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50.暗転

フィアサテジアラムの女の死体が見つかったとの情報が入ったのは茶会の翌朝だった。


ギルバートからその一報を受けた時、アンガスはなにも考えられなかった。


国境を越えたフィアサテジアラムの女性。虫の息の下、カイくんと呟いた女性。それは花花である確率が高い、切望して止まない女性。


その、女性(ひと)の遺体が見つかった?


「まだ、国境の女性(葉 紅花)と決まったわけではないぞ」

強くアンガスの肩を掴むギルバートの声に、ハッとする。そうだ、まだ決まったわけではない。

だが、と絶望にも似た考えが浮かび消える。

国境を閉鎖し、フィアサテジアラムの民を排除して何年たっている?

この国に何人フィアサテジアラム人が残っているというのだ。よしんば残っていたとしても、女が残っているだろうか。移民としてこの国に来た者は男が多く、女は数えるほどだったはずだ。


それらは、国はフィアサテジアラムとの国交を断ち切り、国境を封鎖した時大部分が隣国へと逃れた。また、国の施策とし、フィアサテジアラムや他国の者を使役する場合にはその者たちに課税をすると公告を発した。その際にフィアサテジアラムの民は大量に解雇され、生きる術を失い、エイクを出て行った。残っているとは考えにくい。


「・・ス、アンガス」

ギルバートの焦燥を滲ませてアンガスの肩を揺さぶる。


「いいか、まだ、花花だと決まったわけではない。国境を超えた女も花花ではないかもしれない。確認していないんだ、まだ分からない。これから、ベネディクトに確認に向かわせる。お前は」

「おれも行く」

アンガスは、扉へ向かって歩き出す。

「フィッツロイのアジデリ鉱山だな。馬で3日・・。今から行けば明後日にはつく。この気候なら腐敗する前に到着するだろう」

「待て、一人で行くな。ベネディクトを」

「先に出ている。デュークなら余裕で追いつけるだろ?」

「おい、待てって」

引き留めるギルバートを振り切ってアンガスは厩舎へ急ぐ。選ぶのは葦毛の乗りなれた一頭だ。

急いでも仕方がない、そう、理性は叫んでいるのに焦燥は加速するだけ。

水も何も持たずにアンガスは駆け出す。


だって花花かも知れないのだ。

花花を一人で死なせてしまったのかも知れないのだ。

自分の手が間に合わなくて。

自分がほかの女の手を取っていたせいで。


花花を一人で、死なせたかも、知れないのだ。


*※*※*※*※*※*※*※*※*


だいぶ距離を稼いだ思っていたのに、ベネディクトが三時間ほど走ったところで追いついた。さすが騎士というべきか。

追いつくとベネディクトはアンガスに怒鳴る。

「馬を潰す気か!休ませないと余計に時間がかかるぞ」

そう言ってベネディクトはアンガスの馬を止めた。


「・・花花が一人でいるんだ。早く行ってやらないと」


「花花と決まったわけではない。国境の女かどうかも分からない。あんな無茶な走り方をしていたら、着く前にお前が振り落されて死ぬ」


「花花がいないなら死んだほうがいい・・」

「馬鹿言うなって。ほら、水。飲んで少し落ち着け、アンガス殿下」


王太子の時の呼称にしたのはわざとだろう。王族らしく、冷静に、理知的になれとベネディクトは言っているのだ。


「だいたい、水も持ってきていないし、金も持ってんのか?ノープランで飛び出して来て、アジデリ鉱山のどの坑道かも聞いていないんだろ?おれも、とりあえず追いつけって言われて飛び出してきたけどさ。・・・ギルバートが次の宿場街に鳥を飛ばしてくれている。替え馬も用意してある。最速で向かうから、焦るな」


アンガスは馬から降りて、木陰に座り込む。がくりと頭が下がる。

ベネディクトは馬を枝に括りつけて来たらしい。隣に座ってアンガスの肩へ腕を回す。


「落ち着け。冷静な気持ちがなければ見誤る。いいか快進、まだ、死体が花花だとは決まっていない」

心の奥深くのほの暗い淀んだ場所からヘドロが浮かんで来るようだった。そのヘドロは涙も出ない瞳からあふれ出て、そのうちアンガスの息の根を止める。


「でも、フィアサテジアラムの女がこの国に残っているか?側妃を排除した時、軒並み追い出しただろうが」

「例外ということもある」

「そんな万に一つの可能性より、国境の女の死体だと考える方が自然だろう」

「・・だけど、国境の女が花花だと決まったわけではない」

「カイくんと、おれをよんだんだろ?」

ベネディクトは一瞬口を噤み、詰めた息を吐き出す。

「おれの聞き違いかもしれない」

「花花・・・!」


快進の絞り出した声は空に響いた。




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