打ち明ける意味がわからないのが」


クリストファは一瞬視線を下げると諦念を宿した瞳をギルバートに向けた。

「お恥ずかしい話ですが、アレは私のいうことなど聞いたりはしないでしょう。父も然り」


ラジヴィルでの嫡男の地位は限りなく低くなっているらしい。

クリストファはふとため息のような微笑みを浮かべた。

「家族の間ではこんな話も出ております。私を廃嫡したのちアンガス様をアマリエの婿としラジヴィル公爵家を継がせ、王家との繋がりを強化するとね。アンガス様はサクロス領を賜ってはいますが侯爵と公爵ではその権限は大きく違いますから。アンガス様行く末を心配している王妃殿下が口添えくださると」

完璧に馬鹿にしている口調だった。その通りだろう。一度賜った領地をそうやすやすと手放すことなどできやしないのだ。廃嫡し、王籍から廃した王子を再び立太子することと同じように現実味のない絵空事だ。


「父も妹もラジヴィルの力があればそれが可能だと息巻いております」


クリストファは苦く顔を歪めて侮蔑を含ませた口調で言い切った。

ギルバートは呆れを顔に出さないように少々苦労する。なんともまあ、頭に花が咲いている親子だ。これが、この国の数少ない公爵家の当主だというのだから呆れてしまう。


クリストファの調査票の記載内容に頷く。彼は家族から蔑ろにされ、家族の評価はひどく低い。学園では、優秀な成績を納めていたものの目立った功績はなく、王城を早々に辞したのも低い評価に繋がっている。領地の仕事にもその評価は反映されていて、彼は学園を卒業して成人し数年が立つのにもかかわらず、重要な事柄には触れさせてもらえず、子供の使いのような仕事しかさせてもらえていないという。


クリストファ・ラジヴィルは何も知らない。密輸や今回の件に関わる立場にいない。

だから、妹のどうでも良い罪を告発しに訪れた・・?いや。ギルバートは、クリストファを見据えた。

「それで、本題は?」

クリストファが姿勢をただして青い顔に薄い笑みを浮かべた。

「その前に。この話をしたのちもラジヴィル公爵家の存続をお約束いただけますか」

「話にもよる。知っての通り、私が立太子して日が浅い。私の一存で決められることはそう多くない」

「では、陛下への口添えをお願いしたく」

ギルバートは一層深く微笑んだ。

クリストファの顔色が一段悪くなったがそれでも顔を伏せることはなかった。

強い瞳には、家を潰すわけにはいかないという固い意志が現れている。

くだらない、とギルバートは思う。

今生では、父が伝統ある「ベルヒュート」を受け継いだが、貴族の間での評価はいまだ新興貴族それと対して変わらない。当主が王族ということで皆が敬っているだけだ。

その前の生では庶民だ。遡れたとしても数代前が限度。名字に誇りなんてない。

だから、この国の、「姓」に対する誇りを芯からは理解できない。

「で?」

明確な返事をしないまま、話を促す。悪いようにはしないつもりだが、安易に首肯することはできない。

それはクリストファもわかっている。

だから言葉での確約をえないまま話し始めた。

「ラジヴィルでは、国により取引量を規制されている`ルビーの輝き`を秘密裏に隣国へと流入させております」

「・・そうか」

釣れた、とギルバートは笑う。

「ルートの構築はダルゴア侯爵、国境はアラスン伯爵家が」

「わかった。言いづらいことを話してくれてありがとう」


ギルバートは薄く微笑みながら、クリストファを観察する。クリストファは罪を告発したのにもかかわらず落ち着いていた。その瞳も先ほどのような逡巡も動揺も読み取れない。


彼は、せいせいとした顔で笑っていた。これで父親を排除することができる。妹を遠ざけることができるとその顔に滲み出ている。


「ちなみに、ニッサル嬢の殺害計画だが」

切り出すと、クリストファは、ハと鼻で笑った。

「杜撰で稚拙な計画です。この間の媚薬でサクロス閣下にニッサル嬢への不信感を植え付け、ニッサル嬢を襲撃してサクロス閣下の元から出ていくように仕向けましたが、うまくいかないため、物理的に遠ざけようとしたようです。ニッサル様が乗る馬車の御者を買収し、馬車に仕掛けを施そうと画策しています。そして、事故に見せかけて殺害しようと」

穴しかない計画です。とクリストファは笑う。

「そうか。サクロス卿には忠告をしておこう。このことは」

「もちろん、家の醜聞ですから他言は致しません。妹もそのまま放しておきましょう」


ギルバートは薄く笑った。


「クリストファ殿。当主を交代したのちは領地管理のみを?」

クリストファは頷く。

「王城からはすでに離れておりますゆえ」

「税務是正に協力して欲しい。次は少し声も大きく通るだろう」


王城での勤務状況は悪くなかった。彼が王城を辞したのは、自分の家の不正を理解したからだ。それなのに、ラジヴィルの息のかかった職員や上司がそのことに触れもしなかった。それに気を病んだのだろう。少し歳を重ねた今ならば、もう少しうまく立ち回れるはずだ。


「・・ありがたく拝命いたします」

クリストファは、立ち上がってギルバートに臣下の礼をした。

「貴公の希望には添えるようには努力するが、約束はできない」

「それでも良いです。アレを排除できるなら」


クリストファは相当、頭を押さえつけられているらしい。憎しみすら感じる口調だった。

その後、二、三確認するとクリストファは退席した。何か言いたげな護衛には他言無用をいいおく。


ギルバートは顎に手を置いた。少なくともクリストファ・ラジヴィルは自分の殺害計画には噛んでいない。


大河を管理しているアスラン伯爵家にも、アジデリ鉱山を管理しているメイン子爵家にもすでに手のものを送り込んでいる。


伯爵家からは面白い調書が上がってきていた。伯爵家への指示の大部分がラジヴィルではなくダルゴアから出されている。船の製造もダルゴア侯爵家。ダルゴアのラジヴィルへの追従は徹底しているとも取れるが果たしてそうだろうか。


その陰でダルゴアはラジヴィルを嘲笑っているという。隣国との取引も、ルートの確立も、交渉もすべてはダルゴア先導でおこなわれており、ラジヴィルはただ頷くだけで収益が懐に入る。


そうなると、ダルゴアの考えが透けて見える気がした。では、この企みはすべてラジヴィルが踊らされた結果だな。


クリストファの証言でゴルゴア侯爵家主導との裏も取れた。彼が持ち出してきた書類でも十分だが、もう少々、彼には働いてもらおう。


ダルゴダとチャールズ・ウォルポートの接点は今も見えない。


しかし、とギルバートは薄く笑う。クリストファは面白い話を持ってきてくれた。

アマリエ・ラジヴィルの計画はこちらにも都合がいい。上手く乗せてもらおう。



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