5・整えられた牢獄で
渦中の人であるアンガス・アサス・エルクはその日から王城から姿を消した。同じように婚約者だったソフィアも騒ぎを嫌い領へと帰るという。
アンガスの腹心で従兄弟のギルバード・アサス・ベルヒュートと騎士団長子息でオラニス侯爵令息のベネディクト・オラニスはアンガスの尻拭いのために多事多端だ。
そんな中、騒ぎの張本人のアンガスは、数年ぶりの暇を満喫していた。
王族に相応しく整えられた監獄にアンガスは自ら入った。喧しい王城よりは断然に快適だ。難をいえば、愛しいマグリットに会えないくらいである。
塔へ婚約破棄関係や王太子位返上関係の書類を届けに来たギルバードは目を細めて艶々とした従兄弟を見る。
その視線にアンガスはふ、と唇の片端だけをあげて笑った。
「王城は上へ下への大騒ぎだってな」
呑気な元王太子の言葉にギルバートは呆れた顔を隠さない。
幽閉された塔でアンガスは優雅に茶を嗜む。
「誰かのせいで、こっちは大忙しだよ」
ギルバートの疲れ切った顔は膿んでいる。あの夜会のあとからギルバートは王や他の有力貴族への対応と泣き言しか言わない父を諫めるのに寝る間がないほど忙しい。
今も持ってきた書類を机の上に広げて、ソファーに深く腰掛けて、天井をあおいで深くため息を吐き出している。
「計画通りだろうが。叔父上は辞退して、お前が立太子するんだろ?」
アンガスがふふんと得意そうに笑う。ベルヒュート公爵嫡子、つまり従兄弟にあたるギルバートが再度深々とため息をつく。
「そうだけどさ。マグリット嬢はお前が引っ込むことを了承してるのか?」
「リリには婚約を取り消したら王太子のままではいられないことは話してあるし、王妃には成れないことは彼女もきちんと承知している。
ていうか、無理だろ。男爵家三女に王妃は。教養もマナーも社交のテクニックや常識さえ全部足りない。
子供さえ産めばいいって話ではないから。側妃としてもなあ・・。
そうなると今度はソフィアが可哀想だろうが。リリも煩わしいことはいやだから、今のままのんびり暮らしたいっ
てさ。面倒くさいことはいやだって」
ふーん、とギルバートはソファの背もたれに頭を預けたまま適当な相槌を返す。
どうでもいいなら聞くなよ、とアンガスが悪態をつくと、後顧の憂いがなきゃいいんだ、とギルバードはチラリとアンガスに視線を投げた。
「マグリット嬢は当初の予定通り、ベネディクトに運ばせた。よく、ステート公が承諾したよな。娘の婚約者を奪った女を匿うなんて。マグリット嬢もよく行くよ。針のむしろだろうに」
「ステート公的にはリリが変な動きをしないか監視するのにもちょうどいいんじゃないか?叔父上の事件もステート公が見破ったからな、また、王族がハニトラに引っかかってたらと危惧すんのは当然だろ?王族の権威失落ってだけじゃなくなる。それはステート公の望むところじゃない。男爵家の方は?」
「まあなあ。父上も何年も前のことをちくちくちくちく言われてかわいそうに。脇が甘かったのはその通りだけど、若気のいたりでそろそろ忘れてやればいいのに。
男爵の方は問題ない。手は打ってあるし、男爵自身も小物だ。この事態を利用して奸計を図るような玉じゃない。その手合いが近づかないようにはしてある」
「ギルがそういうなら大丈夫だな。リリもソフィアに預けていれば安全だし。騒ぎが収まったらリリと俺はできれば王領の端っこに年金付きでぶん投げて欲しい。頼むよ、次代の陛下」
「善処はするけど、お前の母親が大層御立腹だからな。どうなるかな」
「・・やめてくれ。怖いから。ソフィアは?ソフィアなら母上の怒りを抑えられるだろ?母上のところに派遣・・」
ギルバートはじとりとアンガスを見る。
「『殿下のお心を繋ぎ止められなかったこと、誠に申し訳ありません。この罪は修道院にて生涯償います』とかいって嬉々として用意してるよ」
まじかー、とアンガスは机に俯す。そうなれば王妃であるアンガスの母親がここに乗り込んで来るのも時間の問題だ。
「ちゃんと対策練っとけよ。ここまでは計画通りなんだから」
「お前も、ソフィアを修道院に引っ込めないように手は回してるのか?なんだかんだ言ってあいつが一番次代の王妃に相応しいからなー」
ギルバートは片眉をあげて、口元だけで笑った。
「根回しは済んでる」
アンガスがカラカラと明るく笑った。
「あいつもかわいそうに。で、どれにサインすればいいんだ?」